――――、ここは――?
気付けば私は法廷のような場所にいた。
周囲を見渡せば、証言台のようなものが円形で配置されている。
空席が目立つものの、埋まっている席に立っているのは一人の例外もなく少女。
私も、その証言台の一つに立っていた。
ああ……見たこともないのに、この景色には見覚えがある。
これは――【魔法少女ノ魔女裁判】だ。
裁判の進行状況は分からないが、どうやら殺人事件が起きて審問が開始されたのだと思われる。
無論、なぜ私がこんな場所にいるのか皆目見当もつかない。
そんな突如として巻き込まれた異常事態に対し、私は何らの違和感を持つことなく当たり前に受け入れていた。
――しかしまぁ“少女”しかいられないこの場に私がいるのは妙だな……と思う間もなく、今この場にいる【魔女候補】としての自身の名と容姿は、なぜか理解できていた。
【小夜フゼア】――それがこの場における私の名らしい。
“私”の本名とは程遠い名だ。ファーストネーム、ラストネーム……どれ一つとっても掠りもしなくば、そんなハンドルネームを名乗ったこともなく、またそのようなキャラクターを作ったこともない。
けれど、それに疑問を挟むこともなく当然のこととしてこの名を受け入れた。
容姿は……ああ、これはいつもの紫髪のアレだな。
私が作り出したキャラクターの一人で、最も象徴的な存在。
様々なゲームで、私はこのキャラクターを模したキャラクリをして操作している。
今の私の容姿も、モデルとなったキャラクターそのままではないものの、およそ共通した特徴を持つ、“なりたい自分”に近い姿と言える。
元のキャラは容姿こそ女に見えても性別そのものが無い、いわゆる【無性】の設定であることが多いが、【この私】はしっかりと少女になってしまっているらしい。
そんな強烈な自身との相違にさえ、欠片も違和感を抱くことはない。
よって、私は魔女候補の少女――【小夜フゼア】であることに何ら疑問を抱くことなくぼうっと裁判所を眺めていた。
他の少女達に目を向けてみるが、顔や名前の情報が全く頭に入ってこない。
ただ、【まのさば】っぽい画風の少女達だな、あぁそれは今の自分もか……と、他人事のような感想を抱くのみ。
――不意に事態が動いたようだ。
どうやら、私が【犯人】として告発されているらしい――
……、――は!?
ようやくこの状況に対して、心底から焦りを覚えた。
傍観者のように景色を眺めていたところで急転直下、槍玉に上げられたのだ。
当然この場にいればそうした状況に直面するのは言うまでもなく予期して然るべきだが、私は完全に呆けていた。
否、今なお呆けている。ゆえに、今後辿る私の末路を呑気に思いを馳せる。
犯人として告発され、それが成立した場合、処刑投票が行われ、処刑される――
その一連の流れと末路を無論承知している。
そんなシンプルな悪意で舗装された地獄への道行きに、さらなる急降下爆撃を受けた。
――小夜フゼアは、【魔女化】している。
自分の手を見てみると、確かに異形の体を成していた。
……なるほど、このまま処刑されるのかな、私は。
は……!? いやいやなんだどういうことだいきなり証言台に立たされているかと思えば私が犯人でしかも魔女化しているだと……!?
まずい……これは形容しがたいほど非常にとんでもなく滅茶苦茶まずい……!
だが反論をしようにも、そもそも己自身が何者で、誰がどのように殺されて、今ここに何人いて、どのような顔と性格で、どのような魔法を有しているのか――
それ以外にも諸々枚挙に暇がないほどに……ありとあらゆる情報が不足、いや皆無だ……!
安穏とした日常が前触れもなく突き破られ、お前は魔女だから今から死ねと宣告されたに等しい。
これでは史実通りの単なる【魔女裁判】ではないか……!
駄目だ、始まる前から終わっている……!
……とは言えこのままみすみす処刑されることを認めるなど言語道断だ……!
妙に諦めの悪い無様な足掻きこそ、私の本領だろう。
この崖っぷちの状況、できることは少ないが……とりあえず、この場を煙に巻いて言い逃れつつ、情報を集めなければ……。
それからの私は早かった――
水没しているような奇妙な酩酊感のなか、あれよあれよと言う間に私の口は勝手に開き、御託を並べ、証拠を提出し、論戦を行い、窮地を脱していた。
ただ、それだけ。
……本当に、私は何をどうやって窮状を凌いだのだろう。
まるで、うつらうつら船を漕いでは起きてを繰り返しているような頭で、自分を俯瞰しているようにも感じた。
屁理屈を捏ねて、議論を引っ掻き回していた時間が一番長かったことだけは覚えている。
遂には、追い詰められていた私が逆に犯人に対して告発するにまで至っていた。
この場の誰しもの顔も名を認識できなかったが、ようやく輪郭を覚え始めた【白い少女】こそが犯人だと私は確信していた。
ゆえに私は堂々と宣言する。
「――君の魔法の正体は【――】。その魔法で、私を犯人にすり替えたのだろう?」
パリーンという音と、画像が見えた気がした。
……これで良いのか?
恥ずかしげもなく決めポーズまで披露しておいてなんだが、納得感がまるでない。
自分のスマホに入っていたよく分からない証拠やらを押し出しながら、実際自分が何を主張したのかもよく分からないのに、良い感じに纏まろうとしている。
何か違う、おかしい気がする……これは歪だ。それは、私が明確に抱いた違和感だった。
このまま終わるとは思えない。
あぁ、これはまた新しい証拠だの証言だので、覆されるパターンか――
そんな、別種の危惧すら考慮し始めたそのとき――
「はい。私が犯人です」
白い少女が、自白した。
……勝った、のか……?
記憶もない魔女化した状態で、何も分からないまま、まともに読み取れも聞き取れもしない情報で抗弁し、直感的な主張で告発し、大逆転勝利を収めたと……?
こんなにも、あっさり……、いや、良いだろう、それで。
自分が処刑を免れる道筋が単純であった以上に素晴らしいことはない。苦難の排除は容易であればあるほど良いはずだ。
私を陥れたらしいあの白い少女に対し、気兼ねなく処刑ボタンを押し、どのような処刑が下され、如何な末路を辿るのかを大上段から見届けようではないか。
……そう考えるのが私であるはずなのに、欠片の爽快感も満足感も達成感もなく、ただ困惑していた。
おかしい――なぜ、私は処刑されることなく【勝利してしまっている】?
もやもやと、不可思議な感情が胸の中に渦巻いていた。
――そんな逡巡を置き去りに続く白い少女の自供と共に、見知ったテイストの人形劇の映像が視界を埋めた。
元来不可思議極まる現象だが、私はそれに違和感を抱くことはなかった。
―――――――――――――――――――――――――――
それは食器を運んでいるときでした。
理由は分かりませんが、錯乱している【――】さんと鉢合わせしました。
彼女は、私が殺人事件を起こそうとしていると思っていたようです。
残念ながら私はそのような企みなんてしていませんでした。
けれど偶然とは重なるものなのですね。
彼女は何かを叫びながら私に飛びかかってきました。
そのとき、私は彼女を殺すつもりはありませんでした。
でも、彼女からは血が流れていました。
その原因は私だとすぐに分かりました。
私の手には、自分のものではない真っ赤な血がこびりついていました。
自分の手と、絶望に満ちた彼女の顔を見比べて、遂に殺してしまったと不思議な納得さえ感じました。
そのまま、彼女は私の目の前から消えて、死んでしまったようです。
ですので……はい、私が彼女を殺しました。
私はただ座り込んで何かを眺めていました。
あるいは、何も見えていなかったのかもしれません。
そのまま人形のようにじっとしていたときです。
――魔女化して、変わり果てた姿となった【フゼア】さんがやってきたのは。
当のフゼアさんは、それに意も介さず私に声をかけると、事件現場の確認を始めました。
私はそれを他人事のように見ていました。
もう、起こってしまった以上どうでもいいことでしたからね。
私が犯人――ですから。
フゼアさんの証拠保全は迅速でした。
彼女は捜査をしながら私に証言も求めてきました。
私は正直にすべてを話してしまいました。
捜査を進めている内にフゼアさんは、これは正当防衛だと結論を出しました。
二人で協力して事故死を主張し、皆を説得しようと提案してくれました。
でもそんな理屈、牢屋敷では通らないと、分かっていますよね。
事件現場に居合わせたのは二人です。
もう、二人のどちらかが処刑されるしかありません。
人間の私と、魔女化している彼女。
皆さんはどちらを信じるでしょう。
ですから、私はきっと何もしなくても良かった。
でも、私は怖かったのです。
だから今度こそ私は、自分の意志で、人を――フゼアさんを消すことにしました。
でも――だめですね。
一度血に染まった手の汚れは消えてくれない。
だから今度は、私が消える番ですね。
最後に残った一点の染みが、無事に、無くなります。
ああ――これでようやく真っ白です。
めでたしめでたし。
―――――――――――――――――――――――――――
――――そして、人形劇が終わった。
私が事件現場に居合わせて巻き込まれていた……それは分かった。
だが、この私が正当防衛を主張し、皆を説得しよう……?
それはおかしいだろう。
まさに、少女自身が言っていた通りだ。
そんな理屈は牢屋敷では通用しない。
ゆえに、【皆を説得しよう】などと、平和ボケした馬鹿げたことを――いくら愚昧である私でも宣うはずがない。
もしも本当に言ったのだとすれば、何かの策略を企てていた可能性――まさか、実は記憶のない私が真犯人で、彼女を陥れようとしていたのか?
いやそれなら今の状況はおかしい……何を言ったのかもろくに覚えていない私が言うのも何だが、こんな薄弱な根拠、自供しなければいくらでも言い逃れられるだろう……。
いったい、何が、どうなっている……?
彼女の主張する私と、私自身の認識とで、明確に矛盾が発生している。
私がこんな狂った状況にいるように、彼女もまたトチ狂っているということか?
どこかボタンをかけちがえたかのような嫌な引っ掛かりを感じていると、例の如くゴクチョーがさっさと処刑ボタンを押してくださいと急かしてくる。
いつの間にか握られていたスマホ、その画面に表示されていたのは――
【初めて見る】【見慣れた】処刑ボタン――
これを軽い気持ちでぐっと長押しするだけで良い。
慈悲も同情も不要。
詳細は知らないが、彼女には私を裏切った疑惑と、犯人だという事実がある。
私は、絶望的状況からの大逆転を果たしたはずだ。
私を裏切ったらしき者を断罪する歓喜の瞬間のはずだ。
それなのに――
吐き気を催すほどの危機感と、と尋常ではない違和感を覚える。
だが歪む視界で指は自ずと動き――
【処刑✔】
根拠もなく、己は決定的な間違いを犯したと確信した――――
――そして、轟音と共に中央の台座から処刑台が姿を表す。
それは黒。ただひたすらに黒一色の箱――いや、棺だった。
人間に使われるものと比較すれば五倍程度の大きさはあるだろうそれからは、傍目に見ただけでこれからどのような処刑が行われるのか想像がつかない。
棺に入れられて――それからどうなる?
残虐な仕掛けや悪趣味な装飾も見られない簡素な箱――
ただ一つ直感的、あるいは【知識】から理解できたのは、これもまた不死たる魔女をなれはてに追いやるおぞましい装置であるということだけ。
棺の中で安らかに――それだけは、絶対にありえない。
看守――私の知る【看守】とはにわかに風体の異なるソレは、白い少女を黒い箱まで連行し始めた。
私はただ、それを無言で見送る。
――結局、この茶番は何だったのだ?
いやに胸糞が悪い。
自分が正しくとも忌々しいまでの不快感を覚える……それが、実体験しなければ分からない【魔女裁判】というものなのか。
そのさなか、処刑台に向かい緩やかに歩を進める少女と目が合った。
偶然ではない、彼女は私を見ていた。
「――必ず暴いてくれると信じていました。
……ありがとう。ごめんなさい。
――さようなら」
「――――」
言葉だけでなく思考にも空白が刻まれた。
何だ、この少女はいったい、何を、言って……
心臓が泥のように溶ける――そんな奇妙な感覚が生じた。
思わず胸に手を当てた。
その直後――視界が明滅する。
フラッシュバックするかのように、大量の【何か】が流れ込んでくる。
そこに疑問を呈する余地もなく、私は【記憶】の濁流に呑まれた――――