シェリハン作品   作:みょん!

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十一月十一日。貴女は赤い箱を携えて。

「ハンナさん、おっはようございまーす!」

 朝。リビングで朝食を摂っていたハンナは、シェリーのいつもの朝の挨拶を聞く。

 ドアの鍵は起きた時に開けているから、ドアが開くことも、シェリーの挨拶が聞こえることも、いつもどおり、なのだけれど。

「…………」

 ハンナは、ぽかんとした顔で、玄関でふん、と満足げに息を吐くシェリーを見ていた。

 その行動自体はいつも通りだし、シェリーの髪はいつも通り下ろされた状態で。いつものように、『ハンナさん! 髪を結ってください!』とここに来ている、というのは分かる。

 けれど、それ以外にいくつか、普段と違うところがあった。

 ひとつ。

 妙に。嫌な予感がしそうなほどに。ものすごーく。シェリーがにっこにこしている。

 ふたつ。

 その手に、赤い何やら箱のような物を持っている。

 みっつ。

 今はまだ――午前の六時。

「あの、シェリーさん?」

「はい、何でしょう?」

 玄関の扉を開け放ったまま、学校の制服に身を包んだその人は、首を傾げる。

 その表情は、その仕草は、まるで。

 ――私、何か間違ってますか?

 だとか、そんな言葉が聞こえてくるようで。

「……早く来すぎではなくって?」

「いえ、今日はやることがあるので早く来ました!」

 だとか、なんとか、扉を開け放ったまま、いつものように騒がしく言う。

 一応、確認。

 ここは、寮。

 隣の部屋がシェリーの部屋なのはいいとして。

 ここは、三階。上の階もあれば、下の階もある。なんなら同じフロアにもいくつか部屋がある。

 もう一度、確認。

 寮の玄関の扉は、開かれている。

 それはつまりは。言うまでもないのだけれど。

「シェリーさん。丸聞こえですわ」

 ほぼ確実に。間違いなく。フロア中にシェリーの声が響いているのだろうと思えた。

 牢屋敷の監房のように。この騒がしい人(シェリーさん)の声は、響いてしまってるんだろうなと思えた。

 賑やかで騒がしいのは、この人の好きなところだから、それはまぁ、いいとするのだけれど。周りの他の生徒の方々に、こう、あれこれと思われるのは、どうかとも思う。

 ひとまず、玄関に立ちっぱなしで『待て』を食らっている、大型犬こと私の恋人こと橘シェリーさんには扉を閉めてもらい、そして上がってもらう。

「…………で、やることってなんですの?」

 リビングの、もはやシェリーだけの特等席に座っていたその人は、その言葉を聞くなり、テーブルの下からゆっくりとその赤い箱を出して見せる。

 某お菓子メーカーの、チョコがコーティングされた、棒状のお菓子。

 シェリーは、それはそれは、にんまりとした顔をして、その箱を胸の前に掲げる。

「………………」

 ――つい昨日、痩せます! という宣言をしませんでしたっけ? わたくしが。

 ――つい一昨日、買い食いを控えるように言いませんでしたっけ? わたくしが。

 ――貴女は三歩歩いたら忘れる雞ですの? 朝の挨拶はまさしくそれですけれど。

 などなど、様々な言葉が頭を過ぎるも、ひとまず口にするのはやめておいた。

 この場はひとまず、相手の出方を見よう、と思った。

 ――おそらくシェリーさんが言おうとすることは、もう分かっているんですけど。

 眉間に皺が寄っているのが、自分でも分かる。そんな中でも、目の前の人はにっこにことした顔を崩さない。

 そして、箱を開けて、そのお菓子を一本取りだして見せて、言った。

「ハンナさん。ポッキーゲームやりましょう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 橘シェリーという人物は、好奇心で動く人だ。

 そう思ったのは、牢屋敷に連れてこられたその日――夕刻の自由時間となった瞬間に監房に突撃され、『探索』なるものに連れて行かれたときから。

 それは、一回目での記憶でも。二回目での記憶でも。三回目でも――。そして、今の実体験としての記憶でも。その認識は、一切、間違っていないと断言できる。

 面白そうだとシェリーが思えば、それに一直線に向かっていって、触れたり食べたり弄ったりする。そのおかげで、どれだけ予想していなかった出来事に巻き込まれたか分からない。

 監獄島から戻っても、高校生活を送っていても、どうやらそれは健在で。むしろ、牢屋敷時代よりもパワーアップしたようにも思える。

 

 ――この人は一体、何を見たんでしょうね……。

 ――まさか、シェリーさんが読んでるお堅い推理小説に、そんなものがあるとは思いませんけど……。

「…………」

 にこにことポッキーを持つシェリーをジト目で見ながら、ハンナは思考する。

 それはどちらかと言えば、恋愛小説(こっち)の領分だ、とも思う。『ポッキーゲーム』という単語が、ハンナがこれまで読んできたものの中で出てこなかったかと言えば、嘘になる。

 その概念は、知っていた。

 けれど、まさか――やろうと言われるだなんて思ってもみなかった。

 あの推理小説バカのシェリーが、そんなことを知るわけがないと思っていた。

 だから、反応が遅れたのは、確かで。

「あれあれ? ハンナさん、もしかしてポッキーゲーム、知らないんですか?」

 だなんて、煽るようなことを言ってきた。

 にこにことした顔が、にまにまとした顔になる。

 精神的イニシアチブを握られたような気がした。

「――知らない、とは言いませんわ」

「そうですよね! よかった!」

 ――何が『よかった!』ですの何が!

「じゃ、ハンナさん。やり方…………分かりますよね?」

 ほんの少し、声を低くして、大好きな人(シェリーさん)は言う。

 売り言葉に買い言葉、とはこのことかと思った。冷静に答えれば、知らないフリだってできた筈なのに――知っていると答えてしまった瞬間、逃げ場が塞がれてしまっていた。

 今更知らんぷりなどできないし、したところで看破されるのが目に見えてる。

「…………ええ、と。…………分かります、けどぉ…………」

 ポッキーゲームをやりましょうと、この人は言う。

 それはつまり。……その、向かい合って、そういうことをする、ということで。

 シェリーがそれを望んでいるということは、分かった。

 でも、納得できないことが、一つ。

「……あの、シェリーさん。…………わざわざポッキー(それ)を使わなくても、いいのではなくって?」

 この『ゲーム』の本質は、相手の反応を見て楽しむもので、もしそれで『事故』が起きてしまってもゲームだからと言い張れる、というもの。

 でも。

「………………わたくしたち、は、毎日のように、やってるんです、し……」

 自分たちは、告白をし、告白をされ、何度も――それは、文字通り、何度も――恋人同士になった。

 そして今も、その関係、にある。

 だから、そういうことを今更ゲームにしなくても、毎日のようにやっているわけで。

 ――そんな回りくどいことをしないで、いつものように貴女の方からしてほしいのですが。

 暗にそう言ってしまっていることに、ハンナだけが気づいていない。

 視線を下に向けて、机の上に載せた手で指を組んだり離したり、せわしなく動くハンナの仕草で、相手が何を言いたいのか、相手が何を望んでいるのか、長く時間を共にしたシェリーには丸わかりだった。

「私は、ハンナさんとキスがしたい!」

「そ――――」

 ――そういうことをはっきりと言うんじゃねーですわこのノンデリゴリラ!!!

 ハンナの精神的動揺の分、シェリーの言葉の方が早かった。

「ですが、ハンナさんとポッキーゲームもしたい! それとこれとは、別です! あと、今日は十一月十一日なので、ちょうどいいですし」

 だとか、どうとか。シェリーは理論が通ってるのか通っていないのか絶妙な主張をする。

 とは言っても。

 シェリーの言葉に否定の言葉を挟めなかった時点で、ハンナに拒否権は無く。

 そもそも、好奇心をくすぐられた状態のシェリーを止めることなど、牢屋敷の中の誰すらもできなかったのだから。

 もちろん今も当然、無理ということで。

「………………」

 

 ハンナは――――。

 

 【渋々、頷いた】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所は変わって、ハンナの寝室。

 二人は正座をして、向かい合っていた。

「ハンナふぁん、きんひょう、ひへあふ?」

「咥えたまましゃべんじゃねーですわ!」

 方や、しれっとポッキーを口に咥えて。

 方や、まだ踏ん切りが付かないのか、顔を真っ赤にして。

 朝日が差し込む部屋の中。二人は、向かい合っていた。

「ハンハふぁん、がっこう、おくれあふよ?」

「分かってますわ! …………一回きり、ですからね?」

 ハンナの言葉に、シェリーはにっこりと微笑む。 

 そして再び、ポッキーを咥えたまま、じぃーっと、ハンナの方を見る。見続ける。

 ――まだですか? ハンナさん。

 その目は、口にするまでもなく、そう語っていた。

 シェリーに尻尾があったのなら、ふりふりと左右に振られているんだろうと思えるような、そんな顔。

 ハンナは恥ずかしさと学校に遅刻するかも知れないという恐れを天秤にかけ――るまでもなく、シェリーとのポッキーゲームを選んだ。毎日やってることだし、今更、と、自分の中で理由をこじつけて。

 ハンナはおそるおそるポッキーの先を、チョコの付いていない方を咥える。唇に、固い感触を覚えた。そして視界の隅で、大好きな人が、笑みを深めたと、思った、その瞬間。

「…………――――――っ!?」

 一気にシェリーの顔が迫ってくるのが見えたと思った時には、唇に感じる感触は、硬い物ではなくなっていた。

 唇の内側にではなく、外側に。柔らかい物が触れる感触。冷たいものではなく、温かい感触。

 毎日のように感じているその感触を覚えた瞬間、すぐ近くに、大好きな人の顔があった。

「ハンナさん、全然食べてないじゃないですか」

「――――あ、なたが早すぎるんですわよ。……食い意地張りすぎですわ」

 本当に本当に一瞬のことで、ハンナには何が起きたのかは分からなかった。

 ――なら、別に……いつもみたいにしてくれてもよかったんですのに……。

 ハンナは、口にポッキーが咥えられていた分、どこか物足りなさを感じてしまったのも、それもまた、事実で。ただそれを口にするなんてことはもちろんできないし、顔に少しでも出そうものならこの人はすぐに何かを察してくるから、できるだけ顔にも出さないようにする。

「じゃ、これで終わりですわね。さ、髪梳かしますから、座ってくださいな」

「え?」

 ハンナが顔を上げると、シェリーが紙箱の中からポッキーを取りだした所だった。

「え?」

 同じ言葉を発するのは、今度はハンナの番だった。

「……わたくし、一回きり、って言いましたわよね?」

 ハンナの言葉に、シェリーは。それはそれは、にんまりとした笑みを浮かべる。

「私はー、言ってませんよぉ?」

「はい?」

「私、ちょぉっと早く食べ過ぎちゃって、ハンナさんの顔を見ることができなかったんですよねー。だから、もう一回です」

 そう言ってシェリーは、口にポッキーの先端を咥えて、そしてハンナの方へと顔を向ける。

 好奇心に満ちた目をして、ポッキーを咥えているシェリーの姿は、まるで。リードを咥えて飼い主の元へとやってくる大型犬を思い起こさせて。

 ハンナは一度、視線を外す。

 盛大にため息を付いて、大きく息を吸って、もう一度、大きく吐いて。

 そしてもう一度シェリーの方を見る。

 先ほどとまったく同じ格好のまま、ポッキーを咥えて、ハンナの方をじぃっと見ていた。

 ――まだですか? ハンナさん。

 その細められた目は、口が塞がれている状態でも、ハンナにはそう、はっきりと聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハンナがポッキーの先端を咥える瞬間が、よーいどん、の合図。

 一回目こそ分からなかったけれど、確かにカリカリカリ、とポッキーを噛む音が確かに聞こえる。ただ、それも一瞬の事で、すぐにシェリーの顔が近づいて、その距離がゼロになる。

 唇に、今日何回目かの、柔らかい感触。

 今日のキスは、チョコレートの甘い味がしますわね、と。ぼんやりとした頭で、ハンナは考える。

 

 ――結局、シェリーが持ってきたポッキーの箱は、朝の時点で食べ終わってしまった。

 そのほとんどをシェリーが食べてしまったということからは、ひとまず意識を逸らすことにする。

 そして今は――。

「はー……………………」

 つやつやとしたシェリーが、鏡の前で緩んだ顔を浮かべている。

 ハンナはシェリーの後ろに立ち膝になり、いつものようにその髪を梳かしている。

「朝から満たされました…………」

「それは、ようござんしたですわ」

「ハンナさん、言葉がブレブレですよ?」

「貴女のせいですわ。まったく、まさか全部やるとは思いませんでしたわ……」

「だってー、ハンナさんとのポッキーゲーム、楽しかったんですもん」

 そう言うなり、シェリーはもともと緩んでいた笑みを、更に緩くさせる。緩みすぎて見ているだけで脱力してしまいそうな、幸せそうな笑みだった。

 その笑みに、ハンナは今日になって幾度となく繰り返された口づけを思い出して――口が変に緩みそうになるのを、心臓が妙にうるさく高鳴るのを、必死に表に出ないようにする。

 

 今の時刻は、七時三十分。

 もしシェリーがいつもの時間に来て、ポッキーゲームをしようものなら、今ごろ走って学校へと向かっていただろうけれど。一時間以上も早くきてくれやがったおかげで、ゆっくりと髪を梳かすことができていた。

 シェリーと街に買い物をしに行った時に買った櫛で、綺麗な青色の髪を梳かす。そしてその髪を三つ編みにし、輪っかにする。

 何度もやった手順は、心臓がどれだけうるさくても、狂うこと無く完璧にこなすことができた。

「はい、できましたわ」

「えへへへ、ありがとうございます、ハンナさん」

 髪に触れて、嬉しそうに笑って。

 そしてシェリーは、ハンナの方へと振り返る。

 人差し指で、自分の頬をつつく。

「――――――」

 いつもの、その合図。

 シェリーからの、『してください』の合図。

「………………さっき、散々やりましたわ」

「それとこれとは別ですー」

 ふて腐れたような、シェリーの声が聞こえる。

 あちらは全然恥ずかしがりもしないし照れもしない。精神的に振り回されるのは、いつもこっちの方ですわ、とハンナは強く強く主張したい。

 けれど。

 それは、そうとして。

「…………ハンナさん」

 優しい声で名前を呼ばれて。

 優しい顔でまっすぐに見られて。

 甘えるような仕草をされて。

 ――大好きな人(シェリーさん)の事を、愛おしいと思わない、わけが、なくて。

「………………――――」

 ハンナは、シェリーの右頬へと、優しく口づけをする。

 ほんの一瞬の、短いものだったけれど。顔を離した瞬間のシェリーは、それはそれは、幸せそうな顔をしていた。

「貴女。そんなにキスしたいんですの? 今日はゲームなんて口実作って」

「確かに今日のは口実です。でも、ハンナさんとキスしたいのは、否定しませんね!」

 堂々と、この人は、声を抑えるような事もせずに言う。

 恥ずかしがってるこっちがバカみたいに思えるくらいに、はっきりと。

「このキス魔。へんたい」

『誉め言葉としてもらっておきますね』 

『ノンデリゴリラ』

『ゴリラじゃなくて妖精さんですー』

 ふふん、と自慢げに胸を反らしていたかと思えば、すぐに口元を尖らせて拗ねたような声を出す。

「………………ふふ」

 ハンナは、思わず吹き出しそうになる。

 ころころと変わる表情に、何をするか分からないこの人の行動に。

 今日も、振り回されてるな、と思う。

 その時間が、そのやりとりが、愛おしいと思う。

「貴女といると、全然、休まりませんわ」

「光栄です!」

 ――全然(ぜんっぜん)、誉め言葉じゃないんですけれど。

 思わず、目を閉じて、ため息を、吐こうとして。

 唇に、柔らかい感触と温度を感じた。

「――――――」

 目を開く。

 イタズラを成功させた子どもが浮かべるような、にんまりとした笑みを浮かべた。

 大好きな人が、すぐ近くに見えた。

 

「油断大敵ですよ、ハンナさん」

 

 ――――ああもう。この人は。




今日は十一月十一日。そう、ポッキーの日!
なのでシェリーちゃんとハンナちゃんがポッキーゲームをするならこんな感じかなぁ、と思いながら書きました。
最終章要素がふんわりと入っていますので、全部見ていない方はほんのりと注意をお願いします。直接的なものじゃないけどね。

そんな平和な世界の優しくいちゃいちゃするシェリハンが見たかった。現場からは以上です。
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