1,2人の炎
人間は死の間際に追い込まれたとき、過去の記憶から無意識に抜き出された走馬灯を見るという。だが、那田蜘蛛山で竈門炭治郎が見たのは、『過去』ではなく、『未来』の記憶だった。
『悪い鬼がいない世界になった。だけどその代わり、余りにも多くのものを失った。
それでも、俺たちは生きていかなければならない。この体に、明日がある限り』
『終わりにしよう、無惨』
『道を極めた者が辿り着く場所は、いつも同じだ。時代が変わっても、必ずそこに行き着く』
『悔しいなぁ……。何か一つできるようになっても、またすぐ目の前に分厚い壁が現れるんだ』
『俺は、俺の責務を全うする! ここにいる者は、誰も死なせない!』
『ああ……ここにいたいなぁ……振り返って、戻りたいなぁ……。
たくさん“ありがとう”って思うよ。たくさん“ごめん”って思うよ。忘れることなんてない。
どんな時でも、心は傍にいる』
わずか一瞬の間に、『記憶』が次々と炭治郎の中に流れ込んでいく。
『ちゃんと見たか』
父、炭十郎の一言で、炭治郎は覚醒した。
『今』の炭治郎には、日の呼吸が分かる。
思考が追いつかない体を、無理やり動かす。呼吸を変え、折れた日輪刀を強く――これでもかと強く握りしめた。
――ヒノカミ神楽 円舞
☀ ☀ ☀
同じ頃。累によって逆さづりにされ、意識を落としかけていた禰豆子の中に、もうひとりの『禰豆子』が現れた。
「起きて。……起きなさい」
人間の姿をした禰豆子が、信じられないほど厳しく、寂しく、そして悲しい表情で鬼の禰豆子に語りかける。
「救える命がある。今なら……やり直せる。今の、私たちなら――」
意味深な言葉を残し、人間禰豆子は鬼禰豆子へと歩み寄る。額と額を、そっとコツンと合わせた――。
次の瞬間、人間禰豆子の姿は消え、代わりに鬼禰豆子の瞳が静かに開かれた。
禰豆子もまた、覚醒した。
もう、迷いはなかった。
――血鬼術 爆血
☀ ☀ ☀
覚醒した禰豆子の爆血は、累の糸を焼き切った。
それだけではない。その炎は『以前』のそれをはるかに超え、かつてはただ燃えるだけだった炭治郎の刀の色さえ、変えた。
(刀の色が……赫に?)
内心で疑問を抱いた累は、一瞬、炭治郎の赫刀を凝視する。
その一瞬が、命取りだった。
――ヒノカミ神楽 日輪陽炎
『前』と同じように累が自ら頸を切って生き残ることを防ぐため、炭治郎はもう一つ技を重ねた。その代償に、口から血をこぼし、体中の血管が限界まで浮かび上がる。
それでも、炭治郎の目は累の頸を捉え続けていた。
(ありがとう、禰豆子。ありがとう、みんな……!)
声に出すことはできなかったが、心の中で強く、そう叫ぶ。
次の瞬間。禰豆子と炭治郎の炎は重なり、累の頸を掻き切った。
炭治郎は、頸が落ちたかどうかを確かめる間もなく、意識を失って崩れ落ちる。
倒れ伏した炭治郎の傍らで、累の体がゆっくりと崩壊を始めていた。