シェリハン作品   作:みょん!

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貴女を、誘う

 夏休み間近の、帰りのHR。

 夏休み期間で実施される学校見学やボランティア募集のチラシの中に、異彩を放つチラシがあった。

 『ゲームコラボ~水族館で謎解きを~』

 そう謳うものは、どう見ても学校は関係無くて、遊びに関係するもの。というか、はっきりとゲームコラボと書いてある。

 ――こういうチラシって、学校で配っていいんでしょうか……?

 そう思いながらチラシの裏を見ると、会場は私営の水族館にも拘わらず、協賛の欄に教育委員会やら県やら市やら文科省やら、公の機関の名前がずらずらと書かれている。

 公の企画ならなるほど、と納得。そうじゃなきゃ、今ごろ帰る度にチラシの束ができていただろうと思う。

 それは、そうとして。

 水族館。そして、謎解き。

「シェリーさんが喜びそうですわね…………」

 思わず、声が漏れた。

 机の前に陣取るシェリーさんは、配られたものに集中しているのか、振り返ってこない。

 もしも聞こえていたのなら「ハンナさん、呼びました?」だとか、にこにこ顔で言ってくるだろうから。

 水族館というものは、名前は知っている。もちろん、行ったことはない。

 ただ、これまで読んできたものや触れてきたものの中には、水族館デートという状況は何回も触れてきた。――だから、まぁ、憧れないか、と言ったら、もちろん嘘になる。

 運良く、というか、なんというか。その水族館までは電車で一時間以内の場所。少し遠いけれど、行こうと思えば行ける、くらいの距離。

「――――――!」

 目の前のシェリーさんが、何かに反応するのが後ろからでもはっきりと分かった。シェリーさんに耳だとか尻尾だとかがもし生えているのなら、分かりやすくぴんと立っているんでしょうね、と思えるくらいの、分かりやすさ。

 ――HRが終わった後、シェリーさんならきっと、嬉々としてわたくしを誘ってくれるんでしょうね。

 期待なのか、想像なのか、分からない思考が頭を過ぎるのが分かる、

 それがこれまでのシェリーさんだったし、そのシェリーさんのお誘いで、嫌になったことは一度もない。全ての記憶が、楽しかったものに溢れている。

 だから、もしシェリーさんに『この水族館に行きましょう!』と言われたら、おそらく頷くのだろうと思う。いや、おそらく、じゃない。絶対。

 だって今、チラシの中に映っている、クラゲや、サメや、クリオネや、タツノオトシゴや――水槽の写真を見るだけで、わくわくしてくるのだから。

 ――ハンナさんハンナさん見てください! イワシの群れ、おいしそうですね!

 ――水族館で食欲発揮すんじゃねーですわよ!!!

 きっと水族館の中に入るなり、好奇心を爆発させたシェリーさんがわたくしの手を引いて、連れ回すだろうということが目に見えているのだから。そんな、シェリーさんと騒がしく賑やかに水族館を回る自分自身を想像して、今から、無駄に、ドキドキしているのだから――――。

「…………ん?」

 ふと、思い立つ。

 今、夏休み前。

 学校に通い始めたのは、春少し過ぎたあたり。

 シェリーさんと、毎日のように放課後は寄り道をし、毎週のように休みにはどこかに行っている。

 それは、いい。

「…………あら?」

 よくよく、考える。

 チラシを見たとき、わたくしはどう思ったか。

 ――シェリーさんなら誘ってくれるんでしょうね、と。

 腕組みをして、考える。この濃すぎる数ヶ月感を頭に浮かべる。

 数秒、考える。

 出てきた答え。

 ――わたくし、シェリーさんに誘われてばっかりで、わたくしから、何もしていないのでは?

 その考えに、思い至った途端、ゴンッとおでこに机が当たる感触があった。

 ――なまじ、シェリーさんがわたくしを引っ張り回すものだから、誘われることに慣れすぎてやしませんか? わたくし?

 ごろごろと机の上で頭を転がす。冷たい。ごろごろ。

 …………わたくしからも、誘うべきではないでしょうか。

 …………でも、いきなり誘って、シェリーさんから変に思われないでしょうか。

 ごろごろと転がっていると、ふと。

「きりーつ」

 声が、聞こえた。続いて、ガタガタと椅子が鳴る音。

 どうやら悩んでいるうちにHRが終わったようだった。慌てて立って、礼。この後は、放課後の時間。

 自由に話せるということは――――。

「ハンナさんハンナさん、チラシ、見ました!?」

 座るなり、シェリーさんがくるりと反転して、椅子の背もたれの上で手を組んで、顎を載せるのが見えた。にこにことした、いつものシェリーさんの顔。いつものシェリーさんの体勢。

 と、なれば。またシェリーさんは、わたくしを――――。

 覚悟を決めないと、と思った。

「さっき渡――――」

「シェリーさん」

 シェリーさんの声を遮って、言う。声だけではおそらく止まらないと思ったから、シェリーさんの目の前で掌を掲げる。――ちょっと待って! とは出てこなかった。それはエマさんの専売特許なのだし。

「………………」

 シェリーさんの声を止めることは、できた。あとは言うだけ、なの、だけれど。

 なーんか、みょーに、胸がうるさく鳴るのが分かる。

 シェリーさんはあんなに気軽にすぐに誘ってくるのに、いざわたくしが誘おうとしたら。……なんだか、凄まじく、緊張してしまうのが分かる。

 口を、開けて。声が、上手く出ない。早く言わなきゃ。言わないと、シェリーさんに、先手を取られてしまう。これまで通りに、なってしまう。

「シェリー、さん」

 名前を、呼ぶだけ。その先は、やっぱり上手く、でてこない。

 わたくしの手には、水族館のチラシ。

 掲げる右手を引っ込めて、左手をシェリーさんの顔の前へ。

 チラシのおかげで、シェリーさんの顔が隠れた。……不思議と、それだけで、緊張が落ち着くのが分かった。

「シェリーさん、が、…………好きそう、ですから。………………行き、ません、か?」

 言った。

「………………――――――――」

 なんか、急に、恥ずかしくなった。

 顔が熱くなって仕方がない。よく考えたら今HR終わったばかり。生徒は周りにいる。それなのにわたくしはシェリーさんを水族館に誘っている。これどう考えなくてもデートのお誘い。しかもそれを人前で。

 周り――なんて見る余裕はない。まったくない。

 わたくしの視界は、正面に掲げたチラシの裏面だけ。謎解きの概要が書いてある。

 シェリーさんの方から、声は。聞こえない。

 うんともすんとも、聞こえない。

 もしかして、知らず知らずのうちにいなくなっていて、わたくしは空気にデートのお誘いをしてしまったのでは……?

 怖くなって、おそるおそる、チラシをどかしてみる。

 シェリーさんの、蒼空のような綺麗な髪の毛が見えた。

 目をまんまるにして、まったく動かない。

「………………――――――」

 かと、思いきや。何やらぷるぷるとその手が震えるのが、見え

「わぁーーーーーーい!!!」

 急に立ち上がって、叫んだ。うっせーですわ!

「ハンナさんからデートに誘われちゃいました~!!!」

 頭のてっぺんから出ているような高い声で、教室中に響き渡るような大声で、シェリーさんは、恥ずかしげもなく、思い切り、言いやがりまして。

「ちょ――――――」

 わたくしはその声を止めることなんて、もちろんできなかった。

「ハンナさんっ!」

 かと思いきや、いつの間にかシェリーさんは机を離れてわたくしの隣へ。――いつの間に。

 そして両方の手でわたくしの手を包んだかと思うと。

「もちろんです、行きましょう! 明日、早速!」

 それはそれは、散歩に行こうと誘われた飼い犬かのような勢いで、そう言ってのけた。

 

 ――周りに、思いっきり、人がいるというのに!

 

◇◇◇

 

「ハンナさんハンナさん! カニですカニ! おいしそうですねー!」

「だーかーらー! 飾られてるのは観賞用! 食料として見んじゃねーですわ!」

 シェリーさんにロマンチックさを求めたわたくしが悪いかと言われれば、その通り。

 シェリーさんは、案の定というか、やっぱり、水族館の中でも、騒がしかった。

 さて、ここにくる目的の一つの謎解きは、と言えば。

 ――シェリーちゃんの推理力にお任せください!

 と豪語しただけあって、あっという間にすらすらと解いて見せた。名探偵の面目躍如とはこのことかと思う。謎解きが書かれた展示物を目に、顎に手を当てて真剣な顔をするシェリーさんは、カッコよく見えた、の、だけれど。

 謎解きが終わって水族館を見回る時間になったら、これまで通り、ただの大型犬へとすぐに切り替わった。

 ――ま、このシェリーさんも好きですけど。

 だなんてことは、言わないでおく。

「実は私、水族館来るの初めてなんですよ。ドキドキしますね~」

「そうですの。食欲の方が勝ってそうですけれど」

「ちゃんと魚の綺麗なところも見てますよぅ。ほら、ハンナさん、クリオネですって! 妖精さんみたいですね。私みたいですね~」

「ノーコメント、ですわ」

「え~? ほら、今が言うタイミングですよ? シェリーちゃんかわいい大好き愛してるって」

「言わねーですわよ! っていうか変わってるじゃないの! しかもここ人前!」

「つれないですねぇ。魚だけに」

「上手いこと言ったつもりですの?」

 いじけたように口元を尖らせたかと思えば、次の瞬間にはぱぁっと明るい笑顔に変わる。

 シェリーさんのころころと移り変わる表情は、見ていてとても楽しいし、面白いし、そして、ドキドキもする。子どものように水槽に顔を近づけるシェリーさんは、先ほどの謎解きをしている姿とはまったく違っていて、無邪気で、可愛らしいな、と思う。

 初めての場所に、うきうきわくわくするシェリーさん。それを手を繋ぎつつ、後ろから眺めるわたくし。

 いつもと逆だな、と思う。

 後ろから見るシェリーさんは、可愛らしいな、と、そんな思考が、頭を過ぎって。

「………………」

 ふと、シェリーさんの立場だったなら、と思考が飛んで。

 ――シェリーさんから誘われて色んな所に行っているわたくしは、こんな顔をしてるんでしょうか?

 そう、思えてしまった。

 だと、すれば。その時のシェリーさんの、わたくしに向ける感覚は。

 

 シェリーさんが、嬉々としてわたくしを誘う理由が。

 ほんの少しだけ、共有できる気がした。




ハンナちゃんとシェリーちゃんの水族館デート前の光景は、こんな感じだったらなと思います。
教室の中でも、もはや公認のバカップル(※ハンナちゃんは隠したい)な高校生活の日常。二人でいろんなことを体験していちゃついててほしいなって思います。

こちらは、
テーマ『水族館』でワンドロ企画に参加したものに加筆修正をしたものです。
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