いつか、善き人として生まれ変われる様に 作:万年赤字一般傭兵
体育祭より二日後、学生たちが休息や自己鍛錬などで休日を満足に過ごした後、彼らの通学はいつも通りとはいかなかった。
雨に降られる道中、かつてはオールマイト目当てに呼びかけられていた彼らが、今度は彼ら自身を目的として多くの人々からの声を貰っていたのだ。
かつてのオリンピックと同等とされる雄英体育祭、そこでの活躍は最早彼らをただの学生に留めてはくれない。
「応援ありがとうございます!次からは優勝しちゃいますね!!」
「僕のファン?まだサインは決めてないので、握手をしましょうか!」
「はい、チーズ!!…おぉ!お姉さんと同じくらい、綺麗に撮れてますよ!」
まして体育祭を準優勝した蜘蛛蠍の人気たるや、一般的なプロヒーロー以上のもの。
もちろん通学中であり、一つ一つに対応している余裕は無い筈だが、それでも彼はファンサービスを欠かさない。
(レディナガンさんの言う通り、早めに出て正解だった)
(とにかくヒーローの人気は初動が大事、ここを怠る事は許されない!)
(本気で走れば、ここから教室までは大体20分…まだやれる!)
それは敗北を喫したあの日に決めた夢のため。
強さもそうだが、モデルなども兼業するような人気商売であるヒーローならばファンサービスは欠かせないのだ。
先輩ヒーローたるレディナガンからの助言に従い、彼は先の体育祭を最大限利用せんと頭と体と時間をフルに使っていた。
それ故に彼が雄英の門を潜ったのは予鈴間近であり、教室の席に着いた頃には文字通りの遅刻ギリギリであった。
「よっ、蜘蛛蠍!今日は随分遅かったじゃねえか!」
「おはようございます、切島君。少し人が多くて」
「やっぱりお前もか!俺もめっちゃ声かけられたわ!」
だが、いつものように友達と話す時間は無かった。
「あっ蜘蛛蠍来た!?びっくりしたよ!さっきTLに…
「おはよう」
予鈴と共に姿を現したA組の主、相澤教諭その人が何を言わずとも生徒達の騒がしさを鎮めたのだから。
蜘蛛蠍を含めた皆に口を開かせぬ威圧感を放ったまま、彼は教壇に辿り着き、その口をゆっくりと開く。
「今日の"ヒーロー情報学"ちょっと特別だぞ」
特別、その言葉が学生達に想起させるのは小テストや難問といった恐ろしさ。
そんな恐る恐るの予測をされながらも、しかし何の事もないように相澤は言葉を続けた。
「「コードネーム」、ヒーロー名の考案だ」
「胸ふくらむヤツきたあああ!!」
21人中21人がヒーローにならんと集ったA組で、これより始まるは正しくヒーローへ第一歩となるコードネーム決め。
だが、そうする前に知っておくべき事がまだある。
それは後の職場体験の受け入れ候補先という意味だけでなく、プロヒーローからの興味を表す一つの指標ともなるもの。
プロからの"ドラフト指名"、その集計結果だ。
常ならば体育祭の結果が如実に数として現れるのだが、今年の結果は少々異なった。
「例年はもっとバラけるんだが」
「二人に注目が偏った」
轟 4123
爆豪 3556
蜘蛛蠍 621
常闇 360
飯田 301
上鳴 272
(621件ですか)
「いや少なすぎねぇか!?一応2位だろ!?」
「爆豪ちゃんはともかく、蜘蛛蠍ちゃんがこうなるのは意外ね」
「やっぱ地雷持ち込んだのが、ヤバかったんじゃねぇかな…」
体育祭の準優勝者たる蜘蛛蠍の指名は621件、決して少ない数では無いものの上位二人に比べれば圧倒的な差があった。
だが、その訳を語る時間も意味もない。
「目当ての事務所が入っていれば、数は重要じゃないでしょう?」
「そりゃ、まぁ、そうだけどよ…」
「そこ、静かに」
そもそも、指名はただの指標でしか無い。
一度興味を持たれて指名されようとも、興味を削がれようものなら簡単に消えてしまう。
結局のところ重要なのは指名そのものよりも、それを得る為の能力や努力なのだから。
だからこそ、相澤も指名件数に大した言及をする事もなく職場体験の意味を真剣に伝え始めた。
実際に敵と遭遇するかもしれないプロの仕事、客の立場であろうとも赴いて現場を知ることによる実り。
されど、そこにコードネームの重要性までは含まれ無かった。
「適当なもんは…「付けたら地獄を見ちゃうよ!!」
そんな相澤の言葉を遮ると言うより、補うようにして現れる教師が一人。
「この時の名が!」
彼女こそ、男の目を惹きつけてやまぬコスチュームを纏う者。
「プロ名になってる人多いからね!!」
「ミッドナイト!!」
その名はミッドナイト、合理主義の相澤に変わってコードネームのセンスを査定する特別講師だ。
「将来自分がどうなるのか」
「名を付けることでイメージが固まり、そこに近づいてく」
「それが「名は体を表す」ってことだ」
そんなミッドナイトの登場と共に相澤が放った最後の言葉、それは彼女のインパクトにも勝るとも劣らぬ重みを持って学生達にのし掛かった。
多くの者がなりたい夢を抱くが故に、その重みは等しいように思える。
だが、実際には違う。
名前を付ける事に関して、蜘蛛蠍以上に恐ろしさを感じる者はここにいないのだから。
「……名前」
(……二つ目の、名前とは…)
名前とは親から与えられる最初にして最高の祝福であるが、親など持たぬ彼にとっては祝福などではない。
今は学生である蜘蛛蠍、そんな彼のかつての名は"壺乃 巫子"
それは古老から呼ばれた音に漢字を当て嵌めただけのものでありながら、辛い責務から逃げられぬようにと自身を強く強く縛りつけた鎖。
彼にとって名とは逃げを許さぬばかりか、そうであれと心さえ縛り付ける呪いの鎖なのだから。
(蜘蛛蠍は、そうなりたいと思ったから)
(犍多は、地獄の底でも糸を垂らされて救いを得た罪人の話から)
(でも、それは僕個人の望み)
(奉仕者たるヒーローならば、如何なる名で縛るべきか…)
憧れたヒーローといえども、全てが楽ではない。
レディナガンがそうであったように、時に逃げ出したくなるような責務もあるのだから。
だからこそ、蜘蛛蠍は別の形で縛られるべきだ。
そして彼は子供であるのだから、素晴らしい親切の心を持つ者が縛る事こそが自然であろう。
故にこれまで静かだった彼の中で、多くの声が名前を挙げ始めた。
(モーグ、マレニア、ラダゴン、シャブリリ、ですか)
(どれも良い名前ですけど…)
(お前達に決められる道理はない)
されど、彼は全てを拒絶した。
特にシャブリリなど良き名だと言うのに、それでも彼は親切を蹴ってまで別の名にしようと考え始めたのだ。
だが、いくら考えようとも相応しい名前は思いつかない。
それもそのはず。多くの者の人生を知りながら、しかし彼自身の人生はあまりにも空虚であるのだから。
まして、かつて名前で縛った先に待ち受けていた苦痛を恐れるならば尚更だろう。
結局のところ、彼の本質は何一つ自分で決められぬ臆病な子供だ。
その証拠に段々と周りから聞こえるペンの小気味いい音が少なくなってゆくが、それでも彼のペンはボードの上を走ろうとはしない。
意地を張った子供の、何と図々しく醜いことか。
(…名前に、希望はいらない)
(きっと名前を決めた先には、想像出来ないほどの苦痛と傷があるのでしょうから)
(ならば僕は…)
「じゃ、そろそろ出来た人から発表してね!」
そして、ついぞ解を得ぬままに時間は終わりを迎えんとしていた。
発表形式で次々とコードネームが宣言されてゆき、彼は答えを迫られていく。
そんな中、彼の友人が一人 切島が教壇に立った。
「んじゃ俺!!」
「
(レッドライオット、ライオットといえば)
(……切島君は、強いですね)
その名を聞いて蜘蛛蠍が思い出すは、かつて切島が語ったヒーロー
拳と汗を交えた訓練の休憩中、もっとも漢らしい憧れのヒーローであるという熱弁を聞いて特に印象に残っていた名前だ。
憧れの名を背負う事には恐ろしい程の重圧を伴うが、されど切島の決意と漢気がそれを耐え得る程に強い事を蜘蛛蠍は理解していた。
それこそ、今の彼の心根の強さに一種の尊敬と憧れを抱く程に。
(あぁ…友達がこれ程までに強いのなら、このままではいけませんね)
(名前に縛られる事を恐れては…その先に待つ苦痛を恐れていては、切島君の友達を名乗る資格など無いのでしょう)
(一番になると誓ったばかりで、置いていかれる余裕がありましょうか)
だからだろうか、彼は決意を固めてその手を挙げた。
空虚の他には苦痛と傷だけが満たす人生を送ってきた、糞に集る蛆虫にすら劣る分際で、一丁前に友の隣に立つという明確な目的を持ち、それを果たすために手段を選ばなくなったのだ。
それ故に教壇に向かう彼の歩みは淀みないものの、その内心は他の学生のように希望に満ちているわけではなかった。
他の学生は未来のなりたい姿を、内心の希望に満ち溢れた姿を名前に投影していたが、蜘蛛蠍はそうではないのだ。
(きっと未来の苦痛と傷には耐え切れないだろう)
(かつてそうだったように、やがては折れるかもしれない)
(……でも、耐える事や立ち向かう事ばかりが勝つ術ではない)
(どうせ過去のものとなるならば、より良い勝ち方があるのだから)
彼がこれより宣言する名は、あらゆる苦難を受け入れる諦観の現れ。
誰かに心配されるような弱みに、友の名を汚すような醜さ、それらを振り払う事なく自分の中だけで完結させる決意なのだから。
「グルグル巻きで、指先一つの自由も奪う!」
「"スワイダー"です!」
蜘蛛蠍 犍多、そのコードネームは"スワイダー"。
spiderにswatheをもじったそれは、あらゆる傷に二度と外せぬほど強く巻かれる包帯の代わりだ。
癒やせず悪化するばかりの傷と、立ち向かえず耐える事さえ出来ない苦痛をただ隠して友の隣に立つ為の。
そしていつか隠した末に忘れ去り、輝かしい未来を迎える為の。
だが、名は体を縛る。
(どうしようもない傷も、苦痛も、過去も、何もかも隠してしまえばいい)
(隠して、隠して、隠し続ければ…)
(……きっと、僕も忘れられる)
隠す事に必死になっては、いつまで経っても忘れる事など叶わないだろう。
誰も見向きをしないような闇の中、そこでは雑多な敵達の計画が寝られている。
何とも馬鹿馬鹿しく低俗な我欲であろうとも、社会を変えんとする大義であろうとも、結局のところ敵はそうするしかない故に玉石混交の策謀が巡らされるのだ。
"ヒーロー殺し"ステインと敵連合の合流、それもまた同じこと。
そして後々の大きな火種となるこの出来事の裏で、また別の企みが練られていた。
企む者は二人。
一人は、かつてUSJを襲撃した白い蟲の敵"チョウシ"。
またもや全身を汚れひとつない白のローブで覆っている彼は、死柄木でも黒霧でもない別の敵と企みを共にしていた。
「あの人が職場体験に行くそうだ」
「もちろん公安も動くだろうが、心配はいらない」
「人を動かす時は必ず隙ができる、まして妨害されれば尚更だ」
「分かるな、襲撃するには絶好の機会だ」
「血を流さねば、いかなる英雄とて惚けるもの…あの人の目を醒まそうじゃないか」
企みとは先のUSJのように、死なずの学生を血で彩らんとする襲撃の計画。
だが、此度の刺客はチョウシではない。
「が、それにしても弱りすぎている…巫子だった時もああではなかった」
「……あれではまるで、がたのきた老人」
「正直、私では役不足だろう」
「そこでだ"ネリウス"、あの人との二度目の邂逅をお前に譲ることにした」
「血を啜るも、与えるも、誓布を染めるも、自由にするがいい」
下手人はもう一人の敵、ネリウスと呼ばれた少女だ。
彼女の格好は彼の様に素性を隠す装いであるものの、その黒いフードとドレスの着こなしはさながら修道女といったところ。
されどネリウスという名が性に合わぬように、また漂わせる血の匂いも修道女らしき清廉とは程遠かった。
「やった…!とても…とっっても嬉しいのです…!!」
「遂に私のお父さんに、何もかも許して受け入れてくれる家族に…!」
彼女の不一致な性質は、何も見た目や名前といった表面だけのものではない。
ネリウスの言葉だけを見るならば、そこに込められた感情は長い間会えなかった家族への喜びと愛。
されどフードに隠された美しくも悍ましい狂笑と、心の澱が口に溢れたかの様な恐ろしい声は、その内面の歪みを如実に表していた。
歪み、しかし歪んでいるが故に彼女の幸福は常人には経験し得ぬ激しさを伴うのだ。
そんな彼女にこれ以上の干渉は無粋というものだが、ふとチョウシがある言葉を投げかけた。
「…ところで」
「今のお前は、誰なんだ?」
「ネリウスとやらは知らんが、そんな様では無いだろう」
先まで名前を口にしていたというのに、その言葉が持つは初対面の相手に投げかけるかのような意味と響き。
常ならば狂人の戯言としかならぬが、しかし彼は狂ってなぞいない。
「何を、言っているんですか?」
「私は、私、は……」
「……トガです、トガ ヒミコですよ!また忘れたんですか?」
チョウシからの問い掛けを疑問に思う事もなく、彼女は当然の事のように答えた。
その解は"トガ"、ネリウスではない。
果たして狂っているのは、チョウシかトガか。
「忘れた、か…」
「どっちだろうな」
あるいは、両方か。
子のフード
黒布に瞳の金刺繍が施されたフード
姿なき母に仕えんとする血狂い達の装束
瞳と瞳で見つめ合う
それは最も濃厚な接触であり
矮小な存在が、神と交流する唯一の術だ
家族の誓布
血狂いへと渡される、純白の誓布
姿無き母の家族となる試し
その布を、巫子の血で染めてきてください
戦士達の舞と、針の粛清を潜り抜けた先
母児村の最奥に座する巫子の血で
ここまで読んでいただき、ありがとうございます