「大漁大漁、ですね~!」
「これが、本当に、食べられるかどうかは、分かりません、けど、ねっ!」
――そういえばわたくしたち、両手塞がってますけどどうするんでしょう?
森林地帯から牢屋敷の正面まで戻ってきて、そしてその疑問が頭に浮かんだときには、既にその問題は解決していた。
ドガン! とデカい音を立てて、シェリーさんが牢屋敷のドアを蹴り飛ばしていた。
「ちょ――――――――っ! シェリーさん、扉ぶっ壊すおつもりですの!?」
「いえいえ、このドアは内開きですから、蹴れば開くのは分かってます。平気です!」
両手が塞がっていなければシェリーさんは流れるように親指を挙げていたのだろうけれど、生憎わたくしたちの両手は、完全に塞がっている。だから見えるとすれば、シェリーさんがぎこちなくウインクをするだけ。
そして、今しがたシェリーさんが蹴っ飛ばしたドアはと言えば、シェリーさんが言う通り片方の扉だけが内側に開いている。ドアが外れたりだとか、ゴクチョーの羽根音が聞こえたりだとか、どこかから看守が飛んで来たり、ということは。……どうやら、なさそうだった。
「…………シェリーさん、そういうことは事前に言っといてくださいまし。心臓が止まるかと思いましたわ」
「その時はハンナさんに人工呼吸してあげますね!」
「そういうことじゃなく! あぶねーことすんなって言ってんの!」
「てへ」
もうひとつウインク。そして舌もペロリと出して見せる。おちゃめさをアピールしたいんなら別んとこでやってほしいですわー、と思いつつ、わたくしたちはホールを抜けて、談話室へ。なお、談話室のドアもシェリーさんが蹴った。
「ところで、ハンナさんのスカートって、本当に便利ですよね、木の実入れ放題ですからね!」
「わたくしのスカートは木の実入れの袋じゃないって何度も言ってますわよ!」
「え~? でも今日はそのおかげでいっぱい持ち帰れるじゃないですかー」
「確かにそうですけどぉ…………」
わたくしたちの両手が塞がっている理由。それは単純に、食料――といわれるもの――をたくさんもっているから。
シェリーさんは上着を、わたくしはスカートを、それぞれ袋のように入れ物にして、森林地帯で収穫した、木の実やらキノコやらを大量に牢屋敷に持ち込んだ。
「服は夜になったら焼却炉にぶん投げるんですし、いいじゃないですか、ね?」
「ま、まぁ、悪くは、ねーですけど…………」
「あとはメルルさんの鑑定をお願いしてー、ですね。メルルさーん、いらっしゃいますかー!?」 ドカン、ともうひとつ大きな音。
医務室の中にメルルさんがいようものなら、絶対に「ひゃぁぁぁぁぁぁっ!?」と悲鳴が上がるでしょうね、と思えるほどの、大きな音。
もし誰かの治療中だったのなら、それこそ大惨事だろうけれど――――。
「あれ? いませんね?」
シェリーさんに遅れて中を覗くも、医務室の中はもぬけの殻。窓だけは開いていて、外から風でカーテンが靡いているのが見える。医務室の中に入ると、入ってきた風を頬に感じた。
「おりません、ですわね」
「新鮮なままに見てもらって、夕食でフルーツ三昧と行きたかったんですけどねー」
「どんな木の実かも知らずに食べるのは危険ですから。知識があるメルルさんに見てもらってからですわよ、シェリーさん」
「はぁい」
この人は取った傍から木の実を食べそうになるから、ずっと目を光らせないといけない。
シェリーさん曰く『悪い物を食べても、私は平気なので!』だとか言うけれど、シェリーさんが腹痛や、それ以外で苦しむようなところは見たくない。『植物関連には自信がありますっ!』と言ってくれるメルルさんに見てもらってから食べるのが一番だと思う。
「ひとまず、窓際の所に置いておきますわよ。メルルさんが来た時にでも、見てもらいましょう」
「分かりました!」
シェリーさんは一足早く窓際にある籠の中に、取ってきた木の実などをどさどさとまとめてぶち込む。そしてわたくしをお姫様抱っこして――わたくしは入れ物扱いですの!? と何回言ってもこの人は聞かない――かごの前へ。そしてスカートから木の実を同じく落として、ひとまずの役目は終了。
「はー、まったく、やれやれですわ…………」
スカートに入れた木の実を落とさないよう、ずっと前傾姿勢だったものだから、腰がほどよく疲れている気がする。そんな年じゃないのは分かっているけれど、身体がきしんでしまうのは仕方が無いことで――。
窓の外を見ながら、とんとん、と拳で腰を叩く。『ハンナさん、おばあちゃんみたいですね』だとか突っ込まれた回数は、何回か、ある。でも仕方ないじゃないの、痛いんだから。
――そういえば。
シェリーさんが一緒なのに、やけに静かですわね、と思った。大体いつもしゃべりっぱなしのシェリーさんだから、きっと今日の収穫についての話が飛んでくるかと思っていたら、無言。
もしかしてベッドで寝ているんじゃ……と思いながら、振り返ると。
「んっ…………、…………はぁー、甘いですね、これ」
シェリーさんが。医務室でよく見るビーカーを手にして。何かを、飲んでいた。
「………………シェリー、さん?」
ちょっとシェリーさん。あなた今何飲みました? ねぇ?
「あー、ハンナさんハンナさん、こっちきてくださいよぉ。すっごく、甘い匂いがする飲み物がありましてぇ」
わたくしに向けておいでおいでとするシェリーさん。……心なしか、声がふわふわとしている気がする。
シェリーさんという人が、よく分からないことをしでかすことは、あった。
数えてみれば片手では数え切れないくらいのことは、ある。いや、両手かも知れない。
その中の一つが、医務室にあったものを、舐めたこと。『甘そうな匂いがしたので』だとか言って舐めた直後、シェリーさんはあっという間に眠りに落ちてしまった。後にメルルさんに聞いたところ、『強めの睡眠薬』だということで。突然崩れ落ちるシェリーさんを見て、マジで心臓が止まるかと思ったのは記憶に新しくて。
「シェリーさん。……あなた、何飲みまして?」
「これですよー、これー。すっごく甘い匂いがして、飲んだんれすが、黒砂糖みたいな甘い味がしましてぇ」
シェリーさんの声が、やけに緩んでいる気がして聞こえた。
シェリーさんが指刺したのは、茶色の、下が膨らんだ、壺のような形をした、瓶。ラベルには、『●●酒』、と書いてあった。最初の二文字は、滲んで読めない。
「………………酒?」
見にくくはあったものの、確かに、そう書いてある。そしてシェリーさんは、それを、飲んだと、言う事、で――――。
「…………あ、れ? ハン、ナさん、…………なんか、ふわ、ふ、……わしま、すぅ…………」
隣をじろりと見る。シェリーさんが、頭を分かりやすい位にくわんくわんと揺らしていた。背もたれ付きの椅子に座っているものの、いつ倒れ込むか分からないくらいに、シェリーさんの体は、揺らいで、いて――――。
「ちょっとシェリーさんっ! …………ああもう、だから――――――っ! いえ、ひとまずベッドに寝ますわよ。そこに座ってたら倒――――んむっ!?」
シェリーさんの肩に手を当てて、揺さぶっていただけ。シェリーさんが倒れないようにというところにしか、気が向いて、いなくて。
だから。
「む、…………ん、ふっ…………」
シェリーさんの顔が、近づいて来ていたのを、ただ、前の方によろめいただけだと、思って、いて。
「ん、ちゅ、……ふ…………ぅ……」
シェリーさんに、気がつけば。
唇を、奪われていた。
「はっ…………ひゃ…………。ひぇ、りぃ……は…………」
シェリーさんといつもするときのような、ついばむようなものじゃなく。唇全体を押しつけてくる、それこそ、食べるかのような、そんな、しゃべることも許されないような、キス。
一瞬、何をされたのか分からなくて。その一瞬で、全てが決まっていて。
わたくしは、いつの間にか。床に、押し倒されていた。
「――――――――~~~~っ!」
ゴンッと音がした。
痛い、という感覚はあった、筈なのに。その感覚は、全て唇への感覚で上書きされる。
視界いっぱいに、シェリーさんの顔が移る。その目が、にんまりと細められるのが見える。
シェリーさんなのに、シェリーさんらしくない、その顔は。わたくしが知るシェリーさんではなくて――――。
「ふ、ぅ…………へ、りゃ…………」
感覚は、唇の表面に留まらなくて。ぬるりとした温かいものが、口の中に入ってくる感覚が、あって。それが、シェリーさんの――、と、頭が理解した時にはすでに、わたくしの舌が、シェリーさんの舌に絡め取られていた。
「ぢゅっ、……ちゅっ…………ふ、ぁ…………っ」
そして、舌が引っ張られて、引き込まれる感覚があったかと思うと、舌には、別の温かい感覚がやってくる。
わたくしの舌が、シェリーさんの、中、に…………。
「じゅっ、ちゅうぅ…………ん、うぅぅっ…………」
理解が及ぶ時には既に、刺激は別のところにある。理解が全然追いつかない。
舌を入れられたと思ったら、唾液と共に舌も一緒に吸われて、シェリーさんの口の中で、わたくしの舌がもみくちゃにされる。
シェリーさんの熱いほどの吐息が、かかる。シェリーさんの匂いに、包まれる。
水音が耳に入ってくるのに、それが自分の口から出た音なのか、シェリーさんの口から出た音なのか、分からない。
自分の舌がいまどこにあってどうなっているのか。自分が今どうなっているのか、まったく、分からない。ただ、シェリーさんの顔だけが、はっきりと見える。わたくしにある感覚は、それだけで――――。
「………………ぷぁっ」
そして、それは突然終わりを告げる。
シェリーさんの顔が離れて、シェリーさんの首から下が見えるようになったと思った途端、顔にすぅっと涼しい風を感じた。
――わたくし、は、今…………どう、なっ、て…………。
お腹の上には重み。視線の先には、顎下を腕で拭うシェリーさん。
――シェリーさんに、乗られている、んですね。
ぼーっとする頭では、上手く考えられなくて。シェリーさんが口を開くのを、スローモーションのように見ているしかできなくて。
「ハンナ、さぁん……。……も、っと…………」
上気したシェリーさんの顔が見える。そしてその顔がまた、近づいてくるのが、分かる。
「いい、ですよね…………。ハン、ナ、さぁん…………」
甘い声が、すぐ近くで聞こえる。
わたくしが、シェリーさんに、力で敵うわけがない。だからわたくしは、受け入れるしか選択肢はないのだけれど。
――シェリーさんが、求めるの、なら。…………わたくしは。
「……………………ええ」
シェリーさんの顔が、近づいてくるのを。私は、迎え入れて。
また、その唇に、あの柔らかい感触が、やってくるのを、待って。
待って。
――――待って。
…………来ない。
目を開ける。身体が変な感じがしたと思った。
シェリーさんが、わたくしの胸元に頭を載せて、目を瞑っているのが見えた。
すぅすぅと、規則正しい寝息が、聞こえてくる。
すん、と息を吸うと、シェリーさんの匂いに混じって、薬草のようなすぅっとした匂いと、そして砂糖のような甘い匂いが漂ってくる。
感覚は、身体に感じる、重さだけ。唇にも、それ以外の所にも、感触は、やってこない。
「……………………」
何かを言わなきゃいけないはずなのに、口から出てくる言葉はなかった。
唇には、口の中には、シェリーさんからの柔らかくて熱くて、生々しい感触が残り続けている気がした。
「……………………なんなんですの」
様々な感情を込めて。
言えるのは、それだけだった。
◇◇◇
シェリーさんに乗られたまま、どれだけの時間が経ったか。
「ひゃぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
メルルさんの悲鳴が医務室に響いた。メルルさんから見たら、医務室で二人が倒れているのだから、事件だろうと思う。――いや、れっきとした事件なのですけどね。これ。
「どうしましたかシェリーさん、ハンナさん!?」
「メルルさん、助けてくださいまし。シェリーさんがそこの瓶の中を飲んでしまったみたいで……」
「そこの? …………あ、あぁぁぁぁぁっ!?」
さっきと同じくらいのメルルさんの悲鳴が聞こえて。見るからに慌てていて――。
「これはお酒です! みなさんは飲んじゃ駄目ですっ!」
胸に抱えるようにして、メルルさんが瓶を机からかっさらうのが見えた。
――なんであるんでしょうか、とは言わないでおきます。
「あの、えと…………。薬草の効力を抽出するのは、お酒が一番なんです……。それを商品化したらしいのが、これなんですが…………。隠してたはずなのに、どうして…………」
どうしてか、隠してた筈の机の上にお酒があって。
どうしてか、それをシェリーさんが飲んで。
それは、つまるところ。
「…………事故じゃないの…………」
そうとしか、言えなかった。
なんかどっと疲れた気がした。シェリーさんにキスされたことで体力を使ってしまったし、そもそもその前の収穫で疲れたし。
「…………いや」
やるべき事があった。後片付けを、しなければ。
シェリーさんに乗られた状態ではあっても、ゆっくりと身体を休められたのは事実で。
「よい、しょ。…………う”っ、お、重…………」
起き上がって、シェリーさんを持ち上げて。――なんとか持てそう。
「ハンナさん、シェリーさんを運ぶんですか? お手伝い、しますよ?」
「いえ、結構ですわ。シェリーさんは、わたくしが運びますから」
「そう、ですか。分かりました。お気を付けて、くださいね」
「ええ」
そしてわたくしは、よたよたとシェリーさんを持って、医務室を出た、ところ。
だらりと垂れていたはずの手が、気がつけばわたくしの首にまわされていた。
――メルルさんがいなくなったら起き出す辺り、狙ってました?
そう言おうとしたら、唇に柔らかい感触が伝わってきた。
シェリーさんのふんにゃりとした顔が、気がつけばすぐ近くに見えた。
「えへへぇ…………」
ふにゃふにゃしたシェリーさんの声も聞こえてくる。
「ハンナさぁん…………大好き、ですぅ…………」
そう言うのと同時に、首にまわされる手に力が込められる。キスまではしてこないまでも、胸に頭を擦りつけて、甘えるような仕草までしてくる。
さっきしてきたことと言い、今してきたことと言い、言ってくれたことと言い――。
それが、お酒を飲んだ結果なのか、それとも元々なのか、分からないのが厄介だな、と思う。
お酒に酔っているときの記憶は、大体忘れる物らしい。――なら、シェリーさんがしてきたあれこれは、どうせ明日になったら忘れてしまうんでしょうね、と思う。
でも。一つくらい。
「………………言うなら、シラフの時に言いやがれ、ですわ」
この言葉くらいは、言っていいんじゃないかと思う。
まのさばワンドロ テーマ『お酒』 で作成したものに、加筆修正を行ったものです。実質的には+60min
事故でお酒に酔ったシェリーちゃんがハンナちゃんにディープなキスするお話です。
お酒というお題からは事故の流れしか浮かびませんでした。キスだけなので全年齢カテゴリで投稿します。
メルルちゃんが隠し持ってたお酒のモデルは養○酒です。あれ結構おいしいです。れっきとしたお酒ですけど。
シェリーちゃんが飲んだ量は、コップ一杯なので推定200ml
用量の10倍ですね。用法用量はしっかり守りましょう。
お酒は二十歳になってから!このお話は監獄島の中なので法は適用されません。セーフとします。