私達は同期だった。同じ穴のムジナと言うべきかも。
軍の弾薬庫に詰め込まれて、日夜問わずに人を殺すための技を叩き込まれ、都合の良い兵器としての訓練を続ける。そんな地獄にいた同期。
レゼは物覚えが良かった。
一度覚えた技を忘れる事は無かったし、殺しだけでなく誘惑するのだって物凄く上手で、いつもの彼女からの代わりように驚いた記憶がある。
私の名前も、すぐに覚えてくれていた。
優秀なレゼの隣にいたからか、私の実力もどんどん高くなっていった。
そんなある時、軍の偉い人からとある提案を受けた。
そこからだ、私が私じゃなくなり始めたのは。
誕生日を祝われた、喜べなかった。
顔を思いっきり殴られた、怒らなかった。
大好きだった本を読んだ、笑えなかった。
仲の良かった同期が死んだ、泣けなかった。
私の心臓は段々と、悪魔に成り代わられていった。
そんな私にとって人生の転期と言えば、間違いなくあれだ。
ある日、モルモットの存在が世間に明かされた。
どうやらアメリカのジャーナリストが突き止め、その記事を出版したらしい。軍は物凄い混乱状態だった。偉い人達はとりあえず「身寄りの無い孤児に寝床と食事を与えている」と言い訳をし、私達の訓練は一時的に中止された。
逃げるには、絶好の機会だった。
……そこからはあまり覚えていない。
沢山走った。沢山泳いだ。
そう言えば、レゼに挨拶の一つもしてなかった。
***
「あの時、以来だよね」
「そうだね。ペラちゃんが逃げた、あの時以来」
レゼは首元のピンに、ペラは首後ろの鍵に指を添える。
合図や確認は必要無かった。
話し合いは訓練プログラムに含まれていないのだから。
「ねえ、レゼ」
「何?」
「普通の生活って、どんななのかな」
「……カフェでコーヒーを飲んだりオムライスとか食べて、公園に行った後は水族館に行って、安らかに眠る。そんな生活」
「レゼは、そう生きれそう?」
「私は無理。だけど……」
「デンジ君の生活を邪魔するなら、死んで」
2人同時に変身した。
同時に舞台は空中へ、血の色の飛行機雲を放ちながら飛ぶペラと、彼女を追うように爆発する色とりどりの手榴弾。
万全のレゼと満身創痍のペラ、ほとんど防戦一方である。
負けじとミサイルを放ちながらの対空射撃、だがレゼは爆破による急加速で躱し続けている。
しかしレゼも直撃が狙えない。
当たるのはせいぜい爆風程度、一撃入ればそれで終わるがその一撃が入らない。
先に仕掛けたのはペラ、最高速での突進から方向を変えて背後に回り込む。
だがそれを読んでいたかのようにレゼは体を捻りながら腕をペラに向け、指をパチンと鳴らした。
瞬時に溢れる赤紫色の爆炎、今は名の無き核爆弾を思わせるその爆発は、ペラを瞬時に灰色へ染める。
エンジンはもう動かない。
動く手足ももう無い。
まさに完全敗北である。
1人は地面に落ち、1人は地面に着地する。
降りた先の路地で、2人は変身を解いた。
「……っ……ゴフッ……」
「何か、言い残す事はある?」
レゼの最後の情けに反応する余力は、ペラに残っていなかった。
出血と欠損が酷い、トドメを刺さなくともすぐに意識を失う重症だ。
……なんで、デンジ君の顔を思い出すの?
ただ、ナユタちゃんに近づく為の駒なのに。
なんで、なんだろ。
言い残す事なんて、何も無いよ。
家族は死んだ、仲間は捨てた。
誰に、何を言い残せば良いの?
……
………
…………あ
『俺さ……ペラん事好きだよ。だからよ、そのさ』
そうだ。
デンジ君、私も。
もうちょっと、一緒にいたかったな。
***
レゼは帽子を深く被り、デンジの家へ、ナユタを背負いながら向かっていた。
そこに近づくたび、レゼの鼓動が加速する。
やる事は極めて単純である。デンジにナユタを返し、そのまま帰る。たったそれだけ。
だが、彼女は悩む。
デンジからすれば、レゼは逃避行に付き合わず逃げた人間である。そんな自分が今更顔を出したところで、ただ気まずくなるだけでは無いか。デンジの日常を壊してしまわないか。
それに何より……
(デンジ君、私の事嫌いになってるかな……)
嫌われたくなかった。
いや、本心では分かっている。
デンジは嫌うどころか、とても嬉しそうな顔で出迎えてくれるなんて言う事は。
だが怖い、怖いのだ。
突き返される可能性が1%でもあるなら、それは恐怖に値する。
気が付けば、アパートの前まで来ていた。レゼはその手を、アパートのベルにゆっくりと伸ばしていく。
そこで、レゼの手が止まった。
(この子の事……ドアの前に置いていこうかな)
そうだ、わざわざ出向く必要はない。デンジの目につくであろう所に置いて行ってしまえばいい。
そうすればデンジに見つかることはない、デンジの心の内を知ることもない。
そして、おそらく二度と会う事もない。
(なんだ、私は日和ってるのか。ここまで来て)
レゼは手を下げきれなかった、もう一度デンジと会いたいから。
だがベルを押すこともできなかった、デンジと会うのが怖いから。
どうすればいいのかと悩んでいると、背後からかすかに足音が鳴った。おそらくこのアパートの住人だろう、とレゼは考える。何か怪しく思われても面倒だから、早く決めなければ、とも考えていた。
「レゼ?」
だがそんな予想とは裏腹に、その足音の主は彼女の名前を呼んだ。
そこに居るのは確かにデンジだった。
すぐにナユタを置いて駆け出す。
絶対に目を合わせないように、今の顔を見られたく無いから。
なにより彼の顔を見てしまったらもう戻れなくなる気がするから。
(ほんと……何やってるんだろ、私)
レゼのはるか後方から、デンジが必死に叫びかける。
それでも振り向く事はなかった。
***
デンジはしばらく動けなかった。
何か考えなければいけないことが多すぎる。
あれは本当にレゼなのか?レゼなのだとしたら、何故ナユタを抱えていた?それに何故、声を聞いてすぐどこかへ行ってしまったのか?
何故、何故、何故……
その問いを反芻しながら、ナユタを連れて自室に戻る。
レゼの不安は杞憂であった。デンジは未だにレゼの事を微かに想っているし、ましてや嫌うなどありえないことであった。
と言うよりも、デンジはあまり人を嫌いになれない。
借金を残した父にも、借金を背負わせたヤクザにも、一時期は仲が悪かったアキやパワーも、自分を何度も殺したマキマやペラも、嫌いにはなっていない。
しかしデンジは、その考えを他人に適応することは出来なかった。
(俺……嫌われちまったのかなァ……)
なんて年相応な事を考えていると、部屋の電話機が鳴り響く。
デンジは特に深いことは考えず、電話機を手に取り耳に当てる。
『デンジ君……?久しぶり』
「レゼ!?」
電話機の向こうから聞こえてきた声に驚き思わず声を張り上げるデンジ。
丁度レゼの事を考えていたのだ、このような反応も当然である。
『ごめん、さっきはその……逃げちゃって』
「別にいーけどよ、何で俺ん家の前きてたんだ?」
『デンジ君のところの女の子が迷子だったから届けてあげようと思って』
「ふーん、サンキューな」
当然レゼもデンジの事を考えていた。
だからこそ電話をかけてしまったのだろう。それも、2人が初めて会ったあの電話ボックスから。
『デンジ君は、最近どう?楽しくやれてる?』
「前までじゃ想像つかねえくらいに最高だぜ」
「ただ」と、デンジは言葉を繋げる。
「レゼが居なくて寂しいよ」
『……へぇ、まだ私の事好きなんだ。あの時デンジ君を捨てて逃げたのに?』
レゼは決して『マキマのせい』とは言わなかった。デンジがマキマの事をまだ好いていると分かっていたから。
勿論デンジがマキマの正体を知っているだろうと言うのは予想が付いていた。今更この事を言ったところで対して想いが変わらないだろうと言う事も。
「俺最近さ、いい夢見るようになったんだ」
『どんなの?』
「レゼとプールで泳いだ、あん時の夢。前までは悪夢しかなかったのによ」
『ぷっ、あはは!デンジ君ったら私の事好きすぎじゃない?』
微かに涙ぐんだ声でレゼは笑いを飛ばす。
デンジからは見えないが、彼女の頬は今頃赤らんでいるだろう。
『私も好き、だったんだと思う。わからないや、今まで人を好きになった事なんてなかったから』
「今度はホントだって思っとくぜ」
『本当だってばぁ』
まるであの時のような他愛もないやりとり。
だが嬉々としたデンジの声に気付き、横たわっていたナユタが目を覚ます。
「デンジ、メシ作れ!」
開口一番眠そうな声でそう命令するナユタ。
「わりぃ、ナユタ起きちまった。メシ作んねぇと」
『……分かった。デンジ君、切るね』
「じゃ、またな」
『うん……またね』
デンジは受話器を戻し、キッチンへ向かう。
今日の夜ご飯は肉じゃがである。
じゃがいも、にんじん、こんにゃくも入れて、最後に肉を大量に。味付けはこってり濃いめ、熱々の肉じゃがが食卓に並ぶ。
「いただきまーす!」
「いただきます」
2人同時に手を合わせて料理をつまむ。
戦い終わりの夜ご飯は、いつもより美味しい気がした。
人生で初めてまともに完結させた作品になりましたね。
ラストはデンレゼ復縁ルート、レゼ側が突き放すルート、それと今回のデンジが突き放すルートの3つがありました。
1つ目は尊いですがこれはそういうお話ではないですし、2つ目はペラの水族館デートと少し被ってしまう部分もあるので3つ目となりましたね。
何より、デンジは家族を手に入れ前向きに素晴らしい人生を送っているのに対してレゼが過去に囚われたままと言う構図を作りたかったのが大きいです。
とにかくありがとうございました。