体に纏わりつくような濃霧の中を進む一団があった。それはハジメ達であり、シアを先頭に大樹へと向かっている。フェアベルゲンに戻ってから一週間の今日、ちょうど大樹へと向かう道が開かれる周期が訪れているのだ。
彼らの目的は樹海の大迷宮だ。攻略メンバーはハジメ、香織、ユエ、シア、幸利、ティオに加えて光輝達である。ティオは数日前、入手したばかりの空間魔法で帰ってきていた。
当然ながら、濃霧や樹上に身を隠した魔物の奇襲を受けているが、ハジメ達は対処せずに光輝達に全て任せている。ハルツィナ樹海の迷宮に何が待ち受けているか分からないので、ウォーミングアップしてもらうためである。
ここの濃霧は亜人族以外の感覚を狂わせるため、オルクス大迷宮とは勝手が違う戦闘に苦戦している様子だ。特に光輝と龍太郎は苛立っている。
そして、その中でも活躍が著しいのは香織だ。今の身体と装備になってから実戦に臨むのは初めてであり、ウォーミングアップに参加していた。
「はあっ!」
背中より展開された三対六枚のエネルギーウイングが輝き、そこから射出された無数のビームニードルが前方へと拡散する。それは木々を蜂の巣にし、濃霧を切り裂いて魔物を炙り出す。
「そこっ!」
そして、堪らず飛び出してきた魔物に向けて素早く踏み込み、手にした双剣による神速の斬撃で三等分にした。ちなみに、フェアベルゲンに来てからはカムによる指導が入り、その戦技は更に洗練されている。
「いいぞ、香織」
「ありがとう、ハジメくん」
立ち塞がる魔物を尽く斬り伏せ、蜂の巣にしながら彼らは進む。香織に負けじと光輝や龍太郎、雫、鈴も奮戦していた。
「みなさ~ん、着きましたよぉ~」
やがて、シアが肩越しに振り返りながら到着を伝える。濃霧の向こう側に消えた彼女の姿を追うと、霧のない空間へと出た。前方には以前見た時と変わらない枯れた巨大な木がそびえ立っている。
「これが……大樹……」
「でけぇ……」
「すごく……大きいね……」
光輝達は口をポカンと開けて唖然としてしまう。頭上を見上げても天辺は見えず、ただの壁にしか思えない程の横幅に圧倒されているのだ。
ハジメは“宝物庫”から四つの攻略の証を取り出し、一つを残してユエと香織、シアに手渡すと、彼女達を連れて大樹の根元にある石板へと歩みを進める。その他のメンバーも続き、何が起こるか不明なので気を引き締めている様子だ。
まず、ハジメがオルクス大迷宮を攻略した証である指輪を石板に嵌め込む。直後、石板が淡く輝いて文字が浮かび上がった。
“四つの証”
“再生の力”
“紡がれた絆の道標”
“全てを有する者に新たな試練の道は開かれるだろう”
「前と同じか。皆、証を石板に……」
三人は無言で頷き、それぞれの持つ攻略の証を石板へと嵌め込む。ユエがグリューエンのペンダント、シアがライセンの指輪、香織がメルジーネのコインである。
一つを嵌め込む毎に石板の輝きは強くなり、最後に香織がコインを嵌め込むと、その輝きが地面を伝って大樹に向かい、目の前の大樹が輝き始めた。
「大樹にも紋様が出たようじゃな」
「ん、次は再生の力?」
大樹の太い幹には七角形の紋様が浮かび上がっている。ユエと香織は幹へと歩み寄り、互いに顔を見合わせて頷くと、そっと触れながら再生魔法を行使した。
直後、これまでの比にならない光が大樹から放出され、二つの手が触れている場所から光の波が発生し、何度も天辺に向かって走る。まるで生命の誕生を見ているように緑が生い茂り、生命力を取り戻していく。
少し強めの風が吹き、葉や枝が擦れ合う音が辺りに響く。と、次の瞬間に正面の幹が裂けるようにして左右に分かれ、全員を収容できそうな大きな洞が出来上がった。
ハジメ達は顔を見合わせ頷き合うと、躊躇うことなく巨大な洞の中へ足を踏み入れる。その中には特に何かあるわけではなく、ドーム状の空間が広がるだけだ。
「南雲、行き止まりなのか?」
「何らかの仕掛けがあるかもしれない」
直後、洞の入り口が閉じ始める。これから何が起こるのか警戒するハジメ達だったが、足元に大きな魔法陣が出現し、強烈な光を発した。
「うわっ、なんだこりゃ!」
「なになに! なんなのっ!」
「落ち着け、何処に飛ばされるか分からないからな。転移先に気をつけろ」
動揺する龍太郎や鈴をハジメが注意した後、彼らの視界は闇に包まれた。
「みんな、無事か……?」
再び光を取り戻したハジメ達の視界に映ったのは、木々が深く生い茂る樹海だった。光輝が周囲の状況を確認し、安否を確認していく。一応、この場に全員がいるようだった。
しかし、光輝は目を疑うことになる。
「南雲、ここが本当の大迷宮……って!? 南雲、何があったんだ!?」
やがて、光輝が目撃したのは、先ほど見ていた姿とは姿が変わってしまったハジメの姿だった。丸い肩は失われ、少し細身になったように見えた。
「どうやら、転移した際に多くの装備が使用不能にされたらしい。ほぼ初期状態に近いな。この迷宮の仕様といったところか……」
「これが、ユエちゃんが最初に見たハジメくんの姿なんだね……」
「私は見たことないですぅ。オルクスのガーディアンを倒した時にアップデートされたらしいですからね」
「でも、南雲のその姿もイカしてるじゃねえか」
ユエは無言で頷いている。ハジメがスーツに搭載されたAIに現在の状態を調べさせると、以下のことが分かった。
『迷宮の干渉を受け、アイスビーム、ウェイブビーム、サンダビーム、プラズマビーム、スーパーミサイル、シーカーミサイル、バリアスーツ、グラビティ機能が機能停止したことを確認』
『また、エーテルアビリティ:ウインドクロウ、ライトニングアーマー、フラッシュシフト、ビームバーストが機能停止になったことを確認』
かなりの弱体化を受けている状態だ。装備が制限された状態でも試練を乗り越えてみせろということなのだろう。そもそも、常にフル装備で戦える保証などないため、ハジメに動揺は存在しなかった。
「弱体化しようが関係はない。きっと、先に進むことで取り戻せるはずだ。進む以外に道はないだろう」
取り敢えず、ハジメは木を傷つけて目印を残し、三百六十度を囲む樹海の中へと足を踏み入れる。皆、その後にぞろぞろと続いた。
「全員、止まれ」
しかし、少し歩いたところでハジメは止まるように指示を出す。それを訝しんだ光輝が、何があったのか尋ねようとした。
「南雲、何が……」
「決して動くな。この中に偽物がいるぞ」
『ソウルバイザー、オンライン』
後ろを振り返り、全員を収めたハジメの視界には各々の肉体の輪郭と魔力、魂だけが見えている。その中に三名程、本人ではない紛い物が存在していた。
「やはりか……」
ハジメの行動は早かった。素早く三発のビームを撃ち放ち、正確にその三人だけに直撃させる。ティオと龍太郎の頭部が風船のように破裂し、ユエは片腕を吹き飛ばされる。周囲が息を飲む中、ハジメは偽物のユエにアームキャノンを向けて問いかけた。
「お前は何者だ?本物のユエはどこだ?」
「………」
ユエの形をした何かは無言を貫く。片腕を吹き飛ばされても血すら出ないそれは、“何者”ではなく“何か”であり、人ではない。そもそも、ここに転移してから何も言葉を発していない辺りから怪しかった。
「答える機能は持っていないか」
次の瞬間、ハジメは手刀で偽物の首を刎ねていた。その首からは血ではなく赤錆色のスライムが徐々に湧き出ている。やがて、頭部を失った胴体はドロリと溶け、赤錆色のスライムに戻ると地面に染み込んで消えた。
「ハジメくん、ユエちゃん達は……」
「姐さんに感じた違和感は本当だったみたいだな……」
「転移の際、別の場所に飛ばされたようだ。僅かに記憶を探られる感覚があったが、擬態能力のあるスライムに記憶でも植え付けたんだろう」
ヘルメットで表情は見えないが、ユエをダシにされたことで表情は不機嫌に歪んでいる。その推測を聞き、雫と鈴は感心したように頷いた。
「なるほどね。……それにしてもよくわかったわね」
「うんうん、鈴には見分けがつかなかったよ。どうやって気がついたの?」
「気配が明らかに異なっていたからな。一応、誤射を防ぐために特殊な視界で魂を確認させてもらった。今後も、俺がいれば偽物に気づけるだろう」
今後、ハジメは定期的にソウルバイザーによるスキャンを実施する。魂までは模倣のしようがないので、欺くことは不可能だろう。
「取り敢えず、ユエ達を探しながら進むとしよう。魔物の身体に魂が入っていなければいいが……」
ブゥウ゛ウ゛ウ゛ウ゛!!
樹海に響き渡っていたのは、扇風機を最大出力で稼働させているような轟音だった。その正体はおびただしい数の羽音であり、彼らは透明な羽を絶えず動かし続けてホバリングしていた。
「うぅ~、キモイよぉ~、“天絶ぅ”!」
「泣き言いわないの!鈴、そっち行ったわよ!」
「くっ、素早い! “天翔閃”!」
襲い来るのは超巨大なスズメバチのような魔物の群れだ。黄色と黒の危険を感じさせる色合いに、ギチギチと音を立てて開閉する顎、緑色の毒液を分泌する針、不気味に動く足が組み合わさり、対峙する者に生理的嫌悪感を抱かせた。
社会性昆虫が大元になっているのもあり、彼らの連携は抜群だ。動きは機敏で、尾の先端にある針をマシンガンのように放ってくるおまけ付きだ。その威力は高く、初期状態のハジメだと無事では済まないだろう。
「くそぉ、こいつら、まるで魔人族の魔物みたいだ!」
「その逆だ。天之河、背後がお留守だぞ」
すると、透明化して奇襲を狙っていたのか、全長二メートルはあるカマキリ型の魔物が光輝の背後で実体化し、刀剣にしか見えない鋭い鎌で斬りかかってくるが、割り込んだハジメがメレーカウンターで鎌を弾き返し、チャージビームで仕留めていた。
ハジメ達とは少し離れた場所では、シアが全長三メートルはあるアリ型の魔物集団を、叩きつけから派生して放ったアイススプレッダーで地面ごと凍結させ、震脚で衝撃波を起こしてまとめて粉砕している。
幸利は竜翼を広げて低空飛行し、ギミックを作動させて蛇腹剣モードにしたリベリオンファングを振り回してハチ型を薙ぎ払い、飛び込んできた個体へショットガンを至近距離から発射し、散弾の餌食にしていた。
さらに、香織はさらにその上から二人の上空を守っており、エネルギーウイングを広げてハチ型の魔物と対峙している。
『マルチロックオン、スタート』
バイザーの下で香織は目を動かし、複数のハチ型をロックオンする。パワードスーツ〈セラフィム〉はバリアスーツ以上に一対多戦闘へ特化しており、ハジメでは五体までのロックオンが限度のところを、香織の場合は数十体までに増加していた。
マルチロックオン機能により複数のハチ型が捕捉され、数こそ少ないが正確な狙いのビームニードルが標的を貫いていく。ビームニードルはロックオンしてから発射することで精密射撃にも対応し、圧倒的な物量と引き換えに威力も向上していた。
「はぁっ!!」
仲間を落とされても後続が押し寄せるが、香織は聖弓から同時に発射した三発のライトアローを生き物のように絶えず操ることで、それ以上の数を仕留めていく。彼女の猛烈な空対空攻撃により、連中はカトンボのように落とされていた。
「“天絶ぅ” “天絶ぅ”! もう、ダメだよっ。押し切られちゃう!」
既に半泣きとなっている鈴が展開する幾枚もの輝くシールドは、射出される毒針により一瞬で破壊され、その度に新たに作り出されてを繰り返し、彼女の魔力は容赦なく削られていく。
“天絶”は強度よりも数を重視した障壁を張る魔法であるが、“結界師”である上にチートスペックである鈴が張ったものは並の魔物なら破るのに数発の攻撃が必要なくらいの強度を持っているはずだった。
これまでにない消耗と焦りから障壁の展開は少しずつ遅れ始め、確実に毒針との距離が縮まって恐怖を与えられる。虫が嫌いな鈴には相当な精神ダメージである。
「迸れ、“雷華”!刻め、“爪閃”!」
雫の詠唱と共に、雷電の刀身から激しくスパークする雷の華が咲き、鋭く素早い太刀筋で切り裂いたハチ型を電撃でズタズタにしていく。
さらに、風の刃を刀身に纏うと返す刀で、また別の個体を斬りつける。風の刃により猛獣の鉤爪のようになったそれは、一撃で三つの剣閃を煌めかせ、魔物の身体を三つに泣き別れさせた。
竜人族が所有しているアーティファクト、高周波ブレード〈雷電〉には、元より風爪を発生させる魔法と、電撃を発生させる魔法が付与されている。それにより攻撃の威力を上昇させることができた。
スピードファイターである雫とハチ型は相性がいいのか、巧みな足運びによる緩急自在のスピードで連携を乱し、各個撃破している。だが、そんな彼女も敵の物量に苦戦していた。殲滅力が足りないからだ。戦局の苦しさに雫の表情が苦々しくなる中、そこに光輝の詠唱が響いた。
「刃の如き意志よ、光に宿りて敵を切り裂け! “光刃”!」
雫のおかげで出来た僅かな隙に詠唱を完成させた光輝は、二メートル近い長さの光刃を剣先から伸ばし、雫の前に飛び出た。
「うおぉぉ!!」
巨大な光刃を振りかぶり、体を回転させて一気に振り抜くと、殺到する魔物の群れを薙ぎ払うようにして纏めて切り飛ばす。
しかし、大技を出した後の隙はあまりにも大きい。空中からの体当たりを受けて仰向けに転倒し、覆い被さられる。
「くっ、このっ!!」
「光輝!」
そして、ギチギチと音を立てて開閉する顎が目前に迫り、腹部の毒針が突き立てられた。幸い、毒針は鎧が防いでくれたので難を逃れ、頭部を切り飛ばして起き上がろうとした。
雫の声に答える暇すら与えられず、大量の魔物が起き上がったばかりの光輝に殺到する。必死に迎撃して何体かを倒すも、大迷宮は簡単に立ち直らせてはくれない。
光輝が気付いた時には、魔物が地面を這うようにして彼の背後へ回り込んでおり、彼をスパイクのような足で背中から組み付いてホールドしてきた。
その魔物は例のハチ型であり、よく見ると羽が半ばから切断されている状態だ。おそらく、光輝が殺し損ねた個体なのだろう。奴はそのまま、凶悪な顎を使って光輝の首筋を噛みちぎろうとする。
「ッ!?」
流石の光輝も万事休すか。誰もがそう思った時だった、横合いから飛び込んできた一発の光弾が魔物の頭部を吹き飛ばしたのは。
「天之河!全力で下がれ!」
「あ、あぁ!」
ビームの熱を受けて首筋がヒリヒリとする中、魔物の残骸を引き剥がした光輝へと更に魔物の群れが迫る。焦りながらもハジメの指示を聞いて全力で飛び退くと、目の前に何発もの飛翔体が着弾し、爆発を巻き起こした。
その正体はハジメの放ったミサイルであり、何発も着弾してハチ型の魔物を容赦なく無慈悲に爆砕する。爆風に巻き込まれ、ミサイルの直撃を受けていない魔物も絶命していった。
「天之河、こいつらは羽を破壊した程度では諦めないようだ。殺し損ねると仲間の命が危ない」
「悪い、南雲……」
「カバーはする。だから、安心していけ」
光輝が再び前線へと戻っていく。光輝、雫、鈴の三人はハジメの援護を受けて戦い、ハチ型との戦いを切り抜けることができた。
「ハジメさん、向こうは掃討しましたよぉ~」
「ふぅ、こっちも終わったよ」
「やれやれ、骨が折れるぜ……」
やがて、向こうでも戦闘が終結したのかシアと香織、幸利が戻ってくる。
「よし、出発するとしよう。大丈夫だとは思うが、少しでも早く合流したいからな」
一行ははぐれた仲間を探して樹海の奥へと進み始めた。
樹海の大迷宮には、ハジメのアビリティの一部を停止させる仕様を追加しました。アビリティが消えるのはメトロイドではよくあることだし、プラズマビームがチート過ぎるので…
今後は六章のタイトル通りにアビリティを“奪還”していきます