ガラガラと教室のドアを引く。
「……?」
なんだろう。朝はいつも騒がしいけど、なんだかいつにも増して皆の声が大きい気がする。
不思議に思っていると、横から声をかけられた。
「おはよー」
「おはよう、隼也くん」
僕に挨拶してくれたのは、拓海くんたちとよく遊んでいる隼也くんだった。
昨日誘ってくれた中にもいた一人。
そんな隼也くんは僕の肩を掴むと、いそいそと僕の席へと連れていった。
「ときにこくとくん、あの噂って知ってるー?」
「噂?」
「そうそう。
文世さんというのは僕の隣の席の女の子だ。
ある時からずっと休んでいる。
僕が聞いたことがある噂は、いじめられていたというものだけで、それも本当か嘘かわからないもの。
コックリさんが原因というは聞いたことがなかった。
「知ってるー? コックリさん」
「うん、たしか10円玉を使う遊びでしょ?」
「なら、話が早い。その噂に新情報が追加されたんだ。文世さんと一緒にコックリさんをやってた子たちが次々と体調不良で休みがちになってるみたいなんだよ。それがまた呪いだって大騒ぎでさー」
隼也くんの話で僕は納得した。だから、朝の教室がいつにもまして賑やかだったんだ。
「今日だってほら、あそこの席の子が休みみたいだよー」
「本当だ……」
隼也くんが指した席は確かに空席だった。
いつもあの席に座っていたのは、よく文世さんと一緒に遊んでいた女の子だったはずだ。
「僕も半信半疑だけど、これだけ条件が揃うと怖いよなー」
「……うん、そうだね」
理由はわからないけど、とても寒い風が僕を撫でたような気がして、両腕をさすった。
隼也くんもちょっと青い顔をしている。
隼也くんはオカルトというものが好きみたいだけど、怖がりだって事を僕は知っている。
この噂だってぼくに話すことで、少しでも恐怖を減らそうとしたのかもしれない。
けど、僕は聞くことはしなかった。
だって、隼也くんは僕の数少ない友達の一人だから。
キーン、コーン、カーン、コーン。
チャイムが鳴った。
「ま、まあ噂だけどねー。あ、そうそう関係ないとは思うけど、文世さんの家にはお狐様を祀ってる神社があるらしいよー」
お狐様がいる?
僕が首を傾げた所で、ガラガラと教室のドアが開いて先生が入ってきた。
さっきまで騒がしかった教室が一気に静かになる。
「お話はここまでみたいだ。じゃあなー」
「うん」
隼也くんは僕に手を振ると自分の席へと歩いて行った。
この静かになる時間。
嫌いじゃないというのは自分だけの秘密だ。
――
放課後。
ランドセルを背負って帰ろうとすると、先生がやってきて声をかけられた。
なんだかそわそわしていて、落ち着きがない。
どうしたんだろう。
「お、おーい、主人公」
「先生?」
「帰るところ申し訳ないんだが、このプリントを文世に届けてくれないか……」
先生は困った顔をして、頭をぽりぽりと書く。
「いつも佳代子が届けてくれていたんだが、しばらく休むみたいでな」
佳代子というのは文世さんと仲が良かったクラスメイトだ。
朝、隼也くんが言っていたコックリさんが原因で休んだんじゃないかと言われていた女の子。
あの子がいつも文世さんにプリントを届けていたんだ。
その子が休みなら仕方がないけど……。
「でも、僕は文世さんの家を知らないんです」
「大丈夫だ。ほら、地図を渡しておくから」
そう言ってプリントと一緒に渡されたのは、文世さんの家へのルートが書かれた地図だった。
すごく綺麗な地図で、これなら僕も迷わず行けるかもしれない。でも、文世さんの家は僕が住むアパートの真逆だ。
けど……。
「分かりました」
僕は頷いた。
休んでいる文世さんはこんな僕に優しくしてくれた人だ。
だったら断る理由はない。
「頼むよ。本当にごめんな」
先生は僕の返事を聞くとそう言って、スタスタと教室から出て行った。
きっと先生は忙しいのだ。けど……。
「……?」
なんでプリントを渡してくる時、先生の手はプルプルと震えていたのだろう。
――
「おっきな家……」
僕は目の前にある塀に囲われた、古風な一軒家。
その見上げるほど大きさに、無意識のうちに開いていた口を閉じた。
右手にもつ地図が正しいなら、ここの文世さんが暮らす家。ここにプリントを届ければ、僕の任務は完了する。
でもなんだか、その予想外の大きさにびっくりしてしまって、チャイムに指が届かなかった。
それにチャイムがある場所もすごい。
時代劇に出てくるような木の門に付いてるんだ。
僕がよしと気合を入れて手を伸ばした時、その門がギィと音を立てて開いた。
「おや? 君は……」
「あら、その制服は……」
出てきたのはセーラー服を着た女の人。
それも昨日、電柱の下に倒れていた女の人だった。
ぼさぼさだった髪は綺麗になっているし、服もピカピカになっていて別人みたいだ。
そしてもう一人。女の人のすぐ後ろに立っていたのは、文世さんのお母さんだった。
「こくとくんじゃないか! どうしてここに?」
女の人はすごくニコニコしてそう聞いてくる。
後ろにいる文世さんのお母さんも不思議な顔をしていた。
僕はランドセルを背中から下ろして、中にあるプリントを取り出した。
「先生から文世さんにプリントを届けるように頼まれまして」
「あら、そうだったの? 悪いわね……」
そう言って文世さんのお母さんは僕の手にあるプリントに手を伸ばす。けど、女の人が先にぱっとプリントを取ってしまった。
「これは私から渡そう。さあ、どうぞ」
「え、ええ。ありがとう」
文世さんのお母さんは困ったような顔をして、プリントを女の人の手から受け取った。
僕もきっと文世さんのお母さんと同じ顔をしているはずだ。
女の人の顔を見れば、僕をにこにこと笑っている。
「そういえば、今まで文世にプリントを届けてくれた子はどうしたの?」
「佳代子さんはお休みで、その代わりに僕がプリントを届けにきたんです」
「そうだったの……残念ね」
文世さんのお母さんはそう言って、ぺろりと口全体を舌で舐めまわした。
「本当に残念。もう少しだったのに」
僕はその言葉にぞくりとした。
文世さんのお母さんの顔はとてもじゃないけど、残念という表情じゃなかった。
口の端から唾液を流して、目は半笑い。
黒目は上を向いていて、白い部分に血管が見えている。
不気味だった。怖かった。けど、僕の足は縫い付けられたみたいに、その場から動かない。
「……!?」
その時だった。
僕の手をグッと握る細い手の感触した。
見ると女の人が眉を近づけて、怒った顔で文世さんのお母さんを見ながら、僕の手を握っていた。
「要件は終わった。私たちはこれで失礼するとしよう。いいだろう? こくとくん」
「う、うん」
「では、決まりだ」
女の人は僕の手を握ったまま、文世さんのお母さんに頭を下げると、早足でその場を離れた。
僕もその手に引っ張られ、どんどん文世さんのお家から離れてゆく。
振り返れば文世さんのお母さんが手を振っていたけど、顔はさっきと同じでとても怖かった。
それともう一つ、怖かったことがある。
文世さんのお家から離れる時、文世さんのお母さんの後ろに真っ赤な鳥居が見えたんだ。
決して綺麗ではなくて、むしろボロボロ。
草みたいなものが絡みついて、その奥にある狐の像はすごく汚れていた。
隼也くんの言っていたお狐様が文世さんのお家にあるというのは本当だったんだなと、僕はお姉さんに引っ張られてる中、ちょっと震えながらそう思った。