シェリハン作品   作:みょん!

26 / 27
貴女と電車に乗るときは

 世の中は、背が小さい人に向けにできていないところがある。

 

 ――例えば、電車の中、とか。

 

「ハンナさん」

「…………」

「ハンナさんってばー」

「…………」

 隣から恋人の声が聞こえる。そっちの方を向けばきっと、恋人(シェリーさん)が想像通りの顔をしてるんでしょうね、という確信がある。いつものように好奇心に溢れた、きらきらとした目が向いてるんでしょうね――と。

 けれど今のわたくしには、そんな精神的余裕も、肉体的余裕も、どちらもない。

「………………っ、」

 足に力を入れて、踏ん張っていること。わたくしにできることは、それだけ。

「ハンナさん、倒れるときは私の胸に来てくださいね」

「ない事を祈りますわ」

 短く答える。

 別にそれを強制されている訳でもないし、シェリーさんの好意に甘えるのであれば、別にそれも悪くはない、とは思う。

 けれど、一応わたくしにも、こう――強がりたいところは、あるわけで。

「――――ッ!」

 ガタン、と音がするのと同時、電車が大きく揺れる。そういえばついさっきアナウンスで『この先は揺れる区間がありますので』だとか言っていた気がする。シェリーさんの言葉で半分以上聞こえなかったけど。

 危うく隣で――というよりもこっちに身体を向けて――立っているシェリーさんの方に寄りかかるところだった。足に力を入れてなんとか堪える。

「ハンナさん、無理しなくてもいいんですからね」

「……っ、無理、なんて……してねー、ですわ」

「吊り輪じゃなくて、別の所掴んでもいいんですよ。そう、シェリーちゃんの腕とか!」

「お断りですわ。このっ――――くら、い、なんともねーですわよ」

 しゃべってる途中で油断したせいか、揺れたときにふらつきかけた。危ない。

 シェリーさんが手を伸ばそうとしているのが見えたものの、すんでの所で止まるのが見えた。

 きっと、わたくしが本当に転びそうなときには、この人は助けてくれるんだろうと思う。

 この人は、わたくしの妙な強がりだとかわがままだとか無駄なプライドだとかそこらへんを尊重して、最後まで見守ってくれるんだろうと思う。

 本当、この人は優しい人だと思う。

 ――吊り輪を掴むには、背伸びをしないといけないから大変。

 ――だからと言って、シェリーさんが言うように体や腕にしがみ付くのもどうかと思う。

 本当にただ、それだけのこと。

 自分でも子どもみたいな思考だと思う。しょーもない思考だと思う。気高い自分でありたい――というか子どもっぽい自分でありたくない、という方向性だけれど――というわがままでしかないと思う。

 でも、こう――なんでもかんでも、恋人におんぶにだっこというのも、どうかと、思う。

 だからこその、強がりなのだけれど。

「…………」

 電車が駅へと滑り込んで、音と共にドアが開く。このタイミングだけは揺れる心配がないから、隣に立つ恋人の様子を見る余裕もある。

 さっきから変わらず、にこにことした顔を見せている。

 ちょんちょんと、自分の腕を指し示して見せる。

 首を振る。

 『あらら』と言いたげに眉を下げる。

 電車が動き出して、再び足を踏ん張る。隣から、くすりと息が漏れる音がした。

 

 ◇◇◇

 

 ――…………結局、こうなるんですのね……。

 行きの電車は、耐え切れた。

 けれどデートを終え、ほどよく身体が疲れた状態での帰りの電車では、色々と無理があった。

 行く時と同じようにシェリーさんの誘いをやんわりと断って乗ったところ、一駅すらも持たずに、シェリーさんの胸に頭をぶつけることになった。そして今は、そのシェリーさんに手に持った袋と一緒に、前に抱えられている。

 お腹の前に腕が回されていて、時折ぽんぽんとたたかれる感覚。それはまるで、親が子どもをあやすときのそれ。分かってはいても、それが妙に安心できるものでもあって。わたくしの中に、妙な葛藤が生まれている自覚がある。

 でも、実際の所。身体全体を包まれているのだから、安定しているし、ふらつくことも無ければ転ぶ心配もない――もし転ぶことがあるときには、その時にはこの恋人も一緒だし――。

 だから、今が問題あるかと言えば、ない。

 ただ、恋人に電車の中で抱えられているという恥ずかしささえ除けば、だけれど。

 だってここは電車の中。周りに人は居るし座る席がない位には込んでいる。視線を思い切り浴びているという訳ではないのだけれど、ちらちらと感じるのは確かで。

 ――こういうのは、せめて。寮の中でやってほしい、と思う。

 いや、どうせ寮に戻ったらするんでしょうね、と思うけれど。それは、それ。

「うー…………」

「いいじゃないですか。ハンナさんは転ばなくていい。私はハンナさんをぎゅーできて嬉しい。WIN-WINです」

「なんか腑に落ちませんわ…………」

「私は平気なので大丈夫です! 今日は疲れてるようなので抱きかかえてますけど、次に電車に乗るときは、私に掴まるようにしてくださいね。ハンナさんが転んでしまったら大変です」

「…………う~~~~………………」

 元を正せば、全ては電車の吊り輪が高いのが問題なのだけれど、それを変える力は自分にはないし、もちろん恋人にもない。かといって吊り輪に掴まる方法があるかと言えば、背伸びをして掴まる以外の方法がないのも、確かで。

 ――電車移動する度に恋人にしがみ付くのも、どうなのでしょうね。

 と思わなくも無い。

「ハンナさん、時には私を頼ってもいいんですよ?」

 優しい恋人はそう言ってくれるけれど。――なんとも、これまでの事がある分、どう頼ればいいのか分からない、と言ったところが正直なところで。

 わたくしは、牢屋敷(あっち)でも、高校生活(こっち)でも、そしてわたくし自身が経験していない記憶でも、シェリーさんに、助けてもらいっぱなしだ。きっと一生かかっても返しきれない『貸し()』が生まれてしまっている。今のわたくしだけでなく、何週か分の別の人生で、この人に、文字通り命を使ってでも、救ってもらっているのだから。

 これ以上恩を貰ってしまったら、わたくしは、どうやってシェリーさんに返していけばいいんでしょう――と。

「私も、ハンナさんの力になりたいんですから」

 頭の上から、頼もしい恋人の声が聞こえてくる。

 その言葉はきっと、概念的な部分でもあるし、きっと、その言葉通りでもあるんでしょうね、と思う。

 この人はきっと、わたくしが考えているあれこれについて、知っていたとしてもそんなことを気にしてないんでしょうね、と思う。『ハンナさんだから』と、その一言で簡単に片づけてしまうんでしょうね、と思う。

 シェリーさんの隣を、これからも歩いて行くためには、その好意に甘えてばかりではいられないと思う。

 だから。時々は。

 

 ――子どもっぽい強がりも、許してほしいと思う。

 

 最近の物語のお姫様は。守られてばかりじゃないのだから。




ハンナちゃんの身長は、現代の電車の吊り輪に掴まるのが大変らしい。
という情報を元にできたお話がこちらです。

電車の中で恋人に支えられるハンナちゃん可愛いね。電車の中でもいちゃいちゃしててほしい。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。