「シャワーくらい一日浴びなくてもいいじゃないですかー」
「いいわけありませんわ!」
ばたばたと玄関ホールを抜け、ホールからラウンジを駆け抜ける二人の姿があった。
星を見ることに夢中になっていて、そして開放的な空間で気が大きくなっていたのだろう、話に花が咲いて――結果、気づけばほどよく自由時間の終わりが近づいて来ていた。
このまま監房に入れば、就寝時間には余裕で間に合う。
けれどハンナには欠かせない物があった。そう、シャワーだ。
「外で寝転がったんですのよ。特にシェリーさんはごろごろと! シャワーを浴びて体を綺麗にしておかないと、何があるか分かりませんわ」
「ハンナさんはきれい好きですね」
「あなたが自身に無頓着なだけですわ! ほら、シャワーを浴びる! ちゃんと髪も体も洗うんですのよ!」
二人で騒がしく話しながら走り、シャワールームへとたどり着く。その間、ラウンジにいたミリアとアンアンの視線を感じたが、それはもう気にしないことにした。
囚人番号が書かれたロッカーの下にはカゴがあり、服を脱いで入れられるようになっている。ここは日本の銭湯や温泉地でよく見られる光景だ。
各ロッカーの中にはそれぞれの服が入っており、シャワーを浴びた後はそれに着替え、元々着ていた服は、ダストシュートに入れることになる。
ハンナが急いでいるのは、シャワーを浴びないと寝られないとか、そういうことではない。
「…………はぁぁぁ…………。気持ちいいですわ…………」
シャワーの温水を体に浴び、ハンナが思わず声を漏らす。
この最後の自由時間だけが、シャワーから温水が出る時間帯であり、それ以外は割と本気で冷たい冷水しか出てこない。だから実質的に、シャワーは自由時間であればいつでも浴びられることにはなっているものの、この時間が唯一のシャワーの時間だった。
隣からもシャワーの音がする。この牢屋敷で、一人でシャワーを浴びるという行為は、ハンナにとって、少しだけ不安な部分があるものの、壁一つ隔てた隣にシェリーがいてくれると思うだけで、ハンナはとても心強いと思うし、安心できるものだった。
――こんなことは、絶対に言えねーですけど。
胸の中で悪態を吐きながら、しかしその口元は、横に広がっていた。
頭から温水を浴び、体を温めてから、備え付けのシャンプーを手に取り――。
「お先に失礼しまーす!」
隣からはシャワーの音が途切れ、そしてシェリーがシャワーを終える宣言が聞こえてきた。
「――――!? 早すぎませんこと!?」
こっちはまだ体どころか髪すらも洗っていないというのに!
「髪も体も洗ったんですの?」
「もちろんでーす!」
それでこの早さ。相変わらずの烏の行水ですわね、と思う。
シェリーの髪の毛もほどよく長い筈なのに。
「ちゃんと髪を乾かすんですのよー!」
「分かってまーす!」
既に更衣室にいるのか、少し遠くから明るい声が聞こえてくる。ちゃんと髪を乾かすのなら、毎朝の髪結いも楽になるのだけれど――。そろそろシェリーさんの髪の毛を乾かしてあげることも考えなきゃいけませんわね……、などと思っていると。
「あれ?」
同じ場所から、不思議そうなシェリーの声が上がるのが聞こえた。
「どうしましたのー?」
「いえ、服が……。ま、よしとしましょう!」
更衣室で何かがあるとすれば、準備されてる服のことだろうけれど。シャワーを浴びていて、なおかつシャンプーの泡を洗い流している今は、そっちの様子を見に行こうにも行けない。増して、割と時間は差し迫っているのだから、いつものように悠長に洗うわけにもいかない。少しだけ急ぎ気味に体を洗い、泡を洗い流して、そして体が冷えないようにと温水を浴びてから、シャワールームを出て、更衣室へ。
きっといつものように、頭にタオルを巻いたシェリーがそこにいるんだろうな、と思いながら、ハンナはその角を曲がって――。
見慣れない姿が、そこにあった。
「……なんですの、それ」
ハンナは、ジト目でシェリーを見る。緑色のドレスのような服を着たその人は、言う。
「なんなんでしょうねー? いつもはロッカーに服が準備されてるんですが、私の分が無かったんですよ。ついでにハンナさんの方も開けてみましたけど、からっぽでした。服を脱ぐときに確認すべきでしたね」
「無かったのはまぁ、百歩譲っていいんですけど」
そういうこともあるのだな、と思う。服を毎日ダストシュートに入れる事自体、服がもったいないと思っているハンナだから、別にそれはいい。
問題は、そこじゃない。
「――なんで、あなたがわたくしの服を着てますの? そしてなんで、わたくしのカゴに、あなたの服がありますの?」
シェリーが自分の服を着ているということは、それは残った服の数を考えれば、自然と答えにたどり着くのだろうけれど。ハンナはそれが理解できない。
――どうして、シェリーが自分の服を着ているのか、と。
そしてそれはつまり、自分はシェリーの服を着ることになるのだけれど、と。
「ふっふっふー、それはですねー」
ふんすと息を吐いて、満面の笑みを浮かべる。そして羽根でできた扇子を――それもわたくしのですわ、と言いたい――口元に当てて、シェリーは言う。
「私、試してみたいことがありまして! ということで」
何が試してみたくて、何がということなのだろうか、と思いながらも、疑問の声を挟む間もなく、シェリーが何やら手に持った扇子を胸の前で掲げるように持つ。そして何かを念じるように、力を入れる様子を見せる。
「ふんっ。……むむむむ…………っ!」
声は何か力を入れているような、それ。
別に、扇子を折ろうとしているわけではないのは分かる。そもそも、扇子はシェリーの怪力を持ってしなくても、自分の力でも折れてしまいそうな繊細なものだから。
では今のシェリーは何をしているのか、と言えば。
――一体、何してるんでしょうかね、この怪力ゴリラは……。
予想は付いた。ほぼ確信に近いくらいのそれ。
相変わらずこのお友達は…………何をしでかすか、分かったもんじゃない。
……まぁ、そのおかげで、退屈もしないし、クソみたいなこの牢屋敷でも笑っていられるのだけれど。
「………………一応、聞いといてやりますけど。何してやがりますの?」
「ハンナさんの服を着たら、私も【浮遊】の魔法が使えるかなぁと」
「ん な わ け ねーですわ! あなたは頭の中まで筋肉が詰まってるんですの!? 脳筋ですの!?」
「やだなぁハンナさん。私の魔法は【怪力】であって、筋力を一時的に強くするだけですよー。頭の中まで筋肉でできてるわけじゃないです。ほら、腕もこんなに細いですし」
「そういう話をしてるんじゃねーですわ! ~~~~~~ッ、もう!」
緑色のドレスの袖を捲って、細い色白の腕を見せてくる。
違う、そうじゃありませんわよ、と声高に言うも、相手はけらけらと笑うだけ。
ああ言えばこう言う。突っ込んだら別の方向から返ってくる。何も言ってものらりくらりと躱される。
狙ってやってるのか、素でやってるのかは分からない。歩く好奇心のようなこの人だから、割と後者なのかもしれない。
そのどちらだとしても。
「えへへ。ハンナさんの服が着てみたかったのも、事実ですよ? ドレスみたいな服で、綺麗だし可愛いなって思いますし。……でも、やっぱりハンナさんが着てる方が、より綺麗で可愛いですね」
――だなんてことを、しれっと言ってくる。
ああもう。
ああああああもう。
この人は、シェリーさんは、もう!!!
「~~~~~~~~っ!」
タオルで髪を拭くフリをして、顔を見せなくするしか、ハンナにはできなかった。
心と顔の赤みを抑えようと、がしがしと髪を拭きつつ、ちらりとシェリーの方を見る。自分の服を着て、カーテシーの仕草をしたり、くるりと回ってスカートの開きを見たりしている。
着る服を変えれば人は変わるんだろうかと思う位に、シェリーは女の子らしい――という表現もアレだけれど――仕草をしていて、無駄にドキドキさせられる。
おかげで心臓の鼓動の収まりは遅いし、顔はずっと熱いしで大変だったけれど、幸いにも、体が冷えていくのに合わせて、それらも収まっていくのが分かった。
「ほら、シェリーさん。早く服脱いでくださいな。そうしないと自由時間が――――」
その瞬間、カゴの中にあるスマホからフクロウの鳴き声が聞こえてきた。
「げ」
「あらら」
その音は何度も聞いたから、通知の文言を見るまでも無く、分かる。
【間もなく就寝時刻です】
のメッセージだ。
今からシェリーの服を脱がせて、自分の服を着て、そして急いで監房へと向かって――いや、間に合わない。
「う~~~~――――――!」
背に腹は代えられない。懲罰房へ連行なんてされようものなら、二日間もシェリーと会えなくなる。それは嫌だ。絶対に嫌だ。
シェリーの服を急いで着て――最低限の服を着て、上着は手に持って――急いでシャワールームを出て、地下への階段を駆け下りる。普段は上着やスカートや隠れている手足に、やけに風を感じて、どうにも違和感を感じる。スカートが短い分、踏んで転ぶようなことを考えなくていいから動きやすくはあるのだけれど、それでも違和感は拭えない。
むしろ前を走るシェリーが転んだりしないか、と思っていたら、階段の踊り場から下までひとっ飛びで降りていった。ふわりと膨らんだスカートが綺麗だな、と思ったものの、それを考える暇も無く、二人は階段を抜け、地下通路を駆け抜けた。
◇◇◇
シェリーの『ハンナさん、また明日!』という声を背に駆け抜け、ハンナは自身の監房の扉を押し開け、そして閉める。
途端、背中からカシャンとロックの音が聞こえてきた。
鉄格子に寄りかかって、ハンナは安堵で大きく大きく息を吐く。心臓はそれまで以上にバクバクと鳴っていた。
「あ、危なかったですわ……」
心底、間に合ってよかったと思う。あの時転んだりしていたら、きっと間に合ってなかっただろうし、なんなら階段で落ちたりしたらケガだってしたかもしれない。
シェリーと離れるかもしれない、と思うと、本当によかった、と胸をなで下ろす。
「お嬢、ギリセーフ……って、その服……何? シェリっちのじゃん?」
声に顔を上げると、二段ベッドの上の段から、ココが覗き込むように覗いていた。
不思議そうな顔をして、首を傾げているのが見える。けれどそれはどこか、訝しんでいるというよりも、何か、面白がっているような、そんな顔と、声色で――。
「詳しくは、聞かないで、ほしいですわ…………」
ハンナの反応に、何かを思いついたような顔をするのが見えた。
「ふーん、そういうこと。ふーーーん」
「何を考えてるかは分かりませんけど、変なことはないですわよ」
「うんうん、そういうことにしといたげる」
意味深な言い方をしたと思った。そして絶対に勘違いされてると思った。
「ココさん、わたくしの――」
「就寝時間になったら話すのも厳禁、ですわよ」
自分の口調を真似して言われるのに気づいて、慌てて口を閉じる。ロックが掛かったのなら就寝時間。話すのを看守に聞かれたりゴクチョーにバレたりしようものなら、懲罰房行きだと魔女図鑑に書いてある。
――ココさんには明日、しっかりと事情を説明しないといけませんわね。事故なんです、と。
そう決意を胸に秘めながら、ハンナはベッドへと潜り込む。寒くないようにと、もぞもぞと手に持ったシェリーの上着を羽織る。
――途端。
ふわりと、シェリーの匂いが漂ってくるのを感じ、心臓がうるさくなる。
いつもなら新しい服の布の香りと共に布団に入るのに、今日は一日着っぱなしだったものを着ている羽目になって。更にはシェリーが変な企みをするものだから、大好きな人の服を着たまま寝ることになって。
シェリーの匂いどころか、シェリーの温度まで感じるような気がして。いつぞやに同じベッドで寝た時の事が思い浮かんで――。
「………………」
やけに、ドキドキが止まらなくなった。
――ああもう、シェリーさんのせいですわよ、まったく!
心の中で悪態を吐いていると、スマホが音を立てる。
こんな時間にメッセージを送ってくる人物なんて、一人しか知らない。
【アリサさんから、あらぬ疑いをかけられましたよー】
どうやら、あちらの監房でも同じようなことがあったようだ。そりゃあ、シェリーがお人形さんみたいな――シェリーやエマやメルルに言わせればそういう服らしい――服を着ていれば、違和感、というか、物珍しさはあるだろうな、と思う。
【こっちもですわ。アリサさんにはちゃんと弁明しといてくださいまし】
【ハンナさんの服を着てみたかったって答えておきました!】
【それさっぱり弁明になってねーですわ!】
やっぱりシェリーはシェリーだった。大きなため息が出る、のと同時に、まったくもう……と口元にはやっぱり、笑みが浮かんでしまう。
――わたくしのお友達は、まったく……。
けれどそんな、シェリーの変わらなさに、救われている自分も間違いなくいるから。シェリーにはそのままでいてほしいと思う。
でも。
――明日、朝に髪を結ってもらいに来たら。その時点で服を替えることにしましょう。
ハンナはそう、胸に決意した。
だって。今。
体に感じる匂いに。体に感じる温度に。
シェリーに包まれているような感覚のせいで。
心臓の音が、どうしようもなく、うるさくてたまらないのだから。
シェリーちゃんとハンナちゃんが服を交換するシチュが読みたかった。
――などと容疑者である共犯者は証言しており、余罪を追及していく模様です。
こんばんわ。読みたかったので書きました。
服交換シチュはいくらあってもいいと言われてますからね。