『俺達に明日はいらない』(偽原題:Bomber and Cradle)   作:ばばばばば

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8.グリーン・マイン

 国道沿いに車が一台止まり、二人の人影が降りてくる。

 

 時は秋、風はすでに冷たく街路樹の枝先の葉はまばらだった。

 

 二人組の片方の人影である女は、アスファルトの上を転がる落ち葉を見て蹴とばした。

 

 

「さむいぞチョンマゲ! なんでこんな山奥まで来ねばならんのじゃ」

 

「我慢しろ、目的地はこの先だ」

 

 

 アキは地図を一瞥する。

 

 

 マキマに渡された資料に載っていた座標、そこに平穏の悪魔の村があるはずである。

 

 写真の見た目は真夏の漁村。

 

 それを見ながらアキは眉を顰める。

 

 

「似てるな……」

 

 

 その光景は、未来の悪魔に見せられた風景そのものであったからだ。

 

 しかし同時にアキは木々から落ちる葉を見て落ち着きを取り戻す。

 

 季節は秋、まだ見せられた未来まで時間は十分にあると考えたからだ。

 

 

「時間はまだある、その前にデンジを……」

 

「なにしとんじゃ! 早く来い!」

 

 

 パワーの尻を蹴り上げかねない勢いに押されてアキは歩き出した。

 

 

「なんでこんな寒い日に外に出んといかんのじゃ……、これも全部デンジのせいじゃ……!!」

 

「……お前、買ってやったマフラーはどうした?」

 

「車に忘れた! よこせチョンマゲ!!」

 

 

 追剥のようにアキからマフラーを引き抜いて、少し先の道へ駆けだすパワーにアキはため息をついた。

 

 

「こんな寒い日に防寒着を忘れるとはチョンマゲは愚かじゃのぉ~」

 

「ぶっ飛ばすぞ」

 

 

 情報ではこの小道を抜けた先が目的地である。

 

 しばらく歩いた二人は村を一望できる頂上へとたどり着こうとしていた。

 

 

「やけに日差しが強いな……?」

 

 

 アキ達が歩いていくと鼻先を撫でる空気が変わった。

 

 冷気が消える。

 

 秋の匂いが、まるで境界で切り落とされたように途絶えた。

 

 

「暑いわ! こんなもんいるかぁ!!」

 

 

 パワーが腕を振ってマフラーを投げ捨てながら叫ぶ。

 

 気づけば彼らの足元に落ち葉が一枚もない。

 

 代わりに――セミの抜け殻が落ちていた。

 

 

「は?」

 

 

 それは、季節を間違えた音。

 

 

「……セミが鳴いてやがる」

 

 

 

 先ほどの木々を揺らす乾いた秋風は既になく、陽射しと湿った熱気だけを肌に感じる。

 

 彼らの目の前に広がるのは真夏の潮風。

 

 まるで別の世界にたどり着いたようにアキは感じた。

 

 

「あれがデンジの逃げた村じゃな! 海が見えるぞ!」

 

 

 村に向かって駆け出すパワーを制止するため追いかけるアキは、村の中に入るにつれて奇妙な感覚を覚えた。

 

 

 辺りに響く蝉の声、耳に張りつくような喧しさがアキの中身を揺らす。

 

 

 子どものころ、まだ弟が生きていた頃の夏休み。

 

 弟が病弱なため入ることもできなかった海、その波打ち際で家族とした花火の匂い。

 

 自分の近くで花火をしたがる弟を邪険に思い砂浜を駆ける自分。

 

 笑いながら近づく父と、遠くで心配そうに呼ぶ母の声。

 

 そんな記憶が、一瞬だけ胸の底で弾けた。

 

 

「……なんだ、これ」

 

 

 アキは眉を寄せる。

 

 今まで忘却していた懐かしき思い出、そんな無数の感慨が胸の内で渦巻く。

 

 

 アキの実家は街の離れにあった。

 

 この村を美しいと思いはすれども、彼の生家とは似ても似つかない。

 

 

 しかし、彼の心の内では凄まじい郷愁を感じてしまう。

 

 理性で否定しようとしても心のどこかが帰ってきたと告げていた。

 

 

「海が見えるぞ! 店がやっておる! ワシは腹が減ったぞ、何か買え!!」

 

「……海の家だと、今は秋だぞ、一体どうなって……」

 

 

 村の中は牧歌的で警戒する気が失せる程の長閑さ。

 

 そこを抜けて見える一面に広がる海は些末な考えなどしようと思えない程に、どこまでも青く広がっていた。

 

 その中にポツンと建てられた海の家がやけにアキの目についてしまう。

 

 

「この匂い……、焼きそばじゃ! 早くワシにメシを買えチョンマゲ!!」

 

 

 焼きそばのソース、ラムネの甘い炭酸、潮と油が混じった夏の空気。

 

 それらが蜃気楼のように揺れながら、まるで手招きしているようにアキは感じてしまう。

 

 

「……暑くてかなわねぇな、少し休むか……」

 

 

 そんなことをしてる暇はないと思いながら、どうしてかアキの足はその小さな建物に引き寄せられていった。

 

 

「いらっしゃい」

 

 

 寂れたその海の家は店主が一人だけ。

 

 店の影から淡い陽を背に、微笑む人のよさそうな顔。

 

 

「その……、焼きそばを二つください」

 

「おい店主! この店に血はおいとらんのか?」

 

「海の家にある訳ねぇだろ、……コイツにはラムネでもつけておいてください」

 

「はいはい、わかりましたよ。他にご注文は?」

 

 

 アキは少し考えてから口を開く。

 

 

「その、変なことを聞くんですが、最近ここら辺に若い男女を見たりしていませんか」

 

「その二人組はお兄さんのお知り合いで?」

 

「えぇ……、男の方は職場の同僚でして……」

 

「お二人ともずいぶん心配されたご様子ですね、安心してください、ここは狭い村だ。会いたい人がいるなら直ぐに会えますよ」

 

「心配なんてそんな、自分はただ仕事で……」

 

「しょうがなく連れ戻しに来ただけじゃ!! おい店主さっさと料理を持ってこんか!!」

 

「馬鹿やめろ、失礼だろ」

 

「これはすみません、すぐお作りして持ってきますね」

 

「いきなり変な話をしてこちらこそすみません、こいつはこんなんですが人を害するヤツじゃ……」

 

「いえ、構いませんよ」

 

 

 口に出してアキは自身への疑問を浮かべる。

 

 人を探すにしてもこんなにも直接的で怪しまれる方法を取る自分、あるいは魔人を見ても驚かない店主。

 

 

 本来の予定では村に入った後、平穏の悪魔と合流し、デンジと接触する手筈であったということをいつの間にかアキは失念していた。

 

 

 しかし海の家の店主は気圧されることもなく、注文の去り際に何でもない伝言のように口を開く。

 

 

「公安から来た早川アキくんとパワーさんだよね、マキマから話は聞いてるよ、ようこそこの村へ、私が平穏の悪魔だよ」

 

 

「……アンタが?」

 

「はぁん、ずいぶん弱っちそうな悪魔じゃのぉ……、店主! タコ焼きも持ってこい! ワシはマキマよりえらい、マキマの下僕ならキサマはワシの下僕! サービスするのじゃ!!」

 

「まぁ確かにそのとおりかもね、ここに居る間の食事は全品無料でお出しするよ、宿もここから少し離れた所に民宿があるから使うといい」

 

「ならスイカも、あとフランクフルトもじゃ!」

 

「仰せの通りに、まぁ詳しい話し合いはご飯を食べながらでもいいかな?」

 

「ワハハハ!! 苦しゅうないぞ!!」

 

 

 アキはパワーが好き勝手に注文をしだすのを驚きの中で見過ごすことしかできない。

 

 

「なんじゃ、しみったれた店にふさわしい普通の味じゃのぉ!」

 

「ははは、海の家ってそういうモノだからね、景色とシチュエーションで誤魔化してるだけだよ」

 

 

 出てきた料理へ片っ端から手を伸ばすパワーに微笑む悪魔を見て、アキは自分に出された焼きそばに目を落とす。

 

 そんな警戒を見抜いたのか平穏の悪魔は苦笑した。

 

 

「毒とかもない普通の食材だよ、食べたらここから出られないなんてこともないから安心して」

 

「悪魔の言うことを信じるデビルハンターはいない」

 

「私は公安……、マキマと契約を交わしている。二心はないよ、身の丈以上の力を使えるのも彼女のおかげさ、……君もマキマの世話になったりしているのかな?」

 

「マキマさんのおかげで今の俺がある。……だがそれでアンタを信用する理由にはならないな」

 

 

 アキはここに向かう前に、マキマに平穏の悪魔を警戒する様に言われていた。

 

 仕事以上の信頼を置くつもりは一切なかった。

 

 

「そうかい、君もか……」

 

 

 平穏の悪魔はため息をつくと、それならばと言った様子で人差し指を立て、今いる自分の足元を指さした。

 

 

「契約した方が安心かな? 平穏の悪魔の名のもとに今回君達がこの村にいる間、私は君達に危害は加えないと約束するよ、代償は……、じゃあ食事代と宿泊代に1000円ぐらい貰おうかな」

 

 

 アキはその契約内容を吟味する。

 

 一見なにも問題がないように見える契約、しかしその裏を突き人を陥れるのが悪魔という存在の性根である。

 

 そんな風に疑っていると、横合いからパワーが馬鹿馬鹿しそうな態度をしながらに口を出した。

 

 

「下僕に何故金を払わんといかんのじゃ?」

 

「えー……、だったらここから出て行く時は宿の片付けぐらいしてくれると嬉しいかな……?」

 

「面倒じゃ!! ワシは客じゃぞ! お主がやれ」

 

「じゃあ、そのラムネ瓶のビー玉とかでいいよ」

 

「こんなゴミを欲しがるとはお主ガキかぁ~? しょうがないのぉ~ これで勘弁してやるから新しいラムネを持ってこい! さっきのぬるいのじゃなくてちゃんと冷えてるヤツじゃぞ!!」

 

「はい……、もう、それでいいかな……」

 

 

 その様子を見て、毒気を抜かれたアキは悪魔の契約を受けた。

 

 

「……とりあえず契約は了承する。こちらに協力する意思があるのは分かった。それで……、デンジはどこだ?」

 

 

パワーの傍若無人ぶりにいたたまれない気持ちになったアキは、焼きそばに箸を伸ばしながら問いかける。

 

 

「あぁ、多分だけどもうすぐ一人でここに来るよ。今日はバイトには急なお使いを頼んでて私が消えればここにはだれもいなくなる。家族水入らずで話すといい」

 

 

 平穏の悪魔はこの場から出て行くつもりのようで、カウンター脇の釣り竿をひょいと持ち、のれんをくぐる。

 

 

「俺達はただの仕事仲間だ」

 

「私は平穏の悪魔だからね、なんとなくその人たちの温度が分かってしまうんだ」

 

 

 平穏の悪魔がその場から離れる時、食事を囲む二人を柔らかい目で眺める。

 

 

「君たちのそれは、夜になっても帰ってこない弟を心配して、仕方なく探しに行く兄妹の温度だよ。そういう人たちは必ず“帰る場所”になる。……いい家族だね」

 

 

 その一言に対して反論しようと口を開けるアキは、しかし言葉がとっさに浮かばず、去っていく悪魔の背を眺めることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 しばらくして、アキが平穏の悪魔の言葉を反芻している内にパワーが料理を食べあげようとしていた時だ。

 

 

「しっかし、不味そうに食べるのぉチョンマゲ! 景気が悪くなるわい!!」

 

「……うるさい、そんなに食い散らかされたらこっちの食欲も落ちんだよ」

 

「ならこっちにその焼きそばを……、むっ、この匂いは――」

 

 

 何かに気づいたパワーは黙り込む、するとしばらくして波の音に混じって砂を踏む音が僅かにアキにも聞こえ始めた。

 

 

 目の前で鼻をひくつかせたパワーが椅子を倒して立ち上がる様子を見て、アキも椅子から腰を浮かす。

 

 

 店の前ではなく店の奥からガラガラと戸を開く音がした。

 

 

 

「おーいレゼ、さっき漁師のオッサンからすげぇうまいらしい酒もらってさぁ、今度二人で ――あ?」

 

 

 潮の香りと汗のにおいを纏い、日に焼けた腕、乱れた髪。

 

 

「……デンジ?」

 

 

 アキの声に乗った感情は怒りよりも驚きと安心の方が勝っていた。

 

 こちらに気づいた少年は、やはり懐かしい顔のまま、しかしほんの少しだけ大人びたようにアキは感じてしまう。

 

 

「デンジぃぃぃ!? 貴様まだ生きておったかァ!!」

 

 

 声の主を見て、パワーが口いっぱいに含んだ焼きそばを吹き出し、デンジに突進する。

 

 

「アキとパワー? なんでここに――」

 

「死ねぇッ!!」

 

「痛ってえぇぇー!!」

 

 

 飛び掛かったパワーはデンジに組み付くとその歯を彼の首に突き立てた。

 

 

「デンジのアホー!! ワシを置いて勝手に逃げおって!! この裏切り者め! 犬の分際で勝手に遠出とは良い身分じゃのぉ!!」

 

「勝手に逃げたのは悪かった! けど噛むんじゃねぇ!?」

 

「なんじゃデンジ、さっきの腑抜けた表情は! ワシを置いて逃げたくせにずいぶん楽しそうじゃのう!? ワシが退屈で死にかけておったのを知っとるのか!?」

 

「わりぃと思って……だから齧るのを止めろ!? ソースくせぇんだよ!」

 

 

 デンジを見たらまずは一発殴ってやろうと思っていたアキは、目の前でうるさく騒ぐ二人を見て、その気が失せてしまう。

 

 

「やめろパワー、とりあえず落ち着け」

 

「……まぁいい、ワシの退屈を埋めるために帰ってきたなら許してやろうかのぉ!」

 

 

 仕方がなく口を離すパワーはしがみ付いたまま、その角をデンジの顔に突きさすように押し付ける。

 

 

 それを無視したデンジは、アキの方をバツが悪そうに見ていた。

 

 

「そんでデンジ、とりあえずお前そこ座れ、パワーもそこから降りて少しだけ静かにしてろ、後でなんか買ってやるから」

 

 

 感情を見せずに話すアキに従い、デンジは黙ったままパワーを下ろすとアキの目の前に座った。

 

 

 机を挟んだまま黙り込む両者、微動だにせずデンジの目を見るアキ、それに対しデンジは気まずそうにしながらも正面から見返している。

 

 

「まず言っとく。……いいか、お前が逃げたせいで人が死んでいる」

 

 

 道理として、そのことだけは伝えなければいけないと、アキはデンジの目を見据えた。

 

 

「……お前が消えてから、公安はめちゃくちゃだ。世界中の悪魔と刺客がチェンソーの心臓を狙ってきた。……そのせいで、守れたはずの奴ら、死ななくても良かった奴らが何人も死んだ」

 

 

 ほんの少し逸らすことも許さないとアキはデンジに縫い留める様な鋭い目を向ける。

 

 

「……それだけじゃねぇ、お前と逃げたあの女がどれだけのことを仕出かしたか知ってるよな、あれで何人の市民が死んだと思ってる? お前は自分のしたことの意味が分かってんのか?」

 

「別にオレは誰も殺してねぇし……、アイツだってもう戦う気なんてねぇよ……」

 

「それはお前が決めることじゃない! ……そもそも今だって爆弾女に騙されているかもしれな――、いや今はその話はいい、とにかく、お前の行動で人死にがでてんだ。お前はその責任をどうするつもりだ?」

 

 

 どうするつもりかと聞いておきながら、アキは知っている。

 

 人が死んだ以上、その償いなどできるはずはないことを。

 

 ましてや目の前の考えの足りないデンジが、その問いかけに答えられるはずもないことも知っていた。

 

 

 案の上、黙り込むデンジをみて、アキは静かに告げる。

 

 

「デンジ、公安に戻れ、お前のしたことは許されないが、まだ出来ることがある」

 

「レゼは……」

 

 

 苦しそうにそう呟くデンジを見て、まさかあり得ないと考えていた二人の逃避行が真実味を帯びてきたことにアキは驚いた。

 

 

「……ソ連の刺客は到底許せないことをした。だがマキマさんはその女も合わせて護衛しろと言った。排除じゃなくて懐柔、もしもお前が上手くあの女を説得して公安に身柄を預ければ殺すようなことにはならないかもしれない……、場合によっちゃ俺もマキマさんに上申してやる」

 

「本当にレゼを殺さねぇのか?」

 

 

 アキ個人の感情で言えば公安の恩人や仲間を奪った仇である。

 

 許せるわけがない。

 

 だがしかし、彼女が目の前のデンジと同じように選択などなく国に道具として使われる人間だということに、一定の同情はあった。

 

 

「約束はできない、だがそれはお前の選択次第だデンジ、まさかいつまでも逃げれると思ってないだろうな?」

 

 

 ソ連に道具であれと作られた少女にヤクザと日本に道具のように扱われた少年。

 

 モルモットとドブネズミの扱いを受けた二人、アキの良識で言えばこの二人が共感し合い逃げ出してしまうこと、その末に幸せを掴もうとすること。

 

 殺してきた人々、生み出した被害、国同士のしがらみさえなければ彼らは過去の分だけ平穏を甘受すべき人間であるとアキは考える。

 

 

 ――だが、そうはならない。もうそんなことは選べない場所に二人はいる。

 

 

「爆弾女はソ連を裏切った。あの国が裏切者を許すわけがない。それにデンジ、お前の心臓もなぜかは知らねぇが世界中から狙われてる。……お前ら二人が逃げられるわけがねぇんだよ」

 

 

「俺は――」

 

 

 単純なデンジの心の動揺を察知してアキはさらに畳みかける。

 

 

「どこか大きな国の元で生きるのが一番安全だ。一定の豊かさ、最低限の国際的良識をもった日本で暮らした方が良いとは思わねぇか?」

 

 

 欺瞞だ。

 

 様々な思惑におもねった選択だと、アキは分かっていながらも言葉を吐いた後、デンジの言葉を待った。

 

 

 

「……オレはよ、正直うまいもん食って、寝れて、クソ出来ればそれでいい、別に誰がオレの飼い主だろうと気にしねぇ」

 

「なら――」

 

「でもよ最近なんか、オレ気づいちまったんだよな、なーんか一人でメシ食ってるよりよぉ、誰かとメシ食ったり、一緒の場所で寝たり、一緒にクソ……、いやこれはちげぇけど」

 

「……あの女がそんなに大事なのか? それをあの女に気づかされたと?」

 

「あー、いやちょっとまってくれ、今考えてんだからよ、……とにかく多分いま一人でメシ食ったらあんまウマくねぇからイヤなんだよ、オレは」

 

「いいか、あの女のことがそんなに大事ならなおのこと公安に来い……!」

 

「なぁアキ、オレはレゼが横に居りゃメシがウマく食えるけど、なんかレゼはそれだけじゃなさそーでさぁ、そうなると不思議なことにオレもメシをウマく食えねぇ気がすんだよな」

 

 

 それは普通の人間なら誰しも当然のものとして求める感情だ。

 

 それを知らなかったことこそが哀れなのだとアキは思いながらも、その当然の感情から彼女を優先し自身の提案を跳ねのけるつもりではないかとアキは焦りだす。

 

 

「……よーく思い返してみるとよ、多分、気づいたのはレゼん時だけど、きっかけは、……その、あー、多分おまえなんだよアキ」

 

「あ?」

 

 

 そんな風に小奇麗な策謀を纏めていた時、デンジの不意の言葉にアキは真正面から殴られる。

 

 

「レゼと逃げてる時、そりゃあ楽しかった。楽しかったけど、アキとパワーとメシ食う時も楽しかったなって今になってちょっと惜しいと思って……、このまま考えなしに飼い主の餌食ってたら、誰が隣でメシ食うか決められそうでイヤっつーか……」

 

「今自分がそんなこと言える立場だと――」

 

 

 頭を掻きながら俯くデンジはチラリと前髪越しにアキを見た。

 

 

「今のアキみたいに、パワーと焼きそば食ってんのに不味そうな顔、レゼもしそうだって思ってよ」

 

 

 アキはその言葉に思考が止まる。

 

 任務、命令、仕事、既に復讐すら出来ない死にぞこないの自分を動かしている僅かな義務感。

 

 そんなことを忘れさせるほど、デンジの言葉は力が抜ける馬鹿馬鹿しい話だった。

 

 

「ハァーー……」

 

「……なんだよ、またオレを馬鹿にすんのか?」

 

 

 公人としての自分、社会正義を全うする自分、それらのハリボテが崩された時、早川アキは脱力して椅子に座り込んだ。

 

 しばらくして、アキがゆっくりと顔をあげてデンジを見た時、だからこそ彼は余計な修飾をせずに本音で口を開く。

 

 

「……さっき会った時のお前の顔、……悪くない顔してたよ。正直言えばそんな風に争いに関わらず生きていけりゃそれが一番上等だ。……でもなもう終わっちまう、お前達のこの先にどこにも平穏なんてありゃしねぇ」

 

 

 逃げようが、国に従おうが、この先で二人が真っ当に生きる手段はない事を早川アキは知っていた。

 

 

「今から言うことは誰にも言うな、……銃の悪魔はもう倒されて死んでる」

 

「え? マジ……? じゃあ銃の悪魔を倒したらなんでもしてくれるって言うマキマさんとの約束は?」

 

「……信じたくないがマジだ。 というかなんだその約束は……、まぁ、そもそも女目的で公安から出てったお前には関係ないだろ」

 

「それはそうだけどよ……、えー……、マジかよぉ……」

 

「……とにかく、銃の悪魔の肉片を奪い合う戦争がこの日本で近々おこる。まぁ、日本を選べといったがこの国の平穏もいつ崩れるかって話だ」

 

「ハヤパイそれはズルじゃん! 日本全然よくねぇじゃん……!!」

 

「うるせぇ……、ここに来たのはパワーをそんな戦争に巻き込まないためだ。魔人は問答無用で戦力扱い、武器人間になれるお前もそうなるだろうな、……おいパワーこのことはガチで言いふらすなよ、言ったら俺とお前で仲良く銃の悪魔へ特攻だ」

 

「わ、わかっておるわい! まぁ銃の悪魔なんぞ一ひねりじゃがの!」

 

 

 珍しく話の腰を折らずに静観していたパワーの言葉、それでも銃の悪魔相手には分が悪いとみているのかいつもの虚言にキレがない。

 

 

「……とにかく、この村で時間を潰してる内に戦争が終わってくれりゃそれでいいと思って来た。それがダメでもこの戦争をチャンスに戦力として国に交渉すりゃお前らも問答無用で殺されることにはならないかもしれない、だが今逃げればすぐに公安はお前らを消しにかかるだろうな、多分追手は岸辺さんだぞ」

 

 

 実に嫌そうな顔をしながら聞くデンジをみて、全てがどうでもよくなってきたアキは本音をこぼす。

 

 

「……俺はな、お前が死ぬのが嫌なんだよデンジ」

 

「ワシはデンジが死んでも構わんが?」

 

「こいつゥー……、いまハヤパイが良いこと言ってんだろ……」

 

 

 さらに嫌そうな顔をするデンジを見て、アキは咳のように乾いた笑いを漏らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらく彼らは話をした。

 

 それはなんでもない日常のことをあえて話す。

 

 デンジの逃亡生活のことであったり、アキのパワーへの愚痴、そして言い訳すらしないパワーの虚言。

 

 

 いくらかの語り合いの後、アキはパワーを連れて民宿に向かうため、海の家を後にしようとする。

 

 

「……とにかく、俺としては公安に降るのが一番生き残る確率が高いと思う……、だが今公安に来ても生き残れるかは微妙なとこだな、今この瞬間に戦争が終わってしまえばいいが……、多分そうはならない……、だが時間稼ぎぐらいは試してみる。交渉に時間がかかってるってな」

 

「真面目なアンタが職務怠慢なんてなぁ……」

 

「職務放棄したお前が言うな」

 

「でもよぉ、最近普通の仕事して気付いたんだけど、バックレただけで殺される職場の方がすくねぇんだぜ?」

 

「まぁ……、それは……、そうだろうな」

 

 

 ため息をついてアキは海の家の出口へと向かう。

 

 

「レゼには会わねぇの?」

 

「……さすがにな、お前の彼女らしいが俺の恩人の仇だ。生まれには同情するが会ったら流石に自分を抑えられない、説得はお前に任せる」

 

「あー、まぁそうだよなぁ……」

 

 

 復讐は暗いと嫌うデンジも、もしアキやパワーを殺した相手と友達になれるかと聞かれれば難しいと思うだけの情緒の成長はしていた。

 

 

「……だがな、俺はどうしてもあの女が信用できない」

 

「まぁ、そりゃアキからしてみりゃそうだろうけどよ……」

 

 

 デンジの顔を見ながら、何かを迷うアキは覚悟を決めた様子でデンジに告げた。

 

 

「……なぁデンジ、それでも言うがお前はここからすぐにでも離れた方が良い」

 

「えーなんでだよ? すぐここ離れたら危ねぇつったのはアキだろ」

 

「お前、俺が未来の悪魔と契約したのは知ってるな?」

 

「おぅ……」

 

「……未来の悪魔に見せられた。この場所でお前があの爆弾女に吹き飛ばされる光景だ。詳しいことは分からないがアイツはお前を裏切るつもりかもしれない」

 

「ふーん、そうかよ」

 

 

 その淡白な反応にアキは肩透かしを食らう。

 

 

「おまえ……、今の話を聞いても、まだあの女のことを信じるのか?」

 

「べつに? だってここ来る途中で首へし折られたし、抱き合ったまま連続で爆破されて死にかけてたし? 今更おどろきゃしねぇなぁ……」

 

「コイツ、本物のバカじゃな」

 

 

 アキとパワーは呆れを通り越して気がふれたヤツを見るように一歩引き、アキはかつてのバディの言葉をふと思い出してしまう。

 

 

「……お前がデビルハンターを辞めちまったのは公安にとって途轍もない損失だったのかもな」

 

「だよなぁ? 公安に戻れるなら上の奴らにオレ達のタイグウを良くするようにいっておいてくれよ」

 

「はっ……、知るか馬鹿野郎」

 

 

 

 アキはほんの少し口の端を曲げてそう答えた後、パワーと去っていった。

 

 

 

「ん? つぅかレゼどこにいるんだ? ここに居ねぇとなると店長と村の雑用か?」

 

 

 なんにせよ、今日会ったことをレゼに伝えなければならないと彼は彼女を探した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――きっとね、早川君はそんな風に時間稼ぎをすると思うの、彼は優しいから情を持ってしまったデンジ君に逃げることも戻ってくることも強要できない……」

 

 

 レゼは降りかかる言葉にただ力なく、地べたを這いずりながら聞くことしかできなかった。

 

 

「早川君は優しいね、自分の仇を大事な人といることを許しちゃうんだから……」

 

 

 レゼはバイトの最中、港に行くように店長から指示を出された。

 

 ここに居る平穏の悪魔がマキマの手の者と明らかになった以上、罠と思われたがそれでも追い詰められた彼女に選択肢はなかった。

 

 

 

 ――君達が平穏に暮らせる方法がある――

 

 

 

 その甘言に釣りだされ、指定された場所に現れた者。

 

 各国からは魔女と呼ばれ、日本において最も他国から警戒されるデビルハンター。

 

 

 その正体をレゼは知っていた。

 

 

「だからねボムちゃん、君には平穏の悪魔と契約をして欲しいんだ」

 

 

 支配の悪魔と呼ばれる日本を領地とする悪魔。

 

 

 

「私はね、ただチェンソーマンが欲しいんだ。でも彼の心臓はデンジ君との契約に縛られて出てこれないでいる」

 

 

 そんな存在が目の前でただつらつらとこれから起きる事実を告げるように話をする姿、それを両手両足をもがれた彼女はただ聞くことしかできなかった。

 

 

「デンジ君の普通の夢をチェンソーマンに見せる。その契約をされたから私は彼に会えない」

 

 

 支配の悪魔は無感情に見下ろしながらレゼを見つめた。

 

 

「デンジ君に家族を与えて、恋を知ってもらって、普通の生活をいっぱい与えてチェンソーマンとの契約を完了させる……、手間だけどそういう方法もあったんだ」

 

 

 ――でもね、と

 

 悪魔はその無駄のない曲線を描く唇を静かに開いて、レゼへ告げた。

 

 

「でも君が彼と逃げたから、だから方針を変えたの」

 

「あっ……、うぅ……」

 

「そう、たとえば――」

 

 

 その口から次々と滴る言葉に、レゼは恐怖した

 

 これから話される言葉を聞くなら鼓膜を破るなど躊躇いなく行えるというのに、その両手は既に肩先から失っていた。

 

 

「やめっ……、やめて……!!」

 

 

 滔々と語られる悪魔の口からは聞くに堪えない、どう人の心を壊すかの方法が語られる。

 

 

「おねっ……、お願い、ゆ、許して……!」

 

 

 少女の懇願に悪魔は耳を貸さない、その具体的方法がただひたすらに語られ、その変わらない微笑を携えた顔貌から最後にこう告げられる。

 

 

「早川君達を呼んだのもそのため。いっぱい与えた幸せを取り上げて、誰の責任かちゃんと教えてあげれば、デンジ君も普通の生活なんて望んじゃいけないことが分かるでしょう?」

 

 

「あっ……、あぁ……! あぁぁァ…………」

 

 

 レゼはいつの間にかその顔を雨に打たれた絵の具のキャンバスのようにぐしゃぐしゃに濡らしていた。

 

 

 

「……マキマ様、お話はそれぐらいで……、彼女と契約するのは私となりますので説明を変わっていただいても?」

 

 

 力なく横たわる体を気遣うようにもう一人の悪魔が静かに騙る。

 

 

「……残念だけどマキマ様からは逃げられない。いや、そもそも君達が逃げれていた時なんてなかったことは分かっていただろう?」

 

 

 初めから破滅を分かっていた逃避行。

 

 今まさに無防備な少女の心に沁み込もうとするこの悪魔でさえ支配の手中。

 

 彼らが抜け出せる檻の外など初めから無かったのだ。

 

 

「マキマ様は君や彼に興味がない、チェンソーマンの心臓を手に入れられればそれでいいんだ」

 

 

 先ほどの心壊すような暴力の後に降り注ぐ慈悲の雨。

 

 それはまさに悪魔の手管であり、抵抗できる人間などいない。

 

 

「だからここは効率的に考えよう。確実にチェンソーマンの心臓を手に入れるために、マキマ様の言った最終手段の前のサブプランを成功させる。君がデンジ君の普通の生活をめいいっぱい与えて飽和させるんだ。そしてその瞬間にデンジ君の心臓と用意した移植用の心臓を入れ替える。大丈夫、公安には安全に肉体をすり替えることができる悪魔がいる。失敗はないよ」

 

 

 レゼはただ、ただ手段の変わっただけの凌辱を甘んじて受けることしかできない。

 

 

「そのために君が必要なんだ。分かるだろう? 君が彼に平穏を与えるんだ。協力は惜しまない、今回与えられた私の力を限界まで使えば1日を30年に時間を曲げられる。その間は待ってもらえるようにマキマ様との契約は済んでいるから、契約を反故にする心配はいらない」

 

 

 悪魔の契約は一見公平に見える。

 

 しかし、条件も対価も、言葉の上では釣り合っているようでそれは錯覚なのだ。

 

 悪魔はいつであろうと人間が何を失うかを人間よりよく知っている。

 

 

「30年だ。その間は何をしたっていい、恋人同士の時間を楽しんでも、村で結婚式を挙げても、愛をはぐくんで子を産み育てても、なんなら村の中ならその子が成人するまで見守ってもいい」

 

 

 

 

 悪魔との契約とは取引ではなく精密に設計された破滅であり。

 

 

 

「代償は君が彼を幸せにするだけだ」

 

 

 

 つまるところ、それは支配であった。

 

 

 

 

 

 

 最後に花が手折れるような音を立てながら、彼女は小さな声で呟く。

 

 

 その答えを聞き、二体の悪魔は微笑んだ。

 

 

 

 

 




あとは最期まで書ききってから投稿予定
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