私は君の手を握る   作:久遠の語部

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第4話-2 その目に迷いはなく

#四話の弐

 

 「まさか、本当に寝るなんて……」

 

 確かに朝から様子がおかしかった。それが只の睡眠不足なことには呆れたが、あまりに余裕のない態度で眠りついたのには驚いた。同時に、自分が相当な無茶をさせていたことも分かったので怒る気力も無くなるというものだ。

 

 「まぁ、肉体労働しているんだし疲れるか。そもそも、私の勝手に付き合わせた訳だし」

 

 今朝の連絡では、レジスタンスがアパートを襲撃、魔法軍部が捕まえたという話だった。だけど、魔法軍部にとってレジスタンスは怪しい人達なのだから事件が起きる前に捕まえることが出来たのではないか。そんな魔法軍部のミスで雫の住んでいるアパートが被害を受けたことに納得できず、立ち入り禁止域を超えて近くで確認しようと決めていた。

 

「…………」

 

 そこにたまたま一貫君がいた。他の人と様子が違うし、1人で調べるのは心許なかったから巻き込んだけど、まさか一貫君が私を先に帰らせるとは思わなかった。それは兎も角、あの光景を許せなかった。魔法を、魔法兵器を人へ向けることに苛立った。確かに魔法は強力な既存エネルギーの代替となり得るだろう。だけど、雫が被害に遭ったこと、その被害の大きさからそうした魔法兵器を平気で使った者への怒りで、今朝はどうかなりそうだった。

 これでも朝早くに起きてから、魔法区内を一通りパトロールの真似事をしていた。まぁ、何にも無かったんだけど。

 

 「……」

 

 そう言えば、今朝は風音だって不安がっていたのに一貫にはそんな様子が一切なかった。まぁ、一般区に暮らしているとそう思うのかな。その割には隣人トラブルに巻き込まれていると話していたが。現場に残ろうとしたりしてよく分からない。短い付き合いだけど、魔法が使えないと言い張る割には随分と危険に慣れている気がする。まぁ、知り合って数日な訳だし知らないことがあるのは当然だけど……

 携帯端末で時刻を確認すると、11時を回っていた。

 

 「雫は先生から事情を聞いているだろうし……しばらくこのままかなぁ」

 

 暫く待っても、雫が戻ることは無かった。合計で数十人から100人前後の学生が家に入れなくなってしまったから、収拾がついていないのかもしれない。昼を摂るのにいい時間だったから、風音と食堂で昼食を取る。一貫くんを起こして昼に誘ってもいいけど、疲れているみたいだし寝かせた方がいいよね。朝、付き合って貰ったんだからお昼くらい買ってあげようかな。おにぎりとお茶になっちゃうけど。

 

 昼食を取った後も、まだ雫への連絡はつかない。もう少し待ってみるべきだろうか。風音は調べ事をしているらしく、私は手持ち無沙汰だった。校内を歩いてみたけど、先生の数がとにかく少なくて、他の学生達も不安に駆られて直ぐに家へ帰っている。それがどうにも不気味で、誰かの近くにいたくて……気がつけば、いつもの屋上に足を運んでいた。

 

 「……あ」

 

 まだ寝ていると思っていた。だけど、もう起きていて、その彼は被害があったアパートの方を睨むように見ている。

 

 「櫛灘さんか」

 「どうしたの、あっちを見て」

 「少し、気になってさ」

 「うん、そうだよね」

 

 会話が途切れた。何か思う所があるのか、最低限の会話しかしない。何をしようか困って携帯端末を取り出して……風音からの着信に気付く。内容を留守電に残していたらしく、それを聞く。

 

「ねぇ、この後時間はあったりする?」

「唐突だな。昨日のせいでこっちもバイトが休みになったから空いているぞ」

 

 その割に、嫌そうにこっちを見ているけど?

 

「なら、付き合ってよ。大丈夫、そんなに長くはならないから」

「そもそも、何の用だ」

「朝に少し話したけど、私の友達……雫が家に帰れなくなっちゃって」

「ああ、朝も言っていたな。半壊したアパートは基本的に立ち入り禁止になったし」

「そう、だから被害に遭った学生たちは暫くホテルへ移るみたい。ただ、雫と連絡がつかなくて」

 

 ……眉間にしわが寄った。今の話に、何か気になることでもあったの?

 

「……ホテルの場所は一般区か?」

「違うわ、魔法区にある大きいビジネスホテルよ。今は魔法軍部が貸し切りにしているみたい」

 

 只でさえ険しい一貫の顔が一層険しくなる。とても、胸騒ぎがする。

 

「……気になるな」

「どういうことよ」

「確かに学園へ通うには一般区のホテルは距離がある。ただ、狙われたのが魔法区なんだから、一般区の方が安全なんじゃないかと思ってさ」

 

 それもそうだ。レジスタンスが一般区で騒ぎを起こしていないのなら、そこに滞在させた方が安全かもしれない。まぁ、そんな大量の魔法使いの宿泊を許可するホテルが無かっただけかもしれないけど。

 

「それはそうかもだけど……先生達が行き辛いんじゃない?」

「だけだといいが……」

 

 風音からの留守電では、雫が魔法区にあるホテルへ宿泊することが決まったのでお見舞いに行きたいという内容だった。折角だから、一貫君をサプライズで連れていってみようと思いついただけだったんだけど……それとは別で一緒に来てもらった方がいいかも。

 

 「じゃあ、一緒に来てくれる?」

 「その前に、軽く何かを食べてからでいいか?」

 「昼食、取って無かったの?」

 「さっき起きたんだ。さっきまで誰も来なかったから、よく眠れたよ」

 「じゃあ、これ」

 

 気紛れだけど、買っていて良かった。一貫君も驚いた顔をしている。

 

 「朝、付き合ってもらったでしょ。だから、気にしないで。おにぎりじゃ……ダメだった?」

 「いや、助かるよ。好き嫌いはないから、よほどのことじゃなきゃ中身は気にしない」

 

 

 

 一貫が遅い昼食を取り終えるまで待った後、魔法学園の校門前まで移動する。

 

 「……で、何でそいつがいるのよ」

 

 そう言えば、一貫が来ること言ってなかった。当然、風音からは不審な目を向けられるよね。

 

 「最近危ないし、身代わりくらい欲しいかなって」

 「……勝手に巻き込んでおいて、それは酷くないか?」

 

 本当の所は、いるとちょっと安心するから。不良学生に絡まれた時に手袋越しで魔法自体叩き落としたこと、私に黙ってあの場所に残って調査を続けたのも考えると、私や風音だけではカバーしづらいところを補ってくれそうという期待を一貫に抱いている。

 

「……まぁ、いいか。余計な真似はしなさそうだし」

「櫛灘さんから聞いているが、友人の家が巻き込まれたとか……二人に影響あったのか?」

 

 私のことは知っているけど、風音とは話したことがないから他人行儀なんだね。

 

「いえ、私達は無事よ」

「うん、昨日は私の部屋に避難して一緒に寝たもの」

 

 流石に雫は不安そうにしていたけどね。

 

 「じゃあ、雨森さんは屋根のある場所で寝られたんだな」

 「そうよ」

 「災害にしろ、魔法使いの愉快犯にしろ、被害を受けた後は不安定な状態が続くからな。そんな中でも、雨森さんにとって頼れる二人が無事だったのは不幸中の幸いだな。確かに、そういう状況なら早い内に顔を見せた方がいい」

「……そうね、それじゃあ行きましょう」

 

 

 魔法学園を出て、三人で魔法スタジアムから少しだけ離れたホテルまで歩く。本当だったらホテルまで直接飛んでいきたかったけど一貫は魔法が使えないし、周囲を確認しておけば帰りも安心できるだろうという言葉には、妙な説得力があった。そんな一貫は私達から一歩距離を置いて周囲を見渡しながらついてきている。

 

 「ねぇ、どうして連れてきたの?」

 「マズかったかな。雫が一貫君のこと、知っているみたいだったし」

 「あー、そうじゃなくて。さっき、驚いちゃって」

 「朝もそうだったんだけど、妙に落ち着いているんだよね……」

 

 学生達や魔法の研究者達が住んでいるマンション、アパートを抜けて歩いていると、変化に気付かされる。普段だったら魔法の練習やらで魔法区内は迷惑をかけない範囲で騒がしいんだけど、今は襲撃の影響で静まり返っていた。近くに立っているのは先生ではなく、魔法軍部の人達。彼らは会釈をして見送ってくれたけれど、背後から視線が刺さるようで不気味だった。

 

 そして、それは私達が住んでいるマンション、アパートを抜けた先の生活品を手に入れる商店通りでも同じだった。彼らに非はないんだろうけど、今置かれている非日常感が嫌で逃げたくて、途中から会釈すら出来ないまま風音と下らない話をしている。なんだけど……

 

 「なによ、火ノ華だってさー……」

 「風音こそ、そういうつっけんどんな態度をしているからでしょ、ねぇ、一貫君はどう思……」

 「…………」

 

 一貫君はそうした話に乗ってこない。積極的に自分のことを話すタイプじゃないのは知っていたけど、こんなにだんまりだっただろうか。

 

 「でさ。ついてくるのはいいとして、少しは話したらどう?」

 「あー……」

 

 一応、話は聞いていたらしく、私達にこんなことを言う。

 

 「櫛灘さんと東雲さん、それから雫さんだったか。卒業後、魔法軍部に入るつもりなのか?」

 「いいえ」

 「嫌よ」

 「即答だな」

 

 急な問いかけだったからか、思わず反射的に答えていた。大きな声じゃないけど、見回りしている人に聞こえちゃったり、する?

 

 「一応聞いてみる。どうしてだ?」

 「……私は兵器とかで魔法を使いたくない、やりたいことがあるの」

 

 そう、これは私がやらなくちゃいけないことだ。それに関する本とかも欲しいけど、高いから中々手が出ないのよね。やっぱり専門の学部に行かないと勉強出来ないんだろうな。

 

「私も似たようなものね。間縞先生からは頻繁に魔法軍部へ入らないか声をかけられるけど」

「優等生は大変だな」

「あんたは暢気ね」

「そういうあんたはどうするつもりよ」

 

 そう言えば、一貫君はここを卒業したらどうするんだろう。

 

「以前みたいに過ごすのも悪くない。そもそも、きちんと卒業できるか危ういけど」

「だったら、魔法を頑張りなさいよ」

「生憎、全然出来なくてな。生活費に余裕ないからバイトしてるんだよ」

「それ、本末転倒じゃない。何の為に学園よ」

「と言っても、帰る場所はない。だったら、とりあえず学園を卒業しといた方が色々いいだろ?」

「……それ、どういう意味よ」

 

 私は既に聞いていたから驚かないけど、流石の風音も驚いたみたいね。

 

 「……そうなのね。悪かったわ」

 「別に、終わった話だ。せめて勉学くらいはと思っても、今までの差があるっぽくてな。覚えることが多過ぎて中々手につかないんだ、これが」

 「何、ここへ来る前は学校に通ってなかったの?」

 「ああ、それでも計算とか読み書きは出来たから、何とかなると思っていた。幸い、魔法に関する知識は多少あったからな。そしたらまぁ、うん……」

 

 実技は分かっていたけど、教養科目が駄目だった、と。

 

 「……ここに来る前、本当に何していたのよあんた」

 「また、余計なこと言ったらしい。どうも、この手の話は同じ反応をするらしい」

 「あ……」

 

 そうして、話を切られてしまった。聞かなければもう少し話してくれたんだろうか。

 

 「そうそう、話は変わるが……」

 

 突然、口元を隠してどうしたの?

 

 「分かっているとは思うが気を付けろ、見張りの人数が多過ぎる」

 「「……え?」」

 

 急に声も小さくなった。これ、ワザとだよね。それってつまり……

 

 「それから、魔法軍部の新兵器って知っているか?」

 

 周囲の人達には聞かれない方がいい話なの?

 

 「男の子ってほんっと……そういうの好きよね」

 「少し前の魔法兵器でマニュピレーターってのがある。従来型の魔素の集積装置や、防衛兵器としてかつて利用されたことがあるそうだ。最終的には人型として動けるようにする方針だったが、そこで製造中止になったとか」

 「聞いたことだけはあるけど、それって10年以上前のことよね」

 「らしいな。俺自身、人から経緯を聞いただけだけで詳しいことをそこまで知らないんだ」

 

 じゃあ、何でその話を今したの?

 

 「……何が言いたいわけ?」

 「マニュピレーターは素体となる魔法使いの実力によって、兵器としての性能が大きく左右される。で、新型兵器とやらはそれの改良版だ、とか」

 

 素体となる魔法使いの実力……その言葉に冷や汗が垂れる。最近もそうだ。実力のある学生達を盛んに魔法軍部へ勧誘しているけど、それはもしかして……

 

 「ねぇ……何でその話を今、出した訳?」

 

 合っていて欲しくない、そんな思いから聞いたんだけど、一貫君の推測が現実味を帯びて聞こえる。喉の奥が震えるのを止められなかった。

 

 「雨森さんの宿泊しているホテルは魔法軍部の貸し切りなんだろ。ってことは、魔法軍部の人達が沢山いる場所に行く訳だ。頭の片隅に入れていた方がいいと思ってな」

 「付き添いのつもりで呼んだんだけど、あんたは勿論入るんだよ、ね?」

 「……多分だけど、俺はそのホテルに入れないはずだ」

 「「何で!?」」

 

 いや、本当に何で!??

 

 「魔法軍部がホテルを貸し切っていて、中に魔法科の先生がいるんだろ。俺と櫛灘さんが話しすようになった経緯なんて、後見先生くらいしか知らないだろうし、只でさえ緊迫している状況で余計な奴なんて入れたくないのが本音だろう。どうせ、入るにも先生達やバーコードの確認があるんだろうし」

 「……」

 

 そう言われれば、門前返しになる理由も分からなくない。それでも、ただのお見舞いの為にそんなことをする理由はちょっと考え辛いけど。

 

 「それとさっきから気になっているんだが、学生の保護をする為だけにこれだけの兵士を動員するものか?」

 「「……」」

 

 気付いていなかったことを、気付こうとしなかったことを指摘され、背中から冷たい汗が流れる。

 

 「いや、これは過ぎた妄想か」

 「あのさ。この状況で言われて、はい忘れますとか言えると思ってんの?」

 

 風音の言い分は最もだ。私も一貫にちょっと言っておきたい。

 

 「一貫君は、どうしてそう考えたの」

 「以前から続いている学生の誘拐事件が解決していない中で、昨日の騒ぎだ。ぶっちゃけ、魔法軍部の面子は丸つぶれだ。だから、ピリピリしているんだろう」

 

 それは理解する。直ぐにでも行きたかったホテルが今は出来るだけ遠ざかって欲しいと願っている自分がいた。

 

 「今度こそ捕まえたと通知が来てるようだが、この警戒態勢を見るにちょっと怪しいな。それに、久し振りに嫌な予感がするんだよ。約束通りホテルまで一緒に行くつもりだが、俺が入れない可能性はあると思ってくれ」

 

 急激にホテルに行きたくなくなった。けど、ホテルには雫がいる訳で……

 

 「だけど、魔法学園からもレジスタンスを捕まえたという話が出ているわ。確かにこの現状を見ると、あんたの言う事も一理あるわ。でも、どっちなのよ」

 「どっちも何もない」

 「……え?」

 「誰だって言いたくない話ってあるだろ。だから言わない、嘘をつく。それより重要なのは2人にとって必要な情報はなにか、だろ。別に俺のことを信用しろと言っている訳じゃない。魔法軍部や学園の出している情報に違和感持っているのに、そこから出ている話を鵜呑みにして良いのかって言ってるだけだ」

 「……たし、かに」

 

 多分、これは一貫君のお節介だ。私達が魔法軍部や学園の情報に疑問を持ったからこそ、今日は朝早くから魔法区のパトロールみたいなことをしていたんだ。確かに、一貫君の言う通りかもしれない。

 

 「そりゃ魔法学園や魔法軍部の発信の方が信じられると思うのは当然だと思う。ただ、疑問を持ったのなら、きちんと疑いな。それで納得できないなら、一番譲れないものの為に動けばいい。そら、立ち止まっていないで行くぞ。その為に来たんだろ」

 「ちょっと、待ちなさいよ!」

 「待ってよ、一貫君」

 

 ホテルはもう目の前だ。だけど、さっきより大きいとは感じなくなっていた。

 

 

 ホテルへ入館申請を出したら、受付の人から一貫君は入館が許可されなかったと返される。私は抗議したけど、自分では判断が出来ずに申し訳ないと謝られてしまう。そう言われてしまえば、こちらとしても強くは言えない。これがもし一貫君の話を聞いていなかったらもっと取り乱したり、不気味さを感じ取って入るのを躊躇っていたかもしれない。そういう意味でも、事前に話してくれて本当に良かった。それから、ホテルの制服を着た人が少ない。ということは、今ホテルの中にいる人は殆ど魔法軍部の関係者ってことかもしれない。

 

 「すみません。折角来ていただいたのに……」

 「そういう方針なら仕方ないです。ま、俺は元々付き合わされた身だし、これで解放されますわ。例え、帰りに俺がいなくても、魔法軍部の人が見回りをしているのは来る時に見ましたし、何かが起きるってことはなさそうだ。だけど、ここ最近は街全体物騒だから帰りも気を付けろよ」

 

 そう言って、一貫はあっさりとホテルを後にした。そこに見回りしている魔法軍部の人が私達を見る。

 

 「良かったら、案内しようか?」

 「「い、いえ、結構です」」

 

 ……そこで何で、魔法軍部の兵士が同行しようとするわけ。それはホテルの人がやることでしょう?

 寒気がする。一貫君の話を抜きにしても、異様だ。何でそんな所まで魔法軍部の人が関わろうとするんだろうか。二人でエレベーターに乗ることが出来たけど……心は一向に休まらない。

 

 「な、なんなのよ一体……」

 「…………」

 

 何故、ホテルの中なのに魔法軍の兵士がいるのか。そりゃあ警戒の為だと言われれば納得出来るかもけど、そこまでする必要があるのか。疑問がシャボン玉のように膨らんでは……割れないまま、別の疑問が沸き上がる。魔法軍部の人がホテルを借りていて、周囲を兵士さんが警戒している。

 ホテルの中にまで彼らがいて、ホテルの人は最低限しかいないらしい。雫は学園でも先生と話をしたという。なのにどうして、もう一度ホテルで先生と話をする必要があるんだろう。

 このエレベーターでの短い移動時間が、私と風音の僅かな相談タイムだ。

 

 「ねぇ、どう思う?」

 「ますます怪しいわね、両方とも。何でアイツはこれを読めたのかも全く分からないし、魔法軍部の人しかいないホテルへ案内する学園も学園だし……」

 

 口にすればするほど今まで気付かなかった要素が怪しく見えてしまう。仮に何か起きたとしても、このホテルが魔法区にあって魔法軍部の人が囲っているんだから、警察に来てもらう……のは期待できない。やるべきことを整理する。ホテルにいるのに従業員をみかけない……違う。ホテル周辺に魔法軍部が屯していて、周囲も人通りが少ないのが不気味……違う。そうだ、一貫君は……

 

 「まずは、雫がいるかの確認をしないと」

 「そ、そうね……」

 

 風音も私と同じくらい不安がっている。そりゃあそうだ。ただ雫の様子を見て帰るつもりだけの予定が、猛獣の住処に足を踏み入れてしまったかのようだから。逃げたいのが本音だけど、ここには雫がいる。

 

 「どうするつもり、火ノ華?」

 「うん、まず雫はどちらかの家で暫く泊めましょう。後は先生にどう説明するかだけど」

 「……そ、そうね。でも、時間的にそんな余裕はないわ、まず連れ出すわよ」

 「何時になく、積極的ね」

 「だって、一貫君が言っていたでしょ。私達が一番譲れないものって何?」

 「確かに、そう言っていたわ」

 

 同時に、エレベーターが指定した階に止まる。

 

 「風音、行くよ」

 「えぇ」

 

 やることが決まった。一貫君の言っていることが正しいかなんて分からないままだけど。それでも誰を信じたいのか、何を失くしたくないのかだけは、はっきりした。

 

 雫が泊っている階にも魔法軍部の人がいた。うん、ここまでする必要なんてないよね?

 

 「そろそろ着くわよ」

 「うん……雫、大丈夫かな?」

 

 雫のことを呼んでみると、中から鍵を開けて雫が部屋へ入れてくれた。

 

 「あ、風音と火ノ華ちゃん」

 

 ……と、ここは不安を見せちゃいけないよね。一番不安なのは雫なんだから。

 

 「災難だったわよね、ほんと」

 「うん、半壊だから直る可能性はあるけど……」

 「場合によっては、家具とか揃えなくちゃいけないから大変よね」

 「うん、その間はここで寝泊りする予定だって聞いたけど……」

 

 魔法軍部の膝元で……か。

 

 「……どうしたの?」

 「ねぇ、ここに泊まっている人って被害に遭ったアパートの人達なの?」

 

 風音がそう聞くと、雫が少し悩んでいる。

 

 「うーんとね、小さい子達は一般区のホテルに移っているみたい。そっちには後見先生たちもいるらしいんだけど……」

 

 嫌な話だけが次々と繋がっていく。ここには魔法科の先生しかいなくて、魔法軍部の人が囲っている。さっきの話を先生達にすれば、学園の恥晒しの言うことなど聞く必要などない、とか言って間縞教諭は怒りそうだ。きっと、他の学生たちも私たちを陰であざ笑いそうだけど……そっちは置いておこう。

 

 「雫、そう言えばさ……」

 

 そうだ、ちょっと聞いてみよう。雫が一貫君のことを知っている素振りを、時折見ているんだ。

 

 「実は今日、一貫君と話をしたの」

 「……そうなんだ」

 「雫に聞きたいんだけど……彼って信用できる?」

 

 私達が真剣に聞いていることに気付いたのか、雫がはっきりと答えてくれた。

 

 「うん。火ノ華ちゃんの時みたいにお礼も出来ないまま疎遠になっちゃったけど、風音や火ノ華ちゃんと一緒のクラスになれた切っ掛けは一貫君だったよ」

 「分かったわ、今すぐここを出ましょう」

 

 そっか。雫と風音は高等部に入る前からの付き合いだったから……私が知らないこともあるよね。その雫が言ってくれたから、風音も決心がついたのね。

 

 「え?」

 「そうね、一緒にご飯に行くって書置きしておけばいいよね」

 「えっと……でも私、あと1時間したら先生達と話をすることになっていて……」

 

 ゾッとした。もし時間を変えていたら、日にちをずらしていらホテルにはもういなくて一時帰省している……とか、そんな返答もされていたかもしれない。

 

 「先生には明日も学園で会う訳なんだし、書置きでもしておけばいいじゃない」

 「うーん……土屋先生、怒られないかなぁ」

 

 風音が既に書置きを作り始めている。なら、私は……

 

 「貴重品は持った?」

 「うん」

 

 今はとりあえず、ここから脱出しないと……

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 三人がホテルを後にしてから1時間、彼らの担任が部屋の扉を叩く。

 

 「雨森さん……雨森さん?」

 

 クラスの担任である土屋が扉を開ける。扉の鍵は開いていて、部屋の窓も開けっぱなし。

 

 「……まさか」

 

 最悪を予想した土屋だったが、机に置かれた置き手紙とルームキーを見てそうではないことに気付く。そしてその書置きには……

 

 【暫く友達の部屋へ泊まることになりました。】

 

 「あぁ、東雲さんと櫛灘さんね。あぁ、もう。けどまぁ、これなら言い訳は立つわね」

 

 勝手に動いたことには頭を抱えるもの。しかしどうして、彼女は狼狽しながらも安堵の息をついていたのだろうか。

 

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