あきちゃんが死んだ。自殺だった。
高校の屋上からの飛び降り自殺だったらしい。地元のニュースや全国ニュースにも取り上げられた。
自殺の理由はいじめだった。
「嘘、嘘に決まってる……!」
「まゆみちゃん……」
泣き崩れるまゆみちゃんに、私は寄り添う事しか出来なかった。
あきちゃんとまゆみちゃん、そして私は幼稚園からの大親友だ。
どこにいくのも一緒で、これからもそれが続いていく、そう思っていたのに、あきちゃんは遠くへ行ってしまった。
最初は信じられなかった。でも、お葬式に出てあきちゃんが火葬されて、骨になったのを見て。
あぁ、本当に死んじゃったんだなって思った。
私はその時初めて泣いた。隣にいたまゆみちゃんも泣いてたけど、泣きながらもどこかを見ていて、それがなんだか怖かったのを覚えている。
「ねえ、あの世行きの電車って知ってる?」
「なにそれ?」
私がその噂をまゆみちゃんから聞いたのは、まきちゃんが亡くなってしばらくたった放課後の事だった。
まゆみちゃんはずっと何かを探していた様で、その噂を話してくれたのは久しぶりに二人で帰った時だった。
噂を話すまゆみちゃんはすごく嬉しそう。
「その噂がどうかしたの?」
「実はね、そのあの世行き電車に乗ると死んだ人に会えるんだって! まきちゃんに会えるんだよ!」
「まゆみちゃん、それって……」
「すごいよね! ようこちゃんも一緒に行こうよ!」
まきちゃんが亡くなって、初めて見る笑顔だった。
そんなまゆみちゃんに私はこう言った。
「本当に信じてるの? そんな馬鹿馬鹿しい噂」
「は……? 何その言い方。ようこちゃんはまきちゃんに会いたくないの?」
「会いたいよ! でもまきちゃんは死んじゃったんだよ」
「……もういい。私一人で行くから」
そういってまゆみちゃんは、走って行ってしまった。
それから私とまゆみちゃんはなんだかギクシャクしてしまって、会うことも無くなってしまった。
私の方から話そう会おうとしても、避けられるし無視されるのだから、仕方ないと思う。
でも、心配な事には変わりなかった。
死んだ人に会えるなんて嘘っぱちだと思うけど、万が一があると思うと怖かった。
「ねえ、ようこちゃん」
「ん、なに?」
「まゆみって人、ようこちゃんの友達だよね?」
「そうだけど……」
バツが悪そうにする私にそのクラスメイトは言いづらそうに、口を開いた。
「その、まゆみって人がさ毎日駅のホームに朝から晩までいて、ちょっと噂になってるんだよ」
「なにそれ初耳なんだけど」
「だってようこちゃんはまゆみさんと仲がいいみたいだから、理由とか知ってて黙ってるのかなって」
「それが最近なんだかギクシャクしちゃって、まともに話せてないんだよね」
「そうだったんだ……」
それだけ追い込まれてるなんて、早く仲直りして支えてあげないと。仲直りの方法はどうしようか。
……素直に謝ろうかな。
そんな風に自分の世界に入ってしまった私に、クラスメイトはまだ話したいことがあるようだった。
「まだ何かあるの?」
「……」
「ねえ、あるなら言ってよ」
「私ね、今日まゆみさんに話しかけられたの」
「へえ、その駅で?」
「そう……。でね、その時言われたの。やっとだって」
「やっと?」
「やっと会えるって……。これってどういう意味――って、ようこちゃん!?」
考えるよりも先に、私は走り出していた。
校舎の外は土砂降りで、みんな色鮮やかな傘を刺して下校していた。
その中を私は傘も刺さずに突っ走る。
すぐずぶ濡れになった。でもそんなのは関係ない。
肌に張り付く気持ち悪さより、優先する事がある。
走る。走る。転ける。立ち上がる。走る。
お願い、お願い、お願い、お願いだから。
「間に合って!」
雨が上がって、ぼやけていた視界がクリアになった。
私は駅に着く。
久しぶりの全力疾走に、体が悲鳴を上げていた。
でも、そんな自分に鞭を打って改札の近くにいる駅員さんに事情を話して、中に入れてもらう。
帰宅時間なこともあってか、駅のホームは人で溢れかえっていた。
「まゆみちゃーん!!」
私は叫ぶ。
みんながこちらに目を向ける。
うるさいよね。ごめんなさい。
でも、そのおかげで見つける事が出来た。
「まゆみちゃん!!」
くたびれた制服を着たまゆみちゃんは、私の声に振り返る。
最後に見た時よりも痩せていた。
目の下には深い隈もあった。
「……ようこちゃん?」
私はまゆみちゃんを全力で抱きしめる。
お風呂にも入っていないのか酸っぱい匂いがした。でも、そんなのはどうでもよかった。
ぎゅっともう離れることがない様に、腕を回す。
「ごめん、ごめんね」
「なんで、謝るの……?」
「本当にごめんね。私が悪かった、まゆみちゃんも苦しいはずなのに、そばにいてあげなかった。自分のことしか考えてなかった。私、親友失格だよ」
「ようこちゃん……。ううん、私もね分かってたの、こんな事をしてもまきちゃんには会えないって。でもね、何かしないと自分が壊れちゃいそうで」
「うん、うん!」
「だからね、それでね、私ね」
「成功したの」
「え……?」
まゆみちゃんの言葉を聞いて、私はゆっくりと身体を離した。
そこで初めて気づいた。
私達以外、駅のホームから人が消えていることに。
さらには普段眩しく光る電光掲示板も今は真っ暗になっていて、着いているのは白い蛍光灯だけになっている。
明らかにおかしい。
そんな状況なのに、まゆみちゃんは笑っていた。
「なんで、笑ってるの……?」
「私ね、本当は信じてなかったんだよ。でも凄いよね、あの噂って本当だったんだ」
「何を言ってるの?」
「ほら、来たよ」
カタンコトン、カタンコトン……。
普段ならアナウンスが流れるはずの駅はシーンとしていて、電車の音だけがはっきりと耳に届く。
電車が近づくほどに目の前にいるまゆみちゃんの笑みが深くなっていく。
そして、電車は止まりプシューっと音を立て扉が開いた。
「やっと会えるんだ」
「まゆみちゃん!」
私は電車に乗ろうとするまゆみちゃんの腕を掴んだ。
驚いた。ざらりとしていて、氷みたいに冷たいことに。
でも、離してはダメだともっと強く握り込む。
「なんで止めるの?」
「なんでじゃないよ! まゆみちゃん、帰ろう? おかしいよ、絶対おかしいから!」
「おかしくなんかないよ。私の願いが叶ったんだから」
「それはすごいよね、びっくりしたよ! でもね、私は親友をまた失いたくないの!! わがままだってわかってる! でも嫌だ! 一人になりたくない、お願いまゆみちゃん!」
「ようこちゃん……」
「大好きだから、もう失いたくないの。もうあんな思いしたくない!」
「………………ごめんね。でも会いたいの」
「まゆみちゃん!」
私の手はまゆみちゃんの腕からするりと離れてしまった。もちろん私は電車に乗り込んだまゆみちゃんを追おうとした。でも、目の前に見えない壁があるみたいに黄色い線の向こう側へは行けなかった。
自分の情けなさと非力さが嫌になる。私はその見えない壁に拳を叩きつけながら叫んだ。
「帰ろう! まゆみちゃん、お願いだから!」
「……ごめんね」
目の前で電車のドアが閉まった。そして、カタンコトンと電車が走り出す。あっという間に電車の姿は小粒大ほどに小さくなり、消えていった。
「謝ら、ないでよ……」
身体から力が抜け、その場に膝をつく。
私だってまきちゃんに会えるなら会いたい。でも、まきちゃんは死んだ。もう会えない場所にいる、火葬場から出てきた骨を見た時、私はそう悟った。
だからこそ私はまきちゃんの分まで生きようと思った。
まゆみちゃんと一緒に、まきちゃんの事を忘れずに。
でもまゆみちゃんは私と違って、まきちゃんの死を受け入れる事ができなかった。
私は間違っていたんだろうか。
まゆみちゃんと一緒に噂でも信じて、足掻けばよかったのだろうか。
分からなかった。
目から涙が流れ落ちる。
嫌だったのに。大切な親友をまた失ってしまった。
無力な自分、情けない自分が嫌になる。
どうせなら私も死んでしまおうか。
そう思って、立ち上がろうとした時だった。
「お嬢さん大丈夫かい? とても思い詰めた顔をしているけれど」
杖をついたおばあさんに声をかけられた。
「あ、えっと……」
「きっと大変な事があったんだね……」
「……大切なものをまた、無くしてしまいました」
話す気なんてないはずなのに、私の口は勝手に喋り出す。でも、それでもいいと思ってしまった。
おばあさんの声が優しくて、包み込んでくれるような柔らかさがあって、私の弱いところを全部曝け出したいと思ってしまった。
そんな私が話すこれまでの事を、おばあさんは嫌な顔ひとつせず聞いてくれた。
それからおばあさんは私に一枚の名刺をくれた。
「ここならお嬢ちゃんの助けに必ずなってくれるはずだから」
そう言って渡された名刺には『超常現象解決倶楽部』、そして代表者の凪山明日香という名前が書かれていた。
聞いた事ない名前だった。
詳しいことを聞こうと振り返ると、そこにはもうおばあさんの姿は無い。
その代わりに無人だったはずの駅のホームは人で溢れかえっていて、そこにへたり込む私は注目の的になっていた。
羞恥心で顔が赤くなる私。
改札口まで走って、外に出た。
手にはしっかりとあの名刺が握られている。
胡散臭い名前だし、ここが私の助けになるなんて保証はどこにもない。
でも、行動しなければ何も変わらない。
私には理由がある。おばあさんと話しているうちに、私の中で芽生えた決意。
「まゆみちゃんを連れ戻す」
きっと簡単ではないと思う。
まゆみちゃんはすごく頑固だ。一度決めたらやり遂げるまで終わらない。
それでも取り戻せる可能性が少しでもあるなら、まだやり直しが効くのなら、それに賭けるのもいいと思えたんだ。
「くしゅん!」
……まずは暖かいお風呂にでも入ろうかな。