シェリハン作品   作:みょん!

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一体どなたの魔法の仕業かしら

   一体どなたの魔法の仕業かしら

 

 ハンナは、調べ物をしようとシェリーと一緒に図書室に入った。

 図書室のドアを開けて足を踏み入れた途端、重苦しい感じを覚える。きっと、図書室の中央にそびえ立つ、枯れない桜があるせいじゃないか、と過去のやりとりを思い出す。

 本の場所は大体の目星は付いているものの、本の中身については中を開いてみないと分からない。二人で奥の方にある目当ての本棚へと向かい、そして一冊一冊抜き出しながら、本の中身を確認していく。

「…………」

 本棚にある背表紙を流し見していく中、ハンナは一冊の本が目に入った。他の本とは背表紙の作りが違う、なんというか高級そうな印象を持つ本。それを確認しようと手を伸ばして――。

「む」

 そして、届かなかった。

 ハンナの指先に触れたのは、目指す本がある棚の、天板。

「…………んっ」

 背伸びをしてみる。指先は天板の上まで届いたものの、本には届かない。もう少し頑張って背伸びをしてみるも、やはり届かない。

 周りを見渡す。足場になりそうなものは、ない。

 ――なら、あとは【浮遊】の魔法を使うしかないですけど……。

 【浮遊】の魔法は、皆が思っているほど便利じゃない、と魔法を持つハンナ自身が思っている。始めて人前で見せたとき、シェリーがすごい勢いで喜んでくれたのは嬉しかったけれど、便利かどうかで言えば便利じゃないし、有用かと言われたらシェリーの魔法の方がよっぽど有用だと思う。

 使えばすごく疲れるし、浮かべる高さはせいぜいが十センチ。そのまま移動するにも、歩いた方が絶対に早い。デメリットが多い魔法な上、飛べるというだけで犯人扱いされたり、様々な言われようをされたことは記憶に新しい。

 でも――魔法を使って取れるのなら、使うしかありませんわね、と覚悟を決める。そして【浮遊】の魔法を使うべく、体の内側に意識を集中して――ふわりと、体を浮遊感が襲った。

「…………ひゃっ!?」

 自分自身が魔法で浮いたわけじゃない。なのに、視界は十センチどころか、数十センチも高い所にあった。

 脇腹に感じるのは、誰かの手の感覚。

 この図書館に一緒に来たのは誰か――と考えたら、その犯人には簡単にたどり着く。

「どこの本ですか?」

 その人物の声が、背後から聞こえてきた。

「…………シェリーさん?」

「はい、なんでしょうハンナさん?」

「急に持ち上げるのやめてくださいます? ビビりますわ」

「じゃあ次からは声をかけてから持ち上げますね。はい、たかいたかーい」

 脇腹に感じる圧力がほんの少し強まり、視線がより高い所へと移動する。

「蹴りますわよ」

 おそらく今、右足を後ろに振れば、いい所に当たりそうな気がする。

 とはいえ、後ろにいるのは大事な人で。自分が本を取ろうとしていたのを見て、助け船を出してくれた優しい人で。そして自分はそれを嫌と思っていない。――他の誰かが見ていたのなら、抵抗していたかもしれないけれど。

 様々な葛藤が頭の中に浮かびつつも、シェリーに体を持ってもらったまま、目的の本を手にすることができた。

「…………シェリーさ――――」

 地面に下ろしてもらった後。助けてもらうのはいいとして、やり方だとか声をかけるだとか事前に何か――とシェリーに小言を言おうとして、視界に違和感。

 周りをきょろきょろと見回す。その違和感が、確信に変わるまで、さほど時間はかからなかった。思わず、隣に居る人の服の裾をきゅっと握ってしまう。

「…………シェリー、さん」

「ハンナさん? どうしました?」

 自分の服の裾を握られているのに気づいたからか、シェリーの声はどこか、気遣うような優しいものになっていた。

「上、見てほしいんですが」

「上?」

 指差すのに合わせて、向かい合うシェリーも上を向く。

 本棚が、天井まで伸びていた。そして通路だった所にも本棚が出現していて、まるで自分たちを取り囲むかのように、本棚が配置されていた。それまでと変わってしまった景色に、急に胸が冷えていく感覚があった。

「わー、ここの本棚ってあんなに高い所にまであるんですね! あの高い所にある本ってどうやって取るんでしょう? ゴクチョーさん専用でしょうか?」

 その一方で――いつもと同じように好奇心に目を光らせるシェリーに、声を上げないではいられなかった。

「ん な わ け ねーですわ! 延々と天井まで本棚が伸びてるなんてありえねーですわ! これは…………ええと、なんなのかは分かりませんけど、何かに巻き込まれてしまったに違いねーですわ!」

 どうしてこの人はこんな時にでも平常運行なのでしょうか、と思う。やっぱり頭のネジぶっ飛んでんじゃねーですの? と思う。

「物音は特に感じませんでしたし、本棚が伸びる音も聞こえませんでしたねー。あれ? よく見たら私たち、本棚に囲まれちゃってますねー」

「なーにお気楽に言ってますの! これは異常ですわ! わたくしたち、今本棚に囲まれてますの! 逃げ場がないんですの! わたくしたち、出られなくなってますのよ!?」

 どうしたらいいか分からない。どうここから逃げたらいいか分からない。もしかしたら自分たちはここでこのまま一生――。

 身体がぶるりと震えたのと、同時。頬に柔らかいものが触れる感触があった。視線を上げると、間近に大好きな人の顔が見えた。

「まぁまぁ、落ちついてくださいハンナさん。どうやらいつの間にか、本棚が動いちゃったみたいですねー。まさか、私以外に本棚を簡単に移動させられる人がいるとは」

「――――っ! のんきなこと言ってないで! このままここにいたら、どうなってしまうことか…………」

「ご飯だけが問題ですよねー。本を食べるわけにもいきませんし。あ、そうだハンナさん、甘い物でも食べます?」

「持ってますの?」

「ないですけど」

「シェリーさん!」

 笑って誤魔化すシェリーの胸を、思わずぽかぽかとぶん殴る。それを受け続けるシェリーを見ていて、癪だけど、不本意だけど……なぜか、いつの間にか、落ち着けてしまっている自分に気づく。胸の冷たさが、身体の震えが、いつの間にか消えてしまっていた。

 どうしてかは、本当に、分からないけれど。

「………………悔しいですけど、妙に冷静になれた気がしますわ」

「ハンナさんが元通りに戻ってよかったです」

「…………なんか、釈然としねーですわ……」

 いつも、いつでも、いつも通りなこの人は、自分をこんな風に助けてくれる。看守に追いかけられる事件の時もそうだった。予想外の状況に、思わずパニックになりかけてしまった自分が、なんだか情けなく思えた。

 だから自分の頬をぴしゃりと挟んで、首を左右に振って。そしてできることを考える。この人に及ばなくても、自分にできることを――と。

 そして、辺りを見回して――そして一つの本棚に、文字が書かれた板が下げられているのを見つけた。

 

 【キスをしないと出られない部屋】

 

「…………」

「…………」

 板を見上げた後、隣を見ると、ばっちりと視線が合う。どうやらほぼ同じタイミングで横を向いたようだった。

「……タチの悪いイタズラですわね」

「牢屋敷の中でこういったことがあるってことは。真実はたった一つです。魔法ですね!」

 やれやれとため息を吐きながら言うと、自称名探偵(シェリー)は好奇心に満ちあふれた声を出す。

「魔法だとしたら余計にタチがわりぃイタズラですわ……。誰の魔法ですの? まったくこんな……。キ、キ、ス、だなんて……」

 愛用の扇子で口元だけは隠すも、どうにもこうにも顔は熱く感じてしまう。心臓は無駄にうるさくなる。

 シェリーとのキス自体は、初めてではないし。なんなら、あっちの方から時々しれっとやってくる。自分からは……そんな真似は。まだ、できない。

 シェリーの方からキスをしてくるのはそれはそれで嬉しいから、嫌いじゃないし、されてもいいとは思う。でもだからと言って、こん、な状況で――――。

 考えれば考えるほど、思考がドツボに嵌まっていく気がする。自分はどうしたいのか、どうすればいいのか、分からなくて――。

「んー、」

 シェリーは人差し指を唇に当てて、考えごとをするような顔をしている。これはシェリーのいつものポーズだから、唇に指があることに深い意味はないのだろうと思う。でもこの状況、そしてこの後に待ち受けるだろうこと、そしてシェリーの行動に、いちいちドキドキしてしまう。

 ――シェリーさんと、キス……することになる、んですわよね……。

 覚悟を決めようとするも、頭がぐるぐるとして思考が定まらない。キスなんてそんな、急に言われてできるものじゃない。もっと、こう、色々なものがあって――。

 心臓が無駄に高鳴りまくるのを感じていた。

 そんな中。シェリーは。

「キスってあれですよね鎮痛剤で有名なモルヒネの、何倍もの鎮痛効果があるっていう――」

 だなんて、まったく関係のなさそうなことを言い出した。

 思わず、がっくりと肩が落ちるのを感じた。この人は……。なんというか、いつも通りすぎて、焦ってる自分がバカみたいに感じる。

「一体どこでそんな知識仕入れてきますの貴女……」

「推理小説です!」

 ぐっと両手を握りしめて、目を輝かせて、言う。

「んなこったろーと思いましたわ。…………はぁ」

 大きな大きなため息が出た。

 キスしなきゃいけないのかと、こっちはドキドキしてるのに。この人はロマンチックのカケラもありゃしない。本当、ドキドキしてる自分がバカみたいですわ……と二度目の思考に入ろうとして、シェリーの顔が、すぐ近くに、見えた。

「ということで、ハンナさん」

 顎に手の感覚があったかと思うと、くい、と顔を上げさせられて。そしてそのまま、シェリーの顔がすぐ近くに見えたと思った途端、唇に、柔らかいものが、触れた。

「――――!?」

 触れていたのは、ほんの一瞬だったはずなのに、その感覚はずっと残っているような気がした。顔が離れてから香ってきたシェリーの匂いは、ずっと鼻の中に残っている気がして。さっき以上にドキドキが止まらない。

 その、直後。

 場所にそぐわないファンファーレの音が響いたかと思うと、一瞬景色がぐにゃりと歪んで見えた。そして次の瞬間には、周りは先ほどまでいた図書館の景色に戻っていた。

「…………、…………ここは、元の、場所…………ですの?」

「みたいですねー。んー、本棚に閉じ込められたと思ってましたが、最初から、私たちの位置は変わってなかったのかもしれませんね。幻覚を見せる魔法だとか、そういうものでしょうか?」

「…………………………元に、戻れれば、いい、んですわ…………ええ…………」

 どうにもこうにも、肩ががっくりと落ちる感覚があった。

「どうしましたかハンナさん、元気無いですよ?」

 シェリーはしゃがんで、自分に視線を合わせてくる。その声も、その表情も、自分を心配してくれているのだと思えるし、この場においては、シェリーはこの場所から助けてくれた恩人ということでもある。

 でも。だからといって。何も思わないかと言えば、そうじゃなくて――。

 ――この人は…………。キスしたばかりだというのに平然としてて。こっちは、こっちは――こんなにも心臓がドキドキしまくっているというのに、この人は――――!

「――――っ! あなたのせいですわよシェリーさん! わたくしはこんなにも覚悟をしていたというのに、シェリーさん、そんな……こと、まったく気にしないようにしれっとキスしてきて!」

「私も結構ドキドキしてたんですけどねー」

全然(ぜんっぜん)そうは見えませんわ!」

「してましたよー。でも、あそこから出るにはそうするしかなかったのも事実です」

「それは、そうですけど。…………で、でも、キスをするのなら、こう、雰囲気だとか、その前のやりとりだとか、そういうのはあって然るべきじゃありませんの!?」

 ハンナ自身としては、キスというものは特別なものだ、と思っている。だからこそしれっとやってきたシェリーには、肩すかしもいい所で。ドキドキしていた心や、覚悟を決めた自分の気持ちや怨みつらみはどこに持っていけばいいのだろう。どこに八つ当たりをすればいいのだろう。この魔法を持っていた魔女候補者だろうか。シェリーに言うのは違うと思っていても、言わずにはいられなくて――。

「ハンナさんはロマンチストですねー」

 そんなことを考えていると、シェリーは何事か納得したかのように、うんうんと頷く。

「あなたが考え無しなだけですわ! ……私の覚悟を返してくださいまし!」

「――――、」

 思わず発してしまった言葉に、シェリーの目がきらりと光ったように思えた。――もちろん、実際には気のせいなのだけれど。そう、見えた気がした。

 にまーっとした顔をして、シェリーは言う。

「なら、もう一度しましょうか、ハンナさん」

「え」

 自分自身の唇に指を当てて、そして、言う。

「確かに、私のキスは早急で短絡的でした。ハンナさんが言う、キスまでの流れというものを理解できていませんでした。だから――ハンナさんから、してください」

「…………っ!」

 にんまりとした笑みをして、顔を近づけてきた。ほんの少し屈んでいるのが見えたけれど、それでも顔を上げるだけではシェリーの唇までは届かない。

 【浮遊】の魔法を使えば、きっと余裕で届くのだろうけれど、それじゃ魔法を使うだけで精一杯になって、キスどころじゃない。

 だから背伸びをするしかないのだけれど――――。

 背伸びをしする。ほんの少しだけ、届かない。

 むぅ、と口を尖らせてシェリーを見上げるも、その目を優しく細めるだけ。顔の位置を下げるつもりはないようで、むしろ『してくれないんですか?』とでも言いたげに、自分の唇に人差し指を当てて見せる。

 ――分かりましたわよ! もう!

 ハンナは思い切り背伸びをする。思わず重心が前の方にずれて、シェリーの肩に手を当ててしまう。

「………………~~~~~~っ!」

 それでも、ギリギリで、届かない。

 残る策は――。

「…………ふぅ」

 一度踵を下ろし、小さく一呼吸。

 その間で、色々と覚悟を決める。

 背伸びをするのと同時に、シェリーの顔へと手を伸ばす。何をするのかと興味津々に輝いていた目が、頬に触れる感覚でくすぐったそうに細められて――そして力を入れた手に引かれるまま、シェリーの顔が近づいてくるのが見える。

 優しそうに目を細めたシェリーの顔が、すぐ近くに映って――――。

 柔らかい感触が、唇に触れた。

 手を離す。踵を下ろす。

 優しげに目を細めた恋人(シェリー)が目の前に見えた。

「…………なるほど。そういうことですか」

 ぽつりと、シェリーが言う。

「キスされるまでの時間が長いと、それだけ、ドキドキしちゃうんですね。そして。ハンナさんからされると、なんだか、さっきよりも余計に、ドキドキしちゃいますね」

 だなんて、目の前の大好きな人の数倍、ドキドキしまくってる自分を煽ってるんじゃないかと思うような、そんなシェリーが見えた。




牢屋敷には、どこかに過去の魔女候補者の魔法の残滓が残っているらしい。ならこんな魔法も残ってると思うんですよね。
【キスしないと出られない部屋】
そんなロマン溢れる魔法が残ってたらいいなと。そしてそれに巻き込まれるのがシェリハンの二人だったらいいなと。
そんなことを思ってたらできたお話がこちらです。
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