『俺達に明日はいらない』(偽原題:Bomber and Cradle)   作:ばばばばば

3 / 12
3.デンジにラブ・ソングを…

 陽射しはやわらかく、空気は澄みきっている。

 

 一面に広がる水の張られた田んぼは鏡のように空を映し、その中でゆらめく青い稲が風にあわせてさざめいていた。

 

 遠くの川べりでは子供達が網を持ってドジョウを追いかけ、それを年老いた老爺は仕事の合間に横目で見守っている。

 

 用水路の水は光を跳ね返しながら流れ、その上を白鷺がのんびりと羽ばたいて横切り、蝉の声は喧しいほどだが、不思議と耳障りではなく、むしろこの静かな土地の賑わいのように聞こえていた。

 

 

 時折、日に焼かれた水の匂いが田んぼの匂いと混ざってひどく懐かしい気持ちにさせる。

 

 山の稜線はどこまでもゆるやかで、雲は牛の腹のようにゆっくり流れていく。

 

 

 

 ――ここには急ぐ者も、競う者もいない。

 

 

 時間そのものが昼寝をしているかのように、穏やかな時間だけがそこにあった。

 

 

 

「こんなところにいたんだ。相変わらずここは風が気持ちよくていい場所だね」 

 

 

 そんな夏の日差しの中、全身黒いスーツの男たちを後ろに引き連れ、この田舎にあまりにも都会的過ぎる女はそう口を開いた。

 

 

「……来るにはまだ早いと思いましたが、どうされましたかマキマ様?」

 

 

 話しかけられた農作業服の男は女と目を合わせず、あぜ道から田畑を見たまま固い声色で返す。

 

 

「匂いを変えて避けるなんて、そんなに身構えなくていいのに」

 

「……いえ、そんなことは、こんな狭い村にいればそのうち見つかるでしょう? 春は女でしたが夏は男の気分だっただけです」

 

「私と君は競合しない、むしろ共存できると思うんだけど、いつも私を疎ましく思っているようだね」

 

 

 男はその言葉に対し、億劫そうに麦わら帽子を取って胸に当て、のろのろと女を見上げる。

 

 

 平凡な顔、どこにでもいる様な顔貌。

 

 全く特徴のない顔という訳ではない、だからこそどこにでも居そうな人間の顔。

 

 全てが普通は普通ではない。

 

 “見た目も在り方もほんの少しだけ傷を持たせることが印象に残らない普通の人間”だと男の姿をしている彼は女にそう語った時があった。

 

 

「貴女の下にあっての私ですよ、秩序の保証、外敵からの保護、夥しく積み重ねた屍の上に残った僅かに血に漬からない小さな浮島、それが私です。私が貴女の為にできることなど何もないでしょうね」

 

「もっと私を信頼して一緒に働いてくれたらいいのに」

 

「……契約に従って自由を差し出している。それで十分でしょう」

 

「残念」

 

 

 女は本心からそう言うと、この牧歌的な場所の匂いを吸い込んだあと、ゆっくりと息を吐く。

 

 

「それで? 次に来るのはまた秋頃だと思ってましたが何か私に用事が?」

 

「そんなに帰って欲しそうに言われると少し落ち込むね」

 

「貴方と私はほどほどの距離にあった方が上手くいくと思いますが……」

 

 

 男の言葉からは声にならない薄っすらとした拒絶の匂いを感じ取れる。

 

 

「――契約です。平穏の悪魔、貴方の力で平穏を与えて欲しい人間がいます」

 

 

 マキマの言葉に悪魔らしからぬ悪魔は心底気だるげに項垂れた。

 

 

「代償として私の名の下で貴方へ30年間の支援と不干渉を約束しましょう」

 

 

 平穏という存在は支配のもとで成り立つ、自由を差し出す代償としての秩序への貢献。

 

 金魚鉢の金魚は水槽なくして生きられない、平穏の悪魔に拒否権はなかった。

 

 

「前にした話なら無理ですよ、自分には出来ません」

 

 

 だが男はマキマの言葉を拒絶した。

 

 過度の支配による抑圧は安寧を壊す。

 

 男はマキマの支配を受け入れているが、強制されているわけではない、自己の意思でもって従属することを認めているだけだ。

 

 

「例の少年でしょう? 無理ですよ、あぁいう人間に自分は無力だ。平穏を知らず、望んでいるようで居つきはしない、早い話がぶっ飛んでる。相当弱らせなきゃ付け入る隙もないですよ」

 

「その計画が少し変わってね、狙ってもらうのは別の人間、多分君好みの君を望む人間、きっと向こうは乗るよ」

 

「さて、どうでしょうね、見て見ないことには……」

 

「契約するなら支援としてこの村にまた人をよこすよ、ちょうどこっちで悪魔被害で家族を失った若い人間がたくさんいるから、そういう普通を失って焦がれてる子たちが君の好みでしょう?」

 

「……せめて平穏の元で人間は死ぬべきだ。……というのは私の傲慢なのでしょうね、結局ここも柵の中、せめて外よりマシな檻だと思うことにします」

 

「各国から余計な横やりの心配もあってね、その前に君の力で標的を隔離して欲しいんだ」

 

 

 だが結局、平穏はマキマには絶対に逆らえない。

 

 

「あぁ、憂鬱だ……」

 

 

 男はのっそりと立ち上がると丁度畑にいたこの村一番の古株である老爺に声をかける。

 

 

「奥山さん、ちょっといいかい?」

 

「はい? どうすたが鈴木さん」

 

 

 あるいはこうなると分かっていて男はここで佇んでいたのかもしれない。

 

 

「奥山さんとこは今、帰省でみんな帰ってきてるから大所帯だろ?」

 

「いやー、んぼこたぢ(子供達)がその全員孫やひ孫ば連れでるんだがら、かすますい(うるさい)ごどこの上ね」

 

「そう言いつつ嬉しそうじゃないか、奥さんも張り切って、朝の内に仕事切り上げて夕餉の準備してるのを見たよ」

 

「よすてけらっしゃい、賑やが過ぎで広いだげのうずの家なんて今さも壊れそうだず」

 

「そうかい――」

 

 

 人のよさそうな老人と和やかな会話に興じる男は不意に言葉をきって、目を合わせる。

 

 

「悪いけど、仕事をしないといけないんだ。奥山さんの一家の命を私に捧げてくれないかい?」

 

 

 老爺はそれを聞いて、細い目を開き動揺した様子を見せる。

 

 だが、それは一時のこと。

 

 すぐに落ち着いた老爺は、遠くに見える彼の家から立ち上る飯炊きの煙を見て、ほんの少し目を細めた。

 

 

「……まぁ仕方がねが、おめさんにはお世話になったがらね、でも真よながでも良いすか? 最期さ嫁の芋煮んぼこたぢに食わしぇでやりだぇ……、いや、本当はおらが食いだぇがらなんだげんとね」

 

「まだ時期じゃないけど材料は足りてるかい?よかったら後で良い芋と牛肉を持ってくよ」

 

「などなぐほだな気がすて嫁にだのんでだ」

 

「……悪いね」

 

「それに鈴木さん、うぢの芋煮は豚肉さ味噌だず」

 

「そうだった。じゃあ松田さんとこがくれたじゅんさいでも持っていくよ」

 

「そうすてけらっしゃい、ふんだらおらも早え所すごど切り上げで帰るっす」

 

 

 老爺は軽く手をあげると畑仕事に戻っていく。

 

 その背中を名残惜しそうに見つめ続け佇む男、しばらくしてマキマは一向にこちらを見ない男の背に声をかけた

 

 

「じゃあ東京へ行こうか、足はある?車ぐらい出すよ」

 

「田舎じゃ車は必須ですから、畑もあけなきゃいけないので準備もあります。一人で向かいますよ」

 

「じゃあ私はせっかくだし少し散歩でもしてから帰ろうかな」

 

「……そうですか」

 

 

 さっさとこの場から失せて遠い所にいればいい。

 

 男は女に対して何か一言いいたくなる気持ちを、どうせ無駄と飲み込んでその場を後にした。

 

 

 平穏と支配の関係とは、つまりそういうものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 閃光と爆風が夜の公園を切り裂き、吹き飛ぶ瓦礫と共にデンジの絶叫が響いた。

 

 

「ぎゃあああああああぁぁッ!!!」

 

 

 半身を抉る爆風に押され転がるデンジ。

 

 しかしそんな様であろうと先ほど立っていた場所にいるよりはマシであろう。

 

 槌の男がその巨腕を振り下ろした地面は人一人が埋まるほど抉れていた。

 

 

「イッテエェ!! おいレゼ、壊れちゃうから荷物は一旦置いておけよ!」

 

 

 転がるデンジではあるが、すぐに体勢を戻し、耳鳴りが収まらないままにそう叫ぶ。

 

 

「おー 良い具合に爆ぜたな坊主、立ち上がらずにそのまま死んでくれりゃ楽だったんだが」

 

「同志よ! 立つも立たぬもない! 裏切り者と心臓の容器はこの場で処分するゥッ!!」

 

 

 槌人間はどうやらレゼに狙いを定めたようでデンジとは分断された形で戦うこととなる。

 

 

「ゲッ!? 」

 

 

 デンジを油断なく見ていた痩せた鎌の男が刃を花弁のように広げた腕を振り抜き、見えない刃をデンジに飛ばす。

 

 デンジは両腕のチェンソーで防ぐが意味をなさず、構えた刃以外の場所から血を噴き出した。

 

 

「てめぇだけ斬撃を飛ばすとかカッコいい技使いやがってよォ……、こっちはチェンソーだぞチェンソー!!」

 

「ありもんの得物で殺すしかねぇもんさ」

 

「そりゃ……、そうだなッ!!」

 

 

 デンジは遠距離はまずいと格闘戦に持ち込もうと回転鋸を唸らせながら接近する。

 

 鎌人間はそんなデンジに遠間からの攻撃をせずに迎え撃った。

 

 振りかぶるデンジのチェンソー、しかし男はそれを横合いから鎌の腹で叩くと逆にデンジの周りを踊る様に反撃の一閃を薙ぐ。

 

 

「グッ……、ヘンテコな形しやがって……!!」

 

 

 湾曲した鎌の刃はデンジの防御をすり抜け、的確にデンジの体を削いでいった。

 

 圧倒的な地力の差。

 

 切り合いにおける勘所、格闘戦における優位は圧倒的に敵方にあるとデンジは悟った。

 

 

 防戦一方になるのはデンジ、敵の攻勢はさらに加速していき追い詰めていく。

 

 

「デンジ君! 避けて!!」

 

 

 不意にそんな両者の合間を裂くように捩じれた火線が飛び込んでくる。

 

 

「うおッ!?」

 

「ッチ!!」

 

 

 瞬間、両者の間で炸裂する爆発にデンジは吹き飛ばされた。

 

 

「逃げるなッ! 祖国を侮辱した代償をその身で受けろ!!」

 

 

 一方で戦闘を繰り広げたレゼ、格闘戦では分が悪いと踏んで爆弾の遠距離主体で戦っていたのだろう。

 

 ――しかし押し込まれていたのはレゼの方であった。

 

 

「砕け散れェェ!!」

 

 

 槌人間はその剛腕を振りまわす。

 

 周囲の鉄や木はては地面さえ抉り巻き込みながら振り出される一振りは、散弾じみた嵐としてレゼに襲い掛かっていた。

 

 せめて爆風で威力を弱めたレゼであったが、それを突き破る猛攻に体を打ち据えられ、防御が止まれば体を貫く散弾がレゼに襲い掛かる。

 

 

「ゲフッ……」

 

 

 とうとうレゼは空中で撃ち落とされ頭から失墜してしまう。

 

 

「レゼ!!」

 

 

 咄嗟にデンジは空中にいるレゼに向かってチェーンを伸ばして絡めると、一気に己の方へと引き寄せる。

 

 今まで伸ばしたこともない長距離、戦闘における完全なるアドリブ。

 

 

「キャッチ!!」

 

 

 しかしデンジはその綱渡りを渡りきるとチェーンを巻き取りレゼを強く抱きとめた。

 

 

「なんだい、おめぇのチェンソーもなかなか便利じゃねぇか」

 

 

 無感情に呟く鎌人間、その横に槌人間が並ぶ。

 

 

「うっ……、……くそっ」

 

 

 デンジの腕の中、覚束ないまま打ち出したレゼの攻撃。

 

 

「祖国を裏切った時点で、貴様はもうこの汚れた蛮地で肥やしとなる定めだッ!!」

 

 

 槌人間は片足をあげると力強く地面へと踏み込む。

 

 その足は振り上げた瞬間に鉄槌へと変じ、振り下ろされれば周囲を震わす程の轟音を響かせる。

 

 遠くにいるデンジ達の足元すら揺らす衝撃は槌人間の足元を踏み割ることで巨大な土塊の壁を作り、レゼの攻撃を防いだ。

 

 

「……クッ」

 

 

 歯噛みするレゼ、その間を縫うように繰り出される鎌人間の一閃は土の塊を壁にした大ぶりの一撃。

 

 回り込むように薙ぎ払われたそれは地面に切り込みすらつけて此方に迫る。

 

 レゼはデンジを抱え込み返し、逃げの一手を打つことが精々。

 

 地に転がる様に滑る両者の体は既に多くの血を流していた。

 

 

「鎌よ、合わせろッ! これで沈めるゥ!!!!」

 

ダー(了解)

 

 

 槌人間は左右の腕の槌を天高く両手に合わせると、双槌は重なり巨大な一つの大槌へと変じさせた。

 

 その両腕を地面へと叩きつける槌人間。

 

 

「構えてデンジ君!!」

 

 

 立つことすらできない揺れの中、その衝撃で割れた地面が天高く浮かび上がる。

 

 

「死ね」

 

 

 動けない両者を嘲笑うように、踏み込んで加速する者がいた。

 

 まるで軽業師のように、浮かぶ地面を足場に鎌人間は体を回転させながら渡っていく。

 

 四方から降り注ぐ斬撃、回避手段はない。

 

 

「レゼ、スターター頼むッ!!」

 

 

 ならばと、デンジは回避を諦める。

 

 デンジがとった行動は捨て身の防御、己の身を挺して肉の壁になるという選択。

 

 レゼに覆いかぶさりデンジはその体を切り刻まれる。

 

 骨まで達する鎌人間の全力をデンジはその身一つで受けた。

 

 

 ようやく宙に浮く物全てが地に落ちた時、一つのエンジン音が吹かされる。

 

 

「あ゛ぁー、マジでキツいなこれ」

 

 

 復活したデンジであるが、流した血は多い、人間体に戻るまではいかないまでも、出血により片腕のチェンソーは消え失せていた。

 

 

「ハハハハハハッ!! 我ら鎌と槌、祖国を背負う我らに貴様ら程度が敵う訳が無かろうがッ!!!!」

 

「コイツは力を合わせなきゃキツそうだなぁレゼ」

 

「あー、旦那、とりあえずさっさと止めを――」

 

「二人ならば勝てると!? 我らの連携に隙は無いッ!! 祖国を侮辱した代償を、その身で受けろ!」

 

 

 人間性的な相性はともかく、確かにソ連の武器人間達の連携は高度なものであった。

 

 鎌と槌のコンビネーション、頑強な盾と変幻自在の矛、しかもその両者は遠近共に隙は無くデンジとレゼを圧倒している。

 

 

「……こっちの目的は坊主の心臓だ。逃げに徹すれば一人でも生き残れる芽はあったのに馬鹿だねぇ……」

 

「ッ……!」

 

 

 戦えば死ぬ、だがレゼだけなら生き残るために出来る選択肢が一つだけ残されていた。

 

 

「祖国を捨ててガキと手を繋ぐ……、まるで市場で拾った腐った果物にしがみつく飢えた犬みてぇだ」

 

「あぁ? 知らねぇのかオッサン、そういうのは少し傷んでるけど、まだ食べられる部分は残ってるんだぜ」

 

 

 律義に見当違いのことを真顔で言い出すデンジに鎌人間は呆れを通り越して頭を押さえた後、デンジを無視してレゼの方へ話を続ける。

 

 

「はぁ、……祖国も、愛も、どれも人間が勝手に作った鎖だ。お前さんは鎖を替えただけで、自由になれたつもりかい?」

 

「……なにを」

 

「まぁいいさ……」

 

 

 話すぎたのか疲れたように大きく息をつく鎌男はトドメのため片腕を振り上げる。

 

 

「指導オゥッ!!!!!」

 

 

 そしてその横っ面を槌人間の肘鉄が襲う。

 

 

「ガッ!? グハァッ……! ハァっ!?」

 

 

 吹き飛ぶ鎌人間は、頭を押さえながら信じられないものを見るように槌人間の方へ顔を向ける。

 

 

「同志よ言葉が過ぎるぞ、祖国を鎖と言い表すなど君が私の相棒でなければ叩き割っていた所だ」

 

「ッ……! ッゥ……!! クソッ……! こいつ!? マジかぁ……!! グゥ……!」

 

 

 実際に鎌人間の頭蓋は叩き割られている。

 

 変形した頭部で表情は分からないが、その異形頭の下で鎌人間の表情は百面相の様相を呈していただろう。

 

 

「レゼんとこの国って相当ヤベェのか?」

 

「……全部がそうではないけど本当にヤバい所は、うん、まぁ真面じゃないかも」

 

「ついていかないで良かったぜ……」

 

 

 地面に這いつくばりのたうつ鎌人間を見下ろしながら滾々と祖国への忠誠を説き続ける槌の男。

 

 その異様な光景を尻目にデンジとレゼは小声で言葉を交わす。

 

 

「アイツらはあんなだけどマジで強い、カマ野郎の方は隙がねぇし、トンカチの方もこっちの動きを目の端で抑えてやがる」

 

「格闘戦はダメ、遠距離も……、特にあの鎌の遠距離攻撃は避けられない……」

 

「オレぁマンガで見た時あるぜ? 主人公が真空で相手を斬るとかそういうのだよな? すげぇ刀使いがやる奴、クッソ……、居合とかもだけどよ、強くてカッコいいのって全部剣とかじゃねぇ?チェンソー使う主人公とかいねーのかよ? チェンソー」

 

 

 デンジの言葉をレゼは呆れながら否定する。

 

 

「真空で人が切れるわけないでしょ、それはマンガの話、……多分アイツ鎌から何かを飛ばしてるんじゃない? 能力の使い方も多分私達より熟達してる」

 

「ふぅん……、使い方ねぇ……」

 

 

 デンジはレゼの言葉を聞いて額から出ているチェンソーを眺め、少しだけ考えこんでしまう。

 

 

「私達このままじゃ……」

 

「なぁ、聞きたいんだけど、一応レゼだけなら逃げれるんだよな? なんで逃げねーの?」

 

 

 唐突に口を開いたデンジをレゼは睨む。

 

 

「今更そんなこと聞く? 私は……、私はそれでもデンジ君と――」

 

 

 

 ――デンジ君と一緒にいたいから

 

 消えるように呟く先で出そうになるその本音、死の直前にレゼは押し込めていた思いが漏れかけてしまったことに気づき口を噤む。

 

 

「だよなぁ?」

 

 

 だが、その言葉を最後まで聞かずともデンジはニヤリと笑いながらレゼを強く抱き、話の主導権を奪う。

 

 

「レゼがオレ置いていくときオレも思ったんだけどよ、そりゃ死ぬのは嫌だけど、別に死んでもいいから一緒に居てェよなァ……?」

 

 

 レゼは固まる。

 

 

「それはっ……、今と状況がちがうでしょ……!」

 

「あー? そうかぁ? 別に変わんなくねぇか? オレぁ仕事辞めたらどうせ公安とマジバトル、だからレゼん話聞いて俺は思ってたぜ?」

 

 

 破綻した理論、だというのにレゼの心臓は震える。

 

 

「死ぬのは嫌だけど、死ぬ瞬間も楽しいならそりゃ死ぬまで最高にハッピーってことだよなァ……!」

 

 

 この男は本気でそんな馬鹿なことを腹の底から言っている。

 

 

「なぁレゼ、やろうぜ!」

 

 

 あぁ、もうどうにでもなれ

 

 レゼは目の前の男の子を見て思わず笑いだしそうになる気持ちを押さえて頷いた。

 

 

 

 

 

 しばらくして、一方的に祖国への愛を語っていた大男の足元、痩せた男は片手をあげてよろよろと立ち上がった。

 

 

「……フーー、……悪かった旦那、俺が間違ってた。祖国は偉大だ。祖国万歳だ」

 

「あぁ、それでこそ同志だ!! 我ら槌と鎌は祖国を象徴する武器人間、ようやく思い出してくれたか!」

 

「あぁ、旦那はそういうお人だった。全部俺が間違ってたんでさぁ、あー……、祖国の英雄として早く仕事を片付けやしょう……」

 

「もちろんだ!! ……さて――」

 

 

 ぐるりと首を回し、槌人間はデンジ達の方を向く。

 

 

「殊勝なことだ。まとめて潰しやすいように一か所に纏まってもらえるとは」

 

 

 時間を置いたことで先ほどのような狂的な怒りは収まったのか比較的理知的に相対する槌人間。

 

 

「チェンソーの心臓と共にボムの心臓も持ち帰る。汚らわしい体はこの御国の光届かぬ荒涼の地で朽ち果てろ、せめて祖国に価値を返して死ね」

 

「なー、なんでどいつもこいつもオレの心臓欲しがるんだ? アンタの話で言うなら俺の体も全部汚ぇ国の汚い体なんだろ?」

 

 

 槌人間は誰が貴様の体など欲しがるかとでも言いたげな侮蔑の表情を浮かべて無視するが、デンジは気にも止めず話し続けた。

 

 

「ポチタの心臓は今はオレん心臓だぜ? 直接貰ったからな、テメェの言う素晴らしい国は人からモノ盗んでいいのかー? それってやべェ国じゃねぇかよ?」

 

 

 初めて槌人間がデンジに反応を返す。

 

 

「極東の蛮族が我が国を貶してるつもりか……? 貴様の手にした心臓は我が祖国の礎となる名誉を得た。その栄誉に打ち震えながらその心臓を捧げろ」

 

「チェンソーの心臓はよ、オレはポチタと友達だから大事だけどよ、アンタ等が持って行ってもアンタとおんなじ位の強さの武器人間にしかなんねぇんじゃねぇの?」

 

「馬鹿め、チェンソーの悪魔は喰らった悪魔の名の存在を抹消することが出来る。武器人間ではなく悪魔としてその力を使うのだ。そんなことも知らないで契約してたのか?」

 

「……スゥゥーー、旦那、その辺で」

 

 

 先ほどの教育により、さっさと仕事をしろという本音を押さえながらも脇に立っていた鎌の男は機密情報をいとも容易く漏らす上官に殴りかからない自分を褒めた。

 

 

「……マジ? おいポチタ、おまえそんなことできたのかよ?」

 

「その力は正しき理想を持つ我が祖国が適切に運用する。分かったか? 分かったのならば速やかに私達に殺されろ」

 

「んー、普通にいやだね、ポチタはやれねぇし、心臓ねぇとオレが困るし――」

 

 

 その一言で槌の男は両腕を構える。

 

 

 

「それにオレのハートはレゼに奪われちまったからやれねェんだわ! 行くぜレゼ!!」

 

 

 

 最後の力を振り絞って両腕からチェンソーを生やしたデンジは、全てのチェンソーからチェーンの輪を外し伸ばし始める。

 

 まるで吹き出す血のように鉄線をまき散らすとチェーンはすぐにデンジの周囲一面に広がっていった。

 

 

「デンジ君! それはちょっとセリフがキザすぎッ……!!」

 

 

 

 それと同時に今まで同士討ちを恐れていたレゼは、周り全てを吹き飛ばしかねない多量の爆弾を全力で作り出し。空中にばら撒いた。

 

 

「旦那!!」

 

「私が防ぐ! 同志は先んじて潰せ!!」

 

 

 敵が行動に移すその直前、爆弾を巻き終わったレゼはデンジの体へ飛び込み、抱き着いた。

 

 

「バカめ!! 逃げるつもりか!! 鎌で仕留めろ!!」

 

ダー(了解)! ……って何してやがる?」

 

 

 しかし彼らの予想に反しレゼとデンジは抱き合ったまま、それどころかデンジの頭部のチェーンが急激に締まり二人をきつく結んだ。

 

 

「あぁ? 自爆でもするつもりか!? 」

 

 

 しかし爆弾は未だに爆発しない。

 

 ほんの一瞬、腕を振り下ろそうとした鎌人間の意識はその不可解な行動に僅かなリソースを裂いてしまう。

 

 

 その次の瞬間、先にレゼの体が炸裂する。

 

 当然デンジの体を巻き込んでである。

 

 

 その炸裂は爆竹を詰めた空き缶のようにデンジを巻き込みながら無軌道に宙へ撃ちあがった。

 

 

「ギャアアアアアアァァァァ!!!! いってぇぇぇぇぇ!!!!」

 

「あ? あぁ?」

 

 

 鎌人間の脳が理解を放棄し、疑問で飽和した瞬間、――デンジのチェンソーが唸る。

 

 

 鉄が擦れる甲高い音が鳴り、チェーンは勢いよくデンジと同じ宙へと浮かび上がる。

 

 

「同志! 敵は逃げるつもりではない!! これは攻撃だッ!!」

 

「レゼェ! もっとだ! もっとド派手に爆発だァ!!」

 

「オッケー行くよぉー!!」

 

 

 デンジの声に応じてレゼの突き出した腕から次々と爆破が繰り返される。

 

 それは指向性を持った爆発、まるでねずみ花火のように二人が回転しだすと、それに引きずられるようにチェーンも動き始める。

 

 二人を中心に回りだすチェーンはその速度を加速させ、レゼが空中に撒いた粘着性の焼夷爆弾とロケット弾を荒れ狂うチェーンを絡めとっていく。

 

 

「いいからやれ! 鎌ッ!! 考えるな!! アレを止めろォ!!!!」

 

「あぁ!? なんだってんだクソが!!」

 

 

 質の悪いB級映画を見ている様な気分に陥った鎌人間はとにかく二人に向け斬撃を放つが、吹き荒びながら回るチェーンに阻まれる。

 

 

「ダメだ旦那ァ! 刃が届かねぇ!!」

 

 

 鎌人間の飛ぶ斬撃の絡繰りは血にある。

 

 体から刃を生やす応用で硬化した血を不可視の薄刃として高速で射出し攻撃を行う。

 

 つまり、この張り巡らされた鉄条と暴風によって完全に無効化されてしまっていた。

 

 

「ギャハハハハ!! レゼ! バーンだぜ! バーン!!」

 

「ふ、フフッ……! じゃあ行くよ!! バーーン!!」

 

 

 デンジの言葉に少女が閉じていた唇を破って音を出した時、地獄は廻り始める。

 

 

 鉄の哄笑を唸らせながら全てをかき混ぜる鉄鎖(チェーン)

 

 焔の狂踊は爆炎を巻き込み際限なく広がる爆弾(ボム)

 

 狂騒の自縄自爆、未だに途切れぬ爆発と熱風は、触れるものを引き込み切り刻む鉄と焔の回転を作り出した。

 

 

 逃げるソ連の刺客たちを巻き込むように鋼鉄の業火は迫る。

 

 レゼの放った焼夷弾は段階的に燃焼し続け持続する火源となり、デンジのチェーンが絡めとった爆風は回転を生む。

 

 そして偶然にもこの公園はビルに囲まれた風が吹き込みやすい立地であり、渦のすそを安定させる絶好の環境であった。

 

 結果としてその火炎の旋風は全てを焼き払いながら地獄を拡大させていく。

 

 

「……なぁ! なんか熱くなってねぇか!? 火の勢いがすげェんだけど!? 」

 

「え? これ狙ってたんじゃないの?」

 

「……作戦通りだぜぇ! このまま突っ込むぞ!!」

 

 

 もちろん、デンジにそんな高度な計算などできる訳がない。

 

 向こうが跳ぶ斬撃を飛ばすならこっちも飛びながら斬撃を喰らわせてやるという安易な考えからデンジが思いたった作戦であるが、当初の計画では相手から逃げる隙を作るものであった。

 

 

「いや、この火災旋風、制御できるの? 一番危険な場所にいるの私達なんだけど」

 

「レゼが爆弾をばら撒いてもっと大きくしてアイツ等を巻き込んでやりゃいい!」

 

 

 火炎に捲かれたその中心の温度は見る見るうちに上昇していき、彼らの体を焼き溶かす程の高温へと達しようとしていた。

 

 

「でもこのままだと私達焼け死んじゃうよ?」

 

「それならレゼの爆破で吹き飛ばせばカンペキだよなァ!」

 

「……はぁ?」

 

 

 レゼは絶句した後、そんなことが出来るはずないと口をつきそうになる。

 

 

「オレとレゼの協力必殺技! 爆裂ハリケーンチェンソーだぜ!!」

 

 

 しかし、これは惚れた弱みだろう、こんな死地ですら心の底から楽しそうなこの男と死ぬことが、そう悪く思えないとレゼは思えてしまっていた。

 

 

「なるべく威力控えめで爆風を強めた感じで頑張るけど痛かったらごめんね?」

 

「なら吹き飛ばねぇように強く抱きしめてくれよォ~?」

 

 

 レゼは体から追加の爆弾を生成すると外側の嵐へと投げ込み、新たな火源により火災旋風はさらに勢いを増した。

 

 そんな地獄の中心にいる二人は強く抱きしめあい。絶え間なく爆発し続けている。

 

 

「アハハハ! やっばぁ!!」

 

「ギャハハハハ!! 乗ったことねぇけど、これってメリーゴーランドみてぇじゃねぇかレゼェ!!」

 

 

 笑いながら何やら叫び合う男と女。

 

 火に撒かれる直前、二人の悪魔が大笑いをしている姿を鎌人間は見た。

 

 

「く、狂ってやがる……!」

 

「こっちだ同志!! このままでは火に撒かれて死ぬぞ!!」

 

 

 

 東京のビル街で起きた局所的火災旋風。

 

 原因不明、死体が出なかったことが幸運としか言えないその奇妙な事件。

 

 その跡地には黒い煤以外は何一つ残っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「デンジ君、服あったよ」

 

「盗んじまうことになるなァ、でも金も服も全部燃えちまったんだ。勘弁してもらえねぇかなぁ……、体も綺麗にしねぇとだし」

 

「花束も燃えちゃったね……」

 

「それよなぁ、あーあ、もったいねぇ、イルカとペンギンさんのキーホルダーもだぜ」

 

 

 二人は全身煤塗れの全裸、幸運にも近場にあったコインランドリーから背丈にあった服を拝借する。

 

 レゼはあれ程に滅茶苦茶なことをしておきながら、律義に断りを淹れてから盗んだタオルを濡らしてこちらに放り投げるデンジに笑ってしまいそうになる。

 

 しばらくして完全に身を清めることはできなかったが、なんとか人前に見れるまで汚れを落とした二人はそのまま夜の街を歩く。

 

 遠くから聞こえるサイレンと喧騒は既に遠いが、誰も外に出ていない場所だからこそすぐにでも身を潜めたいとレゼは考えた。

 

 しかしここが住宅地で近くにまともな宿もなければ、手持ちの金どころか持ち物全てが灰燼に帰していた二人。

 

 結局、しばらく歩いた人気のない場所に忍び込んで二人は夜を明かすこととなった。

 

 

「おー、このたてもん、ベンチがたくさん置いてある場所じゃん、タダで飯が出るから好きだけどヤクザのジジイにきちゃダメって言われてたからチョー久しぶりだぜ」

 

 

 十字架のことをデカいプラスマーク程度にしか思っていないデンジにとって、教会とはその程度の認識だった。

 

 

「今日は平日だし、夜の教会なら人はいないでしょ、今日はここで休もっか」

 

「アホほど血ぃ流してへとへとだわ……」

 

「私も……」

 

 

 ベンチに並んで座る二人は疲れから、そのままに互いに支え合うようにもたれかかる。

 

 

「逃亡生活一日目でこんな大騒ぎ、どう?デンジ君、キミはやっていけそーかい?」

 

 

 冗談めかしながら話すレゼであったがそれは本音でもあった。

 

 こんなことを続けて本当にデンジが幸せなのかを暗に問いかける。

 

 

「今日の水族館は楽しかったなぁ、さっきも割と楽しかったぜ? レゼに抱き着いてもらえたし」

 

 

 能天気に今日あったことを楽しそうに話すデンジにレゼは少しだけ身を強張らせる。

 

 

「きっとこれからも命を狙われるし、デンジ君に普通も教えてあげられないんだよ、ホントにいいの?」

 

 

 そんなレゼの気持ちを理解してかは分からないが、デンジは暗闇で隠れたレゼの表情を横目で見てポツリと呟く。

 

 

「おれァ、今日初めて生でペンギンやイルカを見たし、ヒトデもイソギンチャクも全部レゼに教えてもらった。学校の教室もプールも祭りの浴衣もワタアメもだ」

 

「それはただの知識、私の言ってる普通じゃないよ」

 

「俺だってソイツらンことくらいしってたぜ? でも一緒に遊んで教えてくれたのはレゼじゃねーの?」

 

 

 レゼの胸の奥に痛みが走る。

 

 自身の横にいる何一つ知らない少年を汚しているような錯覚を彼女は覚えてしまった。

 

 

「デンジ君……、本当はね……、ほんとうは……」

 

 

 言葉が震えるのを何とか抑え込みながら彼女は教会でその罪を告解した。

 

 

「ほんとはね……、私も学校いった事なかったの」

 

 

 普通なんて自分だって知らない、彼に教えてあげることなどできないと彼女は懺悔する。

 

 彼女を構成する全ては嘘。

 

 名前も経歴も、笑いかける笑顔も表情も、本当の自分など何処にも存在しない。

 

 もはやレゼ自身ですら本当の自分を思い出せない程に彼女は心を磨り潰していた。

 

 

 

「じゃあ学校行ったらよ、オレ達初めから一緒だな」

 

 

 しかし少年は少女の不安など知らないままに福音を与えてしまうのだ。

 

 

「そいつはラッキーだぜ、学校って上と下で分かれてんだろ? 一緒が良いけど俺馬鹿だからレゼの後に入ったら後輩になっちまうなぁって、ちょっと不安だったんだ」

 

 

 レゼはデンジの言葉に呆気にとられた後、今も痛む心のどこかが哀れなほど震えていることに気づいた。

 

 

「は……、ハハッ、馬鹿だなぁデンジ君、学校ってそういうシステムじゃないよ……」

 

「そーなのか? じゃあやっぱレゼが先輩かよォ……」

 

 

 学校もお祭りも水族館も、レゼだって本当の意味で知ってなどいなかった。

 

 それでもその意味を教えてくれたのは紛れもなく、同じように何も知らない隣にいる少年だったとレゼは思い知らされる。

 

 

「ねぇ、寒いから一緒に横で寝よ?」

 

「……ベンチの幅だと狭くねぇか?」

 

「……いま、それくらいデンジ君とくっ付きたいの」

 

 

 

 肩を寄せ合った二人は疲れからかそのまま横倒れになり、ベンチの上で抱き合う。

 

 

 何者でもない名無しの彼女は教会で眠った。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。