気分で挿絵を足すかもしれません。
「教えてあげる!」
時々、夢を見る。
「デンジ君の知らない事、できない事」
前まで見てた悪夢とは違って、すっげえ楽しい夢だ。
「私が全部教えてあげる」
詳しいことは起きたら忘れてっけど、それでも……
「もう逃げ道はないよ」
泳ぎ方だけは、覚えてる。
***
「……ン…!」
「デ…ジ…!!」
「デンジ起きろ!!」
深い眠りについていたデンジの腹に鋭い拳が刺さる。
「痛ってえ!!」
「メシ作れ!!」
そう叫ぶのはナユタ、デンジの同居人兼支配の悪魔。
デンジは少し前、先代の支配の悪魔である『マキマ』を討ち取った。討ち取ったというよりかは『料理した』と言うべきなのだろうが。
そしてしばらく後、中国で生まれ変わった支配の悪魔であるナユタが発見され、デンジの上司がナユタを盗みデンジへ渡し、今へと至る。
「じゃ、行ってきます」
「おう」
ジャムをたっぷり塗ったサンドイッチを食べ、ナユタはご機嫌な様子で学校へ向かった。
デンジはドアが閉まるのを見た後、腰を上げて食器を片付け始める。
「なあポチタ、夢みたいな生活だな」
デンジは皿を洗いながら自分の心臓に向かって語り掛ける。
「毎朝好きなもん食えて、気持ちいい布団で寝れて、妹みたいな奴がいて、チェンソーマンになって悪魔も狩れる。やろうと思えば毎日ステーキ食えちまうぜ」
少し前の早川家での生活が戻ってきたみたいだと、デンジはそう思っていた。だが、デンジは欲張りである。それもものすごく。
「でもよ、出来る事ならやっぱ……彼女欲しいなァ……」
それは、デンジにとって今まで一度も叶っていない夢である。
始めに好きになったマキマは、もとよりデンジの事を見ていなかったし、何よりデンジを殺そうとしていた。
次に出会ったパワーは、ナルシストで自己中で虚言癖持ちの差別主義者で、何よりデンジを殺そうとしていた。
公安で出会ったコベニは、デンジ曰く顔がいいが、これまたデンジを殺そうとしていた。
同じく公安の先輩である姫野は、アキの事が好きであったし、何よりゲロ味のキスをした。
それと……レゼは、仲は良かったもののデンジを殺そうとしたし、何より喫茶店へ来なかった。
つまり言うならば、『振られた』のである。
「毎日セックスしまくりてぇなァ……」
デンジは極めて単純である。
面の良い女と付き合って、セックスがしたい。本当に、マジでただそれだけなのだ。
そんな叶わない願望を呟きながら皿洗いを続けていると、突如部屋中にパリンと言う音が響く。
「あ、やっべぇ」
手についた泡のせいか、うわの空だったデンジのせいか、1つの皿が滑り落ち地面で割れた音だった。
しかも、ナユタが気に入っていた皿を。
「バ、バレたらナユタに殺される」
錆びついた脳みそをフル回転させどうしようか考えていると、「そうだ!」とデンジは思いついた。
「ナユタが家帰ってくる前に同じの買っておきゃバレねぇんじゃねえか!?」
恐らくだがIQ134はあるであろう天才的な発想が浮かび、デンジは財布と鍵だけを手に持ち颯爽と家を出るのだった。
***
ポケットに手を入れながら街を歩く。
デンジの住んでいるアパートから食器類を売っているスーパーまでは中々に遠いが、それでもナユタの学校が終わるまでには余裕で往復が可能である。
(彼女……彼女どうやったらできっかな……)
デンジはいまだ煩悩を浮かべたままだった。
道に転がっている小石を蹴りながら考える。
彼女を作るには、まず周りに女性がいなければならない。デンジはその初手で行き詰まっていた。
少し前まではデンジの周りに女性が多く居た。その性格は置いておくとしても、例えば姫野先輩とはセックス一歩手前まで辿り着いた訳だ。
しかし今は、周りに女性が全く居ない。
ナユタは女性ではあるが、デンジは女性と言うよりも家族として見ている。
つまり今のデンジには、「俺の事を好きな女」が誰一人居ないのだ。
それ故選択肢が存在しない、デンジはそこを悩んでいた。
「募金お願いしまーす!悪魔に家を奪われた子供達へ募金をお願いしまーす!」
そんな掛け声がデンジの耳元に響く。
ここ最近は銃の悪魔が再び出現したり、支配の悪魔とチェンソーマンの戦いがあったりと、大きな悪魔被害が頻繁に起こっている。
その為か、慈善団体も活発に動いているらしい。
そんな慈善団体の持つ看板にはでかでかと『幸せを巡らせよう!』と書いてある。
その文字を見て、デンジはハッと気がついた。
(もしかして……良いことしたら俺にも良いことが返ってくるんじゃねぇか!?それこそ女がいっぱい寄ってきてモテモテんなって……彼女が5人……いや10人くらいできちゃったりすんじゃねぇか!?)
デンジは募金をした。
それも1000円、硬貨ではなく札を募金箱にウキウキで入れた。
「1000円も!ありがとうございます!お礼にこちらの花をどうぞ!」
デンジは手渡された赤色の綺麗な花を眺め、一瞬飲み込もうとする。
だが慈善団体の人がゴミを見るような目で見つめていた為すぐにその手を止め、ポケットにしまう事にした。
(俺も大人んなったんだ、『気遣い』って奴ができるようになったぜ)
善意と自分の成長を噛み締め、デンジは再びスーパーに向かおうと歩き始める。
その時だった。
ドカン!!とビルを突き破って大きな悪魔が現れる。
5mはあるであろう体躯、フサフサの毛並み、黒光りした鋭い爪、つぶらな瞳、頭に生えたヤギのような巻き角。
誰が見ても分かる、ヤギの悪魔である。
ヤギの悪魔はビルを破壊した勢いのまま群衆を踏み潰し、薙ぎ倒し、そして食い荒らす。
デンジは瓦礫で板挟みになりながら、血まみれの手を胸に持っていき、胸のスターターを引いた。
「幸せ巡るんじゃねぇのかよぉ!!」
「チェンソーマン!!」
風を押し除けながら向かってくる悪魔の腕を左手のチェンソーで引き裂きながら一直線で胴体へと走る。
悪魔も負けじともう片方の腕で攻撃、だがその腕もチェンソーで切り裂かれ、輪切りになって地面に落ちた。
血まみれの悪魔、懐まで潜り込んだチェンソーマン、もはや勝負は決したようなもの……だったが、不意に飛んできた悪魔の尻尾によって、チェンソーマンは大きく後ろに吹き飛ばされてしまう。
「痛ッてぇなぁ!!」
「……チェンソーマン、お前は女ばかり助けるらしいなぁ」
「んならどーしたってんだ!!あァ!?」
悪魔はかろうじて動く片腕で車を、先程チェンソーマンを弾いた尻尾で足元にいた女性を取る。
「男3人乗りの車と、女1人、お前はどっちを助ける!?」
そう叫ぶと同時に、悪魔は同時に車と女性をチェンソーマンに向かって勢いよく投げる。
「んなもん女に決まってんだろがァ!!」
チェンソーマンは一瞬の迷いもなくチェンソーを引っ込め女性を抱えた。
だがその直後、悪魔は腕を振りかぶり二人まとめて向かいのビルまで叩き飛ばした。
「正解はどちらも助けない、だ。優しいなぁヒーロー様は」
そう言ってヤギの悪魔はチェンソーマンを背に人々をまた食い始める。
食えば食うほど再生されていく悪魔の体、すでに傷は治りかけていた。
「ックソ、腕ぇ動かねえ……」
チェンソーマンは掠れた声で呟く。
それも当然、背骨が折れているのだから。
血さえあれば、スターターさえ引ければ全て治る。だがそれができない。
その時、指一本動かせず呻いているチェンソーマンの視界に先程助けた女性が映る。
「早くどっか行け……悪魔に喰われたきゃねえだろ……」
彼女を逃すため、精一杯振り絞った声で話しかける。
だが、彼女は逃げるでもなく、腰を抜かすでもなく、チェンソーマンへと一直線で向かっていった。
「えっと、これどうすれば良いんです!?あっそうだ血!血あげれば!」
彼女は助けようとしたのだ。
自分も頭から血を流しているのに、すぐそこに悪魔がいるのに。
「胸ンやつ引け……!」
その指示の通り彼女が胸のスターターを引くと、チェンソーのエンジンが強く辺りに響き渡った。
折れた背骨は治り、チェンソーの刃は回り始める。
「チェンソーマン!?なぜ生きてる!!」
「女助けんのが間違いだァ!?大大大正解に決まってんだろがぁ!!」
「答えになってないぞチェンソーォ!!」
まるでゾンビのような足取りで地面を駆けるチェンソーマン。
対して悪魔は待ちの姿勢、両手で構えを取り迎え撃つ。
だがしかし、チェンソーマンが真正面から真面目に戦うわけもなく。
「ゴバァッ!!」
「おらおらおらどうしたァ!?車がそんなに怖えかよ!!」
チェンソーマンは手からチェーンを伸ばし、辺りの車を片っ端から掴んで悪魔へと投げつけた。
悪魔は反撃しようとする。だがいくら腕を振っても尻尾を回しても、チェンソーマンどころか車も満足に弾けない。
「卑怯だぞチェンソー!!」
「女人質取る方が卑怯だろが!!」
チェンソーマンの叫び声と共に、ぶつけた車のガソリンが引火し、たちまち悪魔のフサフサの毛並みへ燃え広がる。
「んな卑怯な奴ぁ逮捕だぜ逮捕!!メーヨキソンで逮捕だ!!」
「ふっざけやがってぇ!!」
悪魔は車を押し除けながらチェンソーマンへと怒りのままに突進する。
それに合わせてチェンソーマンはチェーンを悪魔の首へ引っ掛け、それを軸にして悪魔の体を駆け上がる。
「気ィ変わった!!俺ん邪魔もしたからよーお前シケーで決定な!!」
「来るな来るな来るなーー!!」
チェーンの掛かった首に両手のチェンソーを突き立て、思いっきり引き切った。
悪魔の首は激しく血を吹きながら地面に落ち、胴体はそのまま血溜まりへと崩れた。
それと同時にどろりと溶けていくチェンソーマンの体。
先程までの恐ろしい顔から、デンジの顔に移り変わっていく。
「あの、チェンソーマン……さん?」
皆が避難し静かになった戦闘跡地にて、背後から聞こえた声の主に振り返ると、そこに立っていたのはデンジが助けた女性であった。
「チェンソーマンがこんな若かったなんて……とにかく助けてくれてありがとうございます」
デンジはめちゃくちゃ嬉しかった。
自然な形で自分がチェンソーマンであるとバレたし、その上助けた女から感謝されるなんて、デンジにとっては夢のような出来事である。
「いいってことよ、俺ァ正義の味方だからな」
「ほんとに…っありがとうございます……」
「……えぇ?なんで泣いてんの!?」
彼女の目には、確かに涙が浮かんでいた。
唇を噛みながら、どうにか泣きじゃくるのを堪えているように見える。
「あはは、すいません……その、一緒に散歩してた猫が……あの悪魔に…殺されちゃって……」
デンジは自分の事を好きな奴が好きだ。
だから、無意識なのかもしれないが、慰めてあげたいと思ったのだろう。
デンジはポケットから募金した時に貰った赤色の花を取り出し手のひらに置いた後、咳き込むような演技をした。
「あの……大丈夫ですか?」
「ゲホッゴホゴホッゲホッ!」
「えっとえっと…これ!ハンカチ!」
「タラーン!」
「えっ!手品!?すごい!」
「タネも仕掛けもないんだなーこれが」
手のひらの花をいかにも口から出したように見せ、目の前で泣いていた彼女に手渡す。
その花は悪魔の血を浴びて血まみれで、綺麗な赤色もドス黒い赤色に染まっていたが、それでも……
「……ありがとう」
彼女は大切そうに花を持ちながら、デンジに向かって微笑みかけた。
彼女は俯いていた顔をあげ、ようやくその顔がデンジの目に映る。
青みがかった黒髪でハーフアップ、血で染まった長袖のシャツに、血の色とは違った淡い赤色に染まった頬。
彼女の薄い赤紫色の目にも確かにデンジが映っていた。
「……かわいい」
デンジは思わずそう呟く。
ほとんど無意識での失言だった。
「ぷっ、可愛いって、初対面の人にそんなこと言う?」
「思わず出てきたっつーかなんつーか、その、わりぃ」
「……ふーん、悪いと思ってるなら、私とちょっとお茶しない?」
デンジは無言で頷いて返す。
血の匂いに混じって、少し甘い香りがした気がした。