超常現象解決倶楽部!   作:独身紳士

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17.第二章エピローグ

よしこさんの依頼を完了して数日後。

 私は倶楽部活動の拠点となっている自室で、ソファに寝っ転がりながら暇を持て余していた。

 ここしばらく倶楽部に依頼の話は来ていない。暇だからこくとくんに会いに行こうとしたのだが、それは愛に止められてしまった。

 私達が一般人の日常に入り込むのはあまりよろしくない、と言われてしまえば頷くしかない。

 

「こくとくん……」

 

 けれど寂しい事に変わりはない。だから、思い出に浸ることにした。目を瞑って、思考の世界へ沈み込む。

 思い浮かぶのは初めて会ったあの日のこと。家を追い出され、行き場所もなく残り少ない命の灯火を消費していただけの私に、こくとくんは手を差し伸べてくれた。

 

 それは気まぐれかもしれない。けれど、私にとってはそれはとてつもない熱量を持った光だった。

 そして同時に彼の後ろにあるものを見てゾッとした。

 黒くドロリとした悍ましい、人の負の部分を煮詰め固めたような人型。

 そんなものが彼の背中にへばりついていた。

 

 私は最初、呪いだと思った。しかし、呪いにしてはこくとくんが元気過ぎた。あれは呪いではない別のナニカ。

 では、何かと言われれば私は答えることはできない。

 そして、その悍ましい何かを取り除いてあげられるほどの力は、私にはまだなかった。

 

 だから私はこくとくんの側に出来るだけいられるようにと倶楽部を作った。きっとあれは今はこくとくんに無害でも、いずれ牙を向く。そんな確信があった。

 

「でも、傑作だったな。あの家に戻った時は……」

 

 倶楽部に作るにあたって、追い出された家に戻り資金を調達する必要があった。当然、最初はそれはもう邪険に扱われたが、あることない事いって、最後にはこの家を命をかけて呪ってやるといえば、簡単に金を出させることできた。失敗作といえど、力は本物だからだろう。

 その時の両親と妹の顔は本当に傑作だった。思い出すだけで爆笑してしまう。

 

 ちなみに愛はその時に引き抜いてきた敏腕メイドだ。私が事情を話せば、すぐに辞職願いを両親に叩きつけて一緒に来てくれた、心強い私の幼馴染だ。

 彼女がいなければ倶楽部を続ける事は困難だったと思う。とにかく愛は仕事ができる人間なのだ。

 

「よいしょと」

 

 さて、思い出に浸るのもこれくらいにしてそろそろおやつでも食べながら、学校から出された宿題でも片付けるべきか。これでも私は中学校に通う学生だ。そう思い、ソファから身体を起こすと、ピンポンと玄関のチャイムが鳴った。

 

 はて、こんな時間に誰だろうか。

 私は乱れてしまった衣服を軽く整えて、玄関に向かった。いつもなら愛が対応してくれるのだが、あいにくと買い物に出掛けて、今は留守中だ。

 

 ドアスコープを慎重に覗くと、そこに居たのは小学生の男の子だった。ピカピカに光るランドセルを背負いながら、ソワソワと落ち着かない感じでドアの前に立っている。

 私の家に小学生が尋ねてくるなんて、こくとくん以外ないとは思うのだが……。

 頭をクエスチョンマークでいっぱいにしながら、私はゆっくりと扉を開けた。

 

「貴方が、"凪山明日香"さん……?」

 

 小学生は私を見上げて、開口一番こう言った。

 少しだけその発音に違和感を感じながらも頷くと、小学生はとても嬉しそうに笑った。

 

「よかった。やっと見つけられました」

「えっと、君は……?」

「あ、申し訳ありません。先に名乗るべきでしたね、私の名前は――」

 

 小学生の名前。それは私に衝撃を与えるのに充分なものだった。しかし、私はそれに対して反応することが出来なかった。いや、出来なくされたが正しいだろう。

 

「は……?」

「上手くいった。これでようやく叶う」

 

 私の腹に包丁が深く刺さっていたのだから。

 唖然として固まっている私に、小学生はどんどん迫ってきて、その度に包丁が深く深く体内へと入っていく。

 冷たくて鋭い痛みが私の脳を支配する。

 

 しかし、その痛みが私を冷静にしてくれた。

 包丁を握り込む小学生を突き飛ばす。自分でも制御出来てない、一般人なら吹き飛んでいるであろうそれを、小学生はすこしよろける程度で止めた。

 

「何なんだい、君は……!?」

 

 私の言葉に小学生は笑う。へらへらと心底おかしいと言うふうに、腹を抱えて大声で。

 顔に大粒の涙を流しながら。

 

「ひゃひひひひひ!! やっと私の願いが叶うのに、ひどいじゃないか! ねえ、"明日香"さん……?」

「答えになってないぞ!?」

「いやいや、答えたじゃあないですかあ? さっき、わたしは、しっかりと」

 

 そいつは歪な笑みをその顔に貼り付けながら、そう言う。たしかにこいつは答えた。だが、それはあり得ない事だった。

 

「あり得るはずがない! 君がこくとくんなわけがない!!」

 

 私の叫びにそいつは笑うのをやめて、能面のような顔つきになると、酷く平坦な声で答える。

 

「ああ……、そっか。わかるはずがないですよね、今の姿じゃあ。はぁ、仕方がない。特別サービスですよ?」

 

 その言葉と共に、目の前の小学生の肉体がぶくぶくと膨れ上がっていく。ランドセルが破裂し、服の色が変わり、髪型が変化し、体格が大人のものへと。

 体感として数分、もしかしたらもっと早いだろう。

 そこにもう小学生はいなかった。

 いるは青いスーツを着た、二十代前半くらいの成人男性。香水でもつけているのか、柑橘系の匂いがする。

 

 いや、そんな事はどうでもいい。

 少しばかり成長して変わってはいるが、その顔つきはどう見たってこくとくんだった。

 あまりの事に痛さを忘れて呆然としてしまう。

 

「そんな、ありえない……」

「あり得ない事もこの世界に存在する。だからこそ超常現象解決倶楽部をつくったのでは?」

「……ちがう。私が倶楽部をつくったのはこくとくんのためだ」

「おや、そうですか。理由すらも違ってくるとは、興味深い」

 

 男は不思議そうに顎をさする。しかし、それもすぐにやめて私をみて顔を顰めた。

 

「まあ今はそんな事、どうでもいい。明日香さんもそれどころじゃないでしょうから。ねえ?」

 

 男の目線の先には、私の腹に刺さった包丁がある。

 それは操り手がいないはずなのに、ズブズブと私の体内へと入ってくる。

 それに比例するように、真っ赤な血が溢れ出していく。

 

「ここまで長かった。本当に長かったんですよ……」

「なに、が……!」

「あの小学生を呪い殺せなかった時は、余計な真似をと思いましたが、そのおかげで明日香さんの居場所を知ることができた。怪我の功名というやつですかね?」

 

 目の前の青年はそう言って、心底嬉しそうに笑う。

 私はその言葉にハッとした。

 呪い殺す、小学生……。

 そのワードに合致することなど、あの件しかない。

 

「文世さんの家族を呪ったのは君か!」

「そうですよ。まさかあの呪いを消し飛ばされるとは、思いませんでした。結構自信作だったのに残念です」

「あれほどの呪詛をどうやって――」

「……いまはそんな事どうでもいいでしょう。普通なら気絶してもおかしくはないはずなんですが。流石明日香さんというべきですか」

 

 そんなはずはない。しっかりと効いている。

 今も足に必死に力を込めて立っているのだ。

 気を抜いたら忽ち、意識を失ってしまうだろう。

 その証拠に足元には血の池ができそうになっている。

 せめて目の前のこくとくんと名乗る青年から、目的を聞き出さねばなるまい。

 

「……目的は何だ」

「おお、よくぞ聞いてくれました。待ってましたよ、その質問を」

「早くしてくれ……」

「せっかちですね。まあ、いいですけど。私の目的はずばり、明日香さんの復活です!」

「……そうか」

「あれ、驚かないですね。リアクションを楽しみにしていたんですが」

 

 充分に驚いているとも。

 けれど、驚いた所で私の痛みが消えることはないのだ。

 それに青年の言葉の節々から、わずかながらに予想はしていた。

 彼はもしかしたら別世界のこくとくんではないかと。

 別に言葉だけで判断したのではない。

 

 前回の依頼完了後、よしこさんに何気なく聞いたのだ。

 なぜ私たち超常現象解決倶楽部を事を知っていたのか。

 すると、よしこさんはポケットから一枚の名刺を取り出してこう言った。

 

『実はこの名刺をおばあさんから貰いまして』

 

 見せてもらった名刺は確かに私の名刺に違いないものであったけれど、一部違う部分があった。

 それは、名前だ。

 苗字は同じ、しかし私の名前は飛鳥であって明日香()()()ではない。

 その場では否定することはなかったが、ずっと不思議には思っていた。

 そして、今の状況だ。

 目の前にいるこくとくんを名乗る青年。そして、明日香の復活という言葉。そこから導き出される答えは限られる。

 

「……君は別世界のこくとくんだね」

「素晴らしい。もう答えに辿り着きましたか」

「ヒントを与えすぎだよ。別世界のこくとくん」

 

 青年は笑う。とても穏やかに。

 

「やっぱり世界が違っても、幼くても明日香さんですね。敵わないなあ」

「もしかしなくても、そっちの私は死んだのかい」

「ええ、だから私はここにいる。そして、貴方には申し訳ないが、生贄になってもらう」

「嫌だね」

「強がっても無駄ですよ。分かっているとは思いますが、それはただの包丁ではない」

 

 青年の言葉と共に、包丁が変化する。

 風船のように膨れ上がったと思えば、一瞬にして黒蛇へと変化した。

 その黄金の瞳は私を見つめ、舌を出し威嚇する。そして、ずるずると身体の中へと入り込んだ。

 その途端、私は膝をついた。身体中から力が吸い取られていく。

 なんだこの術は、聞いたことも見たこともない。

 

「今度こそ驚いたでしょう。それは僕のオリジナル。明日香さんを救い出すための第一歩」

「うう……」

「その黒蛇は宿主に寄生し、魂を喰らう。そして、地獄から明日香さんを救い出す道標となる」

 

 コツコツとした足音が近づいてくる。

 ゆっくりとしているが力強く、体重をかけたしっかりとした足取り。

 

「最初、単身で地獄に乗り込んだ時は苦労しました。なんせ膨大な数の魂がそこにひしめき合っていたんですから。それにそれを管理する神たちの抵抗が凄まじいのなんの……」

 

 足音が止まった。

 目の前に青年がいる。痛みでぼやけた視界では、今はもう彼がどんな表情をしているのか分からない。

 私の体内で蛇が暴れている。

 内臓をひっくり返すようなこの痛みは、耐えられない。

 

「だから考えました。同じような魂を道標として持っていけば、自ずとその魂同士は惹かれ合うのではないかと。もちろん、実験はしました。それも全部成功となると、やらないわけには行きませんよね?」

 

 青年の声が耳障りになってきた。

 全身から吹き出した汗が、滝のように流れ落ちる。

 不快だ、全てが不快だった。

 

「苦しいでしょう、そうでしょう。さあ、私の手を取って。その苦しみから解放してあげますよ」

 

 解放される……?

 この不快感から、苦しみから……?

 私は目の前に立つ存在に救いを見た。

 伸ばされた細い手に、私は自分の手を伸ばす。

 その時だった。私の視界に小さな影が映り込んだ。

 その影が私に伸ばされた青年の腕をガッチリと掴んでいる。

 正体はすぐに分かった。

 

「こくと、くん?」

「……苦しんでいる人を助ける。学校で習った、人間らしい大切なことです。だから、分かりません。なぜ僕がこんな事を?」

「――!?」

 

 私の問いかけには答えず、こくとくんは目の前にいる青年に質問した。その途端、青年は目を見開いて冷や汗をダラダラと流し始めた。

 様子がおかしい。さっきまでの余裕がなくなっている。

 

「なんだお前は……!」

「僕はぼくです」

「ふざけるな! お前が僕なはずがない! あり得ない、あり得るはずがない!」

「うおっと」

 

 青年はこくとくんの手を乱暴に引き剥がす。

 それにしても取り乱し方が尋常ではない。彼の目にこくとくんはどう映っているのか。

 いや、もしかしたら……。

 

「なぜ平気な顔をしているんだ! そんなものを背負わされて!」

「……? なにを言って――」

「ひっ!?」

 

 こくとくんが青年に近づこうとすると、さらに恐怖に顔を歪ませて、後ずさる。

 そして、逃げるように去っていた。

 こくとくんも、私もその逃げざまに呆気に取られた。

 

「あー、まあともかくもうすぐ愛さんがやってきますし、安心して下さい」

「……そうか」

「あとこれを傷口に当ててください。何もないよりマシでしょうから」

「ありがとう」

 

 私はこくとくんが差し出してくれたハンカチを傷口に当てる。黒蛇が体内に入ってから出血は治ってはいるが、以前不快感は消えていない。いまも私の体内を這いずり回っている。

 

 愛が来てくれれば何とかなるだろう。その安心感のせいか気が緩み、瞼が落ちていく。

 正直、こくとくんには色々と聞きたいことがあったが、眠気に勝つことはできず私は目を閉じた。

 何とも言えない気持ち悪さを感じながら。

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