シェリハン作品   作:みょん!

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年が明けた瞬間に

「はー…………」

「シェリーさん、大晦日だからって流石にだらけすぎですわ」

 今日は十二月三十一日。珍しく都会に雪が降った大晦日の日。

 ハンナは朝から忙しかった。

 水回りの大掃除をし、自分の部屋も普段掃除しない場所を掃除し――シェリーの部屋に行ったら、案の定本を読みふけっていたから一緒にやる羽目になった――。一緒にお昼を食べている途中、夜は何を作ろうかと話題に出したところ、シェリーが『ハンナさん、私、ハンナさんとおせちが食べたいです』だとか言うから、買い物客でごった返すスーパーに一緒にお買い物に行き。材料を買って、作って一緒に食べて。

 お椀を片づけて洗って戻ってきたら、シェリーが炬燵に入ったまま溶けていた。

「シェリーさんったら」

 返事はない。ただのぐうたらのシェリーのようだ。

 いつもであれば、顔だけを上げて、へにゃりとした顔をして『ハンナさんも入りましょうよー』と、あとは『みかん剥いてください』と言ってくるのだけれど。

 今のシェリーは顔を上げないまま、その手はぺちぺちと天板を叩く。それはつまり、『ハンナさんも炬燵に入って休みましょうよ』と。そういうことで。声すらも出すのも面倒らしい。

 ――やっぱり、炬燵を買ったのは失敗だったかしら、だとか。

 ――犬は喜び庭駆け回るのは童謡の中だけのようですわね、だとか。

 ――洗い物をする前に、机を拭いておいてよかったですわ、だとか。

 目の前のぐうたらさんを見ながら、考える。

 やることは終わったから、あとはゆっくりできる時間。大晦日にゆっくりと大好きな人と炬燵に入って過ごすのも悪くないでしょう、と。

 ハンナはシェリーが入っている炬燵の、隣側の炬燵に入ろうと、して。

 がしりと、手を掴まれた。

 隣を見ると、シェリーが顔を上げていて、にっこりとした笑みを浮かべていた。

「そっちじゃありませんよ、ハンナさん」

 

 ――だなんてことを、言ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――なんなのでしょうね、この人は。

 ハンナは時々、恋人(シェリー)のことが分からなくなる。

 こたつに入れと言ってきたかと思ったら、そっちじゃないと言ってきて。

 あれよあれよと言う間に、炬燵の同じ場所に座っていた。それどころか、身体が、シェリーの足の上に載っている。

「シェリーさん、狭いのですが」

「私は平気なので、ご心配なく」

「いや、わたくしの方が狭いのですが」

「気にしないでください、ハンナさん」

「いや、それを言うのはわたくしの方ではなくって?」

「まーまー、いいじゃないですか。みかん食べます?」

「それ、わたくしが剥いたものですわ」

 ほんっと、この人は――自由だと思う。自由で気ままで、何をするか分かんなくて。

 この一年間でそれを嫌と言うほどに味わったというのに、一緒に暮らし始めて結構な時間が経っているというのに、それでも、未だに慣れる予感がしない。

 今身体に感じている温かさが、炬燵によるものなのか、後ろから抱きしめてくるシェリーによるものなのか、分からない。

 分からないけれど――身体が、ぽかぽかと温かい。それどころか、温かいを通り越して、暑くなってくる。

「シェリーさん、満足したら離してくださいまし。まだシャワーも浴びてないんですし」

「シャワーを浴びたらまたやっていいってことですね、分かりました!」

「誰もんなこと言ってねーですわよ!」

 そして身体に感じる、強く抱きしめられる感覚。そして後ろからは声の代わりに、頭頂部に顎を載せられる感覚。そしてぐりぐりと圧力を感じはじめる。これはきっと、頭の上で頭を左右に揺らしてるんだろうと思う。

 何が楽しいのかは分からないし、何が落ち着くのかも分からない。

 でも、少なくとも、この恋人は今の状態を楽しんでいるし、自分自身も嫌じゃない。慣れたと言われればそれまでだし。

 恋人に振り回されるのはいつものことと割り切って、限界を迎えるまではこのままでいることにした。

「はい、ハンナさん。お口開けてください」

 声と共に、柑橘系の匂いが漂ってくる。

「だからそれわたくしが――あら、違いますわね」

 机の上を見る。自分が剥いたのとは、また別のみかんが机の上に置かれていた。

 珍しいこともあるものですわね、と思いながら、口元に近づいてくるみかんを傍目に見て。

 きっと口を閉じ続けたところで、きっと口にくっつけてくるのが目に見えていたから、口を開ける。

 ゆっくりと、みかんが口の中に入れられる。咀嚼する。

「――――――~~~~~~ッ!」

 口の中に一気に広がったのは、酸味。思わず身体が反応しかけたけれど、今反応してしまったら後ろの人に頭突きをすることになるから、耐える、

 必死に、噛んで、飲み込んで。口の中で暴れる酸味を押さえつけて。

 それから背後を仰ぎ見る。シェリーが「あー、やっぱり」だとか言うのが見えた。

「剥こうとしたときに結構固かったので、そうなんじゃないかなーとは思ったんですけど、やっぱりそうでしたかー」

「――――ちょっと」

 うんうんと頷きながらシェリーが言う事は、つまりは。

「わたくしで毒味しないでくださいまし」

「いやいや、そういうんじゃないですって。ハンナさんに食べさせられてばかりでしたから、今日くらいはハンナさんに食べさせたいなーっていうシェリーちゃんの気持ちです」

 言いくるめられそうになるけれど。自分の身体で毒味されたという事実は変わらないと思う。じとっとした目で見ていると、シェリーは崩れた笑みを見せる。

「拗ねないでくださぁい。はい、こっちは甘い方なので」

「だからそっちはわたくしの方――――」

「いいからいいから。はい、あーん」

 背後から抱きしめられている状態では、もちろん逃げ場は無いし、拒否権なんてものはない。無いわけではないけれど、シェリーが自分を労いたいという気持ちは正しい物だと思えたから。

「あ、あー」

 仕方なく、口を開ける。

 もう一度、みかんが一切れ口の中に入れられる。

 おそるおそる噛むと、先ほどとは違って、甘みがじゅわっと口の中に広がった。

 先ほどの酸っぱさが頭に残っているおかげで、より甘く感じるような気がする。

 咀嚼する。飲み込む。

 甘い。そして、温かい。

 大晦日。外は雪。

 夜の、寒いはずの部屋は。

 誰かさんのおかげで、ぽかぽかと温かく感じられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一緒に見ているテレビは、大晦日恒例の音楽番組が終わり、神社の様子を表すようになっていた。

 テレビの中のアナウンサーは『年明けまであと五分を切りました』などと鼻を紅くしてアナウンスをしている。

「おっと!」

 ――どう見ても寒そうですわね、という思考が頭に浮かんだその瞬間、背後から無駄にうるさい声が聞こえてきた。

「ハンナさんハンナさん、ほら、立ちましょう!」

 かと思ったら、お尻がすとんと地面に落ちる感覚。そしてすぐにずるずると引っ張られて炬燵から引きずり出されて、ぐいっと持ち上げられた。

 まるで高い高いをしているような体勢になって、シェリーを見下ろすような視線になる。

 数時間ぶりにまっすぐに見た恋人の顔は、にっこにことしていて、どちらかと言えば、何かを期待しているときのような、そんな顔に思えた。

 すとんと地面に下ろされるや否や、大好きな人は、腰に手を当てて、言う。

「ハンナさん! 大晦日ジャンプしましょう!」

 割とデカめの声で、そんなことを言ってきた。

 聞いたことのないことを言い出したな、と思った。

 言わんとすることは、分からない、でもないけれど、それが想像通りなのかは分からなくて。

「ええと、どういうこと、ですの?」

 ひとまず聞いてみる。シェリーはむふんと鼻を鳴らして、それはそれは自慢げな顔をして、言う。

「大晦日ジャンプとはですね! 年越しする瞬間にジャンプして、両足が地面から着いていないようにすることです!」

 想像していたもの、そのものだった。

 もしも今の自分に【浮遊】の魔法が残っていたのなら、そんなことは軽々できるだろうし、髪の毛でも使えばあの時の箒のように、シェリーの体重を手で支えなくても済むでしょうね――と思いつつも、今の自分たちに魔法はないのだから、考えたところで意味はなかった。

 この人といると、時々あっちでのことが頭を過ぎる。いい記憶であれば、それはいいのだけれど。

「…………シェリーさんは、それをやりたいと」

「はいっ」

 すぐ近くで、満面の笑みで言われる。いつもの好奇心が発動したな、と思う。

 ハンナ自信、年越しの瞬間というものをそこまで意識したことはなかった人生だったから、改めて考えると不思議な感覚だと思う。

 大好きな顔を、そしてそれを期待している顔を目の前にしたら、それをやってもいいんじゃないか、と思う。

「ま、いいですわ。別に特段、何をやりたいというのはありませんし」

「では決まりですね!」

 シェリーが手を取って、掌同士を合わせてくる。胸の前で合わせた手は、ほんの一瞬何かがフラッシュバックしそうになるけれど、大好きな人の笑顔がすぐ近くにあって、その手の感触は柔らかくて温かいままで、自分の手は、細くて華奢な肌色のまま。

「いいですかハンナさん。せーの、でジャンプですよ」

 大好きな人の声が、一瞬の黒い閃きを、上書きしてくれる。

 テレビに表示されている時刻は、2358から、2359へ。

 とんでもない場所に連れてこられて、人生が変わった年が、終わろうとしていた。

「ハンナさん」

 囁くような声が、響いてくる。

「私、ハンナさんと一緒になれて本当によかったって、思ってるんですよ」

「………………そ」

 手の感覚で、視界一杯に広がった大好きな人の顔で、上手く頭が回っていない自覚がある。

 頭の中でどう返そうかと考えてるうちに、時間が少しずつ過ぎていって――返せたのは、ほんの、一音だけ。

 大好きな人は、どうやらそれでも満足できたのか、にっこりと微笑んで見せた。

 『あと十秒です!』

 テレビの中から、賑やかな声が聞こえてきた。

「そろそろですね」

 繋いだ手に、きゅっと力が込められた。

 なな、ろく。

「あ」

 正面から、何か声が聞こえた。

 ご、よん。

 そして手が離れる感覚。そして恋人の姿が視界の外へ。

 さん、にぃ。

 力を伝えるはずの地面が、足から離れた。

 いち。

 そして――ほんの少しの、浮遊感。

 

 大好きな人の顔が、睫毛が付きそうな程に、近くに見えた。

 

「     」

 

 地面に下ろされて、両方の足で立って。

「…………」

 やっと、自分の身体の自由と、思考が戻ってきた。

 つい、たった今。何をされていたのかと、考え、て。

「………………――――――、」

 大好きな人の笑顔が、目に焼き付いたまま離れない。

 大好きな人の感触が、唇に残ったまま消えてくれない。

「大晦日ジャンプ成功ですね!」

 やらかした張本人こそ、嬉しそうな顔をしているけれど。

 まったくもってそれどころじゃなくて。今されたことはつまりは。ええと。――つまりは。

「ハンナさん」

 んなことをまったく気にしないというかのように、この恋人は、咳払いを一つ挟んだあとに。

「あけまして、おめでとうございます」

 ――だなんて、はにかんだ顔で、言ってきた。




初めてハンナちゃんがシェリーちゃんと一緒に過ごす大晦日の夜は、二人でいちゃいちゃしててほしい。
そして年明けの瞬間にハンナちゃんが見るのは、大好きな人のどアップの姿であってほしい。
そんなお話を読みたかったので書きました。

新年明けました。今年もどうぞよろしくお願いします。
今年もいっぱい私が好きだなと思えるお話が書けたらいいな。
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