爆弾魔に飼われた。   作:着こなし不備

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続いてしまった。


2.花人局

 

 永遠なんてないと誰かが言った。

 使い古された言葉だ。

 でも大抵の場合、使い古された言葉は物事の核心を突いている。

 二度あることはやっぱり三度あるし、仏と呼ばれていた教師は四度目の遅刻で出欠簿を破り捨てた。

 

 だとするならば、やはり永遠なんてものは存在しないのだろう。

 始まった物語は終わり、生まれた者は死ぬ。

 違うのは幕引きまでの時間だけだ。

 咲き誇った桜がいつ散るかは、誰にも分からない。

 

 悪夢を見た。

 レゼが死ぬ夢だ。

 前後ははっきりと思い出せない。

 けれど鮮明に、あの一瞬だけが脳裏に焼き付いて離れない。

 路地裏、心臓に突き刺さる槍、とめどなく溢れ出る鮮血、何かを夢見た少女の死に顔。

 

 僕は飛び起きた。

 全身から冷や汗が吹き出していた。

 パジャマが肌に纏わりつく感覚が気持ち悪い。

 棚の上に置いた時計を見る。

 深夜二時。

 肌と肌が触れ合うほど近くで、レゼは穏やかな寝息を立てていた。

 

 すぐ隣から伝わる、彼女の体温と確かな命の脈動。

 僕はどうしようもなく愛おしくなって、指先でレゼの頬にそっと触れた。

 くすぐったそうに、でもどこか嬉しそうに、レゼは微かな吐息を漏らす。

 

 綺麗な二重瞼が、ゆっくりと持ち上がった。

 まだ眠気の残る翡翠色の瞳が、ぼんやりと僕を捉える。

 そしてすぐに微笑んだ。

 まるで、僕がここにいることを確認して安心したみたいに。

 

 「……レイくん、起きてたの?」

 

 答えようとしたけれど、声が出なかった。

 喉が詰まった。

 夢の中で、冷たくなった彼女の顔が浮かんでは、消える。

 現実と夢幻の境目が曖昧になる。

 

 爆弾の少女との出会いは、実は茹だるような夏の夜が見せた幻で。

 朝を迎えれば、レゼは線香花火が燃えて落ちるみたいに、ベッドから消えていて。

 目を覚ました僕は、隣にあった筈の彼女の温もりを探すのかもしれない。

 

 レゼはじっと僕を見つめた。

 僕も彼女を見つめた。

 月明かりに照らされた彼女は、六畳間に舞い降りた天使だった。

 ゆっくりと、レゼは僕に覆い被さる。

 朝露が静かに葉から零れ落ちるみたいに、唇と唇が触れ合う距離まで。

 

 そうして、僕たちは初めてのキスをした。

 

 十秒ほどそうしていただろうか。

 息が苦しくなって、僕はそっと顔を離した。

 レゼは何も言わずに僕を抱き締めた。

 それは密林に潜む蛇が、捉えた獲物にするのと同じだった。

 

 レゼの体温が僕の不安を溶かしていく。

 鼓動が聞こえる。

 レゼの胸の内側から。

 とくん、とくんと。規則的に。

 彼女の命の秒針は、確かに時を刻み続けている。

 でも、必ずいつかはーー

 

 「怖い夢、見たんでしょ」

 

 僕の内心を見透かしたように、レゼは耳元で囁いた。

 悪戯っぽく、それでいて慈愛に満ちた声だった。

 僕は黙って頷くことしかできなかった。

 

 「大丈夫だよ。私は死なない……だからキミが死ぬまで、ずっと隣にいてあげる」     

 

 レゼはそう言うと、僕の首筋を噛んだ。

 鋭い痛みに、思わず息が漏れる。

 ぽたりと、噛み跡から滲んだ血が鎖骨から胸元に滴った。

 鉄の匂い。肌を撫でるレゼの熱い吐息。

 それは獣が番にするような、自分の所有場であることを刻み付けるための、マーキングだった。

 

 「……触って」

 

 僕はレゼに導かれるまま、彼女の左胸に掌を当てた。

 柔らかな膨らみの奥で、確かに拍動を続ける心臓の存在を感じる。

 そして僕は、彼女の心臓が純粋な『ヒト』のものではないことを知っている。

 レゼは僕の掌を胸に抱えたまま、呟いた。

 

 「ねえ、レイくん。私ね、悪魔なの」

 

 僕は思わず微笑んだ。

 そんなこと知ってるよと、吹き飛んだ玄関を横目に肩をすくめる。

 一般的に考えて、普通の女の子は他人のアパートを爆破しない。

 

 「それでも、いいの?」

 

 僕は何も言わず、ただレゼの震える指先を自分の掌で包み込んだ。

 レゼは、くすっと笑った。

 その笑顔は『兵器』なんて存在からは、遠くかけ離れたもので。

 

 「その顔、ずるいなあ……もうとっくのとうに、諦めてたのに」

 

 この夜が、永遠じゃなくてもいい。

 せめて、朝が来るまでは壊れないでいてほしい。

 そう願いながら僕は彼女に寄り添って、再び瞼を閉じた。

 

 

  ◾️

 

 

 イワン・ソコロフは硬い金属製の椅子に縛り付けられていた。

 暗い部屋だ。

 古い農作業用の機械が錆び付いたまま放置されている。

 物置のようなその部屋は酷く黴臭く、あちこちに虫の死骸が散らばっていた。

 

 「おい!ここはどこだ!?いったいどこのどいつがーー」

 

「軍隊には稀に、腐ったリンゴが紛れ込む」

 

 背後から低く、掠れた声が響いた。

 ソコロフは声の主に視線を向けた。

 二メートルを超す巨躯、禿げ上がった頭、傷跡が走った顔。

 ソコロフはその男の名を知っていた。

 もちろん本名ではない。

 『猟犬』と言う通り名で呼ばれる男の本名を知るものは、この世にそれほど多くはない。

 

 ソコロフは拘束を外そうと必死に身を捩った。

 男はそれを心底下らなそうに眺めていたが、やがて気に障ったのか徐にソコロフの股間を蹴り上げた。

 雨上がりの泥を踏み潰したような音が響く。

 ソコロフは白眼を剥き、ぶくぶくと泡を吐きながら痙攣した。

 

 間髪入れずに、男は丸太のような腕を振りかぶって、その拳をソコロフの顔面に叩き付けた。

 血と唾液が飛び散り、砕けた歯が宙を舞う。

 ソコロフは椅子ごと地面に吹き飛ばされた。

 芋虫のように這いつくばりながら、呻き声を上げている。

 

 「世界には三種類の人間がいる。羊、狼、そして番犬。羊は市民だ。この世に蔓延る悪や暴力という狼から身を守る術を知らず、ただ逃げ惑うだけの哀れな獲物。だが羊の中にも稀に、戦う能力を持ち暴力に対抗できる力を持つ者がいる。彼らが番犬だ」

 

 「そして軍隊は羊の群れに潜む番犬を見つけ出し、鍛え、狼を殺させる場所だ」

 

 男はソコロフの胸ぐらを掴み、無理やり体を引き起こさせた。

 青紫色に腫れ上がった顔にかつての面影はない。

 折れた鼻の骨が皮膚を突き破り、露出している。

 放っておいても、次の朝日を迎える前には死ぬだろう。

 

 「だがお前は羊だった。イワン・ソコロフ中尉。病気の母親を介護すると言って臨時招集を拒否した。お前の母親は十年前に癌で死んでいるのに。ではなぜ、お前は戦うことを拒絶した?」

 

 「……ナ、タァ……シャ」

 

 「娘のナターシャというのは、これか?」

 

 男はクーラーボックスから、少女の首を取り出した。

 まるで仕留めた鹿の首を剥製にするみたいな気楽さだった。

 ソコロフは真っ赤に染まった視界の中、首から下を失った愛娘と対面した。

 

 ナターシャは最期の表情を張り付けたまま、空っぽの瞳で父を見つめていた。

 全てを悟ったソコロフは叫んだ。

 この世に存在する憎悪と悪意を全て煮詰めたような、悍ましい叫びが物置小屋に響いた。

 

 「彼女は君の名を呼んだ。一度目は希望、二度目は恐怖、三度目はーー諦めだった」

 

 男が笑いながら言うと、ソコロフは呂律の回らない声で呟いた。

 何を言っているのかは分からなかったが、おそらく死にたいのだろうなと思った。

 

 男はソコロフを地面に引き倒すと、そのまま彼の顔面を渾身の力を込めて踏み潰した。

 凄まじい外力がソコロフの頭部に加わる。

 骨が砕け、脳髄が破裂し、割れた頭蓋骨から血と脳漿が吹き出した。

 

 ソコロフの死体を足で転がし、男は小さく息を吐いた。

 ポケットの中の携帯電話が振動する。

 Eメールを開くと、写真ファイルが添付されていた。

 一枚目はロシア人の美しい少女の顔。

 二枚目はアジア系の、これまた人形のように整った少年の顔だ。

 

 本文を読む。

 空港にはチケットを用意した協力者が既に待機しているとのことだった。

 男は靴にこびり着いた血を地面に擦り付け、小屋を出た。

 手榴弾のピンを引き抜き、割れた窓の隙間から投げ入れる。

 

 二秒後、爆炎が小屋を吹き飛ばした。

 焼け焦げた肉片以外、部屋には何も残らなかった。

 

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