結果から言えば文世さんは生きてはいた。
でも意識不明の重体で、いつ目が覚めるかも分からない状態らしい。
ちなみに文世さんの両親は正気を取り戻し、今は文世さんの側に付きっきりだという。
「……」
この事は先生からクラスのみんなに伝えられた。
それからの教室の中は暗くて静かで、いつも明るい子まで口数が少なくなっていた。
じめっとするなと思えば、窓の外はザアザア降りの雨。
なんだかいつも以上に学校が楽しくなかった。
そしてあっという間に放課後が来て、僕は傘を持ってきてない事に気が付いた。
「こくとくん、何かあったの?」
「ううん、なんでもない」
「そっか」
前の席に座る隼也くんが心配そうに聞いてきてくれる。
オカルトが好きな隼也くんも、いつもよりテンションが低い。少しして僕に手を振って帰って行った。
ピロリン。
ぼくも帰ろうとランドセルを背負った時、携帯の通知音が鳴った。
それはお姉ちゃんからのメールだった。
内容は傘を忘れたから、駅まで迎えに来て欲しい。
ごめんなさいマークの連打付き。
なんだかそれがおかしくて、笑ってしまった。
「ありがとう、お姉ちゃん」
お姉ちゃんのメールに僕は少しだけ元気をもらって、駆け足で下駄箱へ向かう。
相変わらず雨は降ってたけど、僕の家はこの学校のすぐ近く。ずぶ濡れにはならないだろう。
見れば校庭には色鮮やかな傘たちが咲いている。
きっと皆んな置き傘なんだろうなあ。
「さてと……」
「おーい! こくと!」
「あれ? 拓海くん?」
校舎を出ようとした所で、拓海くんから声をかけられた。その手にはおっきな傘が2つ握られている。
「ほらよ、お前真面目だからな。置き傘、してないんだろ」
「え、いいの?」
「ずぶ濡れで帰るつもりだったのかよ。風邪引くぜ」
「……ありがとう」
「おうよ。……途中まで一緒に帰ろうぜ」
「うん!」
僕がそう言うと拓海くんはニカッと笑って、横に並んだ。
拓海くんはよく喋る人だ。一緒に帰る時は、僕は聞き役に回ることが多い。でも、退屈ではなくて絶妙なタイミングで僕に問いかけをしてくるし、僕の話もしっかりと聞いてくれる。
すごく楽しいんだけど、いつも思う事がある。
大人っぽいなぁって。
だから拓海くんは大切な友達で、僕の憧れでもあった。
「――って、もう着いちまったか」
楽しい時間って、すぐ終わる。
気づけばもう僕の家の前に着いていた。
「じゃあな、こくと」
「うん、また明日!」
「おう、また明日なー」
拓海くんは小さく、僕は大きく手を振ってお別れをした。そして、玄関先にある僕とお姉ちゃんの傘を掴んで、駅へと向かう。
雨は弱くなるどころか強くなってきて、至る所に大きな水溜りが出来ていた。
足を入れたい気持ちをグッと堪えて、細い小道に足を進めた。この道はお姉ちゃんに教えてもらった駅までの近道。十分くらい早く着く事ができる。
でも、ちょっと暗くて不気味で僕は苦手だった。
「――じゃあ、なんでこんな道を選んだんじゃろうな。急いでいるわけでもなかろうに」
チリンと鈴の音がした。
そこにいたのはふわふわの尻尾を揺らす、いつの日かのお狐様だった。
僕の前に現れたお狐様は眉毛を八の字にして、申し訳なさそうな顔をしていた。
「驚かせてすまんの。お主にひとことお礼を言いたくてな。少しばかり暗示をかけさせてもらった。本当ならもう少し早く来れたんじゃが、少々準備に手間取ってしまった」
「いえ、お礼なんて……。僕は何も出来てないですし……、でも神様が手間取るほどの準備って」
「うむ。これじゃ」
そう言ってお狐様が懐から取り出したのは、茜色に光る勾玉だった。
受け取ってみると凄く綺麗で、それでいてなんだか安心してしまうような暖かさもあった。
思わず握り込む僕にお狐様はにっこりと笑う。
「気に入ってもらえた様でなによりじゃ。それにはな、守りの術を保護としてある。大体の最悪は退けてくれるじゃろう」
「そんな凄いものを本当に貰ってもいいんですか?」
「お礼じゃといったであろう。それにお主がこれから進む道は茨の道。その勾玉があって困る事はない」
「え……」
お狐様の言葉は最初、冗談かと思った。
でも雨の中に光る二つの眼は、力強くまっすぐ僕を見ていて、それが冗談ではない事が嫌でもわかってしまった。
お狐様は淡々と話を続ける。
「お主の運命はあの女子に関わった事で、正道から外れてしもうた。言っておくが、引き返す事はできぬ。たとえ強引にあの女子との縁を切ったとしてもな」
「そんな……」
「なに落ち込む事はない。お主はこれから様々は事を経験していくじゃろう。だがそれは決して無駄にならぬ。そして最後の選択によっては、お主を救うことさえできるじゃろうな」
「……知ってるんですね。僕のこと」
「わしは神様じゃからな。お主のことくらいお見通しじゃよ」
ガハハとお狐様は笑う。僕を飲み込めるんじゃと錯覚してしまうくらい、大きく口を開けて。
ひとしきり笑ったあと、お狐様は天を見上げた。
「もう少しで雨が止む。そしたらわしは行かねばならぬ」
「どこへ行くんですか?」
「……文世の呪いは完全には祓えていない。残り香がまだ身体に巣食っておる。だからわしはそれを消しに行く」
お狐様は笑顔だったけど、僕にはそれがとても悲しそうに見えた。そしてそんな表情を僕は前にも見た事があった。
そうだ。この顔は最後に会ったおばあちゃんの顔と同じなんだ。
だから、僕は聞いてしまった。
「お狐様はいなくならないですよね?」
僕の言葉を聞いたお狐様はちょっと驚いた顔をして、そして微笑んでくれた。
それはあったかくて、優しくて。
あぁ、そうか。お狐様はもう決めてしまったんだ。
「……ごめんなさい」
「謝る事ではない。お主達がいなければ、わしは何もできず消えるだけだった。それをお主達はバケモノを倒し、更には文世を助ける機会をくれた。感謝してもしたりないくらいじゃよ」
お狐様は本当に嬉しそうだった。
その場でくるりと回ったお狐様の着物が黒く染まる。
そして気付いた。そういえば雨が止んでいる。
「さよならじゃ、童よ」
「はい……、さようなら」
お狐様は消えた。
まるで最初からそこにいなかったかのように。
でも、幻じゃない。その証拠に僕の手には茜色の勾玉が握られている。
「いいなぁ」
僕は正直、文世さんが羨ましい。だって親にも愛されて、神様にも愛されるなんて、僕にはどれも無いものだから。
どれだけ願っても手に入れる事が出来なかったから。
文世さんは幸せ者だ。
「さてと、お姉ちゃんを迎えに行かなくちゃ」
雨は止んだけど、今はお姉ちゃんに会いたい。
僕を一番愛してくれているから、それに応えたいんだ。
シスコンっていわれるかもしれないけど、それは事実だから否定しない。
だって僕の周りの大人たちの中で、初めて僕を愛してくれた人だから。
大通りに出ると、自然と歩くペースも早くなる。
でも後ろから来た高校生くらいの女の人は、もっと早くて僕を抜かして行った。
「間に合って!!」
長い三つ編みを振り乱して走る女の人。
よく見ると全身びしょ濡れで、すっごく焦ってるのが伝わってきた。
きっと乗りたい電車がぎりぎりなのかもしれない。
しばらくして駅に着くと、スーツ姿のお姉ちゃんの姿があった。
僕を見つけると笑顔で走ってきてくれる。
「こくとありがとう! でも雨止んじゃったね」
「うん」
「せっかくだしお買い物して帰ろっか!」
「うん!」
「今日は何食べたい?」
「ハンバーグ!!」
「ハンバーグかぁ。よし! お姉ちゃん頑張っちゃうぞ!」
「楽しみー!」
僕達はルンルン気分で近くのスーパーへと向かう。
お姉ちゃんの作るご飯は美味しくて、大好きだ。
そして気付いた。文世さんほどじゃないけど、僕も幸せ者なんだって。
あぁ、ほんとうにこんな毎日がずっと続けばいいのになあ。
第二章 あの世行きの電車 執筆完了次第投稿予定