僕とよしこさんは手を繋ぎ、球体つまりはお狐様のいうカゴの前に立っていた。
改めて見るとカゴの表面は分厚い透明なプレートに覆われている。軽く叩くとコンコンと硬い音がした。
その中ではいまもまゆみさんが浮いている。目を閉じ、傷だらけの姿で。
ぎゅっと僕の手を握るよしこさんの力が強くなった。
今にも泣きそうな顔で、まゆみさんを見つめている。
ここに来るまで死のうとしていた人間とは思えない。
必死で親友を心配している。やはりよしこさんは死にべきじゃない。もちろんまゆみさんも。
その姿を見て僕は不安にもなる。
もしダメだったら、もしまゆみさんを助ける事が出来なかったら。
今度こそよしこさんは死のうとするかもしれない。
僕はお狐様や飛鳥さんのような凄い力はないんだ。
でも、それでも、全力は尽くしてみようと思った。
……炎が揺れる。
「本来ならわし程度の力ではカゴを壊すことはできん。しかし、童にわしの力を分け与え、さらに女子の助けたいという気持ちがあれば、必ずあの女子を助ける事ができる」
「はい!」
「頑張ります!」
「良い返事じゃ。しかし、童よ。お主はそれでよかったのか? 剣や弓、銃なども強力な武器だと思うのじゃが…」
「いいんですよ。僕はこれで」
僕は右手で燃える茜色の炎を見つめた。
きらきらと輝きながら燃える炎は、よしこさんの想いの力に応えるように激しく大きく僕の手を包み込んでいる。
お狐様が提案したまゆみさんを助ける方法。それは僕がお狐様の依代となり、力を行使することだった。
とはいえ、それだけではダメらしくまゆみさんを助けたいという強い想いも必要だった。
それを持っているのはよしこさん以外にはいない。だから、手を繋ぐ事でその想いの力を僕に伝達し、力を増幅させるのだという。
そして、力のイメージは依代に任せられるらしくお狐様のおすすめは剣だった。古くから強さの象徴とされているからという理由だったが、ぼくにはピンとこなかった。
まず、剣を扱えるとは思えないし、正直強いとも感じなかった。
だから、僕は身近で強いものをイメージした。
それはすぐに浮かび上がった。
僕が強いと思うもの。それは、飛鳥さんだ。
あの拳が、目に焼き付いて離れない。
だから、僕の手には茜色の炎が燃えている。
お狐様はまだ不満げだった。
さて準備は整った。あとは実行するだけだ。
大きく息を吸って、よしこさんに言う。
「よしこさん、いいですね」
「うん! こくとくん、お願い」
僕ははい!と元気よく答えて、あの日を思い出しながら拳を後ろへ引き絞る。
深く低く、限界まで。
そして一気に溜め込んだ力を解き放った。
「鉄拳、制裁ーー!!!」
拳が、炎がカゴに直撃する。
炎は一気にカゴ全体を包み込み、燃え上がる。
真っ暗な空間に強烈な光源が出来た。
しかし、まだ壊れる様子はない。
変化があるとすれば、あれだけ動くことのなかった表面が静かに波打ってるだけ。
僕は悔しさに唇を噛み締める。
やっぱり僕じゃ力不足なのか……。いや、まだ諦めるところじゃない。
「よしこさん、もっと!!」
「うん……!!」
握った手から流れ来る、よしこさんの想いを拳にくべる。勢いを増した炎が、カゴにヒビを入れた。
最初は小さな亀裂だった。しかし、炎の勢いが増していくにつれて、亀裂がカゴ全体に広がっていく。
そして、最後には砕け散った。
パラパラとカゴだったものの破片が、上から降って来る。
青い結晶と茜色の炎が交わる光景に、僕はちょっとだけ見惚れてしまった。
「……やった」
「まゆみちゃん!!」
カゴから解放されたまゆみさんは、ゆっくりと床に落ちてゆく。それを見たよしこさんは慌てて、まゆみさんの元へと駆けていった。
「まゆみちゃん! 起きてまゆみちゃん!」
よしこさんの声にまゆみさんの反応はない。
肩を揺らし、顔をビンタしても無反応。
こちらを振り返ったよしこさんの目には、大粒の涙が溜まっていた。
「なんで、目を開けないんですか……」
「そう焦るでないわ。現世に帰れば、自ずと目覚める」
「はい…」
お狐様にそう言われたよしこさんは、しぶじぶといった感じで頷いた。そして、眠ったままのまゆみさんを背中に乗せて、僕の元へと帰って来る。
それを見たお狐様はうむ、と満足そうに頷いた。
「さて終わったな。あとは帰るだけじゃが、出口が現れんな。ムスビメ様も苦戦しておるようじゃ」
「えっと、その神様は今、戦っているんですか?」
僕の質問に目を丸くした後、お狐様は大きく口を開けて笑った。心底おかしそうに。
「ふはは。そうじゃ、最も厄介な敵と戦っておる! ははははっ!」
「はぁ、そうなんですね……。じゃあ、僕達はしばらくこのままなんでしょうか」
「……いや、それは困るな。あまり時間もない」
お狐様が一点を指すと、大量の火の玉が現れてずらりと一列に整列した。その火の玉の一番奥には、小さな白い光が漏れ出ている。
「あそこが出口じゃ」
「何から何までありがとうございます。お狐様のおかげで、まゆみさんを助ける事ができました」
「……ありがとう、ございます」
「よい。人を導くのもまた神の使命よ。また時がくれば手をかそう。……まぁお礼に油揚げを備えてくれると嬉しいのう」
「美味しい油揚げを、持っていきますね」
「うむ!」
そういうとお狐様はぽんっと勾玉に戻り、僕の手にころんと転がった。暖かいそれをハンカチで包んで、ポケットにしまう。
「行きましょうか」
「そうね」
僕達はお狐様が出してくれた火の玉を道標として、白い光がある方へと歩き出した。
そして、その光の中へと足を踏み入れて、短いような長いような冒険は幕を閉じた。
――――
長い眠りから覚めたような、そんな感じのする重い上半身をゆっくりと起こす。
外の光に目が慣れるのを待ってから、周囲を見渡すとそこは巨大な鳥居の前だった。
そして、その鳥居の奥。お社の前では飛鳥さんが誰かの上に馬乗りになって、その人物をタコ殴りにしていた。
僕は混乱する頭をどうにか整理して、声をかける。
「飛鳥、さん……?」
飛鳥さんの動きがぴたりと止まった。
そして、腕を振り上げたままゆっくりと振り向いて、へにゃりとした顔になったと思えば、両手を大きく広げて僕に抱きついて来た。
「わっ」
「こくとくん! こくとくんだよね!?」
「ええ、そうです。こくとです」
「よかった。本当に、良かった……」
僕を抱きしめる飛鳥さんの目には涙が浮かんでいた。
まだ短い付き合いだけど、それだけ心配をかけてしまった事がすごく申し訳なかった。
「思いの外、早かったな」
「黙れ、クソ神」
飛鳥さんの鋭い眼光が向かう先には、袴姿の大柄な男が立っていた。
なんとなくお狐様と同じような雰囲気を纏っているのでこの方が、お狐様の言っていたムスビメ様なのだろう。
しかし、それより気になったのは飛鳥さんの態度と言葉遣いだった。
「あの人、神様ですよね? そんな言葉を使っていいんですか?」
「いいんだよ。君達はこいつに殺されたんだからね」
「え? あぁ、いや、そうでしたね……」
飛鳥さんの言葉を聞いて思い出した。
このお社に辿り着いた時に見た、大きな黒い球。
多分あれに僕とよしこさんは、押し潰されて死んだのだろう。じゃあ、なんで僕は今生きているのか。
それは目の前の神様が教えてくれた。
「あれは試練だった。お主たちは見事合格し、今ここにいる」
「よくもまぁ抜け抜けと、どうせ貴方の気まぐれでしょうが」
「……神とはそういうものだ。お前の方がよく理解していると思うが?」
「ちっ」
「まぁよいわ。探し物は見つかっただろう。早く帰れ」
ムスビメ様は僕達の後ろを指さしてそう言った。そこにはまゆみさんを背負ったよしこさんが、退屈そうにこちらを見ながら、足元にある石を蹴っていた。
飛鳥さんはその背中を目を丸くする。
「え、どうしてまゆみさんがいるの?」
「あぁ、それは――」
僕はあの黒い空間での出来事を飛鳥さんに話した。
話を聞くたびに、顔を険しくしていく飛鳥さん。
最後には呆れたように、ため息をついた。
「最初から説明してくれれば……」
「お前は説明する前に、殴りかかって来ただろうが」
「それは……」
「まあ久々の戦いに身体が疼いき、わざと黙っていたがな」
「うわぁ……」
そう言って大きく笑うムスビメ様に、お狐様と同じ神様でもこんなにも違うだなと驚いた。
「あの……」
「ん、なんだ?」
「まゆみちゃんが目を覚さないんですが、どうしてですか?」
僕達のやり取りを聞いていたよしこさんが近づいてきて、恐る恐るといった感じでムスビメ様に問いかけた。
それを聞いたムスビメ様は背負われているまゆみさんを見ながら言った。
「現世に帰るまで起きないぞ。よほどの恐怖だったらしい。心が壊れかけていたからな」
「そうなんですか?」
「その者の心が弱っていたのもあるだろうが、この世は生者には少々刺激が強すぎる。だから、あの空間で保護していたのだ」
「そう、だったんですね……。ムスビメ様、まゆみちゃんを助けて頂いてありがとうございます」
「よい。これも神のなすべき事よ」
深々と頭を下げるよしこさんに、ムスビメ様は扇子を振りながら、そう言った。
飛鳥さんは納得いかないという顔をしていたが、まゆみさんを助ける事はできたので、依頼は達成だ。
あとは帰るだけ。でも、どうやって帰るのか飛鳥さんに聞こうとしたら、先にムスビメ様が答えてくれた。
「あの不愉快な電車は行きだけだ。帰りはこちらから案内人をつける。さあ帰れ」
「そんなに急かさなくても」
「ここは生者が居て良い場所ではない。正直、これでも抑えてるのだぞ? 亡者どもにとってお前たち生者の魂は最高級の供物だからな。それとも食われたいか?」
僕達はムスビメ様の言葉に全力で首を振った。
供物になってたまるかと、よしこさんと飛鳥さんが駆け足で階段を降りていくのについて行こうとした時、僕はムスビメ様から声をかけられた。
「お前には試練を突破した褒美を与えてなかったな。ほら、これを受け取れ」
「わっ。これって勾玉……?」
ムスビメ様から投げられたのは、黒の勾玉だった。
お狐様から貰ったものとは真逆でまったく温かみを感じない、むしろ冷たさを感じるもので光を発することもなかった。
「いずれ役にたつ。大切にせよ」
「はい。ありがとうございます」
「それとな、あの電車だがもう二度と来れぬようにしておく。だから、心配はするな」
「……はい」
その言葉を聞いてやはりこの方は神様なんだと思った。
僕は思っていたんだ。あの電車がある限り、まゆみさんのような人がまた出てくるじゃないかと。
ムスビメ様は僕の考える事なんてお見通しだったみたいだ。
僕は静かにお辞儀をして、飛鳥さん達について行った。
行きはあれだけ長く感じた階段もすぐに降り終えて、道中も何事もなく、気付けばあの駅の前に僕達は立っていた。
ついさっきのことなのに、すごく懐かしいと感じるのはあんな出来事があったからだろうか。
駅に入ってムスビメ様が言っていた案内人という人を探す。すると、その人はすぐに見つかった。
よしこさんがその人物を見て口をあんぐりと開けて、驚いていた。
「あき、ちゃん……?」
「うん、ひさしぶりー! よしこと会うのはえーっと、私の葬式以来かな?」
そう言って困った笑みを浮かべるのはよしこさんの言っていたもう一人の親友。
そして、自殺したという『あき』という女性だった。