ドリームノート   作:めるね

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シプレノート

 

 

 

 ――――まず最初に怒声が聞こえた。

 

 私は進めていた歩を止めて音の方角を見やる。

 

 ……ラウンジか。

 

「…………」

 

 面倒事が起きているのは間違いない。本来なら無視するか、逆に物味遊山気分で行く末を見物しに行くのだろう。

 だが、この屋敷での騒ぎは面倒事は面倒事のまま終わらせなければならない。冗談抜きで死人が出るからだ。

 

 やむなく第三の選択肢、面倒事を止めるためにそこへ足を運んだ。

 

 扉を開けると中では二人の少女が争っていた。胸倉まで鷲掴みにして。

 はて彼女ら名前は……何だったろう。【まぁ良いか】。

 

 しかし、今日日なかなかお目にかかれない絵面だ。特段ヤンキー感もない少女二人の諍いならなおのこと。

 物味遊山の選択肢を選べるなら今後の展開を楽しみにするだけで終われたものを。

 

 他には……部屋の隅で怯え縮こまっている少女……これの名前も……【まぁ良い】。

 この中の誰かに事の経緯を尋ねたいが、状況がよろしくない。おそらく一触触発だ。

 

 私は【時を操る魔法】――その一つ、【時間停止】を発動した。

 止まった時間の中では私だけが行動を許され、物を動かしたり固定したりも自在――という実に都合良く物理法則を無視できるファンタジーでは珍しくもない力。

 止めていられる時間はコンディションにもよるが約十秒。

 その時間を使ってざっと確認作業を行う。

 

 胸倉を掴み合っている少女……その背の低い方は左手をスカートのポケットに手を入れている。

 ポケットを覗くと鉛筆が握られていた。……これはまずい、三人は殺せる業物だ。この女、犬を飼ってはいないだろうな……。

 

 次は背の高い方……こっちは手を出した握り締めているだけ。いつでも殴り飛ばせますよというシンプルな状態。

 ポケットを一通り叩くが得物を隠し持ってはいない。が、まぁその気になれば何でも武器にできる。

 

 では、彼女らの魔法は――【分からない】。と言うより私以外の者は顔も名前も【分からない】。

 今なお少女達の姿を見ては忘れ続けている。

 私はその極めて異常な事態を平然と無視していた。

 

 続いて部屋の隅の少女、は……時間が足りないか。

 元いた立ち位置に戻り、姿勢を整える。

 これで時間停止が解除され、元の喧騒が戻って来る。

 

 そして考える。

 これは事件になるか?

 

 直感はすぐに答えた。イエスと。

 何せもう13人中6人が命を落としている。誰がどんな理由で死に、どんな風に処刑されたかもすべて【分からない】が。

 

 とは言え、もしも少女が拳を叩きつけたら。もしも少女が鉛筆を突き立てたら。

 ……それだけで殺人事件が起こると言えるか?

 もちろん当たりどころによるが死に繋がるケースの方が稀だろう。

 

 仮にどちらが手を出しても、血が流れれば、人を傷つける感触を味わえば、悲劇の果てに処刑される未来を思い起こさせ却って冷静になるのでは?

 

 直感はノーと答えた。

 どんなくだらないことが原因でも、この牢屋敷ではもうそんな“普通”の結末は訪れない、と。

 

 放っておいたら今日ここで人死にが発生する。

 

 理屈を超えたところで、【お前】は必ずこの事件を止めなければならないのだと、運命のレールが敷かれていた。

 

「……はい、そこまで。拳とポッケの中身はそのまま仕舞ってお話しよう」

 

 私は二人の頭にチョップした。

 すると彼女らは低い声を漏らして私を睨む。

 これが人殺し……をする者の目か? ……ぱっと見、普通にキレているだけで強く叩けば直りそうなものだがねぇと呑気な感想を抱く。

 

「何が原因かは知らないが、どちらかが手を出したら今日にも裁判沙汰だよ。またやりたいのかね、アレ」

 

 そう言うと少し落ち着いたが怒りは収まっていない。

 ……これがもし感情が起因のトラブルなら私に解決できるのか?

 理屈が通らないタイプの対処はすこぶる苦手だ。

 

 ……いや待て。そもそも私は彼女らと良好な関係を築けていたのか?

 なぜか何も覚えていないが……既に六人が死ぬだけの時間が経過している。まさかこれらまとめて三日そこらの出来事じゃないだろう。

 

 私と彼女らとの関係は? そもそも私はどんなキャラだった?

 ある程度フレンドリーに話しているつもりだが、これは今までの私と整合性が取れる言動か?

 ともすれば、今の私こそ“狂っている”と認識されているのでは?

 

 そんな当たり前の疑問すら……私はなぜか無視した。

 

「まぁそう睨まないでほしい。ほら見たまえ、あの部屋の隅の生き物が哀れでならん」

 

 部屋の隅で震えている少女に目を向けさせた。アニマルセラピー的な効果を期待する。

 そうすると少女らは緩やかに肩をの力を抜き、胸倉を互いに手放し、気まずそうに謝罪していた。

 

 ひとまず窮地は凌いだ……と見なして良いのかな。

 私は、何があったか教えてくれと促した。

 

 そして――こういうことがあったらしい。

 

 どこぞの戸棚にしまわれていたナイフが大量に無くなっていたので所在について訊ねたら、そんなこともあるでしょと適当な返事をされた。

 

『凶器が大量に消えてそんなことで済むわけないでしょ』

『それを私に言われても知らないもんは知らない』

『どうしてそんなに無関心でいられる? まさかお前が――』

『は? 人を勝手に犯人扱いすんなボケぇ。全員に聞いてから疑えよな』

『――――!』

『――――!』

 

 ……と懸念に対する無関心が、疑心暗鬼を生み出し、気付けば胸倉を掴み合うようなヤンキー……あるいは小学生じみた喧嘩に発展していた、と。

 

「…………」

 

 さて……どうとりなすべきか。狂いかけの女子中学生の仲裁など見当もつかない。

 

「確かにナイフが一気に消えたのは気がかりだ。本数は?」

 

 ……【分からない】か。それはそうか。

 

「こんなところに監禁されて、こんな状況だ。疑心暗鬼になるのも致し方ない。だが忘れてはいないだろう。

 殺せば、死ぬ。

 殺した者は誰一人として処刑を免れていない。殺してしまっても、自分だけは……?

 助からんよ」

 

 一度もそんな光景など目にしたこともないのに、まるで片手では足りないほどそんな事例を見知っているかのように物語る。

 

「まぁもし今後誰かを殺したいと思ったらまず私に声をかけておくれよ。たとえその相手が私でもね。さすがの私も、こんな場所で数少ない仲間にハブられるのは思うところがある」

 

 何いってんだこいつとか嫌味をいくつか言われた気がするが、まぁいいだろう。

 私が牢屋敷でどのように過ごしていたのかは分からないが、ツッコミが入らなかったところを見ると、大きな違和感を与えることもなかったようだ。

 

 しかし……これは駄目だな。

 あの程度のことで大喧嘩に発展し、事件が起こりかけた。

 ……まぁそんなくだらないことがきっかけで衝動的な殺人が起きてしまうのがこの屋敷のシステムだったな。

 

 それとストレスで魔女化が進行していそうなのもあるが、残ってしまったメンバーの相性も然程よろしくなかったのかもしれない。

 人数が減れば減るほど、メンバー間の相性問題は顕著になる。

 纏め役が死んでしまっていれば、仲の良かった者が壊滅していれば、嫌いな人物が多ければ、危なっかしい者しか生き残っていなければ……不和を加速させる要因はいくらでも考えられる。

 

 おそらく……いや間違いなく、この牢屋敷は……終末期だ。

 全体を生き残らせるより、もはや自分の生存にのみ焦点を絞って考えるべきか。

 

 そんな私の思考をよそに、後には先ほどと打って変わって和やかなラウンジが自由時間終了まで維持された。

 

 ――今夜のトラブルは凌いだ。

 

 自由時間終了は、監房に戻って就寝……。

 今が何時かも知らないが、そんな早くに寝られないだろう。時間外行動が可能な仕込みは用意されているのかねぇ。

 

 気付けば、私は自分の囚人番号すら分からないのに自分の房に到着していた。

 

 ……あぁそう言えば、睡眠薬はあるのか? アレが無いと寝られないのだが……。

 

 私のベッドの枕元を見るとビンが置いてあった。

 

 ――あぁ確かこれだっけ。しかし錠剤じゃない……いやまぁこんなところに処方薬があるわけないか。それはそうだ。睡眠薬はこれ、だったな。

 しかしこんなものを目に見える場所に……不用心過ぎるだろう、何を考えていたんだ、過去の私は。

 

 寝具を漁ってみると、枕の下に紙束を見つけた。何かが色々書かれているのは分かるが、何も読み取ることはできなかった。

 フィクスマージ語というやつか、あるいはただの暗号文字か……?

 筆跡から私の書いた文字のような気もするが、日記を書く習慣などないし、何か資料でもまとめていたのか。

 

 ……同居人は、いない。もう死んでいるのか。

 ミニマリストだったのか、誰かが片付けたのか。驚くほどに個性というものを感じられない。

 誰だったのだろう……【まぁ良いか】。

 

 ……本来の私なら、この時点で魔女図鑑を血眼になって調べているだろう。

 ここに来てから何日経っているのか、死者まで含めた全員のプロフィール、これまでの殺人や裁判のすべて、それを元に今後の展開を予想し対策しなければならない。

 両隣の房の住人にも声をかけさり気なく情報を収集しようと努めたはず。

 

 そんな考えすら欠片もよぎっていないのだから、この時点で私の【正気】は否定されている。

 

 ふと、壁に取り付けられた鏡を見る。

 

 知ってはいたが、“なりたい自分”の容姿に近い私がいた。

 

 そうそう今の私はこの姿だったね。

 しかし、おそらくは15歳になってしまったからなのか、身長が低いのが気になるな……。

 これはブーツの上げ底がなければ150cmあるのかないのか……私は美少女になるにしても160cmは欲しい。

 まぁこの容姿が一般的な美少女の定義に当てはまるのか……という点については我ながら大いに首を傾げる……と言うよりいっそ否定的ではあるが、私が良ければそれで良いのだ。

 

 ふむ、衣装もなかなか私好みだ。

 黒を基調とし、軍服とゴシック調の意匠がうまく組み合わさっている。

 牢屋敷の運営は存外意図を汲んでくれているのかね。衣装事前アンケートとか。……いや、支給された服に疑義を唱えていたような【キャラ】もいたような……。

 

 そうして鏡の前で存分にナルシズムに浸っていると――朝の自由時間になっていた。

 

 …………? まぁ眠たくないから良いか。無理に眠る手間も省けた。

 違和感を、私は無視した。

 

 少女達が出歩き始め、牢の外が賑やかになっていく。

 

 なんだ、皆しっかりと規則を守っているのか。

 私が抜け道を用意していないのも意外だ。

 てっきりいつでも抜け出せるように仕込みを入れているものかと思っていたが……この牢屋敷のメンバーを自由に歩き回せるのは危険だと判断したのか……それとも別の要因か……。

 当然、答えは出ない。後回しだな。

 

 一方、私は自分のベッドに腰掛けたまま今後の方策を考える。

 とりあえず、私が残したと思わしき資料の解読を行うか、となると、図書室……ああ、図書室の本の解読作業をしてみるのも良いな、と考えを巡らせる。

 

 他の案は……魔女候補達とのコミュニケーション。

 自発的なコミュニケーションは好まないが、環境が環境だ、なるべく良好な関係を築くことは意識した方が良い。

 それらを重ねる内にこれまでの自分がどんな存在だったのか、これからの自分がどのような立ち位置でいるべきかも探れるだろう。

 とは言え生き残りも約半数……また中途半端な……これではもう……いや、一人でも犠牲が出た時点で正攻法で牢屋敷からの解放を目指すのは不可能だろう。

 仮に脱出できたとて、その後の人生に平穏が訪れることはありえない。

 

 いやはや私の【魔法】があってなおこんな事態に至っているとは……一筋縄ではいかない事件しか発生しなかったのか、あるいはかつての私が単に無能だっただけか……汗顔の至りだな。

 

 しかし……ますます詰んでいないかねこれは……、……いや、諦めるには早すぎるな。

 今後得られる情報次第では逆転の手立てはまだある。

 私の魔法なら、覆す可能性を見つけられるかもしれない。それをこれから見つけるのだ。

 

 さて、情報収集を物を相手に行うか、人を相手に行うか、その比重も考えねば……。

 

 あれこれ考えていると、不意にスマホの通知音が鳴った。

 

『はぁ……報せが入りました。痛ましい殺人事件が発生したようですね。

 皆さん今すぐラウンジに集合してください』

 

「…………は?」

 

 ――困惑は束の間、気付けば私はラウンジにいた。

 

 ……、道中考え込み過ぎていたのか……いや、そもそも私は何を考えていた……?

 

 まぁいい――私は違和感を無視した。

 

 そして流れ作業のように事前投票が行われ、大方の総意としてとりあえず私が一番怪しいとかいうクソみたいな理由で拘束された。

 

 ……? 事前投票……? なぜこのシステムが利用されている?

 アレはゴクチョーの独断で採用されたもの……ならば【黒幕】は既に殺されている……? それとも……――

 く、頭がうまく回っていない……そして、この違和感を私は無視した。

 

 投票結果については、もはや文句を言っても仕方ないと諦めていたのか、腹は立ったが苦情は入れなかったらしい。

 

 だが、この時点で反則じみた私の【時間停止】と、【時間遡行】の魔法に誰も触れていないことに気づく。

 知っていれば“時間が止められるから一番怪しい”だとか、“時間を戻して事件を止めてこいよ”とかそういう具体的な指摘が入るはず。

 

 となると……私の魔法は【時間停滞】も含め【時間の速さを変える魔法】と説明した、もしくは一つの能力だけを披露し、二枚の切札は誰にも明かしていなかったのだろう。

 

 ――そして……またしても過程を無視して、気付けば懲罰房に連行されていた。

 

 懲罰房の中で私は【誰か】に訊ねた。事件がいつ起こったのかを確認したのだと思う。

 事件発生はおそらく昨晩、遺体は死後数時間は経過しているという情報だけが頭に残った。

 

 ……あの後、また揉めたのか……?

 いや、ラウンジの連中とは共に房に戻ったはず……となれば知らない三人の誰かが殺し殺されたということか……?

 

 …………ぼやけた頭に、【時を遡る魔法】は間に合わないことだけはしっかりと刻み込まれていた。

 

 ――そして気付けば裁判所まで連行されたらしく、証言台に立っていた。

 

 なんだ……? 昨晩から時間の進みと自己認識がおかしい。

 私は魔法を使っていないし、無意識に使っていたとしても【加速】は自身の物理的速度を負荷なく上げるというシンプルなもの。世界を加速させたり、体感時間を速めるようなものではない。

 もはや私の魔法がどうこうでは説明がつかないが……私はこの違和感を無視した。

 

 ――そして【いつものように】、ゴクチョーが魔女裁判の開廷を宣言した。

 

 この場にいる魔女候補は六人。

 

 【私】、【背が高いの】、【背が低いの】、【隅っこ】、【後輩】……

 

 ――ん……? 【後輩】……!?

 

 なぜ知っている奴が、知らない姿でこんなところにいる……!?

 

 いや、あの姿に心当たりが全くなくもない。アレはゲームでキャラクリをするとき、ああいう系統の容姿にしがちだ。

 

 名前は【ルカラ】か……本名でもないし、ハンドルネームでもない、ゲームでもそんなキャラを作っていた覚えはないが……とにかく認識できる。思えば確かにこんな名前のキャラを作りそうだ。

 よく分からないが、私と同じような境遇の、そういうタイプか?

 などと思いながらも真っ先に確認を要すべき異常事態を当たり前に無視した。

 

 そして最後に……【繰生《くりゅう》エル】。

 

【挿絵表示】

 

 唯一フルネームと存在を認識できた知らない人物。

 

 ……こんな意味不明な状態で魔女裁判を乗り切らないといけないのか? 冗談はよしてくれ……

 

 そんな私の内心を踏み躙るように審問開始直後、例の【繰生エル】が口火を切った。

 

「――皆さん、ごめんなさい、私が犯人です」

 

 …………、…………は?

 

『はああああああっ!?』

 

 皆の困惑、驚愕、批難、疑問、あまりにも多くの意味が籠る悲鳴にも似た大声が廷内にこだました。

 

「――ただ、何かの間違いで私が犯人じゃなかったらいけないので、みんなで色々話して決めませんか」

 

 ――途端に世界は私を置き去りにし、ただ音が流れていく。

 

 “私――ホール――階段――殺した――”

 

 “なら――アリバイ――他は――処刑――”

 

 皆が白い少女が犯人だという前提で話を進めているのは分かる。

 彼女らが、その前提で牢屋敷での思い出を語っているのも分かった。

 

 “驚きましたね――楽しかったですね――怖かったですね――凄かったですね――感動しましたね――辛かったですね――楽しみですね――”

 

 これは……議論ではない。

 

 “早く処刑しろよ――もう犯人決まったならちょっとぐらいいいんじゃないですか――マジでやったの――まぁ証拠とかも揃ってるし――”

 

 ……いや、私は何をしている。

 

 なぜ口を開かない。頭が回らない。言葉さえまともに認識できない。まるで白痴のマネキンだ。

 それに一方的な自白に盲従する危険性になぜ誰も気付いていない。

 自殺志願、肩代わり、【洗脳】、黒幕の自作自演……可能性は雲霞の如くだ。

 

 いや、仮に自白が事実だとしてもその検証を放棄することは、今後の裁判の正当性の否定を意味する。

 もちろん“次”が起こらないに越したことはないが、今回の流れを許容すれば、たった一人の強力な主張に相乗りするだけの者が出てくる。

 

 自分が処刑されないなら誰が犯人でも構わない――と。

 

 認めてはいけない。ふざけるな、これで終わるのか。

 理由のわからぬまま、何もせぬまま、立ち尽くしたまま……

 

 “しかしこれは合理的ではあるだろう”

 

 その声は、私の理性か。

 

 “藪蛇を突いてみろ。もし仮に少なくとも【繰生エルは犯人ではない】……なんて立証がされようものなら、【時間の速さを変える魔法】なんて小細工を使える者は真っ先に疑惑の槍玉に上がるだろう”

 

 それは否定できない。

 

 “私が彼女らの誰かなら……実は【小夜フゼア】の【時間の速さを変える魔法】は嘘で、【時を操る魔法】を使える。世界の時間を遅くできるなら、止められてもおかしくないと突っつくんじゃないかね?”

 

 それも否定できない。

 

 “そうなると……小夜フゼアの犯行と証明できないまでも、疑惑をかけられたまま制限時間を迎えそうだ。そんな状況下で必ず一人生贄を選出しなければならない。君ならどうする?”

 

 …………あぁ、そうか、それならそれでいい。

 

 不意に頭の靄が晴れた。

 

 私には【時を操る魔法】――【時間遡行】の能力があるのだから、しくじったらやり直してしまえば何も問題ないだろうに。

 どうしてそんな当然のことを失念して、あまつさえ時間を浪費していたのだろう。

 そしてまたしても……それ以前に発生していた多くの違和感を、私は無視した。

 

「――おい君ら、私抜きで話を進めるんじゃない」

 

 なんだ、喋れるじゃないか。

 しかし周囲は突然私が話し始めたことに突っ込みすらしない。

 

「君らが無駄に喧しいせいで話の内容がまるで頭に入ってきていないが、自白以外の証拠は? 物理的な証拠だ。あとアリバイ、全員問題ないのか。そも殺した動機は?

 と言うか貴様らどうして裁判を女子会に……いやこの場合は送別会か?

 まぁいい、とりあえず議論だ。すべて始めからやり直しだ」

 

 ずっと言いたかったはずのに言えなかったことを一気に吐き出す。

 

 だが……いや、やはりと言うべきか、周囲の反応は冷ややかだった。

 

 あーとか、んーとか、まるで空気を読めない人物を相手に、どう対応したものかと困っている表情を浮かべている。

 

 ようやく声をかけてきたのは【後輩】――【ルカラ】だった。

 

「先輩さぁ……それは無理です。無理!」

「どうして」

「残り時間、三分ちょっとです~」

「は……?」

 

 おそらく残り三十分ほど、悪く見積もって十分そこらは残っていると見込んでいた私の思惑は、呆気なく外れた。

 

 意気揚々と啖呵を切ったはいいが、時を操るらしい存在は、またしても時に弄ばれた。

 

「いや! いけるっ、先輩がカップ麺級のやべー推理やってくれるなら間に合いますよ!

 ゴクチョー! カップ麺とお湯持ってきて早く!」

 

 こいつ……姿は変わっても中身は同じか……!

 

「えぇ……いや、無理です」

 

 ゴクチョーも困惑しながら返事をしていやがる。

 このまま笑い者で終わるのも癪だ。

 

「良いだろう……カップ麺を用意してこなかったことを後悔させてやる」

「ヒュー! 急げゴクチョー!」

「あの、いちいち私を巻き込まないでもらえます? そもそも牢屋敷にはカップ麺ありませんから」

 

 変わらない。時を戻して議論をやり直すという結論が変わらないなら、残り時間が何分だろうと変わらない。

 残り三分……“次”の議論ではなるべく早く主導権を握りたい……予習には丁度いい。

 

「では理不尽な偏見で不当にも拘束された私に、今度こそ証拠を回してもらおうか――」

 

 そう言って周囲を見渡した瞬間、繰生エルと目が合う。

 

 自白を謳いながら裁判を生前葬に仕立て上げた奇特な女……!

 

「…………私のこと、見えていますか?」

 

 無感情な瞳をしている彼女の口から溢れたのは意味不明な問い。

 

「……見えているが。ひょっとして君の魔法は【透明化の魔法】だったのかな?」

「いえ、違います。ただ、ずっとぼうっとしていたので心配で……」

「私がどれぐらい呆けていたか教えてもらっても?」

「57分くらい……でしょうか」

「……本気で言っているのか?」

「はい」

 

 本当にただ突っ立っていただけなのか……。

 

 いや、これは一人の主張だ、と周囲を見渡す。

 

 …………微妙な視線が真実だと物語っている。

 

 が、違和感がある。なぜ、誰もそんな私の存在を指摘しない?

 

 たとえ私がどんな腫れ物だったとしても、さすがに57分間マネキンと化している人間の存在を話題に挙げないのはどうかしている。

 特にエルは57分もの時間ぼうっとしていた私が心配だと言った。

 こいつらは57分間、私の存在を認知していながら無視していた……?

 

 ……過去の私の所業が分からぬ以上、奇行を始めてもアンタッチャブルな人物と認識されている可能性も完全否定はできない、が……。

 

「なぜ指摘しなかったのかね? 私が皆にどんな人物と認識されているかは分からないが、少なくとも10分以上無言で呆けている奴がいればつついてみないか? 怪しいだろう普通に」

「……私が犯人だから、嫌われてしまって、口も利きたくないのかと」

 

 ……私はそんな奴だと思われているのか……?

 

「……ルカラ」

 

 唯一の牢屋敷収監以前の知り合いにも訊ねる。

 

「あ、考え事している先輩に絡むと面倒なので放っといた方がいいって言いました」

「貴様……!」

「えぇ!? 私は先輩が57分間名推理を巡らせて、最後に3分クッキングしてくれると信じていたのにぃ~」

 

 こいつ、頭がおかしい……私は長年こんなモンスターを育てていたのか……?

 

「と言うかこれまでの裁判、だいたい第一容疑者扱いされながらも必死こいて先輩が回してたじゃないですか。身から出た錆だろ!」

「は? 私が……?」

 

 いつも私は初っ端犯人扱いされていたのか!? ……人相で犯人候補を決めているんじゃないだろうな……まぁいい。

 それは置いても、始終この私が出張らないと機能しないような、そんな酷い有様だったのか?

 

 なるほど確かにそれならまさに烏合の衆だ。

 初回は13……いや12人もいる状況で私以外に議論を先導できる者がいなかったなど常軌を逸している。

 50点の私が最高点で、残りは全員落第点のようなもの。かつての私もさぞ頭を抱えていたことだろう。

 だとすれば、揃いも揃って自白を鵜呑みにして議論を行わず与太話に耽る愚かさも頷ける。

 

「まぁいい、茶番はこの辺りで終いにしよう。もう一度――」

「ごめんなさい、あと一分です」

 

 エルは苦笑いを浮かべながら私の言葉を遮り、彼女の丈には合っていない長い袖を振った。

 

 そして私はここにきて、これまでの彼女の声音が少し異質だと感じた。

 決して抑揚がないわけではないのに、淡々と、訥々と、感情が篭っているようには聞こえない。

 機械的……とも違う、スピーカー越しにアナウンスされているような奇妙な感覚だ。

 

「もしも今、私以外の誰かが、実は【自分が真犯人です】と名乗り出ても、犯人は私で決まりですよね。皆さんは少しだけ困ってしまうかもしれませんが」

「それは……」

 

 確かにそうだ。仮に私が【実は私は時間を無限に止められる魔法を持つ真犯人です】と偽証を掲げたとしても、ルカラ側に落ちたと思われるだけ。

 

「皆さん、こんな人殺しに最後まで付き合ってくれてありがとうございました。

 フゼアさんも、最後にちょっとだけでしたが、お話できて楽しかったです。

 ……少しは仲良くなれていると思っていましたので……一言も口を利いてくれないのは……寂しいですから。

 でもまさか、自白を疑われるだなんて思いませんでした。さすがです。でも気に病まないでください。【自白】は【事実】です。

 あぁ……もうお時間のようですね。残念です。

 それでは皆さん、ごめんなさい、お元気で――」

 

 エルは瞼を伏せ、両目から涙を流す。

 袖に隠れた両手を合わせ頭を垂れる。

 さながら殉教者のように。

 

「おい待て、まだ――」

 

 私は君の自白の内容すら認識できていない。君はいったい何を自白して詫びたのか。

 知らなければならない。このまま円満にめでたしめでたしで終わらせることだけは許せない。

 

「はい、いい感じにまとまったところで、ちゃっちゃと処刑ボタン押しちゃってください。

 まさか魔女裁判をお喋りのために一時間たっぷり使われるとは思いませんでしたよ。次からは私にも気を遣ってくださいね。

 本当、残業にはうんざりしていますので」

 

 一度落ち着くために時間を止めようとした矢先にゴクチョーが割って入る。

 

 そんなものは無視しようとしたが、視界の端にスマホの画面がちらと映る。

 

 それを眼前に招く。

 

 ――【初めて見る】【見慣れた】処刑ボタン。

 

 心臓がどろりと蠢いた気がした。

 

 ……やり直すのなら――

 繰生エルの処刑を実行し、なれはてと化した姿を見届けたなら、彼女が黒幕である可能性は……ゼロになるとは言えないが、ほとんど無くなる。

 

 あるいは奴が黒幕なら処刑が行われず、我々の処分に移行する可能性もなくはないが……。

 何にせよ処刑結果を確認し、時間を巻き戻せば大きな情報アドバンテージになる。

 

 ひとまずこの処刑は――実行するべきだ。

 

 処刑ボタンを凝視する。

 

 躊躇う必要はない。気楽に押せ。

 良心の呵責はない。私は元々他人に対して情の薄い人間だ。

 愛犬の命と顔も知らない人類十億の命を天秤にかけろと問われたら、迷わず前者を選択する。そういう身内に甘く他人に無情なろくでなしだ。

 

 彼女は所詮、今日初めて存在を知って最後に三分ほど話しただけの赤の他人。そして証明できてはいないものの犯人である可能性が【濃厚】ではある。

 処刑しないことこそ重大な過ちだろう。

 

 私はすっと処刑ボタンに指を添え――触れる――

 ――直前に、魔法を使わずして私の肉体は時を止めた。

 

 被疑者【繰生エル】は、赤の他人。……である可能性がある――

 

 言うまでもなく私には牢屋敷に来てからの記憶が半日しかない。

 

 だが、それまでの私は?

 いったい何日、あるいは何十日、もしかしたら数ヶ月、ここで過ごした?

 

 全く分からない。

 

 そしてその間、私はここで誰とどのように過ごした?

 

 全く分からない。

 

 皆と良好な関係を築いていたのか。特定の誰かとだけ親しかったのか。あるいは孤立していたのか。

 

 全く分からない。

 

 ――ゆえに、過去の私は、繰生エルと数十億の命を秤にかけて、迷わず繰生エルの秤に腕を振り下ろした可能性がある。

 

 そしてその私は、どんなに親しい者であろうと犯人ならば裁くことが正しいのだからそうするべきだと、そんな正論でみすみす友を処刑に導くような人間だろうか?

 

 いいや否。断じて否だ。

 仮に繰生エルと私が親しい間柄で、その上で彼女が犯人だったとすれば……極論、事実を隠蔽、改竄し、どうでもいい他者に罪を擦り付けるという共犯、共謀さえ平然と行おうとしただろう。

 自分にとって大切な一人の幸福のために、見知らぬ万人が不幸になろうが知ったことではないのだから。

 

 よって、苦しんだ事実すら【やり直してなかったことにできる】からと言って、自分にとって大切な誰かをひとときでも悪趣味な拷問にかけることは許容できない。

 

 ……尤も、それは繰生エルが私にとってそういう存在だった場合にのみ機能する理屈……。

 現実的に考えれば彼女がその括りに入る確率は低い。逆に、彼女を苦悶の淵から掬い上げたことを後悔する可能性の方が極めて高い。

 

 だが、それでも、救うべき存在を、【記憶がないから】と……たかがそれだけの理由で見捨ててしまっていたならば、己は己を一生赦さない。

 

 過去の己を裏切れば、未来の己は現在の己を裏切る。それは私の信条の一つ。

 実行する者が決意を貫けないのなら、どんな御大層な計画も端から破綻の兆しを見せている。

 

 友か敵か、はたまたどうでもいい他人かも分からぬ者のために、合理的な選択を放棄せざるを得ない感情は怒りにも似て熱く、強い。

 

 【過去の私】は、【未来の私】は、【現在の私】の選択を肯定するだろうか。

 

 ……分からない、が――

 

『是非もなし』

 

 全身を貫く漆黒の決意は、言葉として紡がれぬまま躊躇なく【時を遡る魔法】を行使させた――

 

 

 

 

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