【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第五百四話 キミの記憶-Brand New Days-(終)

2011年3月4日(金)

午後――月光館学園

 

 終わらない三月の事件を乗り越え、季節は巡り新たな春が訪れた。

 記念品や卒業アルバムの入った鞄と卒業証書の入った賞状筒を手に持って、アイギスは階段を上ってくると屋上への扉を開く。

 暦の上での季節は春だが海から吹いてくる風はまだ少し冷たく、風に揺れて乱れた髪を押さえながら少女はフェンスへと近付いてゆく。

 頭上にある太陽に照らされた海面はキラキラと輝き、自分たちが守った街と海が一望出来るこの素敵な光景も今日で見納めかと思うと途端に名残惜しさが湧いてきた。

 最初に起動してからおよそ十年間眠っていた彼女にすれば、再び目覚めてからの人生の方が長く、巌戸台にやって来てからすぐに学校へ通い始めた事でそのほとんどが学校と関わっていたと言える。

 それを思えば人生の大半を過してきた場所を離れる事もあって、寂しさを感じるのも無理はないのかも知れないと一人で納得し苦笑した。

 そうして、遠くを見つめながらフェンスの方までやってくると、賞状筒が転がっていかぬよう気を付け持っていた荷物を傍のベンチに置き、アイギスはフェンスの金網に触れながらジッと街の方を眺める。

 出来ることなら彼と共にこの景色を見たかったが、去年と違って今年はまだ桜も咲いていない。

 というよりも、本来三月の上旬に東京でソメイヨシノが満開に咲き誇る事などない。冷静に考えれば桜が咲いていた去年の方が異常だったのだ。

 卒業生にとっては嬉しいサプライズになっただろうが、学者たちはどうしてそんな事が起きたのか騒いでいなければおかしい。

 だが、その異常を日本中が受け入れていた。これといってニュースに取り上げられる事もなく、思い出に残る卒業式になったと報じていた程度だった。

 

「……今になって考えるとあれは八雲さんからの餞別だったのかもしれませんね。出来れば今年も同じような景色であれば良かったのですが、残っていた力もあの事件で使い切ってしまったのでしょう」

 

 去年のあの光景は湊が残していった力で起きた奇跡か、それともこの街に残っていたタルタロス消滅時のエネルギーにアイギスらの意思が反映されて起きた現象なのか。

 きっと誰に尋ねてもその答えは分からないが、アイギスは自分の思ったままを正解にしておこうと笑顔を浮かべて空を見上げる。

 今は明るくて見えないがこの空の向こうにある月には今も彼がいる。

 ディスクの映像で言っていた事が本当なのか冗談なのかは分からないが、彼の力であればこの地上を能力の眼で見ていても不思議ではない。

 故に、彼女は彼にも聞こえている事を祈りながら語り出す。

 

「今日でわたしたちもこの学園を卒業です。出来れば八雲さんと一緒に卒業したかったですが、天田さんはこれからも中等部と高等部に進むそうですので、帰ってこられるのでしたらその間でお願いします」

 

 月光館学園の高等部は毎年三月の第一金曜日に卒業式が行なわれる。

 そのため彼女と仲間たちも今日でこの学園と別れを告げ、唯一残るは初等部に通う天田のみとなってしまうのだ。

 彼自身はその事を寂しく思っているようだが、頻繁に会えなくなるだけで別に連絡が取れない訳ではない。

 それにほとんどのメンバーが都内に残っているので、ここにはいない彼と違って時間が合えば会う事だって出来た。

 

「時の空回りからおよそ一年、八雲さんがいない間も色々な事がありました。まず最初にあったのは姉さんの生徒会長立候補でしょうか。どうやらお母さんとの約束でもあったそうですが、対立候補の男子を破って見事に当選しました。あ、ちなみに有力候補だった七歌さんは副会長で良いと言って副会長をされていましたよ」

 

 新学年が始まってすぐ、新生徒会の選挙が行なわれるとラビリスが会長に立候補した。

 例年通りであれば前年に副会長や委員長を務めた二年生が会長になるのだが、人格モデルとなった少女との約束を果たすため、そして新しい一歩を踏み出すためにとラビリスは自ら立候補して選挙に出馬した。

 対立候補は美鶴と仲が良く推薦を受けて生徒会に入っていた七歌と副会長を務めていた小田桐、それと中等部時代に湊の下で女子の副会長をしていた高千穂が立候補すると噂されていた。

 しかし、実際に蓋を開けてみれば会長はラビリスと小田桐の一騎打ち、副会長に七歌が立候補し、高千穂は女子テニス部のキャプテンに集中したいからと立候補していなかった。

 そして、選挙の結果はラビリスが六割の票を取って生徒会長に就任した。

 残念ながら落選してしまった小田桐だが、会長の推薦で風紀委員長として続投し、ある意味では去年とそれほど変わらないメンバーでこの一年生徒会を運営してきた。

 

「生徒会長としての姉さんはとても立派でした。今日も代表挨拶でスピーチをしていましたが、“残念ながら今日ここへは来られなかった恩人へも感謝を”と言ったときには大勢の方が涙を流していたほどです」

 

 卒業生代表の挨拶は毎年生徒会長の三年生が務める事になっている。

 よって、今年はラビリスがその大役を務めた訳だが、彼女はそこで暗に湊の事を指して感謝の言葉を口にした。

 

「わたしたちや桜さんだけでなく、他の生徒や先生方も八雲さんがいない事をとても残念に思っていましたよ」

 

 今も彼の事を強く想ってくれている少女の言葉に、仲間たちだけでなく大勢の生徒や教師に保護者席の方からも泣くのを我慢して鼻をすする音が聞こえてきたほどだ。

 ラビリスのスピーチがとても感動的だったのもあるが、彼がいなくなって一年、どれだけの人が未だ彼の事を愛しているかが分かる素敵な卒業式だったとアイギスは話す。

 だが、今の話で出てきた中でそういえば彼に伝えていなかった事があったのを思い出し、この一年で世界に起きた不思議な変化について彼女は説明した。

 

「ああ、そうです。影時間の記憶補整で世界はあの夜の事とあなたの事を忘れていたはずですが、どういう訳か皆さんの記憶に八雲さんの情報だけが戻ってきています。世界を見てまわるために中退した事になっていて、どうしてそんな形で記憶が戻っているのか分かりませんが、泣いている女子たちを見て順平さんが“女泣かせな野郎だ”と溢していました」

 

 その変化がいつから始まったのかは分からない。

 影時間の記憶と共に世界から存在を忘れられたため、仲間たちも彼の事は普段意識しないようにして日常を過していたのだ。

 だというのに、彼のファンクラブ“プリンス・ミナト”の会員だった少女が、受験勉強の疲れから教室で「あぁー、癒やしが欲しい。皇子に頑張ってるねって頭なでなでして欲しい。それは無理でも日本に帰ってきたり近況報告なり情報が欲しいよー」と溢したのだ。

 同じクラスだったゆかりは驚きながらも別人の可能性を考えて皇子の名を尋ねると、その少女は「貴様の中学時代の元彼じゃボケェ!」と大声で叫んだため、湊の事を思い出している者たちがいる事が判明した。

 それについてゆかりはすぐに元特別課外活動部のメンバーたちに情報を共有し、他の者たちも“有里湊って覚えてる?”と大勢に確認を取ってみた。

 結果、その時点で既に数えるほどだが彼の事を思い出している者がいて、さらに時間が経つにつれ思い出している者たちが増えていった。

 今では皆が彼の事を思い出しているのではないかという状態になっており、EP社のソフィアたちに確認を取ったところ、封印の扉である月の門は今も閉じたまま存在しているらしい。

 なので、ハッキリとした原因は不明なままだが、影時間の消滅から時間が経った事で本来現世側だった彼の存在が再び現世側として認識されるようになってきたのではないかとシャロンが仮説を立てた。

 それが事実であれば彼も無事に人間として世界に認められた事になるため、朗報と言えば朗報だろう。

 もっとも、だからと言って彼がこの世界に戻ってくる兆候や予兆はまだまだ見られないのだが、アイギスは空に向かって仲間たちの近況について話を続けた。

 

「その順平さんですが四月からはお隣千葉県の体育大学へ進学される事になりました。最初はどうするか悩んでいたようですが、八雲さんの気持ちを無駄にしないためスポーツトレーナーに必要な勉強をしながら、部活で野球をまた始めるそうです」

 

 元々は進学すらもどうするか悩んでいた順平だったが、湊が仲間たちが平和な日常に戻ってからの事を考えて進学費用を残してくれていたと知って、彼もどうせなら頑張ってみようと進学する事に決めた。

 残念ながら第一志望だった都内の大学は落ちてしまったが、第二志望の学校に受かった事で学生向けアパートの契約を結び、三月の中旬には千葉県へ引っ越す事になっている。

 電車を使えば三十分も掛からないので、隣の県で暮らすと言ってもそれほど離れ離れになるイメージはないが、順平本人は自分だけ別の県かとガッカリしていた事がアイギスの印象に残っている。

 

「他の皆さんはと言うと、七歌さんは学力の関係から美鶴さんと同じ大学の法学部に現役合格されました。法の番人になって権力を持ってやるとの事です。まぁ、真田さんの後輩になるのは嫌がっていましたが、真田さんは武者修行でアメリカに行かれるのでしばらく会う事はないでしょう。ちなみに、綾時さんも同じ大学ですが八雲さんの仕事から興味を持ったとの事で医学部に進学されます」

 

 話題に出てきた順平の次にアイギスが語ったのは、偶然にも仲間内での進学率が最も高い国内最高峰の大学へ進学した七歌と綾時についてだった。

 去年、経営について学ぶため美鶴は経済学部へ、黒沢に憧れ警察を目指す真田は法学部へ進学したが、今年は法の番人を目指して七歌が法学部へ、医者を目指して綾時が医学部へと進学を決めた。

 もっとも、真田は以前に話していた通りに資金と語学に時間かけて準備すると、武者修行だと言って四月からアメリカへと渡る予定でいる。

 兄が武者修行に出る事を決意した経緯を知らない妹の美紀から相談を受けた荒垣は、調理師学校へ進学して忙しかった事もあって“有里に触発されただけだ。好きにさせておけ”と一応計画的な行動ではある事を伝えて納得させていた。

 まぁ、約一名おかしな存在もいるが湊の件もあって有名進学校として名前が売れてきていただけあって、学校側は二年連続で現役合格者を輩出できたことを大層喜んでいた。

 校長は湊が残ってくれていれば三人合格出来ていただろうにと惜しんでいたが、それに対しては七歌が「八雲君なら海外の大学を選んだと思いますよ」と誰もが知っている有名大学の名を挙げて、それはそれでさらに惜しいと余計にダメージを与えていたという。

 残念ながらアイギスはその場にいなかったが、一緒に校長室に呼ばれた綾時が言っていたので実際にあった事なのは確かだろう。

 アイギスとしても湊は海外の大学を選んで、飛び級ですぐに卒業して学歴マウントで真田たちを煽りそうなイメージがあるため、メンバー中五人が同じ大学に通う事はなかっただろうと思う。

 

「ゆかりさんは新宿区にある私立大学へ進学される事になりました。どうやらお母様の知り合いの伝手でモデル業をやってみるそうなので、芸能活動にも協力的なところへ進学されたそうです。実は学部は違いますが美紀さんも同じ大学への進学が決まっていて、もしかしたら二人でルームシェアするかも知れないとの事です」

 

 そして、七歌たちの大学のある区と隣接する新宿区の大学には、別々の学部ながらゆかりと美紀の二人が進学を決めていた。

 ゆかりと美紀はかなり学力に差があったはずだが、その学校は学部によって偏差値にかなり差があるようで、尚且つゆかりは学校が持っていた指定校推薦の枠を勝ち取って成績に下駄を履いて本来の学力より上の偏差値の大学に入る事が出来たらしい。

 皆の合格祝いをしたときに七歌がいくら払ったのか尋ねた時には、流石にそこまで落ちぶれてねーわと殴りかかっていたので、彼女も本気で勉強してある程度は狙える範囲まで成績を上げていたようだ。

 今は寮生活をしているが三月中には出ていく必要があり、美紀も実家からは少し距離があるのでもう少し近くで部屋を借りられないかと考えているという。

 やはり大学生の一人暮らしは憧れるのかギリギリまで探すそうだが、設備や家賃を考えるとルームシェアになる可能性が高いだろうと他の者たちは見ていた。

 

「風花さんはご両親からは医学部へと望まれていたそうですが、しっかりとお話して自分の夢を応援して貰える事になり目黒区にある大学の理工学部に合格されました。風花さんのご実家は港区なので大学へはそちらから通われるそうです」

 

 一方、医者の家系に生まれながら医者になれなかった父を持つ風花は、医者になる事を望む両親に自分の好きな事を勉強して行きたいと伝え、説得の甲斐もあり応援して貰えるようになって無事に第一志望校に合格を果たした。

 実家からの距離は月光館学園までよりずっと遠いものの、無理に近くに部屋を借りるほどでもないので彼女は実家から通う予定だという。

 港区内でありながらほとんど中央区のような場所にあるマンションで暮らしていたラビリスもいるため、風花自身も距離を考えれば区を跨ぐにしてもそこまで大変ではないだろうと思っているようだ

 

「そして、八雲さんが最も気になっていると思われるチドリさんですが、趣味の絵をもっとやりたいからと台東区の芸術大学を受験し、見事に合格する事が出来ました。どうやらある意味ではチドリさんが最も難しい受験だったそうなので、桔梗組の皆さんも盛大な宴会を開いたそうです」

 

 次々と仲間たちの進路について説明するアイギスは、ついにお待ちかねだとチドリが芸術大学に合格した事を伝えた。

 チドリ自身、中等部と高等部の両方で絵のコンクールで賞を取っていたので、他者から評価されるだけのものは持っていたと言える。

 テレビで注目されてから湊が貰っていた総理大臣特別賞のような記念枠とは異なり、ちゃんとした審査員たちが評価して与えられる賞を彼女は受賞していた。

 無論、中等部や高等部の実績だけで合格出来る訳ではなく、基礎学力を測るようなテストと与えられた時間内にテーマに沿った作品を描くような問題もあった。

 自分でも合格は難しいと思っていたチドリはそれに果敢に挑戦し、出来る限りの事はやったと家族に告げてから数日後、Web上の合格発表で自分の番号を見つけた時には彼女も人前でガッツポーズをするほど喜び、幼い頃から彼女を可愛がってくれていた組員たちも呼んで大宴会を開いたと聞いた。

 これまでの彼女の人生は湊に守られ、彼によってある程度道が作られたところを歩く形で進んで来た。

 けれど、今回の事はチドリが自分で考えて、最後まで自分の意思で歩みを進めて辿り着いた場所だ。

 先の見えぬ未知の場所を進んでゆくのは恐ろしいが、だからこそチドリは彼が守った世界で前を向いて一歩を踏み出し、胸を張って生きていく実感を得られるに違いない。

 家族として長い時間を共に過してきた彼女は誰よりも彼との別れを辛く感じていたはず。

 それだけに今の強さを感じるその姿をアイギスも見習って行きたいと強く感じた。

 

「姉さんの進路はと言うと、学校の先生になりたいそうで、千代田区の大学の教育学部への進学が決まりました。グローバルな感じらしいので日本人とは違った見た目の姉さんでも問題なく過ごせるのではないでしょうか」

 

 生徒会長を務めたラビリスはかなり勉強を頑張っていたものの、学校が好きで、誰かの応援もする事が出来る先生になりたいと教育学部を目指した。

 学部を除けば本人にはこれといって希望がなかった事もあり、色々と都内のオープンキャンパスへと出掛けて行って志望校を決めたらしい。

 本人は既に慣れているようだが、やはり西洋系の見た目をしている事もあって最初は目立ってしまう。

 だが、彼女が進学する予定の大学は留学生なども多く受け入れており、彼女の見た目であってもそれほど目立つ事はないだろうとアイギスは見ていた。

 彼女は今も暮らしている湊の部屋から大学へと通うため、それなりに高齢になってきているコロマルとの生活も続ける予定となっている。

 そして、皆の進路について語ったアイギスは、最後に自分の今後の予定について語った。

 

「最後にわたしですが、皆さんと違って特にやりたい事や興味のある事はありませんでした。元々、高校卒業後は八雲さんと籍を入れて専業主婦でも良いと思っていたので、先生には色々と学べそうな学部でオススメがあればと紹介して貰いました。皆さんの学校から距離は離れてしまいますが、国立市にある大学で社会学を学んでいく予定です」

 

 彼女も順平と同じように進学するかどうか最初は悩んでいた。

 進学する事が嫌なわけではなく、何かしたい仕事がある訳でもなかったが、メンバーの中で一番人間社会での経験がなかった事でやりたい事などが思い付かなかったのだ。

 湊が生きていた時には彼と共に人生を歩んでいきたいと思っていたため、未来での再会に希望を持って前向きにはなれても、その間にどうしたいかは簡単に思い付いたりはしない。

 そこで彼女は三年時の担任になった佐久間に相談し、自分の学力で行ける一番偏差値の高い学校で色々と勉強出来そうな学部をとりあえず選ぶと良いのではとアドバイスを受けた。

 佐久間に言わせれば将来就きたい職業が決まっていれば別だが、資格取得や採用条件に卒業学部の指定がない職業なら大学で何を学んでいても関係ないため、迷ったら無難な中で偏差値が高いところにすれば良いらしい。

 中学高校の勉強もそうだが学校の勉強など社会に出れば使わないものばかり。

 これを言うと“なら必要ないじゃないか”と勉強をサボろうとする学生も出てくるが、学生の勉強は社会人にとっての仕事と同じだ。

 与えられた仕事についてどれだけ真剣に取り組みしっかりと結果を出す事が出来るか、その結果次第で会社での査定も決まってくる。

 学生はその練習として、教わった事を吸収し、足りなければ自分でも学び、そして定期テストという形で結果を出す事で成績が評価されるのだ。

 向き不向きがあるのは分かるが、学校の成績が悪いというのは社会で言えば仕事が出来ないのと同義なのだと佐久間はアイギスに教えてくれた。

 “将来には必要なくても、今の貴女には必要で、少し未来の貴女にとっても必要な事だから出来るだけ頑張りなさい”と真面目な表情でそう言ってくれた佐久間をアイギスは初めて本当に教師だったのだなと思えた。

 そして、佐久間のアドバイスに従って進路を決めたアイギスも何とか無事に志望校に合格し、四月からは今も姉とコロマルと共に暮らしているマンションから通う事になっている。

 

「今後、何を学んでどんな仕事に就くのかは分かりませんが、わたしも出来るだけ頑張って再会した時には八雲さんを驚かせたいと思います。ですから、一足先にここを卒業して行きますが、八雲さんもどうかわたし達を見守っていてください」

 

 再び彼とこの場所で会いたかったがそれはもう叶わない。

 なので、せめてこれから巣立っていく自分たちを見守っていて欲しい。

 目を閉じて彼に祈ったアイギスが挨拶を終えて戻ろうと振り返ると、入口の方から彼女を呼ぶ七歌と順平の声が聞こえて来た。

 

「おーい、アイギスー! 一人でこんなとこ来て何やってんの?」

「折角だから校舎の入口前に集まって皆で写真撮ろうってさ!」

 

 ベンチに置いていた荷物を手に持ったアイギスに、同じく卒業の記念品等の荷物を持った二人が声をかけてくる。

 さらには後ろから他の仲間たちもやってきたので、アイギスはどこか懐かしい気持ちになりながらここで何をしていたか伝えた。

 

「あ、皆さん。少し八雲さんへ報告したくて、ここらで宙に一番近い場所で話していました」

「え、ズルイ! 八雲君、次に会うときには女子大生になってるからね! 帰ってくるならその間がオススメだよ!」

「そういう事なら、オレっちも四月からキャンパスライフだ! 次に会うときにはすっげーカワイイ彼女紹介すっから楽しみにしとけ!」

 

 ここで湊に挨拶をしていたと伝えると、仲間たちも折角だからと宙に向かって声を張り上げる。

 

「有里君、私もこれから芸能界デビュー目指してみるから応援してて!」

「フフッ、私は大学から好きな機械工作の道に進んで行きます。宇宙で使える物を作ったら月からでも見えるかも知れないから楽しみにしててくださいね」

 

 こんな事をしても彼には届かないだろう。そんな事は頭で分かっているが、心の中ではもしかしたらという想いがあって全員が続けていく。

 

「……帰ってきたら絵を描いてあげる。今よりもずっと上手くなってるはずだから期待してて」

「湊君が学生に復帰する時にはウチは先生になってるかもしれへんけど、それはそれで楽しそうやから担任になれるくらいのタイミングには帰ってきてな」

 

 中には随分と適当な事を言っている者もいるが、あくまで日常側の存在として関わってきた少女などは真面目に近況報告とこれからの目標などを語る。

 

「えっと、色んな国の言葉を話している有里君に憧れて国際教養学部に進学しました。帰ってきた時には私も外国語で会話出来るよう頑張って行きますね」

 

 そんな彼女たちの姿を一歩下がったところで見ていた黄色いマフラーを巻いた少年は、ここにはいない友人の姿を思い出し懐かしみながら語りかける。

 

「湊の影響もあって命を助ける道を選ぶ事にしたよ。とても大変な道だと思うけど、将来はコネで君の病院で雇ってくれると嬉しいな」

 

 真面目に語りかけると思わせつつ、最後は他の者と同じようにふざけた事で仲間たちも思わず噴き出して笑い声を上げた。

 皆が未来を向いて笑い合う。この光景は彼がその手で世界を守ってくれているから生まれたものだ。

 一年前の卒業式で記憶を取り戻した時にはこんな日常を過ごせるとは思っていなかった。

 彼が残していった言葉と仲間たちの支えがあって、今の自分たちは笑えているんだと彼女たちはその幸福に感謝した。

 

「七歌、呼びに行った君まで何をしてるんだ」

「俺は妹の関係者と言い張れるが、美鶴とシンジはただの卒業生なんだ。あんまり手間をかけさせるな」

 

 そうして、笑っていればいつまでも戻ってこない後輩たちを呼びに美鶴たちも屋上へやってきた。

 呆れ顔の真田の後ろには時計を見て時間を気にしている荒垣と、少し背が伸びた天田が移動用ケージに入ったコロマルを連れている。

 

「ほら、時間もねぇし。下に降りるぞ」

「遅くなると料理担当の荒垣さんが大変ですもんね」

「ワンワン!」

 

 この後は特別に開放される巌戸台分寮を使って卒業記念パーティーを開く事になっている。

 提供される料理は調理師学校で腕を磨いている荒垣が担当するため、いくら下準備を終えているといっても量が量だけに余裕があるわけではない。

 それを分かっている天田が気を遣えば、他の者たちもそうだったと荒垣に謝罪しながら屋上から出ていく。

 その最後尾をついていくアイギスは校舎に戻る直前に振り返って言った。

 

「八雲さん、行ってきます」

 

 この学校を卒業しても終わりではない。人生の旅路はまだまだ続いてゆく。

 だから彼女は新たな旅立ちを告げてその場を後にする。

 

 遠い場所、ここではない世界、そこでその声を聞いた青年は静かに笑い。彼女たちの旅立ちを祝福した。

 

 




長らく本作をお読みくださり誠にありがとうございました。
今話をもちまして本作は一つの区切りとさせて頂きます。
PQ編などで登場人物が語っていたP4編の構想などもありますが、続編を書くのか、書くとしてこのまま続けるか別作品として投稿するかなども含めて未定な状態です。
本作の有里湊の介入によって生存したり未来が変わったキャラたちも多数いますが、それが原作よりも幸せな結果かどうかは分かりません。
ただ、本作はそういうあり得た未来の一つだったと思っていただければ幸いです。

最後になりますが、本作を読んでくださった皆様へ心からの感謝と共に、またお目に掛かる事がございましたら嬉しく思います。ありがとうございました。
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