「…あら。先輩、まだいたんですね。」
奥の休憩室…というよりサボり部屋から出てきたイロハが、書類仕事を進めていた彼に話しかける。その顔は眠たげで、やる気をまったく感じられない。あれだけサボっていたというのに。
「ああ…まだ仕事してたんですね。まだまだ山積みじゃないですか。」
イロハの言葉に耳を傾けながら、彼は淡々と目の前の仕事を片付けていく。どのみち目の前で山積みになっているこれを終わらせなければ、今日は帰れないのだ。
「…あれ?マコト先輩は?イブキもいませんし…」
二人を探すイロハに伝える。二人は今日はパーティーだと。
「ああ…そんなのもありましたね。確か、風紀委員長がピアノを演奏するとか…まあどっちみち、こんな時間にはいませんか…」
そう言って、イロハは向かい側の席に向かう。いつもの定位置、よく読書をしている場所だ。
「それにしても…パーティーですか。」
本に目を向けながら、あまり興味が無さそうに続けるイロハ。
「ヒナ委員長も苦労人ですよね。いつも不良生徒の対処をしてるのに、よりによってピアノの演奏…時間がかかるものを押し付けられるなんて」
憐れみ…どちらかというと同情のようなものを含みながら、イロハが呟く。そこに彼が返答する。
「…え?先輩、ヒナ委員長の演奏聞いたんですか?」
驚きを感じる表情でイロハが反応する。
「…練習で。はぁ…そうですか。ふーん…」
「それにしても…先輩もよくやりますよね。そんな仕事。3年生なんだから、他の子にでもやらせておけばいいのに。」
読書をしながら、たまにこっちを見てぼやくイロハに、こちらも書類から目を動かさずに答える。
「…わかってますよ。それくらい。私も…万魔殿に来てからそれなりに経ってますから。先輩と会ってからも長いですしね。」
少し本から目を離し、こっちを見ながら話すイロハ。
「…まあ、そうですね。マコト先輩がやらなすぎるっていうのもありますけど…」
そう言って本から目を離したイロハが、こちらを向いて続ける。
「先輩が、頑張りすぎてるんですよ。」
椅子から降り、こちらに歩みを進めるイロハ。
「いつも、机に向かってますよね。周りが何をしてても構わずに、淡々と」
続けながら、彼の椅子を後ろに引き、
「ほら、足、開いてください。」
なされるままにする彼の前に座り、彼の手をとる。
「…結構広いですね。まあ、体格差を考えれば妥当な気もしますが…」
こちらを見上げながら、目を細めながらイロハが続ける。
「…どうしたんです?鳩が豆鉄砲喰らったみたいな顔して。」
手を強く握りながら、イロハは言う。
「先輩…万魔殿、辞めませんか?」
「…そんなに驚かなくてもいいじゃないですか。私、変なこと言ってますか?」
「…別に、私が辞めたいなって思ったので。先輩もよかったら一緒にって。先輩、ずっと仕事に追われてるので…可哀想だと思ったんですよね。」
「前々から辞めたいとは思ってたんですけどね、中々タイミングが悪かったので…マコト先輩には、私から上手く言っておきますよ。」
「…どうです?もしよかったら、一緒に…」
「…ん。起きましたか。」
朝、彼が目を覚ますと、横にいるイロハが反応する。
「ぐっすりでしたね…どんだけ仕事に忙殺されてたんですか?」
反論しようとするが、反論できる余地が見つからない。
「やっぱり、万魔殿、辞めてよかったですね。もし辞めてなかったら、今ごろ倒れてますよ。」
そう言われながら、重い身体を起こすと、イロハの装いに気がつく。
「これですか?…彼シャツってやつです。どうですか?」