「ここまでありがとうございました、ナグモさん。後ほど、帝城にてお会いしましょう」
「あぁ、お気をつけて」
帝都へと続く街道の途中でリリアーナ達はスターシップから降ろされた。皇帝に会うという目的は一致しているが、神の使徒が同時に来てしまっては交渉に影響が出てしまう可能性があるため、別行動である。
また別の場所でコンテナを降ろした後、ハジメ達は帝都付近の目立たない場所に着陸する。徒歩に切り替え、一行はリリアーナ達に先行して帝都入りした。
帝都は雑多な場所だった。王都とは異なり、質素で実用性を重視した建物が立ち並び、所変われば後から建物を継ぎ足し続けたような都市計画など存在しない区画もある。
行き交う人々の多くは傭兵か冒険者らしき武装した者達であり、露天の店主に至るまで粗野で殺伐とした雰囲気を漂わせている。流石は傭兵団が設立した国ということだ。
ハイリヒ王国の首都ほどの規律はないようで、治安もそこまで良くない印象を抱かせる。だが、帝都の賑わいはかなりのものであり、実力至上主義を掲げている軍事国家らしく、自己責任で好き勝手自由にやっていいというお国柄なのだろう。
帝都の民は戦いを生業とする者が多く、良く言えば豪気、悪く言えば粗野な気質だ。それ故に戦いが文化の一部であり、帝都には大陸最大規模の闘技場も存在していたりする。
そんな帝都に入ったハジメ達だが、美少女が多いということで、やはり武装した荒くれ者に絡まれることが少なくなかった。
「おい、おま…ぐぺっ!?」
ちょうど今も、明らかに香織をロックオンしてきた傭兵の男をハジメが一撃で沈めたところだ。ユエやシアを連れ去ろうとしてきた奴にも一発ずつ蹴りをお見舞いしており、雫に来た連中は幸利の餌食となっていた。
なお、こんな暴力沙汰が起こっても通りかかった人々は平然とスルーしており、衛兵も少しこちらを見るだけでパトロールを続行している。この程度のケンカなら普通らしい。
「ハジメさん……あまり居心地が良くないですぅ」
「うん、私もあんまり肌に合わないかな。……ある意味、召喚された場所が王都でよかったよ」
シアと香織は居心地が悪そうにしながら、ハジメにしがみついている。ハジメの肩の上に避難しているユエも無言で頷いて同意した。
「シア、あまり見ない方がいい」
「……はい、そうですね」
シアの目に入ったのは亜人族の奴隷達だ。使えるものは何でも使う主義の帝国は奴隷売買が非常に盛んだ。目の前では値札を付けられた亜人の子供たちがいて、シアの表情は曇っていた。
「……許せないな。同じ人なのに……奴隷なんて」
その後ろを歩いていた光輝がギリっと音を立てて歯噛みする。亜人への差別意識の強い王国では奴隷の亜人を見る機会はなかったため、余計に心にくるものがあるのだろう。
その強い正義感から突撃でもかましてしまいそうなものだが、彼は何とか踏みとどまっている。一応、少しは冷静に考えることを覚えたらしい。
(天之河達にも作戦に協力させるべきか……)
ちなみに、亜人族解放作戦の実施を知るのはハジメ達の中でも神代魔法を獲得している者のみであり、勇者パーティは何も知らない状態で帝都に来ている。
正義感の強い光輝ならそのことを知っても皇帝に密告をすることはないだろうし、むしろ協力はしてくれるだろう。勇者パーティも同様だと思われ、問題はどのように彼らを使うかである。ハジメは少しだけ見守ることにした。
「そういえば、雫ちゃんって皇帝陛下に求婚されていたよね?」
「……そう言えば、そんなこともあったわね」
雫は帝国の皇帝から求婚されていた。元より彼女としては応じるつもりはなく、すでに相手がいるので皇帝の思いが実ることはない。
「でも、私には清水くんがいるわ。皇帝陛下に見せつけて決着を付けようかしら」
雫はそう言いながら、抱き締めるようにして幸利の腕を捕まえ、自らの豊満な胸に押し付けた。それを受けた幸利は挙動不審になってしまう。
「あの……八重樫さん?当たってますけど?」
「わざとよ。こうするといいって聞いたわ」
しばらく歩いていると、都市の様相が変わった。あちこちの建物が崩壊していたり、それにより生じた瓦礫が散乱していたりしているのだ。
道中で聞いた話だが、コロシアムで管理されていた魔物が突如として変異し、強力で巨大な魔物になって暴れ出したのだとか。いきなり都市の真ん中に現れたことで対応は後手に回り、蹂躙されたようだ。
これは魔人族の仕業であり、混乱に乗じて連中は皇帝陛下に迫ったらしい。なお、皇帝自らの出陣により魔物も魔人族も退けられている。軍事国家を率いる皇帝の名は伊達ではないのだ。
それでも都市の被害は甚大なもので、コロシアムの周辺で散乱する瓦礫の撤去に大勢の亜人族の奴隷が動員されているのが見える。例外なく裸足であり、帝国兵の厳しい監視と罵倒の中、暗く沈みきった表情で瓦礫を運ぶ様は悲惨だった。
そんな中、ハジメ達から少し離れた場所で犬耳の十歳くらいの少年が瓦礫に躓いて派手に転び、手押し車に乗せていた瓦礫を盛大にぶちまけてしまった。蹲って足の痛みに耐えている少年に棍棒を持った帝国兵が近付いていく。
亜人を人とも思わず、無慈悲に殴ろうとしているのは明白だ。そのような状況を見て、黙っているわけのない男が一人いた。
「おい!やめ……」
「待て、天之河」
光輝が、帝国兵を止めようと大声を上げながら駆け出そうとするが、ハジメに肩を掴まれて制止されたことで未遂に終わる。そして、ハジメは腰だめにブラスターを撃ち放っていた。
「アバッ!?」
麻痺させる一撃を受けた帝国兵は感電してビクンッとなり、直後に顔面から勢いよく瓦礫にダイブしてしまう。やがて、彼は駆けつけた他の帝国兵に運ばれていき、少年は散らかした瓦礫を急いでかき集め、何事もなかったように手押し車で運搬を再開した。
「南雲、どうして……」
「亜人族を助けたければ、あまり騒ぎを起こすな。下手したら誰一人として助けられなくなるぞ」
「でも、目の前で苦しんでいるのに……」
「今は我慢の時だ。天之河、俺達は秘密裏に亜人族の解放作戦を実行している。協力してもらえるか?」
ここで、ハジメは亜人族解放作戦の存在を明かす。彼が我慢できずに騒動を起こすくらいなら、仲間に引き込むべきだと判断したのだ。
「詳細は宿で話す。今は行こう」
「あぁ、分かった」
魔人族の襲撃があったことから、帝都では高レベルの警戒態勢が敷かれていた。最低でも三人一組の帝国兵が巡回し、路地裏にまで目が通されている。また、外壁上には兵士が常駐し、入場門では厳しく身体検査も行われている。
これらの警戒は昼夜問わず継続されている。このような状況下で悪事を働く者はおらず、特に事件も起こらず草木も寝静まる夜へと移行する。
しかし、突如として帝都に警鐘が鳴り響いた。直後に光が迸り、夜の闇を引き裂いてとある地点に落下した。それは、瓦礫撤去作業に従事する奴隷が寝泊まりしている掘っ立て小屋地区にある、帝国兵の詰所だ。
激しい閃光と共に詰所が吹き飛び、中にいた帝国兵の大半が倒れ伏して気絶する。なお、手加減されていたのか彼らには息がある。それを為したのは、月を背負って悠然と佇む四人の人影だった。
「何者だ、貴様等! 帝国に盾突いてただで済むと思っているのか!」
その人影に向かって帝国兵の小隊長らしき人物が怒声を上げる。
「しかも、薄汚い獣共の仮面なんて付けやがって!この場で叩き斬ってくれるわ!」
彼らが装着しているのは、動物の頭部を模したお面だった。ウサギにクマ、トラ、キツネとなっており、いずれも実際に亜人として存在するものだ。
指揮官の号令で帝国兵は仮面に襲いかかるが、並の兵士では異世界召喚チートには敵わず、指一本すら触れられずに蹴散らされていく。すでに三個小隊が戦闘不能に追い込まれていた。
「ちくしょう!仮面のくせに強すぎる!」
「つか、トラ仮面が持っている剣、どっかで見たことあるような……」
「くそっ、お前等、一体何が目的なんだ!」
獣の仮面を身に着けた変質者の集団に蹂躙されるという惨状に、堪りかねた指揮官は叫ぶ。その質問を受け、タイガーマスクが声高に宣言した。
「亜人奴隷達の待遇改善を要求する!」
「……はぁ?」
「お前達の亜人族に対する言動は目に余る!むやみに傷つけるのは止めるんだ!」
正義感満載の発言でお分かりだろうが、タイガーマスクの正体は光輝である。ちなみにキツネが雫でクマが龍太郎、ウサギが鈴だ。
(南雲、これでいいんだな……)
『天之河、町中を見て分かったと思うが、警備体制が厳重だ。いくらハウリアでも掻い潜るのは難しい。そこで、勇者パーティには陽動作戦をお願いしたい』
『分かった。それで亜人族を助けられるなら、俺が……俺達が引き受ける!』
亜人族を救いたいという思いでハジメの提案に乗った光輝は、今に至る。声高に亜人族の待遇改善を叫ぶのだが、帝国兵の反応は……
「何を言ってやがる?亜人は物だぞ?」
当然ながら心に響いた様子はない。まさかの要求に大半の帝国兵は互いに顔を見合わせ、首を傾げている状態だ。光輝達が見た亜人への対応は、あれで常識なのだ。それを目に余ると言われても何が言いたいのかピンと来ないのである。
「くっ、何だ、その態度は……あんな仕打ちをしておいて……」
「こう……タイガーマスク。非常識なのは、残念だけど私達の方よ。私達の目的は陽動であることを忘れないで」
「そ、そうだった……」
なお、この時点で目的は達成されたようなものだ。取り敢えず、帝国兵の目を自分達に向けさせることが重要なのだから。
『こちらH。陽動作戦は予定通りに開始。帝国兵の大半が釣れたようだ。今のうちに指定の潜伏場所へ移動せよ』
『アルファリーダー、了解。恩に着ます』
帝国兵は知らない。自分達の目が仮面の変質者に向いているその時、その横を……帝都の闇の中を黒衣の集団が駆け抜けている事実を。
「帝国兵、聞きなさい。私達の行動は独断によるものよ。だから、亜人奴隷に八つ当たりするのは止めておきなさい。もし、そんなことをしたら……」
「な、なんだっていうんだ……」
「貴方達は常に視線を感じることになるわ。夜、シャワーを浴びている時その背後に、寝苦しさに目を覚ました時お腹の上に、誰もいないはずの廊下の奥に、デスクの下に、カーテンの隙間に、鏡の端に、夢の中に……きっと、そこには目だけ光る何かが潜んでいるでしょうね」
マスク集団の一人、フォックスマスクがそれを言い残した後、彼らは建物から路地裏に飛び降りて姿を消す。そして、帝国兵が駆けつけた時には忽然といなくなっていた。
余談だが、フォックスマスクの話を聞いた帝国兵達は毎晩のようにそれを思い出してしまい、眠れなくなるという被害を受けたらしい。
(何をやっているのですかっ!光輝さん達はーーー!!)
なお、この事件のことはちょうど皇帝と会談していたリリアーナの耳にも入っており、四人のマスク集団の正体が光輝達だと気づいている皇帝と苦しいやり取りをすることになり、彼女の胃を痛める結果となった。