説明を端折っている部分も多分に存在するため、柔らかい目線でお読みください。
私がこれから行おうとしている事は、いわゆるアセスメントに該当する。
アセスメントは元々「評価」や「調査」などの意味を持つ言葉だ。日本で広まるにつれ、ビジネスにおける企業評価や、教育における学習内容を判断するための能力評価など多様な分野で使われるようになった。
福祉の分野では、事前評価という意味合いがあり、対象者について情報収集を行う事を通じ、問題点や対象者のニーズを明確にする事で支援の計画を練るために行われる。
シンプルに考えるなら、お医者さんが患者から病状を聞く事がアセスメントであり、その結果を分析する事で適切なお薬を処方する事ができるようになると言うことだ。
アセスメントを行う時には、よくインタビュー(面談)が行われる。
インタビューの行い方は様々だ。
例えば、質問内容がインタビュー前に全て決まっている構造化インタビュー。逆に、全く事前に質問内容を決めていないインタビューは非構造化インタビュー。その中間が、半構造化インタビュー。
今回行うのは、生活場面面接による半構造化インタビューだ。つまり、散歩中やドライブの車内など、生活の中で自然に行うインタビューで、質問内容はある程度決まっているものの、その場面に応じて質問の内容や仕方を変えるという方式のインタビューだ。
「マリーさんってどんなお仕事してるの?」
町立南公園を、元来た道とは別の道を通って帰るその道すがら、しずかちゃんが言った。
家と公園を円で繋ぐように散歩する事で、家に帰る時にチャッピーと綱引きの喧嘩をしなくてよくなるらしい。
「私は、他の大人みたいに一つのお仕事を頑張ってるわけじゃなく、色々なお仕事をしているんだよ。」
「例えば、今日はおじいちゃんやおばあちゃんがいる施設でお掃除する仕事をしてきたよ。」
「そうなんだ。大変そうだね。」
「大変だよ。でも、しずかちゃんも毎日お掃除しているでしょう?学校の教室とか。」
「やらないといけないことだから。」
『しずかちゃんはいつもお掃除を頑張ってるッピ。』
「偉いね、しずかちゃん。」
「マリーさんもお掃除、頑張ってるんだよね。」
「じゃあ偉いね。私達。」
「うん。そうかも。」
タコピーはいつもニコニコしているけど、今日はいつにも増してハッピーさを感じられる表情をしている気がした。
不意に、道の脇に立つ民家からかおる、香ばしい匂い。
「お腹すいたね。」
「うん。」
私が呟くと、しずかちゃんが肯定する。
ここが入り口だと思った。
「しずかちゃんの今日の晩ご飯はどんなだろうね。」
「わからない。あるものを食べるから。」
しずかちゃんの声はいつも平坦で、起伏がすくない。いつもどうりゆえに、その内面を伺い知る事は難しい。
『この前は、給食のパンを一緒に食べたッピね!』
「そんなこともあったね。」
話題が
「お母さん、あんまりご飯つくってくれないの?」
「うん。今日も『夕飯、適当に食べといて。』って。」
「そっか。」
「もしかして、ご飯以外でも、あんまりお母さんはしずかちゃんの相手、してくれない?」
「そうかも。お仕事忙しいから。」
「そっか。」
「うん。」
しずかちゃんが、わずかに俯いた。
チャッピーがゆったりと歩いている。
「やっぱり、家にお母さんがあんまりいないのは悲しい?」
「最初はそうだったかもだけど。今はあんまり。」
そう言ってしずかちゃんはチャッピーをなでる。
なでられたチャッピーがしずかちゃんに振り返り、座る。
「私にはチャッピーがいるから。チャッピーがいれば私は寂しくないの。」
「そっか。」
医師が対象者が精神疾患であるか判断する時には、アメリカ精神医学会が出版しているDSM(精神疾患の診断・統計マニュアル)が診断の参考となる。
DSMでは、愛着障害の診断規準も示されている。*1
これまでの関わりや、今日の会話などからは反応性愛着障害の可能性が考えられる。
反応性愛着障害とは、患者が養育者や他人と心理的距離を取ったり、拒絶したりするなどにより自分を守ろうとする愛着障害であると表現する事ができる。
愛着障害とは、子どもと養育者の関係が親密さや安心によって上手に形成されない事によって起きる障害であると考えられるが、反応性愛着障害では、子どもが親からのお世話や安心をそもそも求めなくなったタイプだと考えられる。
DSMの反応性愛着障害の診断基準では、
i.安楽を求めることが稀
ii.安楽への反応が稀
の両方を満たす事が挙げられている。
そして、しずかちゃんはこの両件を満たすと考えられる。
なぜならば、しずかちゃんは今現在も母親から十分にお世話をされているとはいない状況である一方で、過去はともかく、母親への助けやお世話を求めようとしていないため、安楽や助けを求めてる行動をしているとは考えにくいためである。
母親からのお世話を諦めて、自分で夜ご飯を見繕って食べようとしているのは、そういった助けを求めるのを諦めた事による彼女の適応の結果であると考えられる。
よって、「i.安楽を求めることが稀」の規準を満たしていると考えられる。
また、母親が自信のお世話をしてくれない事を、初期は嘆きつつも、現在はそうした感情はないと彼女は述べており、「ii.安楽への反応が稀」の規準を満たしていると考えられる。
この点の補強材料として、「ハッピー星に関する雑談」が挙げられる。タコピーのハッピー星に行こうという提案に対し、しずかちゃんは「魔法とかそういうの信じていない。」と返している。これは、楽しい空想に逃げ道を見いだそうとしようとしておらず、他者からの慰めへの反応が稀であると考えられる。
一方の留意事項として、彼女は「チャッピーがいれば寂しくない。」とも述べており、チャッピーという存在に対しては「信頼」や「慰め」と言った愛着が存在していると考えられ、「チャッピー」という精神的支柱がある事で、愛着障害としては「重度」を回避する事ができていると考えられる。
しかし彼女の愛着、慰めはチャッピーのみに依存しているため、彼女の愛着は限定的で非常に不安定であると考えられる。
「そうなんだ。しずかちゃんはすごいね。私がしずかちゃんぐらいの時は、ママが家にいないと結構辛かったな。」
「別にすごいとかじゃないよ。ただ………なんか慣れるだけ。」
「それはお母さんがいなくなるのが、しずかちゃんにとって普通になるって感じなのかな。」
「よくわからないけど。そうかも。」
しずかちゃんは視線をさまよわせて、言葉を探している。
「なんか、嫌な気持ちになることもあるけど。」
「でも、お腹もすくし。」
「なにかしてくれたりする訳でもないから。」
「だから、嫌な気持ちになっても、仕方ないっていうか。」
「そんな気持ちになっても、無駄っていうか。」
「わからないけど、そんな感じかな。」
「そうなんだね。しずかちゃんって、お母さん以外と関わる時でも、あんまり気持ちの変化が薄かったり、無かったりしたるするの?」
「嬉しいとか、悲しいとか、そういう気持ち。」
「うん。うーん。無いわけではないとおもうけど。」
「みんなほど、はしゃいだりはしないかも。」
「悲しい時もあるよ。でも、そう時は気持ちがすっと無くなることもある。」
「びっくりしたときに頭が真っ白になるみたいに、気持ちも真っ白になる。」
「この例えって、伝わるのかな。」
「伝わらなくてもいいけど。」
なんとく、しゃべり方の雰囲気からしずかちゃんが疲れてきている気がした。
頑張って考えてくれているから、当たり前だ。
「面白い例えだね。うん、よく伝わったよ。ありがとうね。」
「うん。」
今の質問は次の項目を診断するためのものだ。うち、二つを持続的に体験する事が診断の要件だ。
i.他人に対する対人的または情緒的反応性の欠如
ii.制限された陽性感情
iii.養育者と恐怖感のない交流をしている間でも現れる説明できない苛立たしさや悲しさ、または恐怖のエピソード
これまでの会話から、しずかちゃんが該当する可能性が高いと考えられそうな項目は「i.他人に対する対人的または情緒的反応性の欠如」だ。なぜなら、しずかちゃんは自分の気持ちの変化が概ね乏しい事を認めている発言が見て取れるからだ。ただ手放しの積極的肯定というよりは、消極的肯定という点には留意すべき点だ。
また、「ii.制限された陽性感情」についてはこれまでの見取りから、その可能性は十分にあると考えられる。また、「みんなほどはしゃいだりはしないかも。」というのは気持ちが表面や行動に繋がらないだけであると考えられるため、判断が難しく、留意するにとどめる。
これらの事柄は昨日、今日始まった事でないため、「持続的」の要件も満たすと考えられる。
また、その愛着障害の診断にはその他にもその人が育ってきた環境(社会歴)への評価も必要である。
i安定、刺激、および愛情に対する基本的な情動的欲求が満たされる事が持続的に欠如するという形の社会的ネグレクトまたは剥奪
久世しずかはこれを満たしていると考えられる。なぜなら、しずかちゃんはお母さんからの身体的・情緒的な支援を受けられているとは考えずらいからだ。しずかちゃんのお母さんは家を空けがちであり、食事についてもしずかちゃんの自主性に任されている。また、その事にしずかちゃんも悲しむという当然の気持ちが薄くなるまで続いてしまっており、しずかちゃん本人も母親への期待が薄まってしまっている現状があると考えられる。
また、愛着障害の診断に除外事項がある。
i. 発達年齢が9ヶ月に達しない場合は、この診断を用いない
ii. 自閉スペクトラム症の基準を満たす場合は、この診断を用いない
しずかちゃんはこの二つには該当しないと思われる。
彼女は小学4年生であり、没感情的で非言語的コミュニケーションもあまり表象しないものの、目を見られたら、視線を合わせるなどこちらからのアクションに対するリアクションは見られ、かつ自閉スペクトラム障害に見られる独特の言葉、動作は見られないためだ。
以上の結果を持って、久世しずかは反応性愛着障害の可能性が高いと結論づける事ができる。
また、ほとんど全ての項目が高い水準で該当するため、チャッピーの存在を含め、愛着障害の程度は中度から重度であると推定される。
そしてこのインタビューには続きがある。
「しずかちゃんはいつも頑張ってるんだね。ご飯も自分で準備して。」
「そんな事無いよ。」
「だって、誰もやってくれないからやってるだけだから。」
しずかちゃんのリードを持つ手にわずかに力が入る。リードがぶらぶらと揺れる。
「そうかな。それでも、私はしずかちゃんはすごいなって思ったよ。」
「だからね、頑張ってるしずかちゃんを見ていると、自然とお手伝いしてあげたいなって気持ちになったの。」
私はしずかちゃんより一歩前に出て足を止め、視線の高さが合うようにしゃがんでまっすぐにしずかちゃんの瞳を覗き込む。
「今、困っている事や、私にお手伝いできる事って、何かある?」
病気を診ずして病人を診よ、というのは
私は彼女の病気を治そうと思ってここにいるわけではない。彼女の苦しみを和らぐようにここにいる。
私としずかちゃんの目が合い、静かな時間が流れる。
タコピーとチャッピーも自然と足を止めていた。
「わかんない。」
しずかちゃんはあっさりとそう言った。
「そっか。」
私はできる限りの優しさを込めてそう答えた。
「でも、時々思う。」
「普通がいい。」
少し俯いて、彼女は言う。
彼女の伏せた目は、薄墨のよう。夜の闇にすっかり溶けて見えなくなったはずの、自分の影を見ているように見えた。
「でも、それもダメなら、せめて放っておいてほしい。」
「そっか。しずかちゃんはそう思うんだね。」
こくりと、しずかちゃんの頭が縦に動く。
「ねえ、これは私の想像なんだけどね。」
「しずかちゃんが今、放っておいてほしいって思うのは、周りの人への「どうせ。」って気持ちはあるんじゃないかな。」
「ほら、どうせ関わってもいいことがないなら、せめてみんなから離れた木陰でぼうっとしたいとかさ。」
「そうやって、だれにも嫌なことをされない場所で一休みしたい、みたいな。」
瞬いた瞳を少しさまよわせ、しずかちゃんが私を見る。
「よくわかんない。」
「でも、そうなのかもしれない。」
「マリーさんは、私が知らない事もしってる大人だから。」
「それに。」
「誰もいない場所で一休みするのは、私も嫌いじゃないから。」
「それでチャッピ-もいてくれたら、もっといいかも。」
「そうなんだ。」
「じゃあ、しずかちゃんが気持ちよく木陰でのびができるように、私も色々考えてみるよ。」
『マリーさんみたいに詳しくはないけど、僕も一緒に考えるッピ!』
私がそう言い、タコピーが続けば、微かにしずかちゃんが微笑んだ気がした。
「そう?ありがとう。」
ふと夜空を見上げたしずかちゃんの瞳に、星明りが映っている。
立ち上がり、それを横目に見ながら再び歩き始める。
今のしずかちゃんに必要なのは「安心」と「休息」なのではないだろうか。今、彼女は未だ「不安」と「危機」の最中にいるのだろう。その二つに襲われる混乱の中で、自分がどうすればいいかも、どうしたいかも分からない。そんな、混沌の中にいるのだろう。
だから、具体的に私にどんな事を手伝ってほしいのかを伝える事はできないが、せめて、これ以上の苦しみからは解き放たれたい。
彼女の放っておいてほしい、というのはそういう意味だったのではないだろうか。
私の解釈はさておき、これで支援の方向性は見えてきたと言えるだろう。
ひとまずの目標は、「安心」と「休息」。
そして彼女が安心して休める木陰、そんな安全な場所のある環境を整備する事だ。
お読みいただきありがとうございます!
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