信じていた人に裏切られた。
お陰で昨晩は全然眠れ無かった。
目にはクマ、髪はボサボサ。
こんな状態で仕事行けないな。
なんか考えるのも疲れちゃったな。
もういいや。
いつも会社に向かう駅のホームから、
私は入ってきた電車に向かって飛び込んだ。
ぶつかる!と目を閉じた次の瞬間、
私はどこか学校にある教室の様な場所に座っていた。
小学生の頃通っていた学校とどこか似ている、
そんな懐かしさの、余韻を楽しむようにしばらく呆然となる。
すると突然ガラリと教室のドアが開き、
竹刀を片手に持ったジャージ姿の男が入ってくる。
「オラァ!お前ら全員揃ったな。」
と教室内を見渡す男。
釣られて教室内を見ると自分以外にも数人教室にいた。
10人足らずといったところか?
先ほどは気が付かなかったが、
いや、そんな事はひとまず今はどうでも良い。
ここはどこだ?
教室の人々も同様にキョロキョロと皆、落ち着かない様子だった。
年代も性別もバラバラで統一感もない。
そんな私達を見て竹刀の男は話し出した。
「なんだお前ら!なんでここに連れてこられたのか分からないって顔してんな!お前らがここに来る前に何やらかしたかちゃんと思い出してみろや!」
そこまで言われて、自分がついさっき電車に
飛び込んだ事を思い出す。
電車にぶつかる直前の恐怖を思い出し、冷や汗をかく。
周りの人達も似たり寄ったりの反応だった事を考えると、自分と同じ自殺者なのかもしれない。
とするとここは…
「天、国…?」
と思わず口に出す。
竹刀の男はそんな私の呟きを聞き逃さず、
つかつかと私の側まで来て私の髪を掴むと、
「バァーカッ!自殺する様な奴が、天国に行けるわきゃねぇーだろう!」
と耳の近くで大きく叫んだ。
「えっ!それじゃあここは地獄!」
竹刀の男の叫びに、教室にいた高校生くらいの女の子が悲鳴をあげる。
竹刀の男は標的をその女の子に変え、
女の子に近づくと、女の子の机を蹴っ飛ばす。
女の子はキャアッ!と再度悲鳴をあげる。
蹴っ飛ばされた机が当たった中年男性もギャッと声を上げる。
「自殺する癖に、地獄に行く覚悟も無かったのかよ!
本当に救い難いバカだな!自殺したら地獄行きなんて常識だろうが!」
竹刀の男はギョロリと教室にいる人達を睨みつける。
一通り睨みつけると急にニヤリとして、
「だが、残念だったな!ここは地獄じゃねぇ。
お前らにはチャンスが与えられた!
ここを出たらお前らには引き続き人生を生きて貰う!」
その言葉に私は嫌な予感がする。
竹刀の男は、私の表情を見ると満足そうな顔をする。
「そうだ!お前らの自殺は失敗ってこった!」
竹刀の男は教室の皆を嘲る様に笑うと、
「なあなあ、まんま命をかけて自殺したのに失敗した気持ちはどう?ねえ?ねえ?結局生き残っちゃって!命かけたのに!ダッセェー!わっはっは!」
教室の中を笑いながら煽る様に練り歩いた。
「いやだ!死なせてくれ!死なせてくれよ!」
「いやぁぁぁー!あんなとこ、戻らない!いやぁ!!」
教室のあちこちから悲鳴が聞こえる。
私もせっかく楽になれると思ったのに、
まだ生かされると聞いて呆然としていた。
教室の中が自殺者達の悲鳴で阿鼻叫喚となっていると、
竹刀の男が教室の前の方に置いてある教卓を
竹刀でバンバン!バンバン!と何度も叩き、
「だぁまぁれぇぇー!」
と一喝した。
あまりの剣幕に水を打ったように静かになる教室。
えづく声は時々聞こえたが、
竹刀の男はその様子を見ると再度話し始める。
「今回、お前らがなんでここに呼ばれたか分かるか?
お前らの自殺は足りないからだ!」
自殺の失敗と言う事実に呆然としていた私も、
「足りない」と言う言葉に少しカチンと来て
「何が足りないのよ」
と睨みながら聞き返してしまう。
竹刀の男はバンと両手を教卓に叩きつける様に置くと、
「何もかもだ!覚悟も!配慮も!作法すら全くなってねぇ!
お前らにはまだ自殺をする資格がねえんだよ!」
自殺の資格と言われて意味が分からず唖然とする人々。
「俺が今からお前らに自殺をする為の手順ってやつをレクチャーしてやる!お前らがそれをちゃんとそのスッカスカの脳みそに叩き込めたら帰ぇしてやる。死にてぇならその後にやるんだな!」
私達はどうやらこの男の授業を聞かなければいけないらしい。
「お前らの自殺はそもそも唐突過ぎる!
それはお前らがお前ら自身の命と全く向き合ってねぇ証拠だ」
図星を突かれ過ぎて私は少し恥ずかしくなった。
確かに自殺の原因自体は信じた人の裏切りだったが、実際に自殺する時に考えていたのは、
「こんな状態で会社行けないよなぁ」
だった。
「おいプリント配れ」
と竹刀の男が言うと、いつの間にかいた男の子がそれぞれの机にプリントを配る。小学生くらいだろうか。少年は配り終わると教卓の横にちょこんと立った。
「そんな考えなしの馬鹿どもでも分かる様に自殺の為の手順ってやつをまとめてやった!
お前ら馬鹿なんだから、この順番通りに、
段階を踏んで、しっかりと命と向きあってから
自殺するならしろ!まずはプリントを見ろ!」
言われるままにプリントを見ると、
白紙だったプリントに文字が浮かんでくる。
「ステップ1 海を見に行け」
と書いてあった。
「考え無しの馬鹿なお前らは、いきなり行動するな!
海でも見に行って、1時間くらい眺めてろ。」
竹刀の男がそう言うと、水商売風の女が
「ふんっ!偉そうに言っといて、結局、海を見ろって?
そんなもので私の苦しさが癒えるわけないじゃない!」
と反論する。
竹刀の男は、ニヤニヤとしながら
「それで苦しみが消えないって言うなら、海を見た後で自殺すりゃ良いじゃねえか。何も焦るこたぁねぇ。それともお前の死にたいって意志はその程度なんですかぁ?」
後半は煽る様に水商売風の女性に言う。
「それに、これには別の意味もある。」
と言って指を鳴らすと、
「ステップ2 その自殺で被害を受ける人のことを考えろ」
とプリントに浮き出てきた。
「お前らが通勤通学の途中に思い付きでおっ死んだ後、どんだけの人に迷惑かけるか分かってるのか?親や会社の同僚じゃねえ。赤の他人の事だぞ」
赤の他人?親を持ち出して御涙頂戴的な話しを警戒していた私は戸惑ってしまう。こっちは生きるの死ぬのという瀬戸際にいるのに、他人なんてどうでも良いとすら思った。
「ちっ!他人なんざどうでも良いって面ぁしてやがるな。だからお前らはクズなんだよ。例えばお前!」
サラリーマン風の中年男性を指差す。
「お前が死のうとした電車な、あれは都心に向かう路線だ。通勤路線の中でも利用者が格段に多い。1日の利用者の3割が集中する通勤時間帯にあのままお前がおっ死んでだとしたらお前、200万人以上の人が足止め喰らうんだぞ。お前1人のせいで!
200万人もいりゃ、その日遅刻だと単位落としたり、停学喰らう奴もいるだろ、会社員の中にゃ絶対落とせない商談抱えてる奴もいるだろう。それが全部、お前1人のせいでご破産になっちまう。その中にはそれがきっかけで自殺する奴も出てくるだろ!そうなりゃ自殺が自殺を呼ぶ自殺地獄よ!地獄はこっちの領分よ!勝手に人の商売横取りすんじゃねえ!」
雰囲気からもしやと思っていたが、この竹刀の人、やっぱりあっち側の人なんだなと呑気に私は思った。
「さっきの海行けって話も、海行ってる間に通勤時間帯が終わるのを見越しての事って訳だ!」
と得意げな顔の竹刀の人にちょっと吹き出してしまい、ギロッと睨まれてしまう。
竹刀の人は私を睨みながらも、
「よし、次だ!」
と話しを進める。プリントには
「ステップ3 自殺方法を吟味しろ」
と表示される。
「ここまで来ても、まだ自殺をしようって考えているなら。大したもんだ。なら、いっその事どうやって死ぬのかしっかりと考えれば良い。」
と言いながら黒板に乱暴に
電車、トラック、飛び降りと書かれた。
「お前らの選んだ自殺方法だ。
電車に飛び込む、トラックの前に飛び出す。
いいか、こんなもん自殺の中じゃ下の下だ!
こんなの赤の他人を人殺しにしているだけだろうが!
電車の運転手には精神を病む奴も少なくない。
トラックの運転手なんて会社を辞める事になるから
人を殺したって十字架どころか、社会的にも殺される。
結果、自殺する。お前らの自殺は人を殺すんだよ!」
電車を選んだ私は俯く。そこまで考えていなかった事に気づかされて恥ずかしさが込み上げる。私は楽になりたかっただけだけど、それは人に背負わなくても良い重荷を押し付けただけだったのだ。自分の命なんだから自分で自由にして良いじゃないとか思ってた自分の浅はかさに赤面していると、さっきプリント配ってた少年が心配そうに私の顔を覗き込んでいた。私が少年に何か声をかけなきゃと考えていると、
「わ、私は飛び降り自殺なんだからこの人達と一緒にしないでよ!」
化粧っ気のない、伸びてダボダボになった服を着た中年女性が反論した。
「馬鹿かお前ベランダから大通りに向かってダイブとか、下にいる奴、確実に死ぬだろ!それにお前の下の階で洗濯物干してたオバハン。落ちていくお前の事、絶対見ちゃうだろ。そんなもん一生トラウマだぞ!」
中年女性は
「何よ、人が必死に介護してるのに、鼻歌歌いながら楽しそうに洗濯物干してる奴なんかトラウマ抱えて苦しめば良いのよ」
とボソボソ言っている。
竹刀の男は汚物を見る様な目で中年女性を見ると、
「良いか馬鹿ども!こう考えろ!
自殺を失敗した間抜けなお前らにもう一度自殺するチャンスが与えられたんだぞ。よーく考えてみろ。おい!お前、お前は戻ったらどうやって死ぬ?」
突然話を振られた新人サラリーマン風の男は戸惑いながらも
「首吊り、とかですかね?」
と思い付きで答える。
「首吊りね…」
竹刀の男が少年に目で合図を送る。
いつの間にか黒板の前に大きなテレビ画面が現れる。
少年が教卓の横でパソコンを操作していると、画面に映像が映る。
「キャー!」
教室中に悲鳴が起きる。
画面には首吊り死体の映像が映っていた。
「この通り、首を吊ると体中の穴という穴から、体内の血やらクソやら涙やらゲロやらが出てくる。だから首吊り死体の下はこの通り大変な事になる」
と画像を竹刀で指しながら説明する。
教室内ではまだ悲鳴をあげているもの、吐きそうになっている者までいた。
「ついでにお前らが初めに選んだ 電車使って奴の死体がこれだ」
竹刀の男の言葉に少年がパソコンを操作する。
画面に電車に轢かれて死んだ死体が映し出される。
「ギャァァァー!」
ついに堪えきれず教室の隅で吐く者までいる。
「ちっ、汚ねぇな。おい片付けろ」
竹刀の男が少年にそう命じ、少年は手にモップを持って吐瀉物を片付け始める。
「オラァ!お前は先に戻れ!」
竹刀の男は吐いた中年男性を蹴り飛ばす。
中年男性は慌てて席に戻った。
「おいお前ら!お前らついさっきテメェでああなろうとしてた癖に、何がキャーだ!コラァ!」
確かに、自殺が成功していたら、今頃私はああなっていたんだ。
私は嘔吐感を必死に堪えた。
「さあ他にないか?やりたい自殺だ!考えろ!」
と竹刀の男はさらに教室の皆んなに聞く。
死体の写真なんて見たくないからみんな俯く。
そんな中、中学生ぐらいの男の子が、
「練炭自殺、を考えてます」
と恐る恐る言う。
「おお!練炭自殺な!まあ比較的損傷も少ねえし、周りも汚らねえからひと様にかける迷惑は少ねぇかもな」
いつの間にか掃除を終えた少年がまたパソコンを操作する。
車に突っ伏している死体の映像が画面に映し出される。
さっきまでの画像で耐性がついたのか、
死の雰囲気に嫌悪感はあるもののまだ見れる。
「でも、たまに気付かずに車開ける奴がいて、一酸化炭素中毒になったりするから、外からも分かりやすくな!」
と珍しくアドバイスまでくれる竹刀の男。
その様子に女子高生と見られる女の子が、
「リストカットはどうですか?」
とそれでもやっぱり恐々という感じで発言する。
「リストカットな。テメェで手首切る分、覚悟がいるが、それが出来るっていうなら良いんじゃねえか。睡眠薬はケチらず良いのにしろよ。」
今回もアドバイス付きだ。なんなんだこの違いは。
と考えていると、
「いいか!お前ら!死に様にキレイも汚いも無ぁなんていうがな、死体見て分かっただろ?あるんだよ、汚ねぇ死に方ってのが。無様な最後晒して、汚ねぇもん見せんなって悲鳴上げられ、ゲロ吐かれ、おまけに他人様にまで迷惑かける。そんな汚ねぇ死に様が!
綺麗な死に様しろとは言わねえが、せめて汚ねぇ死に方だけは選ぶんじゃねえぞ!」
竹刀の男が叫んだ。
言い方は乱暴なままだが、なんだか胸にストンと落ちた気がした。
「よし次だ!」
プリントに
「ステップ4 死ぬまでやりたい事を考えろ」
と表示される。
「良いかお前ら!死ぬ覚悟も出来て、死ぬ方法も決まったお前らは無敵だ!貯金もしなくても良い。健康管理だって必要ない。やってみたい事を何か一つでも良いからやって見ろ。なに、難しく考えるこたぁねえ。どうせあの世にゃあ金も体も持っては行けねぇんだ!行き掛けの駄賃だ程度に考えりゃ良いんだ」
竹刀の男の話に、そう言えばそうだと思った。
貯金はあまりないが、それでも近場なら海外にだって行ける。
などと考えていると、少年が鉛筆を持ってくる。
見るとプリントに記入欄が増えている。
鉛筆を受け取ると、海外旅行と書く。
すると記入欄がもう一つ増える。
欲しかったバッグを思い出し、それを書くと、
また記入欄が増える。
書いては増え、書いては増えを繰り返して
いるうちに記入欄は13個になっていた。
やりたい事、結構あるんだなあと驚いた。
竹刀の男は机の間を歩きながら、何も言わずにみんなが書いているやりたい事を見ている。
そして、みんながちゃんとやりたい事を書き切るまでの長い時間を黙って眺めていた。
そして皆が書き終わったのを見届けると、
「じゃあ、次のステップだ!」
プリントに文字が浮かび上がる。
「ステップ5 遺書を書け、紙に書け」
「お前ら!自殺する時は必ず遺書を書け!内容はなんだって構わねぇ!死ななきゃならねえ原因になった奴への恨み言でも、親への感謝と謝罪でもなんでも良い!紙にしっかり自分の字で書け!ただ残された奴がちゃんとこいつは自殺しやがったんだなと分かる様に、一時の気の迷いじゃなく、ちゃんと遺書書く程度には考えてそうしたんだなと、分かる様にしてやれ!人間はな、僅かな希望に縋っちまう生き物だ!はっきりしねえとありもしない希望を追いかけちまう。死ぬお前らの為に、その人の貴重な時間を無駄にさせるんじゃねえ!」
竹刀の男はそういうと、
「そして、最後のステップだ!
最後というより、始めっから最後まで俺はこれしか言ってねえ!
要するに!こいつだ!」
プリントに文字が現れる。
「ステップ6 発つ鳥、跡を濁すな」
「自殺をしてこの世を去るお前らは、発つ側だ。
この世ってのは、残された人達のものだって事だ!
生きてる奴はみんな一生懸命生きてるんだよ!
この世にゃ一度離れちまったら二度と戻れねぇ。
二度と戻れねぇお前達が、この世をめちゃくちゃにするんじゃねえ!」
「俺の授業はこれでおしめぇだ。
そこにあるトンネルを抜けりゃあ元の世界に戻れらぁ。
戻った後、お前らが生き続けるのか死ぬのはどうでも良い!
でもな、授業でお前らに教えた事はしっかりと守れ!」
竹刀の男が言う様に白いもやの様な物で
出来たトンネルが現れていた。
そして、一人、また一人と
トンネルに入っては消えていく。
私も竹刀の男に促されトンネルに向かう。
すると教室にいた少年もついてくる。
「えっ?」
と竹刀の男の方を見る。
「そいつもあっちの世界の人間なんだから、
トンネル入って戻るんだよ」
と答えるので、
「今までは一人ずつ入ってたのに、
今回は二人で入るんですか?」
と疑問をぶつける。
「そりゃお前、戻る場所が同じなんだから、
そりゃそうなるだろ。」
竹刀の男は真顔で答えてから、
ハッと気付いた様子で、
「ああ、そいつはお前の腹の中の子だ。
親のお前がバカな真似しちまったから、
こんなはところにつれてこられちまった。
お前の1番初めの犠牲者だな!」
と笑う。が、すぐ真剣な顔をして、
「お前が死ねば、当然腹の中のそいつもおっ死ぬ。
一連托生って奴だ。
それなのに見てみろ、そいつ一言も
お前に文句なんざ言った事ねぇだろ。
俺は、そいつは死ななくて良いと思うぜ」
と言うと背中を向けて立ち去る。
衝撃的な事実を聞かされ、私はしばらく思考が停止する。
そこにスッと温かい小さな手が私の手を掴む。
「え、っと、あの、手を繋いで良いですか?」
と聞いてくる。
あまりにも温かく小さな可愛い手だったので、
「良いよ」
と即答する。
「ありがとう、ございます」
照れながらお礼を言ってくれる。
なんとなくぎこちなく歩く。
少年は色んな質問をしてきた。
私の仕事、私の好きな物、私の得意料理などなど。
全部、私の事。
そして、少年は言った。
「先生はああ言ったけど、僕は母さんには笑っていて欲しいから!母さんが辛いのなら、苦しいなら、僕はその方が嫌だ!だから、好きにして良いよ。」
今にも泣きそうな癖に無理矢理笑おうとしたぐしゃぐしゃな顔。
でも本気で言っているのは伝わった。
「子供に、なんて顔させてんだ、私」
己の不甲斐なさに腹が立つ。
自分の両頬を両手で思い切り叩く。
パシン!と響く大きな音に驚いて
少年は目をぱちくりと、子供らしい表情になる。
「それで良いのよ」
部屋のもやが濃くなる。
あたり一面真っ白になり思わず目をつぶった。
次の瞬間、目を開けると猛烈なスピードで
あと数メートルに迫る電車が目の前にあった。
「危ない」
と思った時、電車に向かって飛んでいる私を
誰かがホームに引っ張り戻す。
あまりの恐怖にホームにへたり込むが、
先ほど自分を助けてくれた人を思い出し、
しきりに自分の周りに集まる人々を
キョロキョロと見渡す。
その様子に人々は後ろから
誰かに押されたのでは無いかと勝手に
解釈してくれたらしい。
人々の中から人の良さそうなお婆さんが、
「もう大丈夫よ。危なかったわね。」
と震える私の背中を優しく撫でてくれた。
私、震えてる?
とはじめて恐怖に体が震えている事に気付く。
でも誰が?
自分を引っ張って助けてくれた力強い手を思い出す。
もう一度周りの人々を見渡すが、
結局、救いの主を見つける事は出来なかった。
ふと、自分の手を握るあの小さな手の温もりを
思い出す。
「また、会いたいな…」
と自分のお腹を愛おしそうに撫でる。
「これもやりたい事リストに加えとかなきゃね」
と心で呟く。
そして、お婆さんに礼を言い、立ち上がると、
群衆を背に歩き出した。
「まずは海を見に行くんだったわね」
少し、ワクワクしている自分に微笑んだ。