近所の池の底からから白骨化した遺体が乗った車が発見された。湖底の修復工事によって池の水を全部抜いたことで見つかったらしい。10年前に行方不明となっていた近所に住むおじいさんが乗っていたものと同じ車で、数年前には池の水が流れる水路の草むらで白骨化した頭部が見つかっていた。車の操縦を誤り池に落ちてしまった、と言う事でこの件は碌な捜査もされずに片付けれた。
遺体を隠す時、サスペンスでは大体山に埋めるのが普通だ。しかし、現実にはそうもいかない。まず、土を掘るのは意外と難しいのだ。校庭なのど整備された土地ですらある程度掘ると砂利の層が出て来て、それ以上を人力で掘り進めるのは困難となる。それが山なら表層の腐葉土を抜ければすぐに砂利が混じりだし、更に根も絡んで難易度が増す。しかし、深く掘って埋めなければ臭いが漏れるし獣に掘り返される。人力が駄目なら重機で、と思うかもしれないがそんな物を山に持ち込めば人目は避けられない。そんな物で掘れるのは整備された道から然程離れていない場所しかないからだ。やるのであれば、相当に土地勘がある人を雇い、林業や猟師、山菜採りの人が寄り付かない山奥深くに野晒しで捨てるのが一番良いだろうが、そんな場所が果たして把握できるかな。
一方、湖や海に捨てるのは愚策として語られる。理由は簡単で上がってきてしまうからだ。遺体からガスが発生し、それによって浮き上がる事で岸に流れ着いてしまう。しかし、それは誤りである。
とある教育番組で湖底の生態を観察するのに豚丸々一頭を沈めているシーンがあった。豚を金網で出来た箱に入れ、それに重しを付けてカメラと一緒に湖底に沈めていた。その番組内ではなんと1週間で豚がほぼ骨だけになっていたのだ。当時、小学生だった私は自分たちと同じ程度の大きさの豚がたった1週間で食べ尽くされる様を見て、これは完全犯罪が成立するぞ、と翌日の学校で意気揚々とミステリー仲間に話したのだった。結果は散々だった。沈める時点で目立つ、大きな湖やダムなら不法投棄対策の監視カメラがあるし小さい池なら水抜かれたら一発、そもそも金網が潮力で打ち上げられそう等々。良い案を思い付いたと思ったが、でもそんなに簡単に出来たらみんなやってるか、と仲間と笑った。
それからしばらくして夏休みになった。その日はミステリー仲間といつも通っている近所の池へ釣りをしにいった。しかし、池の水かさが減っていて釣りが出来るような状態ではなかった。先日からの山火事に水を使ったことでかなり中心の方まで水が引いてしまっていた。それを見た1人が言った。「この間のやつ、出来るんじゃないか」と。
その池は元々あった池を工事で中心部を深く掘り下げ、消火用のため池へと改修したものであった。そこに金網の箱に重しと遺体を入れて沈めれば浮いてこないだろう、という話だった。しかし、すぐに私が言った「この間、水抜いたら終わりじゃんって言ってただろう」という言葉で終わるはずだった。だが、次の1人の言葉で流れが変わった。
「去年、警察が池の捜索をしてるのを見た時は真ん中までは水を抜いていなかった」
それは衝撃だった。確かに水門を開けるだけでは真ん中の水は抜けない。でも、じゃあポンプで抜けばいい話なのだが、どうやらこの地域の警察は職務に対してあまり熱心ではないらしい。ここから私たちの議論は過熱した。
遺体を中心部に沈める手段は早々に結論が出た。渇水した池の様子をみるにダムの様に法面加工された部分はどうやら湖底の方までそのままスロープ状になっているらしかった。これを利用してそのまま湖底まで転がしてしまえば良い。問題はどうやって池まで遺体と材料を持って来るのか、という話になった。まず、人一人を沈めるのに必要な重りがネックだった。絶対に浮いてこない様にするには相当な重さが必要であり、尚且つちゃんと転がってくれないといけない。それを出来る物を買ったら脚がつくのではないか、と。浮いてこない様に腹を開いて内臓に穴を開けることでガスの逃げ道を作ったり、或いはバラして小分けにしたりすれば良いのでは、という意見も出たが却下だった。自宅で遺体を処理してバレるのは王道である。
議論が行き詰まっていた時、ある一人―――仮名をK君としよう。彼の発言で急展開を迎えた。
「殺人をした後に完全犯罪を成すのではなく、完全犯罪を実行できる対象を選べば良いのではないか」
運んだり準備をしたりで脚がつくのであれば、既に条件を満たした相手を沈めれば良いのだと。
「そんな十字架を抱えて運んでいるキリストみたいな奴が居るわけ無いだろう。」
そう言った私にK君はしたり顔で答えた。
「簡単さ。走って来た車をそのまま落とせば良いのさ!」
法面の上の土手道は車1台と自転車1台がギリギリすれ違いが出来る程度の広さ。やり様によっては車の操作を誤らせて落とせなくはない。そこで、私の頭の中のシナプスが連鎖する様に繋がった。繋がってしまった。そして、それを口に出して言ってしまった。
「標的は夕方に土手道を走っている軽トラックのじいさん。身体能力と判断能力が衰えている年寄ならハンドル操作を誤ればそのまま池に落ちるだろう。あの古臭い軽トラックならエンストしてもタイヤは回り続ける。パニックになればサイドブレーキを引く判断すら出来ないはずだ。」
「決行は夏休み最終日。日の入りが早くなってあのじいさんが通る頃には完全に日が落ちている。早くなった日の入りに対応した生活リズムに切り替わる直前が狙い目だろうね。近くに民家もなく明かりもない池の周りを散歩する人もいないはずさ」
私の言葉に同調するようにK君は言った。その時の彼は無邪気な笑顔だったのを今でも覚えている。
白骨化した頭部が見つかったのは高校生の頃だった。その頃には小学生の頃のミステリー仲間とは疎遠になっていた。私は一人で池まで様子を見に行った。警察車両が数台止まっていて池の水も抜かれていたが、真ん中までは抜いていなかった。私は池の周りをぐるりと一周散歩してから帰った。
大学は県外を選んだ。県内にも同じランクの大学はあったが、そちらにしなかった理由も特になかった。大学2年目の夏の終わり、県内の大学に進学していた高校の友人との飲みの席でKの訃報を聞いた。Kとは同じミステリー同好会に入っていたらしい。その頃のKはあまり社交的ではなかったが、それでも少しは話す仲ではあったとか。しかし、この年のGWから大学に来なくなり連絡も取れず、夏休み前に東北の山中の橋の下で遺体が発見された。それを聞いた時の感情は特に何もなかった。私の知るKは自殺をする様なタイプでは無かったが、年月が人を変えることもあるか、と。その程度だった。
そして、1年後の今年に池から軽トラックが発見された。私は久し振りに池へと行った。警察の姿はどこにもなく、ただ工事が続いているだけだった。私は池の周りを歩き、一番工事の様子が近くで見えるところまで行った。覗き込むと、やはり想像以上に深い。あの深さでは水門を開けた程度では軽トラックは発見できまい。池の工事がなければ、見つかるとこは無かっただろう。
しばらく眺めてから私はその場を立ち去った。感傷的な気持ちがないわけではない。ただ、この感覚を共有出来たであろうピースは喪われてしまった。それが、残念であるわけではない。しかし、私はもうここに来ることはないだろう。