シェリハン作品   作:みょん!

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ほんっと貴女は、手がかかるか弱い女の子ですわね

こちらの作品は魔法少女ノ魔女裁判の最終章のネタバレを含みます。

クリア前でも読む上で支障はありませんが、ネタバレにご注意ください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最初で最後の魔女裁判が終わった、後。

 ハンナはシェリーと共に、監房の中にいた。

 自分たちはもう魔法は使えない。殺人事件が起こることもなければ、魔女裁判が開かれることもない。魔女図鑑の中にある規則も、もはやあってないようなもの。監房の鉄格子にロックは掛からないし、自由時間外に外にいるからといって、懲罰房に連行されることもない。

 自由に過ごしていいとされた中でも、二人で監房の中に、更にはベッドの中にいた。

「…………」

「――――えへへ」

 ――お付き合いをするとは、言いました。

 ――言いました、けど。…………あまりに急すぎやしませんこと?

 そう思ってはいても口には出ず。背中に温かさを覚えつつ、ベッドの中で動けないでいた。

「ハンナさんと一緒に寝ると、やっぱり体が温かくなりますね。ぽかぽかです」

「わたくしが子ども体温だとでも言いたいんですの?」

「私は事実を述べただけでーす」

 背後から、それはそれは面白おかしそうな、楽しんでいるような声がする。

 手は胸の前で組まれていて、足は両方の足で挟まれていて、動きようがない。いや、動こうとすれば動けるのだけれど、それをする理由もなければ、別に今の状態が嫌か嫌でないかで言えば、少なくとも嫌じゃない、という思考になるから、このままにしているだけ。

 これまでの記憶の中でも、牢屋敷の中ではシェリーに手を引かれて、様々な所に連れていかれる毎日を過ごしていた。だから、それはつまり、シェリーに連れられなければ、割と本当に、どう過ごせばいいか分からない、というわけで――。

 ぬいぐるみをつくるにも、服を作るにも、先立つものが必要。今はその材料がないし、わざわざ探しに行くのも億劫(おっくう)だし。――というよりも、その前の裁判で相当精神を消耗した自覚があるから、今は心と体を休めるのが先、と思うしかなくて。

 それがたとえ、ベッドの中でお付き合いをすると決めた人(シェリー)に後ろから抱きしめられていて、半ば抱き枕のようにされているとしても。主な目的が果たせていればそれでいいのです、ええ――そう、思うことにした。思うことにするしかなかった。胸がものすごく高鳴るのを感じていたとしても。

「ハンナさん」

 頭の後ろから、こしょこしょと囁くような声が聞こえる。

「ハンナさんの心臓、すごくドキドキしてますね」

 胸に手を当てられているせいで、心臓の鼓動があっちに伝わってしまったようで。――仕方ないでしょう。と言いたいけれど、背中から感じるシェリーの心臓も、同じくらい鳴っているのだから、おあいこだと思う。

 ただ、先に言われてしまったことで、精神的イニシアチブを握られてしまっているのは、否定できないけれど――。

「貴女も、ですわよ」

「そう、ですね。私も、ドキドキしちゃってます」

 心臓がある胸部分を撫でられて、変な声が出そうになる。今身体が反応したら、きっとシェリーに頭突きをかましてしまうことになるから、必死に抑える。果たしてこの人は、自分がどれだけ今を維持するための努力をしているか、分かってくれているんでしょうか、と思う。

 すぅぅ、と音がして、頭に涼しい感覚があった、と思った途端。

「ハンナさん、好きです」

「――――――」

 ビクッと、勝手に身体が反応してしまった。

 シェリーはうまく避けたのか、後頭部に衝撃が来ることはなかった。ほっと胸をなで下ろしていると。

「ハンナさん、これから、よろしくお願いしますね」

「………………――――――」

 先ほどとは違って、優しい囁きが、頭の上から聞こえてきた。

 顔が、身体が、熱くなってくるのを感じた。心臓は余計にうるさくなる。身体はまったく動かなくなる。

 なんて返すべきなんだろうと、まったくまとまらない頭で考える。記憶の中では、何回か告白をして、その度に恋人同士になった。そして今も、裁判所の前で、お付き合いをすることになった。

 でも、今の自分たちにとって、このやりとりは初めてで。

「………………」

 ならば――こう返すのが、きっと正しいのだと思う。

「こちら、こそ、……ですわ」

「…………えへへ」

 その答えは、きっと正しかったんだろうと思う。背後からは、子どものような、少女のような、甘えるような声が、聞こえてきていたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハンナは、『ホウ、ホウ、』とスマホから聞こえてきたフクロウの鳴き声で目を覚ました。

 目を開くのと同時、身体の前に回されていた手がぴくりと動くのを感じて、後ろにいる人も目を覚ましたのだと分かる。一緒に寝てしまっていたという、ほんの少しの恥ずかしさと、目が覚めても大好きな人がいてくれた安心感で、再び心臓が大きく鳴り出すのを感じた。

 スマホを見ると、1700と表示されていて、【これから自由時間となります】と通知が入っていた。

 記憶の中でも何度も見たその通知は、どうやら時間に合わせて自動で送られるようだった。

「ご飯、食べにいきましょうか」

「ええ。そうしましょう。……でも、アレ、なんですわよね……」

「もしかしたら、魔法がなくなって、おいしいものになってるかもしれませんよ?」

 シェリーが先にベッドから降りて、手を差し伸べてくる。記憶通りの見慣れた光景に、どうしても嬉しくなって、勝手に笑みが浮かんでしまう。釣られてなのか、シェリーも微笑むのが見えた。嬉しい気持ちはそのままに、その手を取る。続いて指を絡めてくる手の感触に、また嬉しくなって。笑みを抑えられないまま、二人で食堂へと向かった。

 

 食堂に入ると、見慣れた姿がいるのが見えた。

 机に着いている少女もいる中、ヒロ、エマ、ミリア、ナノカの四人は、立ったままぱたぱたと動き、食堂の奥に繋がる扉を行ったり来たりしていた。

「何してますの?」

「ああ、ハンナちゃん、シェリーちゃん。二人ともぐっすり寝てたみたいだから、起こさないで来ちゃった、ごめんね」

 エマが大きなトレーを中央のテーブルに置いてから、言う。

 ――二人とも寝てた、という言葉を、深く考えることは止めておいた。

 だって、それは。――見られていた、ということだから。考えない、ことにした。

「…………いえ、謝らなくていいんですのよ。で、これは…………食事、ですわよね」

「うん。そうだよ。これまでは看守……じゃなかった、ええと、ナノカちゃんのお姉ちゃんが、一人でやってたんだけど、今は医務室で寝ているから……」

「…………ああ」

 言われてみれば、そうだった。魔女因子が無くなった結果、なれはてとなった少女も元に戻っていくと言われて、一番に戻ったのが、元看守の、ナノカのお姉さんで。

 その人が今休んでいるとすれば、食事を出す人もいなくなる、ということで――。

「――え、ということは、あなたがたで準備されましたの?」

「うんっ! 疲れて休んでる人も多いから、動けるボクたちがやらないとって思って」

 にこやかにエマが頷いて見せて、胸の前で両方の拳を握ってみせる。自分たちに元気なところを見せようとしているようにも見える一方で、その表情にはどこか疲れのようなものも見える気がしてしまって。少し、申し訳ない気持ちになる。

「…………ごめんなさい。次回から、わたくしたちもお手伝いしますわ」

「大丈夫。だって倉庫にあるレトルトを温めて、トレーに出すだけだもん。ここはボクたちでなんとかできるよ」

 そして先ほどのにこやかな笑みとは裏腹に、どこか、申し訳なさそうに言う。

「食事は。…………なんとかできるようにって、ヒロちゃんがゴクチョーに交渉中だよ」

「エマ、その表現は正しくない。食事を終えた後の時間で、私たちの処遇改善についての交渉をすることになっている。全てはそれからだ」

「あ、そうだっけ」

 気がつけばエマの背後にはヒロが立っていた。そして自分たちを頭の上から足の先まで見てきたかと思うと。

「こんな状況ではあるが、そして今はこんなものしか出せなくて申し訳ないが。……食事は、摂った方がいい。食事無しに体は動かないのだから。食事以外の生活の部分については、これから決めていくことにしよう」

 そう言うくらいなら、きっとその背後にあるものは、想像通りのものなのでしょうね……と思えてしまった。けれどヒロの言う事は最もだから、ひとまず、食事自体はシェリーと一緒に食べようと思った。

 ただ。

「……それでも、食事の準備をエマさんたちだけにお願いするのは、気が引けますわ。やっぱり、お手伝いします」

「その話なんだけど。今日夕方くらいに皆で集まって、役割分担会議をしよっかって話をしてるんだ。皆それぞれで、できることをやっていこうよ!」

「ええ、分かりましたわ。いいですわよね、シェリーさん」

「ですね! ご飯って、もう食べられるんですか? もうお腹ぺこぺこで!」

「シェリーさんったら……。働かざる者食うべからず。やることはやるんですのよ!」

「はぁい」

 隣にいるシェリーが途中で何かを言ってくるかと思ったけれど、相づちを打つだけで、珍しく何も言わなかった。

 

「…………やっぱり、これ、ですのね……」

 ハンナは、トレーを持ち、ビュッフェ形式になっている食べ物を取ろうと、食事が入っている大きなトレーの中を覗き込んで。そこから立ちこめる臭いを感じた瞬間、食欲が一気になくなっていくのが分かった。準備されていた食事は、記憶の通りのものだった。

「食事は、魔法でマズくできていたんじゃないんですねー」

 恋人(シェリー)はそう言いつつ、手に持ったトレーの上に載せた皿に、食べ物と言っていいのか分からない生臭いそれを入れていく。とはいえ、シェリーにも思うことがあるのか、その手際は記憶していたときよりも、ゆっくりだった。

 ――そういえばこの人は、普通に食べられるんでしたっけ。

 記憶の中では平然と食べていたから、きっと今もそうなんだろうと思えた。

 ひとまず、記憶の中の情報を頼りに、マズい中でもマシな方の食べ物を、控えめによそっていく。フルーツは、と思い机の端を見ると、銀色の器には何も載っていなかった。

「ハンナさん」

 食べ物を掬うお玉をトレーに戻した瞬間を見計らって、シェリーが脇腹を小突いてくる。

「たくさん食べないと大きくなれませんよ」

「大きなお世話ですわ」

 せめてご飯がおいしければもう少し食べたのに、と思ったけど、言わないでおく。

「それとも、私が食べさせてあげましょうか?」

「――――――っ! シェリーさん!」

 ウインクしながら、そんなことを言ってくる。反撃しようとすると、「きゃー!」とわざとらしい悲鳴を上げながら空いてる机へと逃げていく。ああもう、この人はやっぱりいつも通りですわね。だなんてことを思いながら。最後に硬いだけの記憶しかない黒色のパンを取ってから、シェリーが座る机へと、足を向けた。

 

 ハンナは、いつもの通りにシェリーの真向かいへと座る。自分が来るまで食べるのを控えてくれていたのか、その食事は手つかずの状態だった。

 いただきますをしてから、もしかしたら味が違うのかもしれない、という一縷(いちる)の希望に縋って、一口食べる。――やっぱり超絶マズかった。

「うぇぇ…………」

 これを、帰るまで食べ続けるんですの……? と先が思いやられる気がする。

 シェリーはマズいなどと言わずに食べていたものだから、きっとものすごい勢いで食べているのだろうな、と思って前を向くと。――その食事には、一切手を付けられていなかった。

 それどころか、何事か思い悩んでいるような、そんな表情に見えた。

 ――シェリーさんらしくねーですわね。

 目の前の人と過ごしたのはまだ数時間でしかない。けれど、記憶の中でも、そうそう、そんな表情は見せてこなかったものだから、やっぱりどう見ても違和感でしかない。

「どうしましたの? マズいご飯ってのは分かってますけど、食べないと体が動くものも動きませんわよ?」

「ええ。食べたいなーとは、思ってるんですが」

 歯切れの悪い言葉が聞こえてくる。

 お腹が減っていないのだろうか、とも思ったけれど、この人は裁判の前でもぱくぱくと平然と食べていたから、そんなことはないと思う。

 ――なら、どうして、と思う。

「煮え切らねーですわね。はっきりと言いなさいな。わたくしたちの間で、遠慮する必要なんてないでしょう?」

 ――と、そこまで言って、言い過ぎたかと思った。あくまでそれは、記憶の中の自分たちで、今の自分たちではない。だからその説得は、意味がないと言われれば、その通りで。

「ハンナさんには包み隠さず、全部言いますよ。だってハンナさんは、私の一番大事な人ですから。ずっと一緒を誓った人ですから」

 歯の浮くような台詞を、顔色も変えずに、しれっと言う。

 ――勝手に、顔が熱くなりそうな気がしたし、変な声が出そうになった。なんとかそれらを必死に抑えているうちに、シェリーは机の上に載せたままの手に視線を向けて。

「私、体がなんか変でして」

 シェリーが、日常会話をするような声色で、言う。

「私の魔法って、【怪力】だったじゃないですか」

 だった、と過去形にするのは、自分たちの魔法の源――魔女因子――が、もう体から取り除かれているから。ユキが、全てを、持って行ってくれたから。

「私、どうやら思ってた以上に【怪力】の魔法が体にしっかりと染みついちゃってたみたいで。ほら。うまく、力を入れられないんです」

 まるで他人事のようにそう言って、スプーンを持つ。そのスプーンが、小さく震え、そしてカランと音を立てて、落ちた。

「今の私はか弱い女の子で、箸より重い物が持てないみたいですね」

 目を細めて笑いながら、頬を掻く。『箸より重いものが持てない』は、か弱い、そして高貴な女の子の常套句(じょうとうく)だ。それをこの人は使ってみせる。

「立ったり、歩いたり、ハンナさんの手を取ったり、ハンナさんを抱きしめたり、そういった当たり前の動きは、できるんです。ただ、日常生活の中で、魔法を発動させないようにって、色々と注意したりしてて、家の中でも、牢屋敷(ここ)でも、気を付けてたのが、こうなって返ってくるとは思いませんでした」

「…………」

 言葉の一部は、聞かなかったことにした。

 記憶の中で、シェリーが【怪力】の魔法を使った所は、実はそこまで見ていない。だって、【怪力】の魔法を使うときは、それは緊急事態で――。と、思ったけれど、洗濯物を無意識に破ったり、気球の布を無意識に破ったり、腕相撲をする相手を全員なぎ倒したり、目の前でりんごを握りつぶしたり、しょーもないことにも使っていたな、とは思う。その一方で、自分を助けるときに看守に立ち向かったり、ミリアが牢屋の中で死んでいるときに鍵を壊したり、ログハウスを入れ替えたり、処刑台のガラスを打ち砕いたりと、大事な部分でも、使ってきた。

 自分の【浮遊】と同じくらい、いや、それ以上に、使い所が難しい魔法だったのかもしれない、と思った。

 【怪力】の魔法を使わないようにと注意していたのだろうと、記憶を辿ると、そう強く感じるときもある。

 無意識的になのか、意識的になのか、それは分からないけれど――。【怪力】の魔法を使わないように使わないようにと意識していた結果、それが無くなった途端に、体のバランスが取れなくなってしまったと、そういうことなのだろうと思う。

 自分の手を掴んで引っ張っていったあの日も。自分と一緒に箒で空を飛んだあの日も。どの記憶の中でも、一緒にいてくれたこの人は、いつも注意してくれていたのだと、改めて思う。

 そして今のシェリーは――。困ったように笑って、またスプーンを持って、取り落とす。カラン、と音がした。

「仕方ねーですわね」

 席を立って、空いているシェリーの隣の席へ。

 自分が元々持っていたスプーンを持って、シェリーの前にある皿の中の料理らしきものを掬う。持ち上げて、シェリーの口の前へ。

「どうぞ」

「これ、なんですか?」

「なんですか? じゃねーですわ。貴女、このままスプーンを落とし続けるつもりですの? 食べさせてあげますわ。そして食べ終わったら、体が元通りに動かせるようになるまでリハビリですわよ」

「いいんですか? ハンナさん」

 恋人が、きょとんとするのが見える。

 その『いいんですか』には、様々な意味が込められているような、気がした。

「いいも何も。貴女はわたくしとずっと一緒にいてくれると言ったでしょう? このままじゃ食べられないまま栄養失調一直線ですわよ。ほら、つべこべ言わずに、口を開ける」

 そろそろ恥ずかしくなってきた。というか、周りからの視線を、嫌って程に感じる。

 視線の隅で、何やらニマニマ笑いをしている同室の人が見えたような気がしたけど、気にしないことにした。

「あ、あー」

 開いた口に、食べ物を載せたスプーンを突っ込む。――もちろん、苦しくないように、ほどほどに。

「ふぁーふほふぁいほっへふぁふへふへ」

「飲み込んでからしゃべりなさいな」

 見たところ苦しそうでもないから、喉が詰まっただとか、そういうのではなさそうだ。だから何かを言いたいんだろうなと思った。――その言葉を聞かない方がいいと思ったのは、聞いてからでは全てが遅かったのだけれど。

「ファーストバイトってやつですね」

「………………」

 だなんて、この人は言う。

「結婚式でよくあるやつですよね。食べるのはケーキですが」

 しかも追撃までしてきた。知らないわけがありませんわ、だとか言ったらきっと自爆するから、黙ることにする。

 ――なんというかこの人は、口が減らない人ですわね、と思う。

「――――貴女のノンデリっぷりはちっとも変わってねーですわね。リハビリが始まったら、容赦しませんわ。覚悟なさいな」

 少しだけ、ほんの少しだけ、この人を哀れむような心が芽生えてしまった自分を、ぶん殴りたいと思った。大事にするのと、哀れむのは違う。やっぱりこの人は、どこまでいっても、いつも通りで――。

 でも。それがなんだか、妙に、安心できた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結論から言うと、シェリーの体は三日足らずで、すぐに戻った。

 ナノカから、お姉さんのリハビリと同じ方法として四肢のマッサージのやり方を教わり、一日に三回、医務室でシェリーの体のマッサージをして。『日常的な動きはできる以上、それ以外のことはやる必要はないわ』とナノカから結論付けられた。結局は、それまでと同じ行動をすることで、体が動きを思い出すようにするしかない、ということとなって――。

 朝起きて、やけにシェリーの腕から感じられる圧力が強いな、と思った日。

「戻りました! 戻りましたよハンナさん!」

 耳元で、それはそれは、明るい賑やかな騒がしい声が聞こえて。耳がキンと鳴るのを覚えて。

 ――やっぱり脳筋ゴリラですわ、貴女。

 だという言葉は、何回言いかけたか分からない。

 けれど、結果として。大好きな人(シェリー)は、元通りの生活を送れるようになった。

 

「ごしごしごしごし、ですわー!」

 いつかにも、こういったことをやったな、と頭の片隅で思いながら、ハンナは洗濯板で洋服を洗い続ける。右側にはまだたくさんの洋服が貯まっていて、終わる気配はなかなかに見えない。けれど始めた時に比べたら、その山の高さは半分ほどに減っている。もう少しですわね、と思いながら、手に力を込め続ける。

 半分はまだ洗わずに残っている。ならば、残りの半分はどこに行ったか、と言えば。

「ハンナさんハンナさーん! 干すの終わりましたー!」

 声に顔を上げると、恋人(シェリー)がぶんぶんと手を振っているのが見えた。木と木の間に張られているロープには、服がはためいている。

「服を破ったりしてないでしょうねー!?」

 声を上げると、もともとにこやかだった顔が、より笑みを深める、そして自慢げな顔になる。

「もちろんでーす! シェリーちゃんは完璧にこなしてみせましたよ!」

 干されている洗濯物は、見たところどれも形を保っていて、破れているようなものは見えなかった。まぁこの人が破ったところで縫い合わせればいい話だし、この人が服を破ったのは記憶の中では両手の数では数え切れないし――。

 などと思っていると、シェリーがぱたぱたと駆けてくるのが見える。そして隣にしゃがみ込んできて、にこにことした顔をすぐ近くで見せてくれる。

「…………」

 それからほんの少し、顔を近づけてくる。帽子を取るのが見えた。恋人が何を求めているかだなんてのは、記憶の中の総合値でしかないけれど、大体、分かる。

 頭に手を置く。くすぐったそうに目を細めるのが見える。

 わしゃわしゃと撫でる。くすぐったそうな顔はそのままに、嬉しそうな声を上げる。

 ――犬ですわね。

 それまでの記憶でも、そして今の経験でも、とみにそう思う。

 舐めてこないだけ、犬よりもマシですけれど――。

 だなんて、思っていたら。

「…………」

 顔がすぐ近くに見えたと思ったら、なにやら、頬に、柔らかくて、温かい感触が、あって。

 それから何やら、ほんのりと涼しい感覚が、同じ場所にあって。

「………………」

「えへ」

 隣を見る。にっこりとほほえんだ、とても満足そうな顔をした、恋人の顔が見える。

「…………ちょっと、くすぐったいですね」

 やってきた側のくせに、ほんの少しだけ恥ずかしそうな声で言う。

「…………――――――」

 こっちはほんの少しどころか不意打ちを受けて声すらも出せないのに顔も熱くて仕方ないのに心臓はうるさくて仕方ないのにこの人はもう――――――!

 その直前に、この人の頭を撫でていてよかったと思う。洗濯物を擦っている間だったら、危うく手に力が入って服を破るところだった。服を破るのはどちらかといえばあっちの方が圧倒的に多かったのだから、こっちがしようもんなら、何を言われるか分かったもんじゃない。

 とにかく、ひとまず。

「…………シェリーさん、不意打ちはやめてくださる? 手元が狂いますわ」

「ハンナさんに言ってからなら、キスしていいってことですね!」

 ――言わなくてもやりますわよね、貴女。とは言わないでおく。今更だし。

「どこをどう曲解すればその結論になるんですの?」

「ハンナさんがそう言いました」

「言ってませんわ」

「ハンナさん、手が止まってますよ」

「貴女のせいですわ。……この分が洗い終わるまで少し待っててくださいまし」

「はーい。待ってますね!」

 そして、シェリーは。後ろに回ったかと思うと、後ろからぎゅう、と抱きしめてきた。

 抱きしめる手は力強い。けれど、痛くはない。【怪力】の魔法の心配をしなくてもよくなったからかは分からないけれど。それまでの記憶以上に、抱きしめてくることが増えた。

 ――待ってる、とは言いましたけど。ハンナさんを抱きしめない、とは言ってませんよね?

 肩越しに見る恋人の顔は、言わずともそう語っていた。

「…………まったく」

 ――仕方ねーですわね、この人は。

 そう、言うだけに留めておいた。

 元通りに抱きしめられる嬉しさを、それこそ体全体で表現しているこの人の笑顔を、すぐ近くで見られているのだから。

 それは、嬉しい事だから。

 ――それは、そうとして。

 ここは、中庭。

 一応、見ようとすれば、誰でも通りがかりに見られる場所。

 そして目の前には、いつの間にか、エマと、ノアと、アンアンがいた。

 アトリエのベランダから自分たちが洗濯をしているのを見て、手伝いに来てくれたのかもしれないと思った。――タイミングが、悪いかもしれないとも思った。

 今の状況は、つまりは。シェリーに後ろから抱きしめられているのを、しっかりと見られているということで――。

 【当てつけか?】

 ジト目で見てくるアンアンのスケッチブックには、はっきりとした文字でそう書かれていた。

 ぽけーっとした無邪気な顔で見ていたノアは、なにやらにんまりとした笑みを見せて、それからエマの服の裾をちょいちょいと引っ張っている。

 そのエマは、というと。何やら困ったような苦笑いを浮かべている。

 三人の視線を受けたシェリーは。その上で、頭にすりすりと額を擦りつけてきて。

「えへ」

 更には、体を抱きしめる手に、ぎゅっと、力を込めて。

 もっとくっついてきた。




最終章の魔女裁判が終わった後のお話です。
魔法を失った牢屋敷ではこんなお話があったりしたのかなぁと思いながら書いてました。
あとシェリーちゃんは魔法が無くなったら絶対絶対ハンナちゃんをぎゅーしまくると思います。


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