「すみません、わざわざ蝶屋敷まで背負ってもらって」
炭治郎と禰豆子は今、産屋敷邸から蝶屋敷へと向かっている。
「これぐらい何ともねぇよ」
後藤の言う通り、背負われた炭治郎たちは軽やかに、そして素早く運ばれていた。
「それより炭治郎、十二鬼月を倒したって話、隠の間でもちきりだぞ! ホントか?
本当なのか?」
禰豆子の入っている箱を背負う後藤は、担がれている炭治郎の顔にこれでもかと近づいた。後藤本人は絶対に肯定しないだろうが、目は鬼と相対する時の実弥くらい血走っている。
「本当です。頸を切って、体が崩れ始めたところを気絶するまでに見ました」
「そうか! そうかそうか!」
先程までの緊張感とは一転、後藤の声は杏寿郎のように明るく弾んでいた。だが、すぐにその表情も真剣なものへと変わる。
「俺が言うのもアレだけど……あんまり『前』みたいな無茶はすんなよ。
那田蜘蛛山で倒れてたお前を見て、心配してた奴ら、結構いたからさ」
後藤は炭治郎の両目をまっすぐ見つめた。元々炭治郎は後藤をまっすぐ見ていたから、双方が互いの目を見つめ合う形になる。
「お前はさ、無惨討伐の希望だからな」
「ありがとう、ございます」
胸の奥にこみ上げる何かがあって、炭治郎の返事は少し詰まりながらも、確かな力を帯びていた。
「……ところで後藤さん」
「ん?」
今度は前方を向いて走る後藤に、炭治郎が声をかけた。
「後藤さんも、『記憶』を持っているんですか?」
後藤はすぐには答えず、前を向いたまま、静かに訊き返す。
「……その様子だと、炭治郎もだよな」
「多分、そうだと思います」
炭治郎の返事は、少し歯切れが悪かった。
「戦闘中に『記憶』が頭に流れ込んできた感じがして、まだきちんと整理ができていないんです」
(珍しい、炭治郎が弱音のようなものを……)
それだけ後藤が信頼されている証である。
「でも、少なくとも、俺は今度こそ、1人でも多くの人と一緒に、鬼のいない世界を生きたいんです!」
続けて言った炭治郎の言葉は、後藤たちの琴線に刺さった。
「……そうだよ、ホントにそうだよ」
「全くだ」
後藤ら2人はそう呟くと、胸に詰まるほど溢れそうな思いを抱きながら、蝶屋敷へ向かうスピードを速めた。
炭治郎もまた、形のある目標を宣言したことで、『2回目』の人生でやるべきことに、思いを馳せたのだった。
☀ ☀ ☀
「ごめんくださいませー」
蝶屋敷に到着し、後藤が玄関で来訪を告げると、待ってましたと言わんばかりの速さで一行、正確には炭治郎の方へと駆けていく少女がいた。
「炭治郎、おかえりなさい!」
満面の笑みを浮かべてそう言い切ったカナヲだが次の瞬間、ハッと我に帰った。
「あ、すみません。つい……」
カナヲはバツの悪そうな顔を後藤らに向けた。
「いやいや、大丈夫大丈夫」
『前』の炭治郎とカナヲの関係を知る隠の2人は、訳知り顔でウンウンと頷く。
そして。
「申し訳ございませんが、俺たちはこの後、別の任務がありますので、ここで失礼致します」
後藤は丁寧な口調で言いながら、サッと禰豆子の箱を置き、もう1人の隠を意味深な目で見つめる。どういう意味かすぐに理解した相方は、炭治郎をカナヲの背に預けた。
「では!」
2人は猛スピードで蝶屋敷を出た。未来の夫婦を2人っきりにしてあげたいという、後藤らの配慮である。
余りのスピードに一瞬あっけにとられた炭治郎とカナヲだが、すぐに背負い、背負われた互いを、温かい目で互いに見つめた。周囲には、ほわほわとした空気が流れる。
そんな何人も近寄れなさそうな雰囲気に気づきながらも、敢えて声を掛ける猛者がいた。
「カナヲ! ……それに、炭治郎さん! 2人とも、ここは蝶屋敷ですよ!」
「……アオイさん!」
炭治郎は2人だけの世界から抜け出し、アオイに気づいた。
「お久しぶりでsゴホッ、ゴホッ」
炭治郎は『前』より重症だった。
「怪我のこともあるので、大きな声で話さなくて大丈夫ですよ!」
炭治郎はコクコクと頷いた。
カナヲが声をかける。
「アオイ、ちょっと禰豆子さんを『前』と同じ部屋まで運んでほしいな。
私が炭治郎を病室まで連れて行くから」
「…分かった、じゃあまたね!」
カナヲはコクリと頷き、炭治郎を背負って病室の方へと向かった。曲がり角でカナヲたちの姿が消えるまで、アオイはその様子を微笑ましく見守っていた。
☀ ☀ ☀
「五回かぁ……やっぱり飲まなくちゃいけないんだよね?」
「当タリ前ダロ、早ク治シテ強クナルゾ」
病室の外からわずかに漏れ出る2人の声を聞いて、炭治郎はとりあえずホッと一息をついた。もちろん『今回』も善逸と伊之助は負傷したものの、命に別状があるほどではなかった。
「善逸、伊之助、久しぶり!」
なるべく怪我に障らないよう、炭治郎は小声でハキハキと言った。その瞬間、善逸と伊之助の目線は同時に向き、
ドバっと涙を流した。
「…炭治郎、炭治郎だよな?」
善逸は、やっとのことでその一言を絞り出した。
2人から鼻が詰まりそうになるくらいの喜びの感情を嗅いだ炭治郎は、静かに頷いた。
「生キテル、生キテル」
伊之助は繰り返しそう言い続けた。
「なあ、炭治郎」
怪我のせいで上手く話すことのできない伊之助の代わりに、善逸が涙声で炭治郎に話しかける。
「お前がいなくなった後、いろいろ大変だったんだよ。
葬式には俺たちが知らないたくさんの人が来て、いっぱい泣いて……やっぱり炭治郎は凄いなぁって思った」
伊之助は、怪我が悪化しない程度にウンウンと頷いた。一方の善逸は鼻水をすすって、更に言葉を続けた。
「だからさ、だからこそ、『今回』は1人で抱え込むなよ。こう見えても俺たちは、友達だから。
支え合って、助け合ってこそだろ?」
鬼殺隊に入ってからも、鬼殺隊が解散してからも、ずっと炭治郎のことを見て、聞いていた善逸だからこそ言える言葉だった。鼻声ながらも、善逸の優しい言葉は炭治郎の心を明るく照らした。
「……ありがとう」
ただ一言だけ答えると、炭治郎の両目からは大粒の涙が流れた。涙は頬をつたい、寝かされたベッドのシーツを濡らしていく。
「ごめん、そして、本当に、ありがとう」
口からポツポツと言葉が飛び出していく。
心配したカナヲが静かに炭治郎の手を握る。その温かい体温を感じながら、炭治郎は仲間の繋がりを切に噛みしめていた。