逆行の刃   作:C E L I C A

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閑話,裁判の前

 柱合裁判が始まる少し前のことだった。

 

「では冨岡さん、私は彼を治療のため屋敷へ連れていきますので、先に本部へ向かってください。まさかとは思いますが、逃げたり、抵抗したりなどはしないでくださいね?」

 

「ああ、大丈夫だ」

 

 しのぶは炭治郎を背負ったカナヲとともに蝶屋敷へ向かい、冨岡義勇はその反対側、産屋敷邸へと続く道を猛スピードで駆けていた。ちなみに禰豆子は、既に隠の手によって本部へと運ばれていた。

 

 道中、義勇の脳裏には、鴉から届いた『追加』の伝令が繰り返し浮かんでいた。

 

『伝令‼ 伝令‼ 追加ノ伝令アリ‼ 水柱・冨岡義勇ハ、一足早ク本部ヘ向カウベシ‼

水柱・冨岡義勇ハ、今スグ本部ヘ向カエ‼』

 

(……流石に、稽古でもないのに柱同士でやり合ったのは、まずかったか)

 

 若干の後悔が胸をよぎり、思わず足が鈍りかける。だが、それでも義勇は速度を落とさなかった。

 

(いや、今さら気にしても仕方ない。それより――お屋敷で何が起こる?)

 

 いくら考えても、しのぶとの戦闘や炭治郎・禰豆子の件以外に、思い当たる節はない。そもそも炭治郎たちの件は、お館様は既に了承しているはずで、それだけで呼び出される理由にはならないはずだ。

 

 それに先程は後悔していたしのぶとの戦闘だが、少し冷静になって考えると、もしそのせいでお屋敷へ呼び出されるならば、しのぶも同じように呼びだされることが普通である。

 

 そう思いながら走っていると、ふと、目前に藤の花が咲き乱れる産屋敷邸が見えてきた。『前』の産屋敷邸である。

 

(そうだった、まだ移転前だったな。……考え事をしてたせいで、屋敷を間違えるところだった)

 

 珍しく焦りを感じつつも、義勇はそのまま邸の門をくぐった。

 

 ☀ ☀ ☀

 

「お、冨岡じゃねえか。お前も呼ばれたんだな?」

 

 懐かしい庭を歩いていると、先に来ていた宇髄天元が声をかけてきた。五体満足な彼の姿に義勇は懐かしさと嬉しさを覚え、自然と頬が緩んだ。

 

「ああ。那田蜘蛛山の任務が終わった少し後に、鴉から伝令が届いた」

 

「俺は警備地区を巡回している途中だった。

……那田蜘蛛山ってことは、夜が明ければ、炭治郎や禰豆子に会えるな」

 

 天元は義勇に目を向けていたが、ふと、空を仰ぐように満天の星へ視線を移した。その瞬間、義勇はハッと気づく。

 

「……もしや、お前も……」

 

「『記憶』はバッチリだ。普通に会話できてるってことは、お前も『そう』なんだろ?」

 

 義勇は苦笑する。

 

「確かにそうだが……『まとも』とは何だ、『まとも』とは」

 

 天元はチラリと義勇を見た。その視線は、やがて義勇の背後へと移っていく。義勇も、気配を感じて後ろを振り返る。

 

「よォ、二人して仲が良さそうだなァ」

 

 そこには、義勇と天元にとって見慣れた風柱・不死川実弥の姿があった。

 

 ☀ ☀ ☀

 

「呼ばれたのは、俺たちだけかァ?」

 

「分からない」 

 

 実弥の問いに、義勇は首を横に振る。

 

 三人は現在、産屋敷邸の一室に案内されていた。左から順に、天元、義勇、実弥の順で座っている。彼らの『記憶』が正しければ、ここはかつて緊急の柱合会議で使われた部屋と同じだった。

 

「だが見たところ、他の柱は来てねえみてえだな。まだ夜も明けちゃいねえし」

 

 天元が外を見ながら言った、ちょうどその時――

 

「若様のお成りです」

 

 屋敷の奥から、凛とした女性の声が響いた。産屋敷耀哉の妻で、輝利哉の母、あまねである。

三人は自然と姿勢を正し、頭を下げた。

 

 頭を下げていなければ、女物の着物に身を包んだ産屋敷家の後継ぎである輝利哉が三人の正面に、あまねがその右奥に座る姿が見えたことだろう。

 

「夜分遅く、それも任務中だったのに、三人も柱を呼び出してしまってすまない。

どうしても、君たちと話しておきたいことがあってね」

 

 輝利哉の言葉に、すぐ実弥が応じた。

 

「俺たちは、お館様や若様に呼ばれたならば、いつでも駆けつけます」

 

「ありがとう、実弥」

 

(若様も『記憶』をお持ちの可能性が高い)

 

 三人は、輝利哉と実弥の短いやり取りから、即座にそう判断した。最終決戦のとき、わずか八歳にして当主としての風格を持っていた輝利哉だが、今の彼には、それ以上の『重み』があった。

 

「薄々気づいているかもしれないけれど――数時間前、僕や君たちを含めた何人かの『記憶』が戻った。もちろん、ただの記憶じゃない。『これから辿る可能性のある未来』の記憶だ」

 

 三人は静かに頷いた。

 

「誰にどのように『記憶』が戻ったのかやその共通点など、まだ分かっていないことも多いけれど、これから調べていくつもりだよ。それに、既に大まかな目星はついている」

 

 一拍置いて、輝利哉は小さく息を吸った。

 

「ただ総合的に見て、『記憶』が戻ったことは僥倖だと思っている。

もう触れることができないはずの人たちが、生きて目の前にいる。これ以上に喜ばしいことはない。それに僕たちには、その『記憶』という教訓もある」

 

 あまねを除いた全員の脳裏に、『記憶』が走馬灯のように巡る。挫折、努力、悲しみ、喜び――その全てが詰まっている。

 

「だからこそ、『記憶』は慎重に扱うべきだと思う。

僕たちの一挙手一投足で、未来は良くも悪くも変わってしまうかもしれない」

 

 まだ幼い両手を、輝利哉はぎゅっと握りしめた。その心情は、三人の柱も同じだった。

 

「今から話し合うのは、大きく二つ」

 

 彼はその手を解き、片方の手で数字を示した。

 

「一つは『記憶』のすり合わせ。もう一つは、それを基にした『これから』の計画の立案。

計画がまとまったら、父上や他の頼りになる人がいれば、その人にも話すつもりだよ。

その時には君たちにも一言断るから、安心して話してもらいたいな」

 

「……分かりました。その上で、若様にお尋ねしたいことがございます」

 

「もちろんだよ、天元」

 

 天元の真剣な眼差しを、輝利哉は優しく、慈愛に満ちた微笑みで受け止めた。

 

「後でお館様に話が伝わるとのことですが、それは敢えてのお考えでしょうか」

 

 天元の質問はどこか遠回りなものだったが、輝利哉はその真意をきちんと掴んでいた。

 

「うん、その通りだよ。あくまで僕の個人的なものではあるけれど、これは『計画』だ。

……もう二度と、父上や母上、ひなきやにちかを亡くしたくはないんだ」

 

 自然と柱3人の目線は、あまねの方へ向いた。当のあまねはというと無表情を崩していなかった。しかしよくよく見ると、膝に重ねられているはずの手の平が握りこぶしになっていた。

 

「『それ』が必要なことだというのも分かっている。

そうでなければ、臆病な鬼舞辻をおびき寄せ、引き留めることは難しいのも分かっている。

だがそれ以上に、この二度目の人生を『前回』の踏襲にはしたくない……もっとも、僕如きの人間が、人の生殺与奪の権を持っているわけではないのだけどね」

 

「俺は、その考えに賛成です」

 

 質問をしたのは天元だが、真っ先に声を上げたのは実弥だった。

 

「いくら俺たちが『前』と同じようにしようとしても、きっと必ずどこかで綻びが生まれる……そうなるならばいっそ、『今』をよりよくするべきだと思います」

 

 続けて義勇も言った。

 

「『今』のこの時では、1年後に無惨と戦うことも、それに勝つことも誰も予想していなかった上に、不可能だと思われていました。

でも俺たちはその不可能を多大な犠牲の上とはいえ、成し遂げました。

『できる』『できない』の問題ではなく、『やる』『やらない』の問題だけだと俺は思います」

 

 2人の言葉に、天元は小さく頷いた。

 

「『今』の俺たちならば、『前』の先を見た俺たちならばきっと、皆で鬼のいない世界で生きれると信じています」

 

「君たちからその言葉を聞けてよかったよ」

 

 輝利哉は柔和だが、力強い笑みを浮かべた。

 

「では、始めようか」

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