シェリハン作品   作:みょん!

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ハンナの決意と応援のお菓子

 遠野ハンナは、そおっと足を伸ばし、まず右足を一段高い所へ載せた。

 顔は真剣そのもの。まるで処刑台へと向かう囚人のように、おそるおそるといった様子で、右足に続き左足を、その場所へと載せる。そして――。

「ぴっ!?」

 彼女は、小さく悲鳴を漏らした。

「…………」

 彼女が見たのは、デジタルで表示された、数字。

 彼女を驚愕させたのは、その数字が、彼女が想定していたよりも相当に高かったからだった。

 その数字は、ハンナがこれまでに生きて行く中で、少しずつ上昇していった。けれど上昇値は、決して急激なものではなかった。――それなのに、ここ二週間ほどは、その数値が急上昇してきている。

 ――このままでは、わたくしは…………。

 ハンナの背中に、つう、と汗が流れるのを感じた。

 ――いえ、そうは、なりませんわ。わたくしは、絶対に――――。

 心の中に澱みが浸食してきていることを自覚し、ハンナは目を閉じて首を左右に振る。ぱちんと、自分の手で頬を挟む。

 ――大丈夫。わたくしは、まだ間に合う。まだ。

 そう、心に強い意志を込めて。

 そして、近くに置いてあるスマホを取り出し、最愛の人物とのトークルームを開く。

 他愛もないやりとりの履歴が残ったルームを見て、ほんの少し胸が安らぐ。

 ――彼女のためにも、わたくしは、やらなければ。

 胸に確固たる決意を秘めて、そしてメッセージを送る。

 

 【痩せます!】

 

 ――と。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 メッセージを送った途端、画面の下部に変化があった。

 【シェリーさんがメッセージを入力しています】

 ハンナがメッセージを送ってから、数秒も経っていない。まるで、ハンナがメッセージを送るのを待っていたかのような速度で、反応が返ってくる。

 

 【応援します!】

 

 通話ではない、文字情報。けれど最愛の人物の声が、その文字の通り聞こえた気がした。それと、にこやかな顔も、両手を握りしめた仕草も。

 決意で引き締められていた顔が、勝手に緩むのが分かる。やらなければ、と冷えていた胸の奥が、再びじんわりと温かくなってくるのが分かる。安堵の息が、口から漏れる。

 そしてそのメッセージに続き、入力中の表示が見えた、かと思うと。

 

 【応援のお菓子とかいりますか?】

 

 ――お菓子!

 シェリーの提案に、思わず顔がほころぶのが分かった。

 彼女が買ってくるお菓子は、自分がそれまでに食べてきたお菓子とは異なり、ほんの少し、いいものだ。洋菓子、和菓子、生菓子にアイス。どれもスーパーで売っているものではなく、普段の行動範囲よりも更に足を伸ばした先にある専門店でしか買えない物。

 自分では早々買わないし、買えないものを、シェリーは時々買ってきてくれる。それがハンナにとっては楽しみの一つだった。――もちろん、一番の楽しみはシェリーと一緒に居られること、なのだけれど。

 

 【はい!】

 

 思わず即答してしまったハンナは、直後に送られた【では、これからハンナさんのお家に行きますので、待っててくださいね!】のメッセージに、満面の笑みになった。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 待つこと数十分。家のチャイムが鳴らされ、いつもの格好をしたシェリーがやってきた。

 お湯を沸かし、準備していたティーパックで二人分の紅茶を淹れて、そしてシェリーが買ってきてくれた【応援のお菓子】を一緒に食べた。

 持ってきてくれたのはマドレーヌ。口に入れた瞬間に優しい甘みが広がったかと思えば、中に入っていたアプリコットのジャムのあまずっぱさが急激に口の中に広がる。二段階で伝わってくる甘さと美味しさに、思わずシェリーが目の前にいるにも拘わらず、頬に手を当ててしまう。

「うんめぇですわ~~~」

「ハンナさんが幸せそうでなによりです」

 ハンナの向かい側で、にこにことしたシェリーがいる。エマや他の誰かがいるのなら、仕草を慎むか、言葉を慎むかのどちらかをするけれど、ここに居るのはシェリーだけだからまぁいいか、と思う。

 おいしいのはおいしいのだから仕方ない、と自分に言い訳をして、紅茶を一口。さっき以上に口元がほころんで、目の前からくすくすと笑い声が聞こえるのが分かった。

「それで――」

 面白そうなものを見つけた、とでもいうようなキラキラとした目をして、ハンナを見据える。

「ハンナさんはいつから頑張るんでしょう?」

「……いつから?」

 ――あれ?

 ハンナの頭に、何かノイズのようなものが混ざった気がした。

 何かを、見落としている気がする。

 とてもとても大事な、何かを、わた、くしは――――――。

「………………あ」

 ハンナの目に映ったのは、つい先ほど自分が食べた、マドレーヌの袋。

 ハンナは、つい一時間前の自分の発言を、頭に浮かべる。

 自分は、何をするのだったか。何を決意したのだったか。――それを、たった今、思い出した。

 証拠は、自分のスマホの中に、そしてシェリーのスマホの中に、残っている。

 圧倒的に、言い逃れのできない、証拠が――――。

「――――」

 ゴンッ、とローテーブルに額をぶつける。

 決して、痛いわけじゃない。でも、ハンナは顔を上げられなかった。

「これだから、ハンナさんは可愛いんですよね」

 最愛の人物のその声に、彼女がどんな顔をしているのかは、見ないでも分かった。

 それからすぐに頭に感じる、彼女の優しい手つきに。

「………………~~~~~~」

 ローテーブルに頭を付けたまま、ハンナは左右に揺らすしかできないでいる。

 もしも今顔を上げたら、シェリーと目を合わせてしまったら――きっと、顔から火が出るくらいに、顔が赤くなってしまうだろうという、確信めいた予感があった。

 頭を撫でる手が止まったかと思うと、頭上から優しい声が降ってきた。

「大丈夫ですよ。ハンナさんは羽根のように軽いんですから」

「…………励ましは結構ですわ。っていうか貴女基準ならどれも軽く感じるでしょうに。この怪力女」

「それは違いますよー。私だって軽いと重いの違いくらい分かります。ハンナさんは軽いです」

 どこかふて腐れたような、けれど何か面白がっているような、シェリーの声。

「ダイエットは、明日から、でしょうか?」

「………………うぅぅぅぅ……」

 明るい声でトドメを刺されたハンナは、唸ることしかできなかった。

 シェリーのメッセージにまんまと釣られてしまったハンナは、嬉しいやら恥ずかしいやら、情けないやら悔しいやら。様々な感情が頭の中で巡りに巡って。

 結局、しばらくローテーブルの上で頭をごろごろとさせたあと。

 

 【ダイエットは明日】、というシェリーの発言に賛成し。

 シェリーと一緒に、買ってきたお菓子を全部食べたのだった。




その当時バズっていたLIN○のやりとりを見て、『シェリーちゃんとハンナちゃんが現代の生活を送っていたら、きっとそんなやりとりをやっていたんだろうな』と想像が働いて、衝動的に書いた物語がこちらです。
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