シェリハン作品   作:みょん!

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『温かい』で全部包んでくれる人

「私、ハンナさんにはいろんなものをもらってばっかりです」

 手を繋いで、二人でのお出かけから帰る夜道。

 ハンナは、大事な人からもらったマフラーと、ニットの帽子のおかげで、ちょうどいいを通り越して、身体中がぽかぽかするのを感じながら。大好きな人がそんなことを言うのを、聞いていた。

 ――貴女にいろんなものをもらってばかりなのは、わたくしの方なのですが。

 この言葉をいつ返そうかと、考えながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 十二月二十一日。年の瀬も近くなってきた日曜日。

 ハンナは金曜日の帰り道、『ハンナさん、ここに一緒に行きませんか?』とシェリーからスマホを見せられた。そこに映っていたのは、三段重ねのおいしそうでふわふわなパンケーキの画像。パンケーキの上から掛けられたシロップに、皿の周りにトッピングされたアイス。見ているだけで口の中が甘くなってきそうな画像に、勝手に口が緩むのを感じた。一緒にスマホを覗く相手にバレないようにと口元を引き締めたものの、どうやら思い切り見られていたようで、隣の恋人がにんまりとした笑みになっているのが見えた。

 更には『お店はショッピングモールの中なので、ついでに買い物も行っちゃいましょう!』と、丸一日コースのお誘いをしてきて――そして、迎えた約束の日曜日。

 いつもの時間に起きて、一緒に朝ご飯を食べて、相変わらず自分で整える気のない髪の毛を整えて、結んで、二人で並んで家を出る。

 電車に乗って、しばらく。最寄りの駅から歩いて数分のショッピングモールに向かうと、そこはお昼前にも拘わらず、既に大行列だった。ほんの一瞬だけ足が止まりかけたところで、すぐに手を引かれる感触があって。

「ハンナさんとお話してれば、きっとすぐですよ。さ、行きましょう、ハンナさん!」

 だなんて、いつもの太陽みたいな笑顔でさらりと言ってのけた。

 実際、シェリーと話をしていたら待ち時間の六十分はあっという間で、生まれて初めてのふんわりぷるぷるのパンケーキにすぐにありつけることとなった。自分がどんな顔をしていたのかは分からないけれど、向かいに座るシェリーがにこにことした顔をして『ハンナさんは本当に、おいしそうな顔をしますね』だとかしれっと言ってくるのを見ると、おそらくは――相当、変な顔をしていたんだと思う。

 そしてパンケーキを食べ終え、テナントが並ぶ区画に足を踏み入れた途端、目に入ってくる『クリスマス』だとか『プレゼント』だとかの宣伝を見て。

 ハンナは、そういえば、とやけに実感して感じられた。

 ――そろそろ、クリスマスなんですわよね、と。

 

 ハンナは、正直言って、クリスマスや冬といった時期に、あまりいい記憶がない。

 サンタさんなる存在が、夜に一度も来てくれなかった、というだけではない。雪が降るせいで、毎朝雪かきが必要だったり、自転車に乗るのも一苦労だったり、という生活する上での不便があった、というだけでもない。

 寒い記憶。冷たい記憶。惨めな記憶。辛くて辛くてたまらない記憶――――。記憶の中にどうしても残る、忘れられずにいる記憶が、冬の時期になると、身体が冷えたりする感覚と共に、勝手に頭に過ぎってくる。そして、一度浮かぶと、なかなか消えてくれない。

 外には出さないようにと強がっていても、自分の中に勝手に浮かんでくるのは、どうしようもなく防ぎようがない。

 だからそういうときには、自分の中でそれらが小さくなっていくのを、ただ耐え忍ぶしかなかった。

 

 ――それまでは。

 

 なら、今は、と言えば。

「ハンナさん、寒くないですか? ぎゅっとして温めてあげましょうか?」

「平気ですわ。あと今は絶対(ぜっっったい)やらないで。人前ですわよ」

「人前じゃなきゃやっていいってことですね! ――あれ、でも周りでもしれっとやってますよ」

「そとはそと、うちはうち、ですわ。周りはよくても、よくねーですわよ」

 ショッピングモールを歩きながら、一緒に歩くこの人はとんでもないことを言ってくる。

 言葉を聞いた直後は、自分の身体に気を使ってくれたのかと思ったら。問題は後の方。寮の中でやるならまだしも、人の目があるところではやらないでほしい。――いや、あそこではしれっとやってたけれど、それは状況が状況だったのだから。今は人様の目があるところ。いくらやってもいいと心のどこかでは思いつつも、理性で抑えることにした。やるのなら、寮で。それ以外は、無し。恋人にしっかりと言い聞かせておく。

 ――とは、いえ。

 周りを見ると、二人連れで歩く人たちを多く見かける。クリスマス前だからか、そういう目的なのだろうかと思う。学生らしき人もいる。

 自分たちがそう見えるのかどうかは、置いておくとして。シェリーはと言えば――。

「ハンナさん、あそこの雑貨屋さん、行ってみません?」

 だなんて、本当にいつも通りに自分の手を引っ張って行く。クリスマス前だとか、冬だとか、そういうのが胸の奥にこびりついている自分なんて、まったくもって気にしていないかのように、本当にいつも通り、色んなところに連れて行っては、いろんなものを見せてくれる。

 パンケーキを食べ、シェリーに引かれるままにモール内を歩き続けて――。朝に外に出て、寒さと共に浮かんでいたものは、気がつけば頭の中からは、無くなっていた。

 

 ショッピングモールの中全部を回るくらいの勢いで、シェリーに手を引かれるままお店を巡って。

 ショッピングモールを出たときには、空がもう藍色に染まっていた。

「電車に乗る前に、一度休憩しませんか?」

 そう言うが早いか、シェリーが手を離して歩き出し、備えられているベンチに座る。そして隣の空いている場所を、ぽんぽんと叩いてみせる。

 自分としては別に疲れている自覚はそこまではないのだけれど。シェリーが自分を気遣ってくれているのが分かっていたから、そのまま受け入れることにした。

「ハンナさん、ちょっと飲み物を買ってきますね。あったかいものでいいですか?」

「ええ」

「すぐそこなので、待っててくださいね。私、すぐ戻ってきますから。そこの自販――」

「いいから! 行くならとっとと行ってこいですわ!!!」

 シェリーはツッコミを受けたのがどこか嬉しかったのか、にこにことしながらスキップをするように自動販売機の方へと向かっていく。

「…………ったく」

 別に、一人にされることが嫌なわけじゃないし。そのくらいの時間、一人で待つことだってできる。わたくし、子どもじゃないんですから――と、思う、ものの。シェリーは記憶を共有しているせいか、できる限り自分を一人にしようとしないし、もし離れる時も、念押しして『絶対に戻ってくる』と伝えてくる。

 過保護と言われればそうだし。子ども扱いされてると思われたら、そうとも思えるかもしれない。

 でも、それは。自分を辛いことから守ろうと、離れさせようとしてくれている、シェリーなりの気遣いだから。シェリーの思いだから。それを無下になんてできない。少しオーバーなくらいの、その心遣いが、嬉しいなっても思う。温かいなって思う。――本当に、この人は。

「――はい、ハンナさん」

 ふと、首に、ふわりと柔らかいものが触れる感覚があった。

 そして背後からシェリーの手が伸びてきて、何かをしているのが感じられるのと同時、首に温かさを感じるようになる。そしてベンチの前の方にやってきて、しゃがみ込んで視線を合わせたかと思うと。今度は後ろ手に隠した何かを、頭の上に被せてきた。

「どうですか? ハンナさん。体、温かくなってます?」

 そう言われて、首元を見る。シェリーが首に巻いているものと同じマフラーが、自分の首に巻かれていた。頭に手を当てると、ふわっと優しい手触り。

 被せてくれたのを取って確認するのもどうかと思って、スマホの自撮りモードで確認してみる。緑色と黄色のツートンカラーのニット帽が、頭にあった。

「…………シェリーさん」

「はい、何でしょうか」

「これは?」

「クリスマスには、大好きな人にプレゼントをするものですよね? これは私の実体験から、何も間違っていないと確信しています」

 しゃがんだまま、ふん、と息を吐いて。その人は続ける。

「だから――ちょっとだけ早いですが、シェリーちゃんから、ハンナさんへのクリスマスプレゼントです」

 だなんて、にこにことした顔で、その人は言う。

「…………」

 気づいたのは、ここに来てからではあったものの。時期が時期だから。もしかしたらシェリーは今日の買い物で、しれっとそういうものを買い物途中に選ぶんじゃないかと思っていたし、自分としても、店を巡る中で、商品をそんな見方で見ていなかったかと言えば、嘘になる。

 だけどこの人は見るだけで、何かを買うこともなかったものだから。今日はパンケーキを食べるついでの、普段の買い物の延長線上だと、思っていたから。

 まるっきり、油断していたから。

「………………」

 ――不意打ち、ですわよ……。

 返そうとする言葉は、上手く口から出てくれない。

 思わず、手が首元に伸びる。優しい手触りが、伝わってきた。

 シェリーが首に二重に巻いてくれたマフラーは、記憶の中で経験したものとは違う、ただただ温かさと柔らかさがあって。もちろん、まったく苦しくもなくて。目の前にいる人は、ただただ優しい顔をしていて――。記憶の中とは、見え方も、感じ方も、まったく、別物。

 そして温かいものを付けているせいか、身体の中に、胸の中に、温かいものがじんわりと伝わってくるのが分かる。

 ずっと一人にしないで、一緒にいてくれるこの人に。冬に覚えている嫌なものを全部、全部全部、あったかい物で覆ってくれる、この人に。

 嬉しい、という気持ちが、抑えきれなくなってくる。

「わたくしのサンタさんは。ちょっと、ばかり。早いお出ましですわね」

「えへ」

 それでも。自分にとっての、初めてのサンタさんは、曲がって出てきた言葉すらも、全部含めて伝わっていると言うかのように、はにかんで笑って見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シェリーが買ってきてくれた缶のお汁粉を一緒に飲んで、ふぅ、と小さく息を吐く。白い息が空中へと散っていくのが見える。

 外はもう、藍色を超えて真っ黒。夜になって、段々と気温も下がってくるはず、なのだけれど。今はサンタさん(シェリー)からのプレゼントがあるから、全然寒くもなんともない。あと、なぜか。シェリーの頭が膝の上にあるし。

「さて」

 声がするのと同時に、膝の上からは重さが消えて、立ち上がる気配がする。

「ハンナさんが大丈夫なら、行きましょうか」

 そして再び、手を差し伸べてくれる。

 その手を掴んで、指を絡める。お汁粉を飲んで、温かくなった身体が、もう一段階、温かくなるような気がした。

 歩き出して、ふとシェリーが振り返るのが見えた。視線の先には、ライトで煌々と照らされたショッピングモールが見える。

「楽しかったですね、お買い物。おいしいパンケーキも食べられましたし」

 満足げに大きく息を吐いて、シェリーはこっちを見てくる。『ハンナさんも、楽しかったですよね』と、にこりとした顔で、そう聞いてくる。

 返事なんて、一つだけ。この大好きな人と一緒に外に出ることが、楽しくなかったことなんて、一度だってないのだから。

「ええ。シェリーさんとのお買い物は、全然退屈しませんわ。にぎやかですし」

「えへ。ハンナさんに褒められちゃいました」

「褒めてねーですわよ。まぁ。(けな)してもないですが」

「それ、どっちですかー」

 演技っぽく口を尖らせて、駄々をこねる子どもみたいな声を上げる。そんな恋人も可愛らしくて、愛おしくて。

「……ふふっ」

「先に貴女が吹き出してちゃ世話ねーですわよ」

 先に堪えきれなかったのはあっちの方のようで。指摘すると、イタズラをした後の子どもみたいな顔をしていた。

「あ、ハンナさんハンナさん、あれ!」

 話しながらまた少しだけ歩いて、駅の建物に入ろうとしたとき。シェリーが振り向くのが見えた。くんっと、手が軽く引かれる感覚もあった。

「あそこのビル、クリスマスツリーみたいにライトアップされてますね」

 指差した先には、緑色に外側からライトアップされたビルが、窓の光でクリスマスツリーのような形を作っていた。

 ぴたりと足を止めたシェリーは、こうなったら、てこでも動かない。こういうところでも犬みたいですわね……と思いつつ、隣に並ぶ。

 好きな人と一緒に見上げるビルは、ただのライトアップなだけなのに、やけに――。

「――――――、綺麗、なんですかね?」

 ぽつり、と。隣から思考をそのまま読んだかのような声が、聞こえてきた。

 ちらりと隣を見上げる。視線はまっすぐに、ビルに注がれている。なんで疑問形なのかは、分からないけれど。そう思ったのは、自分もそうだから。そのまま、返す。

「綺麗、だと思いますわよ」

「そうですか」

 何の確認なんだろう、と思った。

 握っている手に、きゅっと力が入る感覚があって。呼ばれた気がして再び隣を見ると、今度はこっちを向いて、緩んだ笑みを浮かべていた。

「私、またハンナさんに教えてもらっちゃいました」

 それはそれは嬉しそうな声で、恋人は言う。

「自販機で飲み物を買ったとき、ビルにライトが当たってますねー、としか思ってなかったんです。でも今見たら、なんだか、違って見えて。――なんで、でしょうかね。ハンナさんと一緒だと、やっぱり違って見えます」

 言葉通りの、不思議そうな声が聞こえる。

「――――」

 シェリーが言う事は、その疑問は。もしこれが現代文の問題なら、答えは文章の中に書いてある。なんなら、ついさっきシェリーが言った言葉の中に、入ってる。

 問題は、これが現代文の中じゃないということ。

 もちろん。当然ながら、それを、自分が言うにはいかない。――言ったら絶対、爆発してしまうから。顔が。大体、恥ずかしさだとかのせいで。

「――――ああ、そういうことですか」

 一人で納得したような声が、聞こえる。

「ハンナさんが、見せてくれてるんですね」

 だなんて、物語の中でしか聞かないような、歯の浮くような台詞を、この人は、しれっと、言う。

「――やっぱり。私、ハンナさんにはいろんなものをもらってばっかりです。ありがとうございます、ハンナさん」

 そしてこの人は、そう締めくくった。

 まだこっちは、大事な人に何も渡してもいないというのに。――今日のはフライングだとしても、物も、それ以外も、もらってばっかりなのは、こっちなのに。

 ――それは、わたくしの方なのですが。

 嬉しいも、楽しいも、感謝も、救いも、全部全部。貴女がわたくしに、くれたことなのに。

 でも、どうしても、それを口にするのはできなかった。

 言ったところで、堂々巡りになることは、分かってる。きっと、お互い様というものなんだろうと思う。

 なら、と。意識を切り替える。

 日付を思い出す。今日は、二十一日。まだ、時間はある。材料は――寮の自分の部屋の中に残ってる、はず。

「シェリーさん」

「はい、なんですか?」

 大好きな人が、まっすぐに視線を向けてくる。

「もらってばかりなのは、わたくしの方ですわ。今日だって、温かいものを先に渡されてしまいましたし」

「それは私の――」

 人差し指を、シェリーの唇に当てる。

 目をぱちくりとさせてシェリーの言葉が止まっているうちに、自分の決意が揺らがないうちに、宣言する。

「わたくしが。まだ貴女には、何も渡してませんわ。――だから、三日後。ちゃんとした日に、渡します。それまで、待っててくださいまし」

 これは、大好きな人への宣言でもあり、自分への宣言。

 大好きな人のために、やりきろうと心に決めた。

「分かりました!」

 いつもの顔に戻った恋人は、大きく頷いて。

「楽しみに待ってますね。サンタさん」

 大好きな人は、嬉しそうな顔で、言った。 




ハンナちゃんにとって、クリスマスというイベントは、冬の時期ということもあってあまりいい思い出はないんじゃないかって思えてしまいます。
だからハンナちゃんは、悪い記憶全てを温かさで全部覆って包んでくれるシェリーちゃんと一緒に、嬉しい記憶と楽しい記憶で記憶領域を埋めていってほしい。
これからの冬の日を、シェリーちゃんと一緒に全部楽しい記憶にしてってほしい。

そう願ってます。
シェリハンよ幸せなれ。
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