逆行の刃   作:C E L I C A

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 迷った結果、拙作の第1章は那田蜘蛛山編だけではなく、柱合裁判編や蝶屋敷編も含めようと思います。では、4話をお楽しみください。


4,新・柱合裁判

「起きろ」 「起きるんだ」 「起きてくれ!」 「早く、早く‼」

 

 何度も呼びかけられたからか、炭治郎の意識は徐々に戻っていった。

 

(確か俺はさっき、なぜかもう一度累と戦って、それで今度は勝って。気を失って、それで……)

 

「オイ炭治郎! いつまでも寝ているんじゃねぇ! 柱の前だぞ‼」

 

(――柱)

 

 その単語で、炭治郎は完全に目が覚めた。

 

 バっと体を起こそうとするが、両手を縄で縛られているため、顔を上げるのがやっとだった。それでも目はしっかりと柱の方を向いていた。

 

 柱たちは、確かにそこにいた。時透無一郎、甘露寺蜜璃、胡蝶しのぶ、悲鳴嶼行冥、そして木の上には伊黒小芭内――全員が、生きている。少し離れた場所に立つ冨岡義勇も、宇随天元も、五体満足だった。そして……。

 

 今の炭治郎の状態では、流れた涙を拭うことができない。次々と溢れ、地面にぽつぽつと涙を落としながら、炎の色の輪郭をこれでもかと見つめた。

 

(……煉獄さんッ‼)

 

 炭治郎は喜びに浸りたかったが、その暇はなかった。

 

「ここは鬼殺隊の本部です。あなたは今から裁判を受けるのですよ、竈門炭治郎君」

 

 しのぶはそう言ったが、他の柱たちの多くは『前』と同じように、裁判に乗り気ではなさそうだった。

 

「裁判の必要はないだろう! 鬼を庇うなど明らかな隊律違反! 我らのみで対処可能!

鬼もろとも斬首する!」

 

 杏寿郎はキッパリと言い切り、

 

(えぇぇ……。こんな可愛い子を殺してしまうなんて、胸が痛むわ、苦しいわ)

 

蜜璃は炭治郎が死ぬ前提でことを考えている。

 

「あぁ……なんとみすぼらしい子供だ。可哀想に。生まれて来たこと自体が可哀想だ」

 

(何だっけ、あの雲の形。何て言うんだっけ)

 

 行冥と無一郎はいつも通りだった。

 

 ここまでは『前』と同じ通り。しかしこの場にいる者で『前』を知る者は、別に炭治郎だけではない。

 

「隊士が鬼を連れるのは、派手に前代未聞だ。

だからこそ、理由くらいは聞いてやってもいいんじゃないか」

 

 天元は、胸中に蘇る溢れんばかりの懐かしさをなるべく隠しながら言った。とはいえ、炭治郎の鼻は誤魔化せない。

 

(宇随さんからは、喜びと悲しみの匂いがする。

『前』と違って始めから俺の事情を聞いてくれそうだから、きっと宇随さんも、俺と一緒だ)

 

「珍しいな! 宇随がそう言うとは!」

 

「だが、鬼を庇う子供の言うことなど信じられない……やはり殺そう」

 

 チラリと義勇の方を向き、どうしたものかと天元が頭を悩ませた時。ここまで発言していなかった伊黒小芭内が天元の視線に気づき、口を開いた。

 

「そんなことより、冨岡はどうするのかね」

 

 炭治郎含め、一同の視線は義勇に向いた。

 

「拘束もしてない様に、俺は頭痛がしてくるんだが。

胡蝶めの話によると、隊律違反は冨岡も同じだろう。どう処分する、どう責任を取らせる。

どんな目にあわせてやろうか」

 

(伊黒さん、相変わらずネチネチして蛇みたい。しつこくて素敵♡)

 

 その小芭内から追及されている義勇はというと、『前』ほどではないが、やはり柱たちから少し離れたところに立っている。ただし、飾りのような無表情ではなく、意志がこもっていた。

 

「禰豆子は、他の鬼とは違う。

禰豆子を守る炭治郎を引きはがして頸を切ろうとしたが、その様子を炭治郎を襲っていると勘違いしたのか、禰豆子は俺の前に立ちふさがり、炭治郎を『守った』。襲ったのではない」

 

(冨岡さん、そんなにしゃべれる人だったんだ。必死な様子も可愛い♡)

 

 このままだと裁判が止まりそうなことを悟ったしのぶは、まずは炭治郎の話から訊くことにした。

 

「まぁ、彼の言い分については後でじっくりと聞きましょう。大人しくついて来てくれましたし。

それよりもまず、私は坊やの方から話を聞きたいですよ」

 

 しのぶの言葉に答えて、炭治郎は口を開いた。だがそれだけで、『前』よりも重症な身体は悲鳴を上げた。

 

「ゲホッ、ゲホゲホ」

 

 しのぶは、炭治郎の側に寄って言った。

 

「少し前、いくらかの治療はしておきました。

もうすぐ薬の効果が出て、痛みが和らぐと思います。

ただし怪我が完全に治ったわけではないので、無理はいけませんよ」

 

(……本当だ、もうこれ以上咳は出ない)

 

「ありがとうございます、しのぶさん」

 

「⁈」

 

(なぜ私の名前を知っているのでしょうか?)

 

 不思議に思ったしのぶだが、炭治郎はそれに気づく余裕はなかった。

 

「禰豆子は人を喰うのでなく、眠ることによって体力を回復させています。

だから人を襲いません、襲う必要もありません!」

 

 『前』よりも冷静な発言だったが、かといって柱たちの不信感が拭えるわけでもない。

 

「2人揃って、くだらない妄言を吐き散らすな。言うこと全て信用できない、俺は信用しない」

 

「あああ……鬼に取り憑かれているのだ。早くこの哀れな子供を殺して解き放ってあげよう」

 

(まずい、これじゃ取り付く島もない。お館様もいない中で、一体どうしたら……)

 

 炭治郎がそう頭を悩ませていると、

 

「たんj…いやお前、その鬼は人を襲わないって言ったよな?」

 

 天元が助け舟を出した。

 

「は、はい!」

 

 炭治郎は動ける範囲で、大きく頷いた。

 

「地味でもいいから、その証明をしろ。そうすれば皆が納得できる」

 

「もっとも、そんな証明ができるとは思えないがな」

 

 そう伊黒がツッコんだとき。

 

「話は聞いたァ。ならば俺が、その証明をしてやるよォ」

 

 一同の視線は、その声の主の方へ向いた。

 

「困ります不死川様! どうか箱を手放しくださいませ」

 

 隠たちは必死で止めるが不死川実弥は意に介さず、禰豆子のいる箱を両手で抱えながら、ずんずんと炭治郎たちの方へと向かう。

 

(……ッ! 不死川さんの匂いも、冨岡さんや宇随さんと一緒だ。

これならきっと、『前』のときみたいなことはせずに、上手くやってくれそうだ!)

 

 炭治郎は『前』とは違う実弥の行動を信じ、禰豆子を託すことにした。

 

 さて、その禰豆子を託された実弥はというと。

 

「とはいえ、もうすぐお館様もいらっしゃるだろうから、すぐに証明をやるわけにはいかねェ。

少し待っててくれェ」

 

 そう言うと、箱にも禰豆子にも傷がつかないよう、丁寧に地面に置いた。

 

 一瞬の間。しかしその間の直後、凛とした少女、にちかの声が響いた。

 

「お館様、若様のお成りです」

 

 両脇にいつの間にか控えていた組紐の髪飾りを身に着けた白髪の少女、にちかとひなきが、音も立てずにスッと襖を開ける。その奥から出てきたのは、顔の上半分が病に蝕まれた青年と黒髪の少年だった。

 

「よく来たね、私の可愛い剣士(こども)たち」

 

 そう言葉を発すると、産屋敷耀哉は白髪の少女たちに肩や手を貸されながら、静々と柱たちの方へ進んでいく。輝利哉も耀哉に付き添い、耀哉のすぐ後ろでゆっくりと歩いた。

 

 柱たちはその間、凄まじいスピードで一列に並び、恐ろしい勢いで頭を垂れた。『前』を知っている炭治郎も、今回は実弥の手を借りることなく、すぐさま頭を下げた。

 

「お早う皆、今日はとてもいい天気だね。空は青いのかな?

顔ぶれが変わらずに半年に一度の『柱合会議』を迎えられたこと、嬉しく思うよ」

 

 『前』と変わらない耀哉に挨拶を返したのは、今回も実弥だった。

 

「お館様におかれましても、御壮健で何より、何より……」

 

 言葉が上手く続かない。

 

 それもそのはずだ。実弥は、溢れ出る涙が両目からこぼれないように必死で堪えていた。喉が締まって、いつもならよく出る声も出なかった。

 

 実弥だけではない。炭治郎も、義勇も、後藤ら隠も、そして巧みに感情を隠していた天元でさえ、肩を震わせ、涙が静かに頬を伝い、ぽつぽつと産屋敷邸の地面を湿らせていた。

 

(不死川さんたち、どうしたんだろう? 大丈夫かな?)

 

 蜜璃を含む事情を知らない柱たちは、ただただ不思議に思うだけである。

 

「……ッ、失礼いたしました。お館様におかれましても、御壮健で何よりです。

益々の御多幸を切に、切に、お祈り申し上げます」

 

 実弥は何とか目に溢れる涙をゴシゴシと拭い、その後は力強く挨拶を言い終えた。縁側のすぐ近くの床に座った耀哉は、実弥たちの様子を仏のような微笑みで見ていた。

 

「ありがとう、実弥」

 

 一拍の間を置いて、耀哉は話し始めた。

 

「まずは炭治郎と禰豆子の件で、驚かせてしまってすまなかった。

2人のことは私が容認していた。

そして炭治郎と禰豆子に今日ここへ来てもらったのは、そのことを皆にも認めてほしいと思っているからなんだ」

 

 3人を除いて、柱たちの表情は全員、驚愕の色に包まれた。しかし、その驚愕に対する反応は様々だった。

 

「嗚呼……たとえお館様の願いであっても、私は承知しかねる……」

 

「私は全て、お館様の望むまま従います」

 

「僕はどちらでも……すぐに忘れるので……」

 

「……」

 

「信用しない信用しない、そもそも鬼は大嫌いだ」

 

「心より尊敬するお館様であるが、理解できないお考えだ‼ 全力で反対する‼」

 

 3人の柱も続けて、それぞれ意見を述べる。

 

「元はといえば、俺の判断によるものです。賛成致します」

 

「まずは、そのような判断を下すようになった理由をお聞かせ願います」

 

「炭治郎にしろ禰豆子にしろ、派手な実績が必要かと思います。

俺たちが『認める』のではなく、彼らが『認められ』なければ、どちらにしても、彼らを鬼殺隊の一員として派手に受け入れることは難しいでしょう」

 

(まあ、『認める』云々はお館様の受け売りなんだけどな)

 

「では、手紙を」

 

「はい」

 

 ひなきは鱗滝左近次からの手紙を読み上げた。

 

 内容は『前』と同じだ。左近次が手紙を書いたのは那田蜘蛛山編から少し前、炭治郎が最終選別に合格し、左近次の元へ帰ってきた直後だった。

 

「……『鱗滝左近次、冨岡義勇が腹を切ってお詫び致します』」

 

 ひなきは、最後の一文を読み終えた。その場は『前回』同様、シーンとした静寂に包まれる。炭治郎は、何度でも禰豆子のために命をかける2人を思うと、やはり胸の奥と目頭が熱くなった。

 

「……しかしそれでも、人を喰い殺せば取り返しがつかない‼ 殺された人は戻らない!」

 

 杏寿郎がハッキリと言うと、耀哉は鷹揚に頷いた。

 

「確かにそうだね。では、実弥」

 

「はい」

 

 実弥は即座に返事をした。

 

「少し、君の力を貸してもらいたい」

 

「もちろんです」

 

 実弥は立ち上がり、側に置いていた箱を抱えた、炭治郎の方を向く。

 

「竈門、少しの間妹を借りる。乱暴はしないから、安心しろ」

 

(大丈夫だ。不死川さんからは優しい匂いがする)

 

 炭治郎が頷いたのを確認すると、実弥は

 

「お館様、失礼仕ります」

 

と言って、草履を脱いでから屋敷へ上がった。

 

(()()不死川が、わざわざこんな対応をとるのか? 随分と冷静だが……)

 

 小芭内含め、事情を知らない柱たちはそう疑問に思ったものの、とりあえず、事の次第を見守ることにした。

 

 日光の当たらない屋敷の奥に辿り着いた実弥は、懐から何の用途に使われるのか分からない布を広げ、それを自身と箱の下に敷いた。また『前』と同じように自分の腕を傷つけ、『前』とは違って箱の扉を丁寧に開けた。

 

 箱の中から、禰豆子が出てきた。

 

 禰豆子の動きは速かった。『前』のことも覚えている禰豆子は、一同が固唾を飲んで見守る中、実弥の稀血の中の稀血に対して、涎を垂らすこともなかった。

 

 それどころか、自分の袖を裂き、実弥の傷口にそっと巻きつけた。そして、ぽんぽんと頭を撫でるように手を伸ばした。

 

(か、可愛い!)

 

 蜜璃はその様子を見て、何かをくすぐられた。

 

 一方の炭治郎たち、人生二周目組はというと。

 

(よ、良かった~)

 

 むちゃくちゃ安堵していた。

 

 義勇などは

 

「ふぅ」

 

と息をついて、実弥と天元以外の柱たちから怪訝な目で見つめられたくらいだ。

 

 実弥も同じように安堵したかったが、そういうわけにもいかない気がして、何とか表情筋を無に固定した。

 

「どうしたのかな?」

 

 目の見えない耀哉は結果を尋ねた。これには、輝利哉が答えた。

 

「鬼の女の子は、着物からちぎった布で血の出ているところを巻き、実弥の頭を撫でました。

目の前に血まみれの腕を突き出されても、特に何も反応しませんでした」

 

「ではこれで、禰豆子が人を襲わないの証明ができたね。実弥、ありがとう」

 

 実弥は禰豆子を箱の中に戻し、扉を閉め、敷いていた布を手早く片付けた。そして、

 

「失礼しました」

 

と言うと、箱を大切に抱え、草履を履いて炭治郎の側へとやって来る。

 

「借りていた妹だァ、人を襲わなくて良かったなァ」

 

 どこか照れくさそうに言って炭治郎のすぐ傍に箱を置くと、シュバっと元の位置へ戻った。実はその間、義勇と天元、特に天元から生温かい目線を向けられたりしている。

 

 実弥が戻った直後、まるでその様子を見ていたかのようなタイミングで、耀哉は炭治郎に話しかけた。

 

「炭治郎、それでもまだ、禰豆子のことを快く思わない者もいるだろう。

天元が言ったように、証明しなければならない。

これから、炭治郎と禰豆子が鬼殺隊として戦えること、役に立てること。

君たちは既に、十二鬼月を倒しているし、鬼舞辻と遭遇している」

 

 これには、天元や実弥を含む柱たちも驚いた。

 

「そんな、まさか……」

 

「柱ですら、誰も接触したことが無いというのに……‼」

 

「こいつが⁉」

 

「戦ったの?」

 

「鬼舞辻は何をしていた⁉」

 

(おい冨岡ァ、十二鬼月を倒したなんて聞いてないぞ!)

 

(この時期にしては、派手な実績だな)

 

 耀哉はスッと、口の前で人差し指を立てる。途端に、辺りは静まり返った。

 

「でもまだ、君たちならばできると、私は信じている。

歴代でも最高水準の柱に、炭治郎や禰豆子というある種の『変化』はきっと、鬼舞辻を追い詰めると思う」

 

「俺は……俺たちはきっと全員で、鬼舞辻無惨を倒します‼ 必ず‼

悲しみの連鎖を断ち切る刃を振るう‼」

 

 『今回』の炭治郎の発言は、柱たちに失笑されなかった。多くの柱たちも軽く頷き、最終決戦の記憶がある3人は、口唇を痛いほどかみしめた。

 

「信じているよ」

 

 そう耀哉は炭治郎に言った。

 

「では、炭治郎の話はこれで終わり。下がっていいよ。そろそろ柱合会議を始めようか」

 

「でしたら竈門君は、私の屋敷でお預かり致しましょう」

 

 しのぶがニッコニコの笑顔で言った。

 

「はい、連れて行ってください!」

 

 パンパンとしのぶが手を叩くと、ドゥワッというスピードで後藤ともう1人の隠が飛び出した。

 

「前、失礼しまァす‼」

 

 そして『今回』は特に抵抗しなかった炭治郎を1人の隠が背負い、後藤が禰豆子の入った箱を背負って、怒涛の勢いで産屋敷邸から去って行った。

 

 もちろん『今回』も、炭治郎が産屋敷邸から出る直前、

 

「炭治郎、珠世さんによろしく」

 

という耀哉の声かけがあったのだった。

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