学校からの帰り道。二人で並んでクレープを食べながら歩くのも、自分たちの日常。
――ハンナさん! いつもの公園に出してるキッチンカーがメニュー刷新するらしいんですよ! 行きましょう!
チャイムが鳴り、ではシェリーさんと一緒に帰りましょうか――と思っていたところ、犬のように席に飛んで来たシェリーが、そんなことを言い出した。
――相変わらずこの人は、食べることには敏感ですこと。
学校生活を送り始めてから、はや数ヶ月。大好きな人との放課後の買い食いは、今も続いている。
「甘い物ばかり食べてると、太りますわよ」
「私は平気です! 食べても太らない体質なので!」
「それ、周りに人がいるときに言わない方がいいですわよ。いつか刺されますわよ」
「やだなぁ、
「例え話ですわよ」
校門を出て、寮への帰り道とは別方向に歩きながら、どうでもいい話をする。
ほんの少し高校生活のスタートは遅れたし、ほんの少しだけ歪んだ自由ではあるものの、基本的に自由な生活を送れている。
――基本的には、だけど。
「――――」
「シェリーさん、どうかしま」
――かと、思うと。
「!?」
突然繋いでいた手を強く引かれて、次の瞬間には顔がシェリーの胸にぽすんと吸い込まれていた。
「むぐーーー!?」
そして頭のてっぺんに感じる、硬い物が当たる感覚。背中に回される手に力が込められて、全身を抱きしめられている感覚。
――突然、シェリーに抱きしめられた。
分かるのは、それだけ。理由も何も分からないまま、ハンナはなんとかシェリーの胸の中で窒息しないように息を吸い込む。そのせいでシェリーの匂いを思い切り感じる事になって余計に大変なことになっているのには――おそらく、その当事者は気づいてないんだと思う。
――いいんですけどね。別に。貴女が変なことをするのはいつも通りですから。
そうは思いつつ、割と本気で命の危機に直結するようなことは止めてほしいと思う。終わったらお説教だと思う。流石に、今回ばかりは。
ハンナが解放されたのは、その数秒後。
見上げると、むふん、と自慢げに鼻を鳴らす
「何すんですの!!!」
「いやぁー」
自慢げな顔は、どこか緩んだ顔へと変わる。そしてヒロ曰く――惚気話をする時のシェリーの顔をしたその人は、言う。
「見せつけてやりたかったんですよね。ハンナさんは私の物だって」
「――――は?」
突然何言い出しやがりますのコイツ……と思いながら、シェリーが人差し指でちょいちょいと指差す方向に視線を向ける。
建物の影に隠れる、スーツ姿の人物が見えた。
「あれ、監視役の人ですよね。ヒロさんが言うように、気にしなきゃいいといってはそうなんですけど、やっぱり気にならないかって言えば、嘘になりますよね」
「え、気づいてたんですの? …………まったく気がつきませんでしたわ……」
「そういう役目ですからね、あの人たち。……ま、そういうことで、ハンナさんはSP付きですよ。お嬢さまみたいですね!」
どこか嬉しそうに、シェリーは言う。まったく存在に気がつかないSPに意味はあるのか、と思うし、そもそも監視役だったらSPでもなんでもないのではないか、とも思う。
「そんな形で、お嬢さまになりたかねーですわー……」
「でもでも、一番のSPはシェリーちゃんですけどね! ハンナさんの一番近くにいるのは、いつも私なので! その一番だけは誰にも譲る気はありません!」
――だーかーらー。貴女はそういうことをしれっと言うんじゃねーですわよ!!!
口から罵倒の言葉がでかけるも、必死に抑える。それが、この人の愛情表現だということは、もう十二分に、何回分もの人生の中でも味わいまくったことだから。
「ほんっと、しれっと言いやがりますわね貴女……」
だから。そう言うことに留めておいた。
目標の公園で、目的のクレープを買い。そしてベンチで分けあって食べて。そして、帰宅路を二人で歩く。
日はまだ高くて、帰るにはまだほんの少し早いかな、と。
この時間なら、どこかに寄ることもできるかな、と。
ハンナは歩き慣れた道を手を絡めて歩きながら、ほんの少し、そわそわと、していて。
隣の人物が、自分の手首を眺めて、小さく頷くのが、見えた気がした。
「ハンナさん」
その声は、確かに聞こえた。けれど、見上げてもその口は、ほとんど開いていない。そしてウインクして見せたかと思うと、その手に微かに力が込められた。
少し緩めて、軽く握る。また少し緩めて、軽く握る。
そのリズムはどこか、何かのカウントダウンのようで――。
三回目の、力が込められた、その瞬間。
ぐんっ、と、手を強く引かれた。
走り出すシェリーに引っ張られて転ばないように、ほんの少しだけ覚悟をしていた分、足は勝手に動いた。
その足はすぐ隣の地下へと向かう階段へと向いていた。二人で地下鉄の駅へと向かう階段を降りていく。
「ハンナさん、パス出してください!」
「へ!?」
その言葉を理解するより前に、体が勝手に動く。カバンに吊り下げていた交通系ICカードが入った、二人で同じ柄のカードケースに入れたそれを、走る勢いを殺さぬままに読み取り口に当て――そして、目の前に止まっていた電車に、乗り込んだ。
乗った直後、音を立ててドアが閉まる。
閉じたドアの向こうで、スーツ姿の人物が改札の向こうに走り込んでくるのが見えた。
「さよーならー」
シェリーはそう言いながら、ドアの向こうに向けて手を振っていた。
◇◇◇
「…………」
――貴女は一体何がしたいんですの?
だなんてのは、一緒になって地下鉄に乗り込んで、そして監視役の人を蒔いた時点で、聞くまでもなかった。
――と、思ったのは、その時点までだった。
地下鉄で数駅。決して大きくはない駅で降りたかと思うと、手を引くシェリーは、駅の構内を何やらよく分からないルートで歩き始めた。
壁沿いを歩いていたかと思うと、柱の陰の狭いところを通り。そして一番近い階段ではなく、二つ先の階段を上る。そして目に見える場所ではなく、遠いところの改札を潜って、外へ。
そして少し歩いて私鉄の駅の改札を潜り、またよく分からないルートを通って電車へ。
数駅で降りて、またまた複雑なルートを通って、改札の外へ。
「…………」
ハンナは、ぽかんと口が開いたまま、塞がらなかった。
目の前に広がっていたのは、海。
夕方の、太陽が沈みかけの、海だった。
「…………貴女は、何がしたいんですの?」
改めて、聞いてみた。
隣で、自分と指を絡めている人物は、にまぁ、と、それはそれは、楽しそうな笑みを浮かべて、言う。
「やってみたかったんですよー! 現代での、逃走劇!」
それはもう、楽しそうな声色で、言う。
「周りに監視役の人はいません! 完璧に巻きましたからね! そしてカメラの画角から逃れる道を来たので、そうそう私たちの行方は分からないはずです。やってやりましたよ! 完・全・犯・罪!」
――大声で妙なこと口走る癖、やめなさいな! だとか。
――犯罪でもなんでもじゃねーですわ! だとか。
――貴女帰るときはどうするつもりですの! だとか。
言おうとすれば、色んな事が言えた。
けれど、言葉にするのは、躊躇われた。
シェリーが、すごく満ち足りた、きらきらとした目で、こっちを見ていたから。思わず胸が高鳴ってしまいそうな、好奇心に満ちた、大好きな人の顔をしていたから。
「現代ミステリを読んで、いつかやってみたかったんですよ、こういうの! いやぁ、名探偵シェリーちゃんの超天才的頭脳が、ここに証明されちゃいましたね!」
「それ! やってるの犯人側! 探偵側がやることじゃねーですわ!」
的確なツッコミをしたつもりだった。
けれど隣の自称名探偵は、けらけらと楽しそうな笑みを浮かべるばかり。
「はー……楽しいー…………」
ひとしきり笑ったあと、そう締めくくって。そして、こちらの方を見て。
「せっかく来たんですし、海、眺めてみませんか?」
だなんて、優しい声をして、言ってくる。
答えを返すよりも前に、いつも
◇◇◇
海辺には、自分たち以外、誰一人いなかった。
それはそれで、どこか、寂しさというか、怖さというか、不思議な感覚に襲われる。
一人でいたならば、すぐに立ち上がって帰ろうとするのだろうけれど、隣には大好きな人がいて、そして手は先ほどからずっと握ってくれているから。一人じゃないと思えることだけで、落ち着ける気がした。
頭のどこかでは。
――好きな人と並んで海を眺めるというのを、いくつか、少女漫画のシーンで見たことがありますわね。
と冷静な自分が訴えてくる。
まさかそれを、自分が体験するとは思わなかった、と頭の中の自分が続ける。
変なことを考えていたから、だろう。
手に力が入ってしまったのか、ずっと海を見ているだけの状況に、変化が起きた。
隣の人が、こっちを向く気配がする。ちらりと見ると、静かにはにかんで笑う。
「ハンナさん」
波音があるはずなのに。その優しい声は、感情のこもった声は、まっすぐに、胸に届くような気がした。
「このまま、どこかに逃げちゃいましょうか。誰の目にも付かないところで、私たち二人だけで、暮らしませんか?」
「――――」
再び視線を向けると、その人は真剣な目をしているのが見えた。
「今なら、監視役の人は完全に巻いています。どこか遠くに行って、セーフハウスにでも逃げ込めば、割とできちゃうかもしれませんよ? 私たちの、逃避行。
――そして、折りが付いたら、二人で、ハンナさんの家に挨拶に行きましょう」
ひとまずこの時点では、『家に行く』ではなく『挨拶に行く』と表現したことからは目を逸らすことにする。それはつまりは。――つまり、は。
いやいや今考えることじゃない。それはまだ、別の話。
「…………本当に、できると思ってます? 私たちは、監視されてる身、ですわよ? 国が総出で当たれば、わたくしたちなんてすぐに見つかってしまいますわ」
「ハンナさんと一緒なら、できるって思ってます」
真剣な顔で、はっきりと、言い切って見せた。
どこかカッコ良さを思わせる、その顔は。自分を守ると宣言したときと同じ顔は。シェリーを信じていいのだと思わせるには、十分で。
「…………わた、くしは…………」
どちらがいいのだろう。シェリーも大事。だけど、今は施設にいる、きょうだいも、大事。
掴まなかったのではなく、掴めなかった。
いずれ掴めるようにすると、ヒロは言ってくれた。ならば、今は――――。
「いえ、やっぱりやめましょう」
返事を、しようとして。
その瞬間に、梯子を外された。
「…………は」
口を開けたまま。出たのは、一音だけ。
きっと今の自分は、相当、変な顔をしているのだと思う。
――貴女が言い出したんですわよ。
口にしようにも、上手く言葉として出てきてくれなかった。
「ハンナさんを危ない目に合わせるのは、ハンナさんの一番のSPであるシェリーちゃんの主義に反しますし!」
さっきの真剣な声は、真剣な顔は、どこへやら。
いつもの学校で見せるような、寮の部屋の中で見せるような、放課後の寄り道する先でみせるような――そんな、いつもの大好きな人があった。
「一体どっちですの……。貴女が言い出したんですのよ?」
「発言を撤回します!」
散々、相当、迷いに迷っていた自分の苦労は全部無かったことにするように、しれっと、そんなことを言う。
裁判中も、何回か聞いた言葉だな、なんてことを、思いながら。
「そんな簡単に……。じゃ、わたくしは今日、貴女に振り回されただけになるんですが」
「ハンナさんと海に来たかったのは確かですよー。あっちじゃ壁の向こうで海は見えませんでしたから!」
視線を海の方に向けて、言う。
「好きな人と、海に行くって。……こういう感覚なんですね。また、ハンナさんとやりたいことが叶っちゃいました」
しみじみと、呟くように、言った声は、直接、耳から胸へと、届く。
変に、口元がゆるみそうになるのが分かる。頬が上がりそうになるのが分かる。心臓がうるさくなるのが分かる。
ざり、と、繋いでいない方の手が砂を掻く音が聞こえる。
きゅっと、繋いでいる方の手が、握られる感覚がある。
隣を、見上げる。
夕焼けに照らされた、大好きな人の笑顔が、すぐ近くに見えた。
◇◇◇
「――――ああ、そういえば」
電車に揺られながら、シェリーはぽん、と手を打つ。
「ヒロさんから言われてたんですが。監視の人が私たちを見失ったとき、ヒロさんに連絡が行くらしいですね」
「…………ちょっと貴女。それ初耳ですわよ」
「あれ、ハンナさん聞いてませんでしたっけ?」
「聞いてませんわよ。…………ってことは、シェリーさん。貴女のとこに散々っぱら連絡が言っているのではなくて?」
「いやぁ、そんな連絡が入ってるだなんて――」
シェリーは肩に掛けた小さなカバンを開き、スマホを取りだして。
「あらら」
緊迫感のまったくない声を、上げた。
覗き込んでみると、電話の受話器のアイコンの上に、数字が浮かんでいる。
その数は、37。
「精一杯、怒られなさいな。名探偵の、シェリーさん?」
今回ばかりは流石に、シェリーの自業自得だと思う。
けれど。
夢が叶ったと、大好きな人は言った。
それは、自分も、そうだったから。
「…………言い訳や証言なら、わたくしも手伝いますから」
少しくらいは、共犯者の手伝いをしてもいいでしょう、と。振り回してばかりの人を助けるのも、たまにはいいだろうと思えた。
ここ最近すんごい暑い!なので、シェリハンの二人には海に行ってもらいました。
今回は入れませんでしたが、次に来る時はきっと水着姿でしょう。水着のシェリハン姿、公式で出てこないかなー(ちらっちらっ