まばゆいスタジオの照明がふっと落ち、ドラマチックなピンスポットライトがステージの中央を射抜く。光の只中で、番組ホストであるMr.ミミ作がバサリと大きく翼を広げた。
「『普通の生徒』と自称する彼女。しかし――彼女の周囲には、不可解な謎がいくつも付き纏っている……!」
ミミ作のよく通る声が、静まり返ったスタジオに響き渡る。背後の巨大モニターには、透き通るような青空を背景に、優しく微笑むひとりの少女の姿が映し出されていた。
「本来ならば決して足を踏み入れることのできない、トリニティの最高権力機関『ティーパーティー』の席へ招かれ……さらには、キヴォトスを騒がせる覆面強盗団のリーダーなのではないかという黒い噂まで……。一体、彼女の言う『普通』とは何なのか!」
ミミ作はカメラに向かって翼の先をビシッと突き付け、熱を帯びた声で叫んだ。
「エデン条約編、最初の『イッテ青穹』! その主役は――トリニティ総合学園2年、阿慈谷ヒフミさんだァァァ!!」
ファンファーレと共に照明が再び全開になり、眩い光がステージを包み込む。
「そして、今回の特別ゲストはこのお二人だ〜!」
ミミ作の紹介に合わせ、ステージの袖から二つの影が優雅に、そして軽快に歩み出てきた。
一人目は、純白の制服に身を包み、背に神々しい翼を持つ少女。彼女は手にしたティーカップを優雅に傾けながら、気品に満ちた笑みを浮かべる。
「どうも、ティーパーティーのホストを務めております、桐藤ナギサです」
そしてもう一人。灰色の髪を揺らし、黄色の瞳を爛漫と輝かせた長身の少女が、元気よくピースサインを決めた。
「補習授業部の担任! 星だよ〜!」
その瞬間、ミミ作の顔がピクリと引きつった。彼の脳裏に、『銀河打者(男)』の姿がフラッシュバックする。
(……………いつも思うが性転換してるんだこの話の主人公は穹だったよな?)
ミミ作は湧き上がる大いなる宇宙のバグめいた疑問を必死に飲み込み、誰にも聞こえないほどの小声でツッコミを入れた。しかし、開拓者の鋭い聴覚はそれを逃さない。
「ん? ミミ作、今何か言った?」
「い、いいや! 何にも言ってないぞ!!」
ミミ作は慌てて両翼を振り回し、強引に話題を軌道修正する。
「と、ところでお二人は、今回の主役であるヒフミさんについて、かなり造詣が深いようだが?」
その質問は、ある意味でパンドラの箱だった。
ナギサの瞳の奥に、仄暗くも熱烈な光が灯る。彼女はティーカップを音を立てずにテーブルへ置くと、どこからともなく分厚いアルバムや大量の隠し撮り……いや、スナップ写真を取り出し、卓上に並べ始めた。
「『知っている』などという浅い言葉で括らないでいただけますか? 私はヒフミさんと日頃から深く、深く関わっておりますから。」
「私も負けてないよ!」
ナギサの熱弁を遮るように、星が身を乗り出す。
「アビドスでの過酷な砂漠行軍も、ブラックマーケットでのドンパチも、私はヒフミと一緒に最前線でくぐり抜けてきたんだから!」
「あー! 分かった! 分かったから!!」
このままではヒフミへの愛を語るだけで番組の尺が消し飛ぶと悟ったミミ作は、羽をパタパタとさせて二人を制止した。
「これ以上のアピール合戦は控えてくれ! 視聴者が退屈しないように、早速ヒフミさんの性能解説へと移っていくとしよう!」
背後のモニターが切り替わり、戦闘態勢をとるヒフミの映像が映し出される。
「阿慈谷ヒフミさんは記憶の運命を歩む、撃種は貫通! 装備は軽装備のストライカーだ!」
モニターに【EXスキル:助けて、ペロロ様!】のテロップが踊る。
「戦場に巨大な『ペロロ様』をド派手に召喚! 円形範囲内の敵に攻撃力分の特大ダメージを与え、さらにパッシブスキルの効果により、強力な『挑発』を付与する! 敵の苛烈な集中砲火を一身に引き受けるペロロ様の姿は……まさに守護神そのもの!」
映像の中で、巨大な怪鳥のぬいぐるみが弾雨を受け止める姿を見たナギサは、両手を胸の前で組み、うっとりとため息を漏らした。
「ああ……ヒフミさんの純粋なオタ活心が具現化したような、素晴らしいです……」
「これ、ワカモ戦みたいな強烈な単体攻撃も全部ペロロが吸ってくれるから、実際の攻略では本当に助かるんだよね。ヘイト管理の要だよ!」
星がゲーマー特有の的確な戦術分析を挟む。ミミ作は頷き、次の解説へ移る。
「続いて【ノーマルスキル:ペロロ様の応援】! 20秒毎に敵一体に対してダメージを与え、さらに命中値を減少させるデバフを付与! 地味に見えるが、着実に敵の牙を折っていくペロロ様の底力だ!」
「流石、ペロペロ様ですね。いつもヒフミさんが大事に持ち歩いているだけのことはあります」
「ナギサ、ペロペロじゃなくてペロロだよ」
星がすかさずツッコミを入れつつ、腕を組んで分析を続ける。
「でも、単体ダメージと命中率ダウンかぁ。今のインフレ気味な最強格アタッカーたちと比べちゃうとちょっとパンチが弱いけど……ま、EXスキルでのペロロ様のデコイ維持が最大の強みだし、いっか」
「さらに【パッシブスキル:コレクター根性】!」
ミミ作が声を張り上げる。
「自身のHPを14%増加させる! 固有武器のレベルを上限まで引き上げれば、さらにHPを底上げすることが可能だぞ!」
「これでヒフミさんが倒れる確率が減る……本当に、安心しました」
ナギサは心底ホッとしたように胸を撫で下ろす。その過保護ぶりはもはや母親のそれだった。
「そうだね。ヒフミ本体のHPが上がれば、召喚されるペロロの耐久値も連動して上がるから、特別依頼の防衛戦や指名手配みたいな物量で押されるステージでさらに壁として扱いやすくなるよ」
「そして最後! サブスキル【すばしっこいコレクター】では、ペロロ様召喚後の5秒間、コスト回復力が増幅するバフがかかる!」
「うんうん、コスト管理が命のこのゲームにおいて、回復力バフは腐らない超優秀なスキルだよね!」
星の的確な評価に、ミミ作は満足そうに深く頷いた。
「よし! スペックの解説はここまでだ! 百聞は一見に如かず――それでは、実際にヒフミさんとペロロ様が戦場を支配する姿を見ていこう!」
ミミ作が翼を振り下ろすと同時に、スタジオの空気が引き締まり、モニターの映像が本物の戦場へと切り替わっていった。
モニターに映し出されたのは、夕日に照らされたキヴォトスの街角だった。両手に可愛らしい紙袋を抱え、楽しげに並んで歩く二人の少女。
「ヒフミさんとノノミさんが共に帰っている。この二人はモモフレンズのグッズが好みという共通点があり、今日はその帰りのようだ」
ミミ作の穏やかな実況がスタジオに響く。画面の中のヒフミとノノミは、限定のペロロ様グッズを手に入れたのか、花が咲いたような笑顔で語り合っていた。平和な放課後の一コマ――。
「おーっとそんな二人の目の前にオートマターの兵士が襲いかかる!」
ミミ作の叫びと共に、映像の空気が一変した。路地の奥から無機質な駆動音を響かせ、鋼鉄の兵士たちが津波のように押し寄せてきたのだ。平和な夕暮れは一瞬にして、硝煙立ち込める戦場へと変貌する。
「二人は遮蔽物に隠れながら敵を倒していくが全く減る様子が見えない」
アサルトライフルを構えるヒフミと、巨大なミニガンを携えるノノミ。遮蔽物に身を隠し、必死に銃爪を引く二人だったが、倒しても倒しても次々と湧き出るオートマターの波に、次第に追い詰められていく。画面越しのヒフミの額に、焦りの汗が滲む。
ガタッ!!
その悲壮な光景を見た瞬間、スタジオのゲスト席から凄まじい殺気が膨れ上がった。優雅に紅茶を飲んでいたはずのナギサが、瞳孔を開いた状態で立ち上がり、どこから取り出したのか通信機を握りしめていた。
「今すぐにでもL118榴弾砲で支援砲撃をしましょう」
その声は氷のように冷たく、トリニティの砲兵隊に今まさに全弾発射の号令を下さんとする、一片の冗談も混じらない本気のトーンだった。
「待ってくれ!これは映像、実際に今やっているわけじゃないんだ!」
ミミ作は悲鳴を上げながらナギサに飛びつき、必死に羽をバタつかせて通信機を奪い取ろうとする。スタジオが別の意味でパニックに陥る中、映像の中の戦況が動いた。
「敵の数に押される中、ついにコストが溜まった!」
ミミ作が叫ぶ。モニターの中、息を切らしたヒフミの目に決意の光が宿る。彼女はポーチから取り出した謎の物体を、敵陣のど真ん中へと力いっぱい放り投げた。
その瞬間、まばゆい光と共に、あの巨大な怪鳥――いや、神聖なる偶像が現出する。
「ヒフミはすぐさまペロロ様を召喚!挑発を受けた敵が一斉に集まりペロロ様に攻撃を与える!」
ドズゥゥゥン!!という重低音と共に着地した巨大なペロロ様。その圧倒的で不可解な存在感(と、強烈なヘイトを惹きつけるオーラ)に当てられ、オートマターたちはヒフミたちを完全に無視し、一斉にペロロ様へと銃口を向けた。激しい弾雨がペロロ様のふくよかなボディに吸い込まれていく。
「うんうん、これがヒフミの真骨頂!」
星が満足げに腕を組み、ニッと笑う。タンクとしての完璧なヘイト管理。戦術の要が見事に機能した瞬間だった。
「ペロロ様が攻撃を引き受けてくれている間にノノミのEXもたまった!」
ペロロ様が敵の注意を完全に引きつけているその背後で、ノノミがゆっくりと立ち上がる。彼女の抱える巨大なミニガンが、キュイイイインと甲高いモーター音を響かせ、銃身を高速回転させ始めた。その優しい微笑みはそのままに、しかし瞳の奥には確かな殲滅の意思が宿っている。
「ノノミのミニガンによる範囲射撃で敵を一掃!」
嵐のような弾幕が、ペロロ様の周囲に群がるオートマターたちを文字通り薙ぎ払った。装甲が紙切れのように砕け散り、爆発の炎が夕闇を照らす。ペロロ様という完璧な囮と、ノノミの圧倒的な火力。息の合った見事な連携プレイだった。
「状況終了お疲れ様〜」
ミミ作が安堵の息を吐きながら締めくくる。
「ふぅ……一安心です。」
ナギサはへなへなと椅子に座り込み、安堵で涙ぐみながら胸を撫で下ろしている。その手にはまだ、先ほど強く握りしめすぎてうっすらとヒビが入ったティーカップが残されていた。
「いやー、見事なコンボだったね。ヒフミで敵を一箇所に集めて、ノノミみたいな範囲攻撃アタッカーでまとめて吹き飛ばす。やっぱりこの相性は抜群だよ」
星はゲーマーとしての冷静な視点を取り戻し、感心したようにウンウンと頷く。
ミミ作は羽で額の冷や汗を拭いながら、大きく息を吐き出した。
「あ、ああ……本当に色々な意味で心臓に悪い映像だった。だが、これで視聴者の皆にも、阿慈谷ヒフミさんの戦場での頼もしさが伝わったはずだ!」
「ええ……本当に。ですがミミ作さん。次回からは、ヒフミさんが少しでも危険な目に遭う映像は、事前に私がすべて検閲させていただきますからね?」
「えっ!? 番組の構成に口を出す気か!?」
「ティーパーティーの権限において、当然です。……何か文句が?」
「い、嫌だ!ペロロ様、どうかこのシリーズを守ってくれェェェ!!」
「ホワチャッ!」
「僕は周りくどい会話を嫌う……だから、単刀直入に聞こう」
ケリュドラは、優雅なティーセットが並ぶテーブルを一瞥すらせず、傲岸不遜な態度でティーパーティーのホストを見下ろした。
彼の瞳に宿る威圧感は、この豪奢な空間の空気を泥のように重く変えていく。
「『補習授業部』……彼らはお前たちにとって、一体どんな集団なのかをな」
その問いは、探りではなく確信を持った追及だった。
だが、ナギサは表情の機微を完璧にコントロールし、カップの縁から静かに唇を離した。
「ふふ……『校長』。おっしゃっている意味が、少々分かりかねますね……」
白々しいまでの微笑み。
トリニティの頂点に立つ者として、いかなるイレギュラーの前でも泰然自若たる態度を崩さない。それが彼女の矜持であり、最大の防御でもあった。
しかし、目の前の覇王にとって、その程度の虚勢は薄紙に等しい。
「ほぉ。あくまでシラを切る気とは……この僕を前にして、良い度胸だ」
ケリュドラが低く喉を鳴らした、次の瞬間だった。
「――っ!?」
ナギサの瞳孔が限界まで収縮する。
瞬きすら許されぬ神速。ケリュドラの傍らに控えていた静かなる影――剣旗卿セイレンスが、音もなくナギサの背後へと回り込んでいたのだ。
冷ややかな殺気と共に、ナギサの華奢な首元に、鋭く研ぎ澄まされた白刃がピタリと押し当てられる。
刃から伝わる氷のような冷たさに、ナギサの喉がヒュッと鳴った。警備の生徒たちは、誰一人としてセイレンスの動きに反応すらできていない。
「ふざけた真似はよした方がいい……」
ケリュドラは王座から下知を下すように、冷酷に告げた。
「僕たちはいつでも、お前の命をどうとでもできるのだからな」
圧倒的な暴力の差。それは単なる脅しではなく、揺るぎない事実としての宣告だった。
だが、首に刃を当てられながらも、ナギサはトリニティのトップとしての意地を見せた。僅かに震える声帯を必死に抑え込み、気丈に睨み返す。
「……仮にも、学園のトップに対する脅迫行為。キヴォトスの常識をご存じではないのですか?」
「ハッ……!」
ナギサの精一杯の抵抗を聞いたケリュドラは、まるで極上の喜劇を見たかのように、腹の底から笑い声を上げた。
「『法のタイタン』となった僕に、常識を問うとは! ククッ……ここまで面白い輩は初めてだ!」
嘲笑。キヴォトスの理など、外宇宙の覇者たる彼にとっては児戯に等しい。
ひとしきり笑った後、ケリュドラはふと獰猛な笑みを収め、唐突に話題を切り替えた。
「聞くところによれば、紅茶卿。君は『チェス』を嗜むそうだな」
「……えぇ。まぁ、多少は心得がありますが」
ナギサは困惑を隠しきれなかった。
首元には未だ凶刃が当てられている。命の危機という極限状態の中で、なぜ突然遊戯の話が出るのか。相手の思考が全く読めない。
「ならば、僕と一局やらないか?」
「……唐突ですね。一体、何が狙いなんですか?」
ナギサは警戒心を露わにし、探るように問い返した。
盤上での勝負。そこにどんな罠が、あるいはどんな取引が隠されているのか。政治の渦中で生きる彼女の脳が、高速で損得勘定を弾き出そうとする。
だが、ケリュドラはそんな彼女の思考を、力業で粉砕した。
「お前が答えていい言葉は、『イェス』か『ノー』の二つだけだ」
冷徹で、絶対的な命令。
部屋の空気がさらに数度下がり、ケリュドラの放つ重圧がナギサの全身にのしかかる。セイレンスの刃が、わずかに皮膚へ食い込む感触がした。
「やるのか、やらないのか?」
逃げ道は、最初から用意されていなかった。
静寂に包まれたティーパーティーの部屋で、悪魔の遊戯の招待状が、ナギサの前に突きつけられていた。
磨き上げられた大理石の盤上で、白と黒の軍勢が静かな殺意を交えながら対峙していた。
カツン、と。ケリュドラが黒の駒を無造作に、しかし圧倒的な威圧感を伴って前線へと進める。その打ち筋は彼自身の在り方を示すように、退路を断った苛烈な猛攻だった。
「ほう。攻めではなく、守りに徹するとは……」
ケリュドラは盤面から視線を上げ、チェス盤を挟んで向かい合うナギサを値踏みするように見据えた。
「お前は、自らの兵の力を信用していないのか?」
「…………」
ナギサは表情一つ変えず、白のポーン(兵士)を指先でそっと撫でた。そして、優雅な所作で守りを固める位置へと駒を滑らせる。
「そう言う『校長』。あなたこそ、攻めに攻めて……兵を大事にしないのですか?」
丁寧な口調の中に、微かな毒を混ぜ込んだ反撃。
だが、ケリュドラはその毒を美味そうに飲み込み、傲岸不遜な笑みを深めた。
「我が兵は、『犠牲』と『芸術』だ」
それは、常人の倫理観を根底から覆す覇王の哲学だった。
「我が軍は決して後ろを振り返らない――勝利の後には、生き残った誰かが、盃を僕たちの魂に手向けてくれるだろうからな」
命を使い潰すことへの微塵の躊躇いもない、血塗られた誇り。
その言葉を聞いたナギサの瞳の奥に、冷たい光が宿った。彼女は静かに手元のポーンを拾い上げる。
そして、その駒を盤のど真ん中、両軍が入り乱れる最前線へと無造作に置いた。
――カコン。
ナギサは細く美しい指先で、そのポーンを弾き倒した。
硬質な音がティーパーティーの静寂な部屋に響き、白の兵士が盤上に力なく転がる。
「……なんのつもりだ?」
ケリュドラが目を細め、底冷えのする声で問う。
ナギサは倒れた駒を見下ろしたまま、能面のように感情を排した声で口を開いた。
「校長、あなたは言いましたね? 私に『一体何を企んでいるのか』と……」
彼女はゆっくりと顔を上げ、ケリュドラと視線を真っ向から交差させた。
「あなた方の中に、とても優秀な指導者がいたのでしょうね。……まさか、初日に行うテストの難易度が、端から『彼女たちがクリアできないこと』を前提に作られたものであると気づくとは」
見透かされたことへの僅かな賞賛と、想定外の知性に対する警戒。
「ようやく、語る気になったか……」
「あなた方はもうお気づきでしょうが……私は最初から、彼女たちを卒業させるつもりなどありません。むしろ………」
ナギサは冷酷な為政者の顔となり、切り捨てるように断言した。
「皆、退学(ついほう)させてしまった方がいいとまで考えています」
「ほお。……それはなぜだ?」
盤上の捨て駒。ナギサは弾き倒したポーンを冷徹な眼差しで見つめ、トリニティを揺るがす最大の闇を口にした。
「彼女たちこそが、トリニティの『裏切り者』だからですよ」
ーーーーーーーーーーーーーー
一方その頃。
黄金学舎(仮)と化した補習授業部の教室では、重苦しい沈黙が落ちていた。
「それは……本当の話なのか?」
ファイノンが、信じられないものを見るような目で問いかける。彼の声には、学園という平和な箱庭に似つかわしくない「謀略」の存在に対する戸惑いが滲んでいた。
「はい………」
教壇の前に立つヒフミは、ペロロ様のカバンを胸の前でギュッと握りしめ、罪悪感に苛まれるように俯いた。
「この補習授業部のメンバーは全員、ナギサ様にとっての……いや、トリニティにおける『裏切り者』の容疑者なんです」
絞り出すような声だった。
水着姿のハナコも、ガスマスクのアズサも、小動物のようなマイアも、そして赤点に絶望しているコハルも。ただ成績が悪いから集められたわけではない。監視と、排除のために一つの籠に入れられたのだ。
「そして、私は……その裏切り者を探すために、ナギサ様から部長をやらされているっていう話です。……はい」
ヒフミの告白に、教室の空気が一層重くなる。
「トリニティの裏切り者……。一体、なんの話なのでしょう?」
キャストリスが不安げに胸元を押さえ、周囲を見渡した。オンパロスの民である彼女たちには、この学園の政治的背景など知る由もない。
「さぁねぇ〜。私にはぜーんぜん分かんない」
だが、そんな重苦しい空気の中でも、サフェルだけは相変わらず机に突っ伏して足をぶらぶらと揺らしていた。彼女はニシシと悪戯っぽく笑い、視線を巡らせる。
「あそこでこっそり盗聴してる金織女(アグライア)は置いておくとして……アナ先生や、グレっちは、何やら勘づいているみたいだね?」
サフェルの言葉に、キャストリスがハッと顔を上げた。
「穹さん、そうなのですか?」
「ふふふ。みんな、興味しんしんね」
キュレネが楽しげに笑いながら、教室の後方で腕を組んで目を閉じている穹へと視線を促す。
沈黙を保っていた穹は、ゆっくりと目を開き、開拓者としての鋭い直感と、断片的な情報から導き出した一つの推論を口にした。
「多分……『エデン条約』に関係しているんじゃないか?」
その単語が出た瞬間。
俯いていたヒフミが、弾かれたように顔を上げた。
「えっ……! エデン条約、ですか!?」
外部の人間であるはずの彼が、なぜその極秘裏に進められている条約の名を知っているのか。ヒフミの瞳が驚愕に見開かれる。
「流石ですね」
穹の推論を肯定するように、アナクサゴラスが静かに頷いた。
「その条約関連の出来事と見て、ほぼ間違いないでしょう。集められた生徒の特異性、テストという名の不当な足切り……すべては、大きな政治的イベントを前にした『不確定要素の排除』に繋がります」
二人の間で、素早く、そして正確な状況分析が完了してしまう。
だが、その高度な会話に完全に置いてきぼりを食らった者が一人。
「ちょっとちょっと! 何、二人で勝手に納得しちゃってるの!?」
サフェルがバンッと机を叩いて立ち上がり、不満げに頬を膨らませた。
「条約? 裏切り? ぜんっぜん意味わかんない! 私たちにも分かりやすく教えてよ〜!」
彼女の飾らない抗議の声が、謀略の闇に沈みかけていた教室に、少しだけ間の抜けた、しかし確かな日常の光を引き戻していた。
アナクサゴラスは、知的な光を宿した瞳で黄金裔を見渡した。
彼の纏う空気は、先ほどまでの熱狂的な「大地獣(タイタン)」の求道者から、生徒のために情報を集める先生としてのそれへと切り替わっている。
「私がこの学園に辿り着いてから、まず最初に行ったこと……それは生徒たちの情報を集めることです」
低く、よく通る声が静まり返った教室に波紋を広げる。彼は手元のバインダーを指先で軽く叩いた。
「そこで得た情報から、少々興味深い事実が浮かび上がってきました」
「興味深い事実?」
ファイノンが真剣な面持ちで先を促す。アナクサゴラスは腕を組み淡々と語り始めた。
「ええ。まず、アズサさんとマイアさん。彼女たちの書類には、以前通っていた学校の情報が一切記載されていませんでした。見事なまでに白紙です。……つまり、何者かが『意図して』彼女たちをこの学園に転入させ、潜り込ませたということになります」
正体不明の転校生。その事実が持つ不穏な響きに、教室の空気が僅かに冷える。
「二つ目は、ハナコさんです。彼女は現在、あのような……ええ、痴態とも呼べる愚者を演じていますが、以前はティーパーティーをはじめとする様々な政治勢力から、一目置かれるほどの実力を持っていたそうです」
「彼女が……そんなに優秀な人物だったなんて……」
ファイノンは驚きに目を丸くした。あの、白昼堂々ハイレグ水着で練り歩き、嬉々として退学スレスレの言動を繰り返す少女が、かつてはエリート中のエリートだったというのだ。
「そんな優秀な頭脳を持つ者が、突如として奇行に走る……。上に立つ者にとって、これほど不気味で危険な人物はいません。いつ、何を企み、どう牙を剥くか読めないのですから」
「なるほどねぇ」
机に突っ伏していたサフェルが、足をぶらぶらと揺らしながら顔を上げた。彼女の興味は、複雑な政治的背景よりも、もっと単純な疑問に向かっていた。
「でもさ〜。それと、あの『エデン条約』だっけ? それが一体、なんの関係があるのさ〜」
その率直な問いに対し、アナクサゴラスは視線を教室の後方――腕を組んで目を閉じている穹へと向けた。
「皆さん、覚えていますか? 先程、穹さんが立ち会った会談での会話の内容を。ティーパーティーのトップの一人がは、こう言いました」
アナクサゴラスの脳裏に、学園の支配者が漏らした言葉が正確に再生される。
『私達としてはちょっと困ったタイミングで、っていうかー……エデン条約で今はバタバタしていてね? あの子達の件も何とか解決しないといけないんだけれど、人手も時間も足りなくって』
「つまり、現在の彼女たちの最重要事項は『エデン条約』の対応です。コハルさんに関しては特にこれといった危険な情報はありませんでしたが、この三人の『容疑者』を一つの部活に押し込め、そこにヒフミさんという監視役まで据えた……。この不自然な配置から導き出される答えは、一つしかありません」
張り詰めた沈黙。
ファイノンは静かに息を吐き出し、パズルの最後のピースをはめ込んだ。
「……エデン条約の邪魔者。ティーパーティーにおける、目の上のたんこぶという認識でいいのかな?」
「その通りです」
アナクサゴラスが満足げに深く頷く。
学力不足の救済などというのは建前に過ぎない。この補習授業部は、学園最大の政治イベントを円滑に進めるため、不確定要素を隔離し、まとめて排除(退学)するための「ゴミ箱」だったのだ。
「そして……彼もまた、ほぼ同じ結論に至っていたようですね」
アナクサゴラスの視線を受け、それまで黙って聞いていた穹は、ゆっくりと目を開けた。
彼は「ふふん」と効果音がつきそうなほど堂々と胸を張り、鼻高々にふんぞり返る。全てお見通しだったと言わんばかりの、自信に満ちた(そしてどこかコミカルな)ドヤ顔だ。
「ふふっ、流石ね」
キュレネがクスクスと笑い、大袈裟な手つきで拍手を送る。
先ほどまでの緊迫した推理劇を称賛する、その和やかな――あるいは少し間延びした――空気を、鋭い刃のような声が一刀両断した。
「皆さん、今すぐにここを出る準備をしてください」
アグライアだ。彼女の声音には一切の感情が交じっていなかったが、その背後に張り巡らされた見えない『金糸』が微細な振動を伝えているのだろう。彼女の氷のような瞳には、明確な緊迫感が宿っていた。
「アグライア様……どうしたのですか? ここを出る準備なんて……」
突然の通達に、キャストリスが目を丸くする。つい先ほどこの教室(宿舎)に落ち着き、これからという時ではないか。
だが、アグライアは首を横に振り、事態の急転を告げた。
「先程、私の金糸から情報が届きました。ティーパーティーが、補習授業部の授業場所を強制的に変更すると」
その言葉を裏付けるように、廊下から重厚な足音が響き、吹き飛ばされたままの教室の扉から一人の覇王が帰還した。
「今戻った」
ケリュドラだ。その堂々たる威風は、単なる話し合いからの帰還ではなく、他国の王との会談(あるいは宣戦布告)を終えて戻った将軍のようだった。
「カイザー。結果の方は、すでに金糸で把握しています」
「そうか」
ケリュドラはアグライアの報告に短く頷くと、マントを翻して教壇の前に立ち、睥睨(へいげい)した。
「ならば話は早い。生徒を皆、僕の前に集めよ」
ーーーーーーーーーーーーーーー
急な招集。それに伴う不可解な移動命令に、当然ながら不満を爆発させた者がいた。
「もうなんなの! テストを受けさせられたり、変な勉強させられたかと思えば、今度はこんなバカたちと集めさせられるとか!」
下江コハルである。彼女は地団駄を踏み、エリートたる自分がなぜこんな理不尽で慌ただしい目に遭うのかと怒りを露わにしていた。
「ま、まぁコハルちゃん。先生が集まって言ってるんだから、生徒の私たちが従わないと……」
ヒフミがオロオロと両手を振りながら宥めようとするが、プライドをズタズタにされた直後のコハルには逆効果だ。
そんな騒ぎを一瞬で沈黙させたのは、空間そのものを圧迫するような一喝だった。
「静粛に!」
ケリュドラの声が、ビリビリと教室の窓ガラスを震わせた。その絶対的な覇気に、コハルでさえビクリと肩を震わせて口をつぐむ。
「皆の者、僕の下へよく集まってくれた。これより重大な事を語る。心して聞け」
ケリュドラは生徒たちを冷徹に見下ろし、一切の容赦なく宣告した。
「今、この時をもってこの宿舎から退去し、新たな宿舎へと移動する。皆は直ちに荷物をまとめ、新たな学舎で知識を習得する準備をするのだ」
間を置き、彼は王の勅命としてその場を締めくくった。
「――異論は認めん」
絶対君主の通達。
だが、常識の枠で生きるコハルが黙っていられるはずもない。
「どうしてよ! 今日ここにきたばっかじゃない!!」
「まぁまぁ、良いじゃないですか」
反発するコハルに、甘い毒を含んだ声が絡みつく。ハナコだ。
彼女は頬に手を当て、ねっとりとした視線をコハルに向けた。
「新しい宿舎に移動してまで『お勉強』すること……気になったりしませんか? もしかしたら、ここでは学べないような、もっと深くて……特別な『実践授業』が……♡」
「もう分かったから! えっちなのはダメ! 死刑!!」
ハナコの艶やかな(そして悪意ある)フォローを、コハルが顔を真っ赤にして全力で拒絶する。回廊に再び「死刑」の宣告が虚しく響き渡った。
その傍らでは、全く別のベクトルの解釈が進んでいた。
「なるほど。敵にこの場所を勘ぐられたということか……。そうと決まれば迅速に移動の準備だ。痕跡は残すな」
アズサがアサルトライフルの弾倉を確認し、即座にタクティカルな撤退準備に入っている。彼女の脳内では「宿舎の移動=敵襲からの逃走」という方程式が完全に出来上がっていた。
「えっ、敵? ここに敵がいるんですか!?」
物騒すぎる単語に、マイアが涙目で悲鳴を上げ、キャストリスの背中にしがみついた。
「大丈夫ですよ。マイアさんは私と一緒に準備をしましょうね……怖くありませんから」
キャストリスが優しくマイアの頭を撫で、怯える小動物をあやすように微笑む。
生徒たちがパニックと混乱の中でドタバタと荷造りを始める中。
ファイノンは腕を組み、騒ぎから一歩引いた場所でアグライアの傍らに立った。
「それにしても……こうも早くここを離れることになるなんてね。アグライア、カイザーは向こうのトップと何を話して、決別したんだ?」
ファイノンの問いに、アグライアは冷ややかな、しかしどこか呆れたような息を細く吐き出した。
「カイザーは彼女との会談で、ティーパーティーの真の目的――すなわち『エデン条約の邪魔者を排除するために、この部活を作った』という事実を聞き出しました。そして……」
アグライアは形の良い伏し目がちに、事の顛末を語り終えようとしていた。
彼女の氷のような美貌に、微かな呆れの色がよぎる。それは、外宇宙の覇王の逆鱗に触れたであろう、決定的な一言への評価だった。
「あろうことか……彼女はカイザーに対し、その排除行為への『協力』を求めたのです」
その言葉が引き金となり、彼女の視界に『金糸』を通して視た、あの密室でのやり取りが鮮明に蘇る。
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優雅なティーカップから立ち上る湯気が、二人の支配者の間に薄いベールを作っていた。
トリニティの頂点に座すナギサは、慈愛に満ちた笑みの裏に冷徹な為政者の顔を隠し、目の前の女――ケリュドラへと語りかけた。
「『校長』。上に立つ者として、よくご存知のはずです。身内の中に潜み、中から歯車を狂わせるネズミの恐ろしさを……」
静かで、滑らかな声音。それは相手の理性に訴えかける、甘く危険な誘惑だった。
「重大な計画の実行が迫る中、効率的で、少数の犠牲で確実に成功を収めるために……疑わしき者は皆、罰する。この理念は実に理にかなっていると、そうは思えませんか?」
正義の名の下に行われる粛清の肯定。
その非情な問いかけに対し、ケリュドラは深く腰掛けたまま、傲岸不遜な笑みを口元に刻んだ。
「奇遇だな。僕も『疑わしきは罰する』主義だ。裏切り者とは無能な部下と同等なほど厄介な存在。……処分するに値する」
「では、我々の裏切り者探しに協力していただけますか?」
ナギサの瞳の奥で、策が嵌まったという冷たい歓喜が瞬く。
だが、その安堵は、続く覇王の重低音によって無惨にも叩き潰された。
「…………『紅茶卿』」
ケリュドラの声の温度が、絶対零度へと急降下した。その威圧感だけで、ティーカップの中の紅茶が微かに波打つ。
「確かに、僕は疑わしきは罰する。その理念に反対はしない。だが――」
彼はゆっくりと立ち上がり、ナギサを見下ろした。その姿は、盤上の駒を睥睨する絶対的プレイヤーのそれだ。
「彼らが疑わしいかどうかは、僕自身が判決を下す! 彼らはすでにお前の手から離れ、僕の支配権の元にある。僕の手にあるものに手を出そうとするなら……容赦はしない」
それは交渉決裂の合図であり、所有権の絶対的な主張だった。
「裏切り者探しに協力して欲しかったのなら……少なくとも、手元から離すべきではなかったな」
「……では、ティーパーティーとは手を結ばないと。そういうことですか?」
ナギサの表情から笑みが消え、声に硬質な棘が混じる。
だが、ケリュドラにとって彼女の不満など、路傍の石ころほどの価値もなかった。
「くどいな。協力もなにも、彼女たちはもう『僕のもの』だ。お前が手を出して良いものではない」
「そうですか。……しかし、これから我々が出す試験はクリアしていただきますよ? どれだけ我々の手がかかったものであったとしても」
ナギサの言葉は、明確な宣戦布告――いや、合法的な罠の予告だった。これから先、補習授業部に突きつけられる試練が、決して公平なものではないという宣言。
「なんだ? またこの僕に脅しか?」
「いえ。これからも補習授業部をよろしくと、お願いをさせてもらったまでです」
表面上は淑女の礼を保ちながら、底知れぬ悪意を向けるナギサ。
そのちっぽけな謀略の数々を前に、ケリュドラは鼻で嗤い、部屋の空気を震わせるほどの咆哮を放った。
「僕の歩みは、止まることを知らない! この世の誰であろうと……この歩みを止めることはできないという事実を、その身に刻むといい!!」
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「――といった具合に、交渉は完全に決裂しました」
アグライアの静かな声が、回廊に集まった面々を現実へと引き戻した。
あまりにも苛烈な、支配者同士の衝突。
しかし、その結果を聞いたモーディスは、呆れるどころか深く納得したように腕を組んだ。
「……予想通りの物言いだな」
彼の顔には、「あのカイザーが他人の下につくわけがない」という呆れと、僅かながらの誇りのようなものが混じっている。
隣で聞いていたファイノンも、やれやれと首を振りながら苦笑を漏らした。
「それにしても、あのカイザー相手に自分の計画の片棒を担がせようなんて……。どうやら相手のトップも、本気で彼女たちを排除する気らしい」
学園の頂点に立つ少女の、異常なまでの執念と胆力。それはある意味で、自分たちと同じく常軌を逸していると言えた。
二人がそんな感想を抱きながら談笑を交わしていると、背後から重々しいブーツの足音が響き渡った。
「おい、そこ。いつまで談笑を嗜むつもりだ?」
振り返れば、当の覇王――ケリュドラが、呆れたような、しかしどこか機嫌の良さそうな表情で立っていた。その背後には、荷物を抱え、急な移動に疲弊しながらも並ぶ少女たちの姿がある。
「我らが生徒は皆、準備を終わらせたぞ」
絶対君主の号令のもと、新たな戦場――もとい、新しい学舎への行軍が、今まさに始まろうとしていた。
Mr.ミミ作のコーナーの今後
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新キャラの方がいい
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ストーリーに関係するキャラがいい