注
こちらの作品は、魔法少女ノ魔女裁判本編のネタバレを含みます。
また、本作品には、間接的にではありますが、殺○の描写が含まれます。
読まれる方はご注意ください。
◇◇◇
「………………」
やけに、生々しい夢を見ました。
私が体験したことのない、けれど、私が確かに体験した日の、夢。
ハンナさんの首にロープを巻き付け、手に力を入れて、ハンナさん
そこで、目が、覚めました。
「…………ゆ、め……、です、よね……」
ベッドから起き上がって手を見るも、何の痕も残っていません。ロープを握った痕も、何も。
でも。
ハンナさんの首を絞めている間、ハンナさんがずっと私の手に添えてくれていた手の温かさも。ハンナさんの手がずるりと私の手から離れていったときの感触も。締める力が緩まないようにと強く握ったロープの感覚も。ハンナさんだったものを持ち上げた時の重さも。その感覚は、全部、生々しく、手に残っている気がして――。
心臓がやけにばくばくと鳴っているのが、手を触れなくても分かります。
心臓を大きな手に握られているような、不快な感覚に襲われているのが、分かります。
「…………ん、ぅ……」
ふと、左側からうめき声が聞こえました。
視線を落とすと、見えたのはハンナさんの髪の綺麗な金色。
声はおそらく、ハンナさんが寝返りを打ったときのものだったのでしょう。私に背中を向けています。そしてハンナさんの手が、布団の上にちょこんと載っているのが見えました。
「――――」
気づけば、私の手は、ハンナさんの手を取っていました。
小さくて温かい、ハンナさんの手。柔らかくしなやかで、その手で何でも作れる、魔法の手。
私はハンナさんの手を持ったまま、指を、ハンナさんの手首へと軽く押し当てます。
とくん、とくん、と、ハンナさんの鼓動が、指先に返ってくるのを感じました。
「…………
私は――――思わず、口から言葉を発していました。
どうしてなのかは、分かりません。どうしてか、すごく、すごく……ほっと、する気がしました。
寝返りを打ったこと。うめき声を上げていたこと。その反応で、ハンナさんは生きているということは分かっているのに。どうしてか、確認したくなって。ハンナさんの鼓動が感じられたのが、やけに、ほっとして。嬉しくなって。
私は気づけば、両方の手でハンナさんの手を、包んでいました。ぎゅっと、握っていました。
私の手が、そして包んでいるハンナさんの手が、じんわりと温かくなっていくのを覚えた、その時。手の中で、手がぴくりと動く感覚。
「なーにしやがってんですの」
声がした方を見ると、ハンナさんの目が開いていました。
それどころか、ジト目になって、私の方を見ていました。
「…………ハンナさんの手を触りたくなっちゃいまして」
咄嗟に出た言葉としては、いつも通りの私の言葉だったと思います。
けれどハンナさんはジト目のまま、首を傾げます。……おや、いつもと反応が違いますね。
「…………? 変なことしちゃいねーですわよね?」
「手にキス、とかですか?」
「したんですの?」
「してませんが」
眉を顰めたハンナさんは、やがて小さくため息をついて。そして私の方を見て、静かに、吹き出すように、笑って見せました。
ハンナさんと交わす、いつものようなやり取り。
それが、今日はやけに、愛おしく思えるような気がしました。
どうしてかは、やっぱり、分からないですけど。
「…………ハンナさん。やっぱり、キスしていいですか?」
「…………なんなんですの、貴女。寝惚けてます?」
「いいえ? いつものハンナさんの恋人のシェリーちゃんですよ?」
首を傾げるハンナさんに、いつも通りのシェリーさんを見せます。胸の中に吹き荒れている風は、表に出さないようにして。
「…………まったく、しゃーねーですわねー」
ハンナさんが起き上がって、そして、私と視線を合わせて。
いつもハンナさんにキスするときのように、ハンナさんの下顎に手を添えようと、して。
「…………え」
ハンナさんの手が動くのが見えたと思った時には、ハンナさんが両方の手で、私の頬を挟んできていました。
――ハンナ、さん?
挟んだ手に力が入っているおかげで、上手く言葉が出せません。なんとかして声を出そうとと思っていると、ハンナさんが分かりやすく、大きなため息を付くのが見えました。
「シェリーさんが、寝てるときに夢で何を見たのかだとか、何を思いだしたりしたのかは、わたくしは知らねーですけど、ね」
ハンナさんは、はっきりと私を見て、目を細めて、優しい顔になって。優しい、声色になって。
「わたくしは、ここにいますわ。貴女の隣に、ずっと。誓いましたもの。病めるときも健やかなるときも、富めるときも貧しきときも、貴女と共にいるって」
困ったように微笑んで、ハンナさんは言います。
「死んでも、あなたを置いてけぼりになんてしませんわ。だから、そんな顔すんなー、ですわ」
「…………」
――私は、そんな顔をしていたんでしょうか。
ハンナさんの瞳に映る私は、いつもどおりのように思えるのですが。
「そんなん、分かりますわ。どんだけ一緒にいると思ってんですの? わたくしを甘く見ないでくださいまし」
――シェリーさんのことを、一番わたくしが見ていたんですから。
ハンナさんが続けた言葉は、少しだけ小さいものになっていて。
それを言おうとしたら、ハンナさんの方から、私の口を塞いできました。
「…………ん」
ハンナさんの唇の柔らかい感触に。香ってくるハンナさんの優しい匂いに。
浮かんでいた疑問は。胸の奥にあった風は。まだ明けないままの夜は。
「…………ふ、……む、ん…………」
ハンナさんが。
全部。
「……………………。元に戻りまして? シェリーさん」
全部。
吹き飛ばしてくれるような、気がしました。
それはまるで。本当に――――魔法のように。
◇◇◇
「…………ったく」
ハンナさんが、ベッドの上に正座して、ぷりぷりと怒っています。おかしいですね。散々いちゃいちゃしたというのに。ハンナさんも可愛い声を上げていたというのに。
「ハンナさん、どうしたんですか?」
「だ・か・ら! そういうとこだって言ってんの! こんのノンデリクソ女!!!」
いい雰囲気のまま朝を迎えるって流れじゃなかったんですの……? もうお昼近いじゃないの……。
枕を胸に抱いて、枕越しのハンナさんの嘆きが聞こえて来ます。けれどこの言葉に返してしまえば、きっと火に油を注ぐことになるだろうということが分かっていたので、私は聞いていても聞こえなかったことにしてキッチンへ。
そしてお揃いのマグカップに、インスタントのコーヒー豆を入れて、電気ポットからお湯を注ぎます。
起きてからハンナさんの匂いしか感じてこなかった分、コーヒーの香ばしい匂いを、やけに強く感じる気がしました。
寝室――もといハンナさんの自室――に戻っても、ハンナさんは先ほどと変わらないまま。ぷくーっと頬を膨らませたハンナさんは、行動も相まって、可愛らしいなと思いました。愛おしいと思いました。その小さくて儚い体を、抱きしめたくなりました。
ハンナさんがここにいてくれる。ハンナさんが一緒にいてくれる。今は当たり前になったそれが、やけに、愛おしく、思えました。
「ハンナさん。コーヒー飲みますか?」
「飲みますか? って言う前からもう持ってきてるじゃないの……」
「てへ。ハンナさん用に砂糖一本とミルク一つも忘れてませんよ」
「てへ、じゃねーですわ。……いただきますわ」
ローテーブルの前にマグカップを置いて。そしてハンナさんに向けて、手を差し出します。
ハンナさんは小さく嘆息、そして優しい顔になって、私の手をしっかりと握り返してきます。
ハンナさんと向かい合って立って、そういえば、と思い立ちました。朝のあれこれのせいで、まだ言ってませんでしたね、と。
「おはようございます、ハンナさん!」
「朝っぱらから元気ですこと。おはようございます、シェリーさん」
「…………えへ」
ハンナさんの朝の挨拶をするのもいつも通りなのに。
今日のやりとりは、ちょっとだけ違う感じがあるように思えました。
だから、でしょうね。
今日は、やけに、いつも以上に、ハンナさんに甘えたくなるのは。
「――――あっぶな! ちょっとシェリーさん! マグカップ持ってんのに抱きついてくんなー! ですわ!」
「えー、勢いは抑えましたよー」
「勢いの問題じゃねーんですわよ!」
怒ったように言いながらも、ハンナさんの顔は、どこか優しげで。
そんなハンナさんに、体だけじゃなくて、心も甘えたくなるのは。――仕方ないのだと思います。今日は、特に。
「まったく…………。抱きつくんなら、持ってないときにしてくださいまし」
「じゃあ早く飲み終わってくださいハンナさん」
「急かすんじゃねーですわ! わたくしは猫舌なんです!」
もしも嫌な夢を見ても、ハンナさんが隣にいてくれるから。
夢を見た日の朝も、私は、いつもどおり。
シェリーちゃんがある日の夢を見た日のお話。
牢屋敷から帰っても、彼女たちにはいい記憶も悪い記憶もどっちも残ってるから、こんな時もあるのでしょう。
隣にいてくれる人が支えてくれるのなら、きっと二人は乗り越えてくれるのでしょう。
そんなお話。