私は君の手を握る   作:久遠の語部

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第1話-1 名も知らぬ誰かに助けられて

 

 ──火が  を燃やしている。平穏無事だった  が突如として悲劇の舞台の狼煙となる。

  が燃え、周囲は火の海。そう、それはかつての日を……

 

 「──はぁっはぁっ……ゆめ、か」

 

 暗い室内の中、少女が目を覚ます。体を動かそうとして脚に痛みが走り、痛みから目を瞑る。

 痛む脚のことは後回しにし、まずは状況を把握しようと手近なスイッチを押した。次の瞬間、立ち眩みと共に広がる白い世界に思わずたじろいだ。

 

 「ま、まぶし……」

 

 視界に飛び込んできたのは、乱れた赤い髪。林檎のように赤いこの髪も瞳も、私にとっては見慣れたものだけど、さっきの夢を思い出して、自分に深くため息した。

 ただ、分からない。どうして私は今、清潔すぎて不気味なほど白一色の部屋のベッドで目を覚ましたんだろう。

 

 ──そうだ、今日は。

 

 私、櫛灘火ノ華は、その日も開來(かいらい)魔法学園へ登校し、いつも通りの授業を受けていた。

 開來(かいらい)魔法学園は魔力を宿した子供を国主導で開來市へ集めていて、一般教養の他にも魔力の制御や魔法使いの心得などを教えている。

 中等部までは基本的な魔素の扱い方、魔法の使い方を学び、高等部では3分の1の授業が魔法に関連した授業になるから、こぞって魔法を鍛えていく。

 卒業後の進路こそ特殊だけど、それ以外はどこにでもある普通の学園だ。

 

 魔法学園の午前最後の授業が終わり、昼休みとなった。多くの学生が学食へ繰り出す中、櫛灘は友人の東雲風音(しののめ かざね)と駄弁っていた。

 

 「それにしても面倒なことになったわね、火ノ華」

 「……ほんとよ」

 

 ぐったりと机で項垂れた。10年、いや30年に一度の逸材と持て囃される彼女は魔法の成績がなまじ優秀な為、ことある行事の度に何かしらの役割を担うことが多いのだ。ただ、今回の相手が嫌で嫌で、それについて考えれば皺が寄るほどに。そこへ……

 

 「いつもごめんね。いつもありがとう」

 「ううん、気にしてないよ」

 

 彼女たちのもう一人の友人、雨森雫(あまみやしずく)が三人分の弁当を持って教室に戻ってきた。その弁当を買いに行くのは専ら雨森と東雲の役割だが、これにはやむを得ない事情がある。

 

 「ほんと、有名人は大変よね」

 「う、うん。今日も櫛灘さんはいませんかって、聞いてくる子がいたからね……」

 「……いつも、ありがとね」

 

 なまじ優秀なことで他の学生から執拗に声を掛けられるからだ。それは学生だけに限らず、高等学園の2学年生でありながら卒業後の進路先から多くの推薦を受けるほどには。

 

 「昨日も頼まれていたよね。確か、魔法軍部の方への挨拶……だっけ?」

 「一対一で言われた時には何度も断ったのに、今になって他の学生の間で話をするとかなんなのよ、あれ」

 「その状況で断る火ノ華も相当だけどね」

 

 本当にうんざりしていて、机に倒れ込むよう頭を付けたのを覚えている。

 

 「でも、火ノ華がいないとなれば反応が目に見えて変わるだろうし、魔法軍部志望の男子や間縞教諭にまた目を付けられるわよ」

 「だったら、風音が変わってくれない?」

 「私だって御免よ。魔法軍部志望していないし」

 「だよねー……」

 

 雨森が買ってきた弁当を食べながら取り留めのない会話をして、それから……

 

 「そう言えば、他のクラスでまた休みが出たんだって」

 「またなの。魔法軍部の人が来るんだったら、最近起きている事件を解決してから来てよね。もう、怖くて出かけることすら出来ないじゃない」

 「ほんとほんと、ショッピング行きたいんだけどねー……」

 「私もモールに行きたいけど、流石にこんな状況じゃね……」

 

 最近発覚した学生の誘拐事件。噂が出回った当初はただの流行病と考えられていたけど、魔法使いが住んでいない一般区の警察に被害届が出されたこと、魔法学園の先生がやたら火消しに動いたことから、ただの流行病ではないと噂されるようになった。その後、魔法学園から正式に魔法軍部へ行方不明となった学生の捜索を依頼したと連絡を受けているけど、未だ犯人の手掛かりが見つかっていない。それと併せて魔法軍部へ体験入隊している人がいるという噂が出ている。けど、本当かなぁ?

 

 「そんな話は止めましょ。大体、楽しくも無いんだし」

 「そうね」

 「あ、そうだ。なら、この前の授業で使った魔術なんだけど、火ノ華の意見を聞きたいな」

 

 その後は自分たちの魔法の進捗、最近聞いている音楽の話で盛り上がったんだっけ。それで、昼休みも残り5分になった所で午後の授業の準備をしていたら、校内アナウンスが流れたんだったわね。

 

 【急な連絡になりますが、午後の授業は魔法軍部の視察により急遽休講となります。高等部の学生は帰宅となります。繰り返します──】

 

 「え?」

 

 魔法学園では時折、急な休みが発生する。それは魔法学園を卒業した先の有力な就職先である魔法軍部、魔法研究部、その他魔法を利用した部門の人達が訪問し、定期的に学生を視察しているからだ。

 

 「え、午後の授業が丸々?」

 

 喜びの声をあげる他の学生を置いて、風音がそのアナウンスに疑問を持っていた。今までも魔法に関する部門が視察に来ることはあったが、午後の授業を丸々休講にすることがあっただろうか、と。

 

 「魔法軍部の視察かー……」

 「目を付けられてないといいけど……」

 「火ノ華は厳しんじゃない。この間も、間縞先生から散々推薦出すって言われていたんでしょ」

 「嫌なこと思い出させないでよ。それを言うなら風音だって」

 「ま、それはねー……私も出来れば避けたい所よ」

 「二人共、魔法の成績も優秀だからね」

 「そういう雫も、成績上位側じゃない」

 「でも、二人より魔法の威力は出せないし、実践は苦手だよ」

 

 気がつけば、既に半分のクラスメイトが教室を後にしていて、他のクラスからの声が騒がしくなってきたんだっけ。

 

 「やっば、もう来たの。私もう帰るわ」

 「いつもながら大変ね。分かったわ、こっちに来たのはてきとうに払っておくから」

 「いつもありがとう」

 「頑張ってね……」

 

 急いで鞄を持って教室を後にする。その後はいつも通りきっと……

 

 「櫛灘さん、一緒に帰りませんか!」

 「火ノ華さん、一緒に何処か寄りませんか!」

 「もう帰ったわよ」

 「うわ、まじか。今日もかよ……」

 「あんたらがしつこいからでしょ」

 「だって、このまま接点ないまま卒業なんて嫌だぞ!」

 

 みたいな、そんな奴らが2人の元に押しかけていたんでしょうね。まぁ、あの2人なら

 

 教室を出た後も何人かの学生に声を掛けられたが、それらを無視して下駄箱に向かう。そう言えば1年ほど前、私の手を無理矢理掴んできた男の先輩がいたんだけど、反射的に雷撃を食らわせたら黒焦げになった挙句、病院送りにしちゃったのよね。そんな事件が起きたことで、迂闊に触れる学生はいなくなったのは有難いんだけど、一部からは女王様とか呼ばれる羽目になって……まぁ、いいかそんなこと。

 その後はいつもの場所へ魔法を使って移動したはずだ。勿論、スカートの下を見られないようにしながら。

 

 

 飛行時間はおよそ30分、直線距離にして15km。

 開來市の端にある森林公園の東屋、そこが私のお気に入りの場所。周囲にはいつも通り魔法使いがいなかったから、全身の力を抜いて椅子に腰掛ける。

 

「はー、毎度の事ながら疲れるわ……」

 

 開來市の外れにある森林公園は魔法区から離れており、一般人が住んでいる一般区の中でも早々に人が来ない。そんな場所までわざわざ移動したのは単純に好みの場所だからということもあるが、同時間、同タイミングで同級生たちが確実に来られないからだ。強いて言えば、風音だけは追い付くことが出来るけど、他の人が早々追っては来られない。また、魔法区内では魔法の日常的な使用を認められているけれど、魔法区以外では緊急時以外魔法の使用が禁止されている。よっぽどの理由が無い限り、私を追ってくる人はいない。

 

 「よし、誰もいないね。それじゃあいつも通り……」

 

 そんな場所で本を読む時間は、広くて狭いこの街の中でもお気に入りの時間だ。

 

 「…………」

 

 静寂の中で魔法医術の本を開く。

 

 中々借りられない本だけに何とか期限内で読み切りたい。そう思いはするものの、鈍器になれる本を読み解くにはやはり、時間が必要だ。その内容を読み込み、自分として体得

 

 期限の迫った図書室の本を読み耽り、一時間ほど経った頃だろうか。朝礼で「不審者に注意しろ」と言われていたのを思い出し、重い腰を上げる。今から帰れば日が落ちる前には帰れるはずだ。

 

 けれど、交通バスで魔法区へ戻ってバス停を降りた瞬間、寒気がした。

 

 「幾ら何でも、静かすぎない……?」

 

 坂を登れば学生寮や生活必需品が買える店や出張診療所があるけれど、午後4時にしては静かすぎた。中等部の学生なら外で遊んでいる時間帯なのに今日に限っては静かだし、坂を登って店の開店状況を見れば、一様に臨時休業となっていた。流石に嫌な予感を覚えてさっさと帰宅しようと魔法を使おうとして……怒号が聞こえたから怖くなって、走ったんだった。

 

 人がいない大通り、未だ明るい魔法学園前の大通りを走っていると……

 

 ──奴は見つかったか!

 ──まだです。恐らく、一般区に向かって逃げているものだと。

 ──早く見つけ出せ!

 

 余裕のない怒号に怖くなった私は咄嗟に建物の影へ隠れてやり過ごそうとしたのを覚えている。後から考えれば、学生服を着ているんだから街を堂々と歩けばよかったのかもしれない。ただ、いきなり魔法軍部に声を掛けられるのも怖いし……今更の話か。それに……

 

 ──見つけ次第、撃っていいぞ。奴らを逃がすな!

 

 怒鳴るようなその言葉に、畏縮したんだ。怖くなって何処かに身を隠そうと建物と建物の間に入ろうとしたんだ。確か、その時に後ろから男の人に声をかけられて……テンパったんだった。

 

 「……触らないで!」

 

 ──今、誰かが魔法を使ったぞ!

 ──逃げ出す前に捕まえろ!

 

 そう、あれが決定的だった。

 後はもう、何も覚えていない。立て続けにトラブルが起きたから、まともに考えてることが出来なかったんだろう。

 突発的に坂を下ったものの、普段から全力疾走なんてしないから直ぐに息も上がって、だったら空を飛んで逃げてしまえばいいと魔素で風を手繰り寄せて飛び上がった。とりあえず、ほとぼりが冷めるまで一般区で時間を潰そうとして、何発も銃声が響いたんだっけ。それで確か背中と、脚が。

 

 「あああぁ!!!」

 

 撃たれた瞬間、灼けるような痛みと衝撃から何もかもが吹き飛んで魔法の制御が出来なくなって、数メートルの高さから無防備な状態で空中に放り出された。それなりに速度が出ている状態で放り出されたから、慌てて大気の魔素で体を包むように自分を守ったんだっけ。そのお陰で地面に落ちて数回転がっても意識を保てていたけど意識を保つので精一杯だったこと、太ももから血が目に見えるほどに出ていたことしか覚えていない。

 

 「あ……そ、んな……」

 

 このまま一人ぼっちで死んじゃうんだ……そう思った時、誰かの声が聞こえたんだっけ。その時にはもう意識が霞んでて、顔すら見れなかったんだ。

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