『俺達に明日はいらない』(偽原題:Bomber and Cradle)   作:ばばばばば

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11.ボマーとクレイドル(後篇)

 

 

「よぉレゼ」

 

「デンジ君……」

 

 

 

 デンジとレゼが再開したのは日も落ちかけた夕暮れであった。

 

 互いがいそうな場所に行けない二人は結局、同じ場所へと流れついていた。

 

 

 

 見合わせた顔は互いに僅かな怯え。

 

 

 波うち際で立ち竦む二人の黒い影はそれでも交わらず、砂浜に伸びていた。

 

 

「……店長からさ、聞いたよ」

 

「なにを?」

 

 

 レゼ表情は硬い、デンジのいつになく読めない顔に内心怯えている。

 

 

「あー、ここでオレ達が幸せにならねぇと、全部ぶち壊されちまうんだろ?」

 

「そうだよ」

 

 

 真剣なデンジの顔を見て、レゼは己を守る様に肘を掴んで己を抱く。

 

 次に口を開こうとするデンジの言葉を塞いでしまいたかった。

 

 

 

「全部無視して、オレと一緒ににげねぇ?」

 

 

 

 ――あぁ、やっぱり君はそういうよね

 

 レゼは彼の足元を見ながら笑みを浮かべた。

 

 

「逃げるってどこに?」

 

「そりゃどこでもよ、日本がダメなら海外か? あーあ、せっかく日本語勉強しなおしたのに無駄になっちまうな」

 

 

 甘すぎる言葉、考えも見通しも耳ざわりも、心で感じる温かさも

 

 余りにも甘くて、きっとそれはコーヒーの中に浮かぶ砂糖菓子にも彼女には思えてしまう。

 

 

「なんでデンジ君が私にそんなことまでしてくれるの?」

 

「レゼんことが好きだから」

 

 

 誤魔化しなく真正面から見つめるデンジをレゼは寂しそうに前髪の隙間から見る。

 

 

「最近ね、ようやくデンジ君の横で目を覚ます自分を認められるようになったの」

 

 

 目覚めて罪悪感に怯えなくてよい安堵を手に入れた。

 

 

「包丁を持つとき、人を切り殺す時の握りが良いかどうかなんて考えなくていいことが分かってきて……、それにやっとデンジ君の好みの味付けも分かってきたんだ」

 

 

 何かを恐れ備え続ける必要のない安心を手に入れた。

 

 

「君と一緒に過ごす未来を考えて、人生の夢みたいなものも見つけてさ、だんだん今が楽しくなってきたの……」

 

 

 今ではなくこれからを考えられる幸福を手に入れた。

 

 

「この生活を続けながら、デンジ君と普通の暮らしをして、幸せになるのはダメなの?」

 

 

 

 縋るようなレゼの目線を逸らすように、デンジは沈む夕日を見た後、静かに彼女を見た。

 

 

 

 

「なぁレゼ、オレはよ、本当に今幸せなんだよ」

 

「……だったら」

 

「でもよ意味分かんねぇこと言うけど、普通に生きちまったらオレ、心の底から平穏に生きることはできねぇと思うんだ」

 

「そっか……」

 

 

 

 レゼは夢想していた。

 

 いつかお互いの昔話をして、良い所も悪い所も全部を知ってから本当の恋人になって。

 

 恋人の時間をめいいっぱい過ごして、愛し合って、いつか子供が出来て、普通の家族みたいに暮らして――

 

 

 

「叶うわけないよね、私達が普通なんて……」

 

 

 

 あれ程に明るかったデンジが折れた。

 

 つまりはそういうことなのだろうとレゼは納得した。

 

 

  

 夕日は既に沈みかかり、二つの伸びる影すら多い、辺りを黒く塗りつぶされようとしていた。

 

 

 その前に一つの長い影がもう一方に重なる。

 

 全てが寒々しい黒に塗りつぶされる前にデンジはレゼの体を引き寄せ、唇を自分の元へと寄せていた。

 

 

「ワリィな」

 

 

 初めてデンジから求められたレゼは静かに彼を受け入れた。

 

 

「帰るか」

 

「うん」

 

 

 互いの体温しか確かなものを感じられないほど辺りが暗闇に包まれた時、どちらからともなくそういった。

 

 

 

 

 

 

 

 家の中に戻っても、二人は互いを離さないように身を寄せた。

 

 

 この平穏から抜け出せないレゼとその平穏が耐え切れないデンジ。

 

 

「デンジ君ってひどいよね、私との平穏に沈んでくれないなんて……」

 

「ちげぇよ」

 

 

 その在り方がどうしても離れてしまうなら、せめてその体だけはひと時も放したくないとデンジに抱き着くレゼ。

 

 身動きが取れないデンジは家の電気も付けられず、部屋の隅で同じようにレゼの肩を抱いた。

 

 

 

「なぁ、レゼはオレが全部どうでも良いと思ってるって言ってただろ? 」

 

 

 

 余計なことは考えない、全てがどうでも良いから、何があっても、どこに居ようと、誰と一緒でも幸せになれる。

 

 デンジという人間が、どこに居ても、誰と居ても変わらずに生きれると思っていたレゼはその寂しそうな顔を見て、それがすべて自分の思い込みであることに気づく。

 

 

「レゼと普通に暮らして、余裕ができて、どんどん普通に考えれば考えるほど全部ホントはどうでもよくないことにきづいちまって……」

 

 

 そこで言葉を切ってデンジは泥を吐くように苦し気に言葉をだす。

 

 

「オレさ、親父殺したんだ。すげぇ悪いヤツだよな」

 

「それは……」

 

「……考えちまったらキツいから、どうでもいいと思って忘れてた。考えないようにバカになってた」

 

 

 

 逃げもしないというのに胸元に手を通したデンジの腕はレゼを逃がさないよう、さらに力が込められる。

 

 

「そっか……、じゃあ、デンジ君はそのままでいいよ」

 

「バカのままじゃレゼの欲しい普通の幸せは手に入んねぇんだろ、オレ頑張るぜ……?」

 

「もういいよ、そんなのはさ……」

 

「でも――」

 

 

 

 レゼはデンジが幸福の中でどうして満ち足りていなかったのか、その理由を悟る。

 

 

 レゼはデンジの体に自分を押し付けて強く抱きしめ、それを見たデンジも同じ強さと体温で返した。

 

 

「全部、諦めちゃってもいいよ、普通の生活とか、幸せとかさ……、どうでもいいって、全部投げ捨てるの」

 

「……オレぁバカだから、うまく言えねぇけどな、レゼのことだけはどうでもよくねぇと思うぜ」

 

「フフ……、それは私も」

 

 

 

 互いの体温のみを感じながら、彼らは暗闇の中で身を寄せる。

 

 

 

 いくらかの時が過ぎた。

 

 

 お互いの密着した肌が汗ばむほどに密着した二人。

 

 互いの心音も息遣いもつぶさに分かるその距離で、自然とその熱と吐息が僅かに早まりだしていたことは互いに分かっていた。

 

 

「……ねぇ、一緒にお風呂に入らない?」

 

「一緒に?」

 

「どうせならさ、今は頭を使わない夢を叶えちゃお? 君の一番の夢」 

 

 

 レゼとデンジの顔の色は消された部屋の明かりで伺えない、ただそのどこか焦点の揺れた互いの瞳を見た時、お互いの欲望を感じ取った。

 

 

「バカになっちまうか?」

 

「期待していいよ、今日は何も考えられなくしてあげる」

 

 

 互いの服をはだけさせ、熱いシャワーを体に浴びる。

 

 レゼはデンジの背に指をなぞり、それに気づいたデンジも抱き合って同じように指を這わせた。

 

 

 湯を浴びた二人は乱雑に布団を敷くと、レゼはその上にデンジと縺れるように倒れ込む。

 

 尻もちをついたデンジに対し、レゼはその上の覆いかぶさってゆく。

 

 

「安心して、デンジ君、私に任せてくれればいいから」

 

 

 組み敷かれたデンジは自分でも聞いたことのないような情けない声を出すが、それを聞いてレゼは舌を濡らすように自身の唇を舐めた。

 

 

 

 抱き合う二人は一つの絡み合う生き物となって溶け合った。

 

 

 

 

 

 

 

 既に時は深夜。

 

 

 夏の蒸した熱気がようやく落ち着いた部屋で、デンジは天井を眺めながら呟いた。

 

 

「……なぁレゼ」

 

「なに?」

 

 

 デンジの体に胸元の上で絡みつくように身を寄せるレゼは気だるげに答えた。

 

 

「多分だけど、何となくわかったぜ、オレ、やっぱ平穏とかどうでもいいわ」

 

「いいよ、別に……、デンジ君がそれでも……、私は……」

 

 

 その言葉に求めるように身を捩らせたレゼの太腿がデンジの内またを擦る。

 

 

「いや、だからそうじゃなくてよ、オレは――」

 

 

 そんなレゼを愛おしそうにデンジは眺めた。

 

 レゼは抱かれながら問いかけるようにデンジを見上げ、その言葉を待った。

 

 

 

「つーか、レゼに比べりゃ平穏なんてクソ程どうでも良い」

 

 

 

 デンジはその上目遣いでみるレゼに笑顔で返す。

 

 

「だからなんかレゼをしんどそうな顔にさせるここの平穏、オレぁイヤだね」

 

「あっ……」

 

 

 

 デンジの言葉を聞いた瞬間に彼女の導火線に火がつき、レゼの心臓は爆発しようとしていた。

 

 体から湧き上がる熱はその身に押し込めることなどできるはずもなく、彼女の顔を紅潮させ、心臓はでたらめな警告音のようにバクバクと脈打つ。

 

 全身の自由など利かずバラバラになる寸前。

 

 

「レゼ?」

 

 

 レゼの気持ちなど知らずに呑気に笑う目の前の男の顔を見た瞬間、レゼの口から噴き出すように荒い呼吸が出る。

 

 

「もう、優しくなんてしてあげないから……!」

 

「えっ……?」

 

 

 

 デンジの体はその爆発を至近距離で受ける。

 

 その空間をかき混ぜる様なレゼの暴威にデンジはなすすべもなくさらされた。

 

 

 

 ようやく解放された時、デンジの意識は既に遠いものとなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 デンジの目の前にはポチタがいた。

 

 

「おぉ、ポチタ、久しぶりに見た気がするぜ」

 

「……デンジは大丈夫かい?」

 

「んー……、分かんねぇ」

 

 

 デンジはポチタを抱きしめる。

 

 

 抱き合うデンジとポチタ、互いの体温を感じ目を瞑る。

 

 

「オレは幸せになっちゃいけねぇと思ったけどよぉ、それでもレゼと一緒なら多分オレはハッピーになれちまう気がする」

 

「うん」

 

「でもよ、そのためにはレゼを笑わせなきゃいけねぇ、じゃなきゃオレの気分はドン底だ」

 

「うん」

 

「だからよ、オレぁ決めたぜ、聞いてくれるかポチタ?」

 

「もちろん、私はデンジの夢の話を聞くのが大好きだからね」

 

 

 

 

 

 

 

 デンジは目を開く。

 

 目覚めた時間は朝日が昇る直前、最も暗い夜明け前だった。

 

 

 

 

「デンジ君が悪いんだよ」

 

 

 結局デンジがその爆風で意識を夢の中に吹き飛ばされた後に目覚めた時、拗ねたように言い切るレゼの顔をデンジは覗き込んだ。

 

 

「ん? あー、うん、そうだな仕方がねぇことだけど、オレがわりぃなぁ」

 

 

 そんなデンジの胡乱な雰囲気を察したのか、レゼは不思議そうな顔でデンジを見る。

 

 

「どうしたのデンジ君?」

 

「心残りを作るのは良くねぇなって思ってよ」

 

 

 デンジはジッとレゼの目を見つめ返す。

 

 

「なぁレゼ、オレ父親を殺しちまったワルいヤツじゃん?」

 

「私も言えないくらい悪いことたくさんした悪い奴だよ」

 

「でもよぉ、オレ達は確かにめちゃワルだけど、それいわれるとメッチャ嫌な気持ちになるじゃん?」

 

 

 デンジは少しだけ考えてから口を開く。

 

 

「なぁ、レゼ、実はオレさ親父殺したけど悪いヤツになりたくねぇんだよ」

 

 

 そう続けてデンジはレゼの体を抱きしめる。

 

 

「レゼがした悪い事、全部オレが許すからさ、レゼはオレが親父殺したこと許してくんねぇか?」

 

 

 そんな無茶苦茶なことを言い出すデンジの体をレゼは抱き返す。

 

 

「いいよ、デンジ君はすっごいカッコいいから、父親の一人や二人殺してもオッケーです」

 

「マジ? やりぃ……!」

 

 

 デンジはレゼの一言だけで、本当に許されたかのように安心した表情を浮かべる。

 

 

「じゃあオレも許すからレゼもこれでムジツだな」

 

「えぇ……? それ本当?」

 

「マジマジ、かわいいからオレが全部許しまァす」

 

「やった」

 

 

 そんなわけがない、そんなことが許されるわけがないのにデンジの気の抜けた笑顔に心が軽くなっていくのをレゼは感じた。

 

 

「それでよレゼ、ここに居たら最後は最低に死ぬし、ここから出たらオレ達色んな奴らに狙われて死ぬじゃんか?」

 

「うん、ほんと酷いよね」

 

「まじやべぇよなぁ……、あー、どうすっかなぁ……、そうだ」

 

 

 何かを思いついた顔を浮かべるデンジはレゼを見る。

 

 

「どうしたの?」

 

 

 不思議そうに見返すレゼにデンジはニヤリと笑う。

 

 

「とりあえずもう一回、エッチしたい!」

 

「え~、しょうがないなぁ……」

 

 

 

 二人の声に悲壮感はない。

 

 デンジはレゼの隣に居れればどうでもよく、レゼはデンジが自分を選んでくれればなんでも良かった。

 

 お互いに触れ、艶やかな声を出すレゼの背中にデンジは指を這わせる。

 

 それに応えるようにレゼはデンジの胸をくすぐる様に峰に触れた。

 

 

 彼らの逢瀬は短くない間続き、気づいた時には部屋の中に朝日が差していた。

 

 

 

 

 

 体を寝所に投げ出す二人は、その朝日を見て語り合う。

 

 

「ねぇ、デンジ君、覚えてる? いつか言ってくれたでしょ? “死ぬ瞬間も楽しいなら死ぬまで最高にハッピー” って今も変わらない?」

 

「もう何度だって言ってるけどな、オレはレゼの隣に居れればそれだけでハッピーだぜ?」

 

 

 その言葉を聞いて、二人はまるで示し合わせたように目を見合わせて黙り込む。

 

 

 

「ねぇ私と一緒に――」

 

「――死んでもいいぜ」

 

 

 

 レゼの語尾をデンジがさらう。

 

 

 二人は密かに笑いあった後、服を着て家から出た。

 

 

 目的地はレゼがこの村で一番好きな浜辺。

 

 

 太陽がいっぱいな田舎の漁村、目の冴える青い海と静かに打ち寄せる白い波、そんな穏やかな風に揺られるヨットと帆。

 

 

 

 そんな心安らぐ場所を二人は最期の場所に決めた。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅん……、無理心中ね……、君の耳を通して私も聞いてたけど、そっか、死んじゃうんだ」

 

「えぇ、悲しい事ですが……」

 

「今は浜辺にいるね、……そういえばどうして、監視中に視覚だけ切ったの?」

 

「恋人同士の睦言を聞くことすら罪深い、ましてや情事を覗くのは流石に野暮でしょう」

 

「まぁこの件はもう終わりだからいいよ、でも次に私が監視を指示したらそういうのはやめてね」

 

「……承知いたしました」

 

 

 釘を刺すマキマの言葉に平穏の悪魔は顔を青くするが、当のマキマは既にそのような些末なことに関心は無かった。

 

 

 彼女にとって重要なのは一つ――

 

 

「この場合チェンソーマンとの契約はどうなると思う?」

 

 

 のぼる朝日を浴びながら支配の悪魔は傍らに控える男にそう問いかけた。

 

 

「今、デンジ君とレゼ君の心は凪いでいる。それを私の元で与えられなかったのは悔しいですが二人は今完璧に満ち足りている」

 

「つまり?」

 

「ここでデンジ君が死ねば契約は完遂するでしょうね、おそらくチェンソーマンが現れる」

 

「そう、それは良かった。予想より早く終わって良かったよ」

 

 

 軽いスキップを踏むように軽やかな雰囲気を出しながら歩くマキマに、平穏の悪魔は苦渋の表情を浮かべる。

 

 

 彼の背後にはゾロゾロと黒いスーツに身を固めた人々がついて歩く。

 

 

 公安所属のデビルハンターや魔人たち、その中には平穏の悪魔が見たはずの顔が何人かいた。

 

 

 ようやく平穏を享受できたソ連の刺客、デンジを迎えに来た公安の青年とその袖を震えながら掴む血の魔人

 

 

 そんな危険な空気を孕んだ黒の異物たちがこの平穏な村を闊歩する姿に、平穏の悪魔は顔を歪めた。

 

 

「……せめて二人だけで静かにいかせてあげられないのでしょうか?」

 

「チェンソーマンが逃げる可能性がある。その選択はあり得ないよ」

 

「……ならせめてデンジ君の家族や私が倒した彼らは自由に――」

 

「平穏の悪魔」

 

 

 マキマは立ち止まり、その目を平穏の悪魔に向ける。

 

 その目はただ見つめているだけでありながら、はるか高見で見下ろすような圧倒的な隔絶を感じさせる。

 

 

「貴方の能力は非常に有用です。しかし私が無理やり従えればその力は使い物にならなくなる。だからあなたを支配していない、それは分かりますね」

 

「……出過ぎた話をいたしましたマキマ様」

 

 

 平穏の悪魔は耐え切れずマキマから目を背ける。

 

 

「じゃあいこうか」

 

 

 黒服たちの行進は止らない。

 

 この平穏の中を切り裂いて進む異物はとうとう、この村のはずれの小さな浜辺にたどり着く。

 

 

 

 

 

 そこには少年と少女が海を見ながら座っていた。

 

 

 

 

 会話の始まりは穏やかだった。

 

 

 

「久しぶりだねデンジ君」

 

「おー、おはようございます。久しぶりに見たぜ生マキマさん」

 

 

 笑顔を見せるデンジのわき腹をレゼは摘まむ。

 

 

「いてて……、まぁ賑やかでいいじゃんかよレゼ」

 

 

 拗ねたような目で睨むレゼにデンジは苦笑するとマキマに顔を向ける。

 

 

 

「あー、なんだ、マキマさんってチョー悪い悪魔だったんすね」

 

 

 己を死に追い込んだマキマに向かってデンジは呑気にそう言った。

 

 

「私は人に友好的だと思うけど……、まぁこうなったのは私の望みでもあるからね、最後に恨み言ぐらい聞いてあげても良いよ」

 

「恨み? いや別に、むしろマキマさんには感謝してますよ?」

 

 

 そう話すマキマの顔をデンジは不思議そうに見返すため、マキマは首を傾げた。

 

 

「オレを消す為に普通の生活を仕組んだのはマキマさんだけど、オレが普通の生活を手に入れられたのもマキマさんのおかげ、あんがとございます、オレぁ今、サイコーにハッピーですよ」

 

 

 そのような健気なことを言われてもマキマは微笑を湛えたまま、その表情に一切の揺らぎは見えない。

 

 

「そうなんだ。じゃあ良かった」

 

「でもよぉー、恨み言はねぇけどちょいと頼み事してもいいですかマキマさん」

 

「頼み事?」

 

 

 首を傾げるマキマにデンジは申し訳なさそうに頭を掻く。

 

 

「オレ達の心中の邪魔はしないでください、 死んだレゼを支配したり、無理に蘇らせるとかそういうのも止めて貰えませんかね? 」

 

 

 デンジは傍に控えるレゼと見つめ合う。

 

 

 その様子を見たマキマは顎に手を当てる。

 

 優秀な駒をみすみす逃す損失とデンジの意見を聞く妥当性、その天秤の傾きを考えていると、脇から平穏の悪魔が話を差し込んでくる。

 

 

「チェンソーマンの再誕のため、デンジ君の心残りは全て潰すべきかと」

 

 

 マキマはその言葉を聞いてゆっくりと口を開く。

 

 

「いいよデンジ君、約束するよ、ボムちゃんは惜しいけど諦めてあげる」

 

「おー、じゃあこれ悪魔との契約ってやつですかねマキマさん?」

 

「うん、契約しようか、私は君達の心中の邪魔をしない。だから君は私とチェンソーマンを会わせる。これでいい?」

 

「オレとした約束、ちゃんと全部守ってくださいよ?」

 

「あぁ、約束はちゃんと守るよ、もちろんそれはデンジ君もだからね?」

 

 

 マキマの目が細められる。

 

 悪魔にとっての契約は重い、その約束は決して違えてはいけない。

 

 

「安心しました。マキマさん達は離れた方が良いですよ」

 

「そうさせてもらおうかな」

 

 

 

 距離を取る一団。

 

 寄り添う二人は抱きあい、ただ見つめ合って互いの顔を覗き込んだ。

 

 

 

「じゃあレゼそろそろやるか」

 

「……うん」

 

 

 

 その顔に浮かぶ表情の波は傍から理解することはできない。

 

 だが、おそらく互いの目から交わされる感情のやり取りは幾千の言葉よりも濃厚で、理解し合っていた。

 

 

 この時、マキマはその様子を見て初めてその精緻な美術品のように動かない顔がほんの少しだけ崩れ、僅かに瞼が瞬かせる。

 

 

「……羨ましいのですか?」

 

 

 後ろから聞こえる平穏の悪魔の声にマキマは答えず、ただ静かに抱き合う二人を見た。

 

 自身に決して従わない者達が、自身の理想のような世界の中にいる。

 

 羨ましい、確かにそれはあるだろうとマキマは心内で考えるが、だからこそ歓喜していた。

 

 

 ――次は自分の番だ。

 

 

 ようやく心から焦がれた待ち人に会うことが出来る。

 

 

 

 抱き合う二人はそのまま互いの体温を感じながら手を伸ばす。

 

 デンジがレゼの首元へ、レゼがデンジの胸元へ。

 

 

「デンジ君……」

 

「レゼ……」

 

 

 先に引き抜かれたのはレゼのピンだった。

 

 彼女は爆弾の力を使い、その身の全てを爆弾に変えて炸裂する。

 

 自力での復活を前提としない正真正銘の自爆。

 

 

 そして引き起こされる景色全てを揺らす大爆発。

 

 

 

 レゼの身体が光を放った瞬間、花火のような光が咲いた。

 

 爆風は花びらのように散り、金色の粒子が夏の光より眩く全てを焼く。

 

 

 

 

 平穏という言葉が似あうその場所は、次の瞬間には全てが消し飛び、かき混ぜられ、泡立った。

 

 

 デンジとレゼ、互いの肉片が混ざり合い、はじけ飛んでこの白い砂浜に赤い花を咲かせる。

 

 

 

 この逃避行は全てが間違いだった。

 

 

 残った煙は夏の空気ごと鮮やかに散って失せ、熱の奔流で舞い上がった砂が既に静寂を取り戻した砂浜に落ちる。

 

 何も残っていないその場所にどこか涼しい海風だけが抜けていく。

 

 

 過去を奪われ、明日を否定された二人の逃避行。

 

 

 最後の破滅が決まっているのなら、せめてその終わりは全てを吹き飛ばす爽快な今で終わらせる。

 

 そんな風に言いたげな最期。

 

 

 ふたりは、まるで海風にほどけるように消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

「では、これから私達の物語をはじめましょう、チェンソーマン」

 

 

 

 ヴンとエンジンの音が鳴る。

 

 

 

 

 あたりの肉片が渦巻くように一か所に集まる。

 

 その中心は奇妙な心臓から生み出される人型は黒く暴力的なシルエットを形作っていく。

 

 

 マキマは心から嬉しそうに笑みを浮かべる。

 

 

 散らばった肉片から巻き戻り体を作っていくその最中。

 

 チェンソーマンの心臓は剥き出しで、まるでマキマを見つめるように脈動していた。

 

 

 支配の悪魔とチェンソーマン、二人の戦いが始まる。

 

 

 これから行われるのは話の蛇足、本筋を終えた後日談。

 

 物語は愛の逃避行(ラブロマンス)から悪魔同士の殺し合い(スプラッタ アクション)へ。

 

 

 笑みを深めるマキマ。

 

 それをつまらなそうに見ているチェンソーマンはまだ再生しきっておらず、その弱点の心臓は覆われていない。

 

 

「フフフ面白い……、弱点を晒したままですが誘っているのでしょうか?」

 

「……ヴバァンヴァィ」

 

 

 

 チェンソーマンは親指を立て、自身の心臓を指さす。

 

 

 

 剥き出しの心臓、そこから伸びるスターター

 

 

 ――そしてそこに引っかかったほっそりとした指

 

 

 それが何であるかマキマが気づいた瞬間、小さな爆弾は音を立てて炸裂した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヴヴゥン

ヴヴヴヴヴヴ

 

 

 




本日20時頃続きあり
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