『俺達に明日はいらない』(偽原題:Bomber and Cradle)   作:ばばばばば

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7.鼠たちの沈黙

 

 

「厄介な所に逃げ込まれたものだな」

 

「旦那、ここは公安の悪魔の支配地、もう武器人間になっちまいましょう」

 

 

 

 潮騒がまだ高台まで届くころ、鎌と槌、二人の武器人間は静かに村へと忍び込んだ。

 

 二人の刺客達は気配を消して歩を進める。

 

 ターゲットはこの常夏にひっそりと生きている一組の人間、チェンソーの武器人間と爆弾の武器人間。

 

 

「待て、人影だ」

 

「ここからやりますか?」

 

「……すぐにどこかに消えそうだ。目標を確認するまでは強硬手段は控えろ」

 

 

 彼らが村の入り口に差し掛かった時、二人の男が話している姿が見えた。

 

 一人は凡庸な顔立ちの中肉中背の男、もう一人は日に焼けがっしりとした男。

 

 

「へぇー、やっぱりそうなったか、俺の家をアイツらが使うとはねぇ……、ヒッチハイクで乗せた時からそんな気がしてたんだよなぁ……」

 

「偶然ってすごいよね、二人とももう村に馴染んでる。……と、もう時間だ。……すまないね」

 

「いいんだよ鈴木さん、俺はもう十分だ。早くあいつ等に会わせてくれ」

 

 

 話し込む二人の空気は終始穏やかなものであり、話は終わろうとしているようであった。

 

 それを察した刺客達は息を潜めるが、突然話していた男がクルリと首を回しこちらを見た。

 

 

「殺りやすよ」

 

「あぁ」

 

 

 察知の気配を感じた鎌人間は上官の指示を待たずに腕を振りかぶる。

 

 

「じゃあね、奥さんたちによろしく」

 

「あぁ、こっちこそ世話になったぜ」

 

 

 

 しかし、鎌人間が腕を振りかぶろうとしたその瞬間、彼らの周囲の匂いが変わった。

 

 風は止み、波の音が遠ざかる。

 

 空気が柔らかいものへと変わっていく。

 

 次第に二人の胸の奥に既に忘れてしまった懐かしい感覚が落ちてきた。

 

 

 

「クソッ! 気を付けろ同志! これは──」

 

 

 槌人間が眉を寄せる。

 

 

 目の前に映しだされたのは、彼が祖国の軍に入隊したその日、旗を抱え胸に誇りを感じたあの頃だった。

 

 音も色も、やけに鮮明だ。

 

 

 軍靴が泥を蹴り上げ、鉄の匂いが肺を満たす。

 

 冬の朝、仲間たちは凍える指で銃を握り、誰もが震えながらも意思を秘めていた。

 

 上官の罵声が飛ぶ。だがその声の奥に、同じ夢を見た男たちの誇りがあった。

 

 

「なるほど……、貴様はそういう悪魔か……、しかぁぁぁしッ!!」

 

 

 大槌の頭をあらん限りの力で地面に叩きつけ、揺れる脳で男は吠える。

 

 

「戦場こそが私にとっての秩序! 祖国の安寧を守るのは兵士の務めッ!! それは私が味わう物ではなく民が甘受すべきものッ!! 侮るなよ悪魔風情が……!!」

 

 

 彼はそれだけを信じ、心臓を焼くような忠誠で平穏の悪魔の力を耐えた。

 

 

「あぁ……、私の苦手なタイプだ。その愛国心っていうのかな……?」

 

 

 悪魔の支配を打ち破った槌人間は槌を構え、目の前の悪魔を叩き潰そうと前進する。

 

 悪魔は槌人間が近づいて来るというのに、動きは緩慢で、腕の中にいる男の瞼を優しく閉じていた。

 

 既にもう一人の男は悪魔の手の中で安らかな顔をして絶命している。

 

 

「悲しい過去だね、私はね、郷土愛、家族愛、隣人愛の存在しない愛国心は歪んでると思うよ、それは君の空虚を国への愛で誤魔化しているだけだろう?」

 

「なに?」

 

 

 心の隙間に満たされる甘い蜜。

 

 ただの言葉では説明できない懐かしさを槌人間は感じた。

 

 

「本当は君だって休みたいんじゃないかな? さぁ思い出して……」

 

「グッ……」

 

 

 槌人間の視界には、先ほどと全く違う景色が滑り込んだ。

 

 母の胸元、ストーブで溶かされた雪の湿った匂いと古い木の香り。

 

 誰かに優しく抱かれ眠りに落ちる自分、もはや忘却の彼方に消えた生まれの記憶。

 

 胸がふわりと温かくなり、息が止まりそうになる。いつの間にか目に涙が溜まっていることに槌人間は気づかない。

 

 

「ぐ、おっ、おっ、おぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

 

 平穏の悪魔の仕事は、殴ることでも斬ることでもない。ひたすらに静かな“平穏”を与えること。

 

 それは剥き出しの刃よりずっと深く人を切り刻み、意思の輪郭を溶かしていく。

 

 それでも槌人間は寸でのところで歯を噛み締めた。

 

 胸の奥で燃える祖国のためにという御旗が、意識の流れに耐える杭になったのだ。

 

 光景に引き込まれそうになりながらも、彼は自分を叩き起こし、抗うように歩を進め、その腕についた鉄塊を振りかぶる。

 

 

「祖国に……! 祖国に栄光あ――」

 

 

 その時、ズブリと、槌人間の胸から刃が生える。

 

 

「ゲフッ……、ど、同志……!!」

 

 

 槌人間が首だけで後ろを向くと、鎌人間のすでに焦点を失った瞳と目が合う。

 

 頬を撫でる風を、恋人の手と錯覚しているようにふらふらと手をつきだしていた。

 

 見えもしないはずの何かを前に、鎌男は微笑みを浮かべ、ゆっくりともう片手の刃を振りかぶる。

 

 

「もういいんです……、帰りましょう……、俺達はようやく帰れるんですよ旦那……」

 

 

 槌人間はその様子を見て息を呑んだ。

 

 叫びたいのに、肺に血が流れ込み上手く話せない。

 

 幻覚を覆い尽くす光の中、仲間の目から理性がこぼれ落ちていくのを彼は見た。

 

 かつての同志が、ただ安らぎを抱いて崩れていく姿を見ることしかできない。

 

 

「ごふっ……、目を覚ませッ! 同志!!」

 

 

 鎌人間は茫然と、涙に濡れた笑みを浮かべて言った。

 

 

「……もういいんだみんな、いま行くから。母さんに……、ポリーナも……、小隊のあいつらもだ。 ニキータ、ダニャ、アルチョム、待ってくれ……、俺もそこに……」

 

「しっかりしろ! 同志! 同志ッ!! ……イワンッ!! 目を覚ませイワン!!」

 

「君ももう疲れただろう? いいじゃないか、少し休めばいいんだよ」

 

「なにを……!!」

 

 

 その悪魔の声を聞いた瞬間、槌人間の胸に平穏が入り込んだ。

 

 暖炉のぬくもり。母の子守歌。

 

 兵舎で交わした安い酒の味。

 

 幼いころ、まだ兵士になる前に見た、初雪のきらめき。

 

 それらすべてが一斉に胸へ押し寄せ、心臓を鈍く締めつける。

 

 

「……やめろ……。私は……!」

 

 

 愛国の炎が消えそうになる。

 

 彼は自らの唇を噛み、血の味で現実を繋ぎ止めようとした。

 

 だが、背後で鎌人間の刃が、ゆっくりと抱擁を交わす。

 

 

「ぐっ……、ギッ……!!」

 

 

 平穏の悪魔はただ見ていた。

 

 まるで慈母のように、すべてを抱く微笑を浮かべながら。

 

 次の瞬間、金属音が鳴り、槌人間の全身に冷たい痛みが走った。

 

 鎌人間が体から刃物を突き出し、抱き着かれた槌人間の全身を突き刺す。

 

 

 

「……最後まで平穏に抗える人間がいるなんてね」

 

「あくま、め……!」

 

「君の愛国心を馬鹿にしてすまなかったね、それが空虚な逃避だとしても君は本物の愛国者だ」

 

「なめるなよ……、あくま……! わたしは、くにをあいしたことがあって、も……、くにに、あいをもとめたことなど……、ない……!!」

 

 

 槌人間の呻き、だがその最後の言葉が声になることはなかった。

 

 

 鎌人間の刃がとうとう槌人間の心臓に穴を開ける。

 

 

 平穏の悪魔が見つめる先、鎌人間の瞳は涙で満たされている。

 

 

「じゃあね、おやすみなさい」

 

「あぁ、おやすみなさい」

 

 

 悪魔のその一言を聞き、鎌人間は微笑んだまま、自らの喉に刃を滑らせた。

 

 

 

 沈黙が戻る。

 

 

 

 平穏の悪魔は静かにその場を見つめた後、目を閉じる。

 

 

「……もう終わりましたよ、マキマ様」

 

 

 村の入り口に足音が現れる。

 

 

「うまくやったみたいだね」

 

 

 まるで約束していたかのように、平穏の悪魔のもとへと人影が現れた。

 

 

「彼らはようやく休めた。それだけです」

 

 

 マキマは淡々とその場を見回すと背後に目線をやる。

 

 それを合図に闇から現れたように部下たちが静かに現れ、二人の亡骸を死体袋に詰め回収する。

 

 

「時間がないんだ。……次は彼の知り合いを入れる。貴方の力でうまくやれそう?」

 

 

 平穏の悪魔は小さく頷き、硬い笑みを返す。

 

 

「もちろん、穏やかな夢を見せてあげられますよ」

 

 

 マキマは踵を返し、夜風に髪を揺らして去っていく。

 

 その背に潮風が吹き、平穏の悪魔はそっと目を伏せた。

 

 

 ──静寂。

 

 

 村は再び、何も知らぬ夏の夜を取り戻す。

 

 波音だけが、眠る二人の屍のもとにやさしく降り注いでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……どうすりゃいいんだよ」

 

 

 灰皿の底が見えぬほどに押し込まれた吸い殻。

 

 早川アキは捻じ込もうとした灰皿にその隙間すらないと気づくと、ため息をついて灰皿の中身を屑入れにひっくり返す。

 

 ここ最近は煙草の量が妙に多い、そんなことを考えながらアキは焦点の定まらない目で新しい煙草に火をつけた。

 

 

 肺にタバコの煙が満ちる。

 

 

 なるべく思考がぼやけるようにより深く吸い込みながら、早川アキはこの激動の一か月を振り返る。

 

 

 

 

 

 デンジが消えたあの時。

 

 

 

 そのことについての所感はないと、早川アキは周りにどう聞かれようが一貫してそう答えて見せていた。

 

 

 馬鹿なガキの家出、元々分別も知らない阿保が騙されて攫われた。

 

 たまたま自分の家に居候していただけの小汚くて馬鹿な犬、いつの間にか消えていようと部屋が綺麗になったとせいせいする。

 

 

 ただそれだけ。

 

 

 デンジが消えたあとに残ったのは、仕事だった。

 

 

 爆弾の武器人間による襲撃は大規模なものでその情報は世間に広まることとなる。

 

 そして理由は不明だが、チェンソーの悪魔の武器人間が日本にいるという情報が世界に知れ渡ると、世界中の悪魔やデビルハンターがこの日本に押し寄せた。

 

 

 ここでアキは世界中の国や悪魔にとってデンジ、正確にはチェンソーの悪魔の心臓は大層な価値があるものらしいと気づくがその理由は分からない。

 

 

 そして最悪なことに、そもそもデンジは公安に居ない。

 

 

 デンジが爆弾の武器人間と行方を晦まし、こちらでもその動向は不明、だというのに世界からの刺客たちは公安がその居場所を知っていると疑い襲撃をかけてきた。

 

 デンジの行方を知る人間、その有力候補と言えばデンジと共に暮らしていた人間。

 

 

 そう、つまりは早川アキとパワーだ。

 

 

 あれから彼らの元へ海外からの刺客が絶え間なく押し寄せてきていた。

 

 

 家で、職場で、下水のマンホールから、正午の交差点で、何度叩き返しても翌日には別の顔が来る。

 

 アキの上司であるマキマが言うには奴らが小手調べで雇われた下っ端らしいと聞き及ぶ。

 

 

 だが、その下っ端の襲撃で、公安の人間は少なくない数死んだ。

 

 アキの知ってる顔、お世話になった人もその中にはいる。

 

 襲撃対象である自分達を警護する彼らのその多くがアキの目の前で無残に殺された。

 

 

 自身の命が危険に晒されている間、アキとパワーはセキュリティの高い場所へと居を移すこととなり自由はほぼないに等しかった。

 

 

 そんな生活を続け、ようやく自分たちが何も知らないと感づいてくれたのか、襲い掛かってくる刺客が落ち着きだしたころ。

 

 

 アキは上司であるマキマに呼ばれる。

 

 

 ねぎらいの言葉から始まり、各国の動向、国家間のパワーバランス。

 

 ただのデビルハンターに言われてもどうしようもない話を聞きながらアキは尊敬する上司の話と言えども苛立った。

 

 国の諍いなど知らない、アキはただ銃の悪魔を殺したいだけだ。

 

 残された時間も少ない、だというのに余計ないざこざで時間も悪魔と立ち向かうはずの仲間も削れていく。

 

 アキは焦っていた。

 

 早く現状をどうにかするために動かねばならないと思いながらも、何もできない現状に歯噛みすることしかできない。

 

 

「早川君、公安は銃の悪魔の所在を把握した。その討伐作戦に参加する気はない?」

 

 

 だからこそ、そのマキマの一言でアキの今まで鬱屈し溜まっていた激情が体に巡る。

 

 

「参加します」

 

「一応説明するとね、これは機密事項、聞いたからには参加しないと言う選択肢はありません。断るなら情報統制のため数年は監視生活を受けることになります」

 

「構いません、俺はそこまで生きれませんので」

 

 

 マキマの知れば後戻りできないという言葉にアキは間髪入れず答える。

 

 このためにアキは牙を研ぎ生きていた。

 

 後悔や恐れなどあるはずがなかった。

 

 

 

「現在、銃の悪魔は既に倒され、拘束されているの」

 

 

 

 しかし、前のめりになるアキに対して告げられた言葉に、彼は崩れ落ちそうになる。

 

 世界に溢れている銃の悪魔が生み出していたと思われていた銃は国が作って流しているだけで銃の悪魔とは何の関係もない。

 

 世界が銃の悪魔の存在を許容し、恐れさせ、己の国力として牽制し合うパワーゲーム。

 

 銃の引き金は初めから人間に委ねられていた。

 

 

「銃の悪魔はね、今は各国がその肉片を所持して互いを牽制している。だからね銃の悪魔を倒すって言うのは……」

 

 

 それは復讐の為に生きていたアキの心の芯を折るに足る真実だった。

 

 

「戦争のようなものになるだろうね、アメリカを中心に幾つかの国が共謀し、近々日本に戦争を仕掛けてきます」

 

 

 仇は既に死体で、今は各国の脅しの玩具。

 

 それを倒そうが意味はない。

 

 この日本でさえ政治のためその死骸を所持している。

 

 

 銃の悪魔はいなくならない、これからもこの世界を支配する道具として存在し続ける。

 

 

「もう一度聞くけど、銃の悪魔の討伐作戦に早川君は参加できそう?」

 

 

 その現実を理解した時、アキの意識は遠くなっていくように感じた。

 

 いままでやってきたことその全てが意味のないことのように思えてしまったのだ。

 

 

 早川アキはマキマの言葉に明確な返事を帰すことが出来なかった。

 

 

 

「……そう、ごめんね、また答えを聞きます。でもね、早川君は銃の悪魔を倒す為に頑張ってきたんだ。参加できなくても責めないよ、監視と言ってもそれなりの生活ができるから安心して」

 

 

 

 ふらつく足取りで、アキは現在の住処であるセーフハウスに帰る。

 

 帰り道の記憶はない、どう帰ってきたのか、気づけばアキはベッドの上で突っ伏していた。

 

 

 今まで復讐の為にアキは生きていた。

 

 そうしなければ息をすることすらできないのだから、望むと望まざるとアキはそのために全てを捧げて生きてきた。

 

 それが崩れた今、自分の空虚さを痛いほどにアキは感じていた。

 

 

 

 それからの生活は酷いものであった。

 

 

「いつまでこんなところにワシを閉じ込めておくんじゃあ!! ヒマじゃヒマじゃヒマじゃー!!」

 

「……映画借りてるだろ、それでも見てろ」

 

「そんなにずっとジッとしてられるか! ゲームももう飽きたッ!」

 

 

 

 ただ日がな一日、部屋で何もせず過ごすだけ、同居人のパワーに罵倒されながら仕方がなく飯を作って食べて寝るだけの無意味な生活。

 

 アキは部屋では吸わないようにしていた煙草も構わずリビングで吸い出す。

 

 

「うげぇ! タバコは臭いから嫌いじゃ! バッチぃ、エンガチョ!」

 

「臭いのが嫌なら普段からクソは流せよ……」

 

 

 気楽に復讐どころではない、ひょっとして自分は復讐があるから何とか気楽に生きていたのではないかと疑う程にアキの気力は失せていた。

 

 

 

 

「どうすりゃいいんだよ……」

 

 

 灰皿の底が見えぬほどに押し込まれた吸い殻。

 

 早川アキは捻じ込もうとした灰皿にその隙間すらないと気づくと、ため息をついて灰皿の中身を屑入れにひっくり返して捨てると、新たな煙草を取り出した。

 

 なにも考えたくないから空っぽの自分にタバコの煙を満たす。

 

 

「ゲェー! マキマからの呼び出しじゃと……!!」

 

 

 そんな風に過ごしていた時だった。

 

 こんな自分を見かねていたのだろうかとアキが疑うタイミングで、彼とパワーの元にマキマから招集がかかる。

 

 

「仕事は面倒じゃ、まぁ血を見れるなら手伝ってやらんでもないが、最近は体が鈍ってしょうがなかったからのぉ」

 

「……パワー、お前はマキマさんの部屋の前で待ってろ」

 

「まぁ、ワシは偉いからの、面倒ごとはチョンマゲに任せるとするかのぉ」

 

 

 アキはこのタイミングの呼び出しを銃の悪魔討伐の意思があるかの最終確認だと考え、パワーを下がらせる。

 

 アキはこの作戦を辞退するつもりで臨んだ。

 

 

「早川君の辞退は許すけど、パワーちゃんは難しいだろうね、魔人は公安に協力することを前提に生かしてるだけなんだから」

 

 

 冷徹に、しかし当然の判断を告げるマキマにアキは再度頭を下げる。

 

 それを見たマキマは悩ましそうに指を組んでみせながら、目を細めた。

 

 

「そうだね……、君の気持ちも分かるよ、例えば別の任務につけば上への言い訳はたつ、……実はね、早川君に頼みたい仕事があるんだ」

 

「ほ、ほんとうですか!?」

 

 

 残されたパワーを死地に送ることを避けられるなら既に意味のない自分の命がどうなっても構わない、そんな捨て鉢の嘆願を受け入れるマキマへ感謝を述べるアキ。

 

 

 そんなアキを見て、マキマは書類を取り出して一つの提案をする。

 

 

 

「実はね、デンジ君が見つかったの」

 

 

 

 その言葉に色を失いかけていたアキの目に光が宿る。

 

 

「デンジが見つかったんですか! ……アイツは生きて!! 一体どこに……!」

 

「こちらの網に引っかかったみたい、今は公安で管理している悪魔の能力で気付かないように保護しています」

 

 

 正直に言うならデンジがまだ生きていることにアキは心底安堵した。

 

 殺されかけた女のハニートラップに再度引っかかって行方をくらましたと言われれば既に国外、あるいは心臓だけ抜かれてどこかに捨てられているのではとアキは考えてしまっていたからだ。

 

 

「外界から遮断された隔離空間。平穏の悪魔が作った揺りかごみたいな場所に今はいるよ」

 

「平穏の悪魔……?」

 

 

 アキの目の前へ紙が数枚、机の上を滑ってくる。

 

 既視感のある海辺の村の写真と住所といくらかの補足情報が書かれた書類。

 

 

「面白い仕組みでね。基本的には住民の顔見知りしか入れない、だから入れるのは、君と、パワーちゃんだけ」

 

「そこにデンジがいるんですね?」

 

 

 アキは書類を掴んで手元に引き寄せる。

 

 マキマはアキの行動を同意と受け取り、言葉を続けた。

 

 

「うん。向こうの時間は少し違って流れる。君たちは中に入って、デンジ君と女の子を確認し、二人を護衛して」

 

「捕縛ではなく、護衛で? しかもデンジだけでなく、……ソ連の刺客もですか?」

 

 

 マキマの指示にアキは疑問を呈する。

 

 アキ個人の感情から考えても因縁はある。

 

 その敵を護衛しろと言われてアキが納得することは難しい、それを察したマキマは静かに目を伏せる。

 

 

「どうやらデンジ君を連れて行った彼女、ソ連も裏切っているようなんだよね」

 

「その、……つまり第三国に寝返ったんですか? そこにデンジを売ろうと?」

 

「ううん、デンジ君とただ逃げてるだけみたい」

 

「は?」

 

 

 一瞬、アキの脳内が空白で埋め尽くされる。

 

 ソ連のよこした工作員の少女がその本分も遂行せずにただ少年と逃避行を行っている。

 

 その理由を傍から考えた時、一番ありふれた理由が思い浮かぶが、そんな陳腐なラブロマンスがあり得るわけがないとアキは考え直し、思考は袋小路に陥る。

 

 

「は? いや、それは……、おかしいでしょう?」

 

「うーん……、まぁそうだよね、逃げ切れるわけがないのに」

 

 

 アキの混乱とは微妙にズレた考えを零しながら、マキマはその形のいいあごの輪郭をなぞる。

 

 

「でもねそこに交渉の余地があると上層部は判断した。排除ではなく懐柔、その為に早川君はいろんなことを飲み込んで行動してもらわないといけないんだけど……、どう、できそう?」

 

 

 引っかかりが残る。というよりは引っかかりしか感じない。

 

 だがアキはその疑問を指示は指示だと飲み込んだ。

 

 

 部屋を出る時、マキマはまっすぐアキを見て、まぶたの動かし方だけで言った。

 

 

 

「早川君は優しいから平穏に弱い、気をつけてね」

 

「そんなモノに浸れる余裕は俺にはありませんよ」

 

 

 

 

 マキマとの話が終わりアキが廊下に出ると、パワーが両腕を組んで待ち構えていた。

 

 長い缶詰生活で外にも出れなかったパワーのストレスは限界に達していた。

 

 

「遅いぞ! ワシは腹が減っておる! あと眠い!」

 

「仕事だ。メシは何とかしてやるから働け」

 

「また刺客が来るから部屋に籠るのかぁ~? つまらん! つまらん!つまらん! つーまーらん! 映画はもう飽きたのじゃ!!」

 

「静かにしろ。デンジが見つかった」

 

 

 駄々をこねだすパワーはその言葉を聞いて止まり、次第に彼女の口の端が持ち上がる。

 

 

「なぁにぃー……、ガハハハッ! そうか!! あやつを殺して連れ帰るんじゃな!! 裏切者は奴隷じゃ奴隷!! 手始めにヤツの生き血をさっき見たスプラッタ映画並みに搾り取る!」

 

「ちがう、護衛だ護衛、今アイツの心臓は世界中から狙われてる。ほとぼりが冷めるまで見張るんだ」

 

 

 しかしアキの説明をパワーは全く聞かず、突然何かを思いついたように大笑いをする。

 

 

「ワシは最高の映画の見方を思いついた! 全員で映画を見て血が噴き出すシーンのたびに、同じ量の血をデンジから抜く! 次の映画は血飛沫もりもりの映画を用意せいチョンマゲ!! あやつを干からびさせるぞ!」

 

「だから殺すな……」

 

「えー、どうせ殺しても死なんのだから構わんじゃろ」

 

「ダメに――」

 

 

 アキは頭の角を自分の腹にグリグリと押し付けてくるパワーにそう言いかけ、少し考えてから口を開く。

 

 

「いや、お前と俺にも一発ぐらい本気で殴る権利はあるか……」

 

「いやじゃ! もっと殴る! アキの分の権利もよこせ!」

 

「そうだな……、いいぞ」

 

「ニャーコの分もよこすんじゃ!」

 

「まぁ……、許す」

 

「ガハハハッ! 待ってろデンジ、合わせて1000発、ボコボコにしてやるわい!」

 

 

 

 どんな計算に至ったかはアキには分からないが、久方ぶりに調子が戻りだしたパワーを見て、彼は仕事の準備へ取り掛かった。

 

 

 

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