その連絡を受けたのは家に帰って夕食の準備をしていた時だ。
久々にモールへ行って気分転換出来たと思っていた矢先、最近接することが多くなった男子学生から連絡が来た。
「……何の用?」
毛嫌いする程ではないが私は火ノ華や雫と違って親しい相手ではないし、好意なんてない。そもそも、何故自分に連絡をしようと思ったのか。若干苛立ちながら電話を取る。
「緊急で話したい事がある。とてもじゃないがメッセージとかで話せる内容じゃないから直接話したい。そっちのアパートまで5分で行くから下に来てくれ、切るぞ」
私、東雲風音にとって、一貫はあまり関わりのない学生だった。
悪評は聞いていた。火ノ華に頼まれたから少し調べたけど、その悪評と成績が悪い以外何も出てこなかった、悪く言えばぼっちの学生だ。雫も興味があったらしいから嫌でも関わることが増えたけど……だからといって、なんでこんなやつと連絡を。
「なによ一体……」
そんな私でも、急を要する話し方に冷や汗が一筋流れる程度には嫌な予感がした。
「……今度は一体、なによ」
急いでアパートの下まで降りると、既にその男子学生はいた。火ノ華の住んでいるアパートまで徒歩10分程度の距離があるはずだけど、一体どうやって……
「端的に言うぞ。櫛灘さんと雨森さんが狙撃された」
全身が凍るとはこのことか。自分の知らない所でまた……
「……え、あ、そ、その……二人はもう病院!?」
「あ、悪い。言葉が足りなかった。狙撃自体は俺が防いで、今は櫛灘さんの家に居させている」
色々言いたいことはある。だけど、一番大事なのは……
「ふ、二人は無事なんだよね!?」
「身体的な意味ではな。が、ああいうのはその後が大事だ。時間は作れるか」
またしてもこいつに救われた……その事実に歯噛みする。何しろ、魔法使いの街において最も重要視される魔法の実力がない目の前のこいつに大切な友人が二度、三度も助けられている。魔法の実力が極めて劣っているこの学生に出来て自分に出来ないことがあるなど、魔法使いとしてのプライドから認めたくない。それでも、助けられたことは事実なのだから、認めないと。
「……ええ、勿論」
それに、短い付き合いの中で何となく分かっていることもある。こいつは緊急時の対応に慣れている。私が必要と感じたから、ここまで足を運んだはずだ。
「じゃあ、まずは総菜を買いに行こう」
……へ?
「あの状況で飯を喰え、は慣れがないと無理だからな」
「……え、あ、その……うん、分かった」
「と言う訳で、近くでいいからスーパーまで運んでくれないか?」
突拍子の無い展開ばかりで、頭がついていかない。何を考えているの、こいつ。
「何であんたを私がスーパーまで運ばないといけないのよ。大体、スーパーに行って、それからどうするのよ」
「移動しながらの説明でいいか」
「分かったわよ……やればいいんでしょ、やれば!!」
困惑と苛立ちが止まらない。それでもここは、こいつの言う事を聞いた方がいい……そう、自分に言い聞かせた。
出来るだけ急いで魔法区内のスーパーへ入る。日が暮れた時間帯なので、周囲に魔法使いの姿はない。そのことに安堵しながら、私はあいつの動きを観察した。惣菜コーナーを一通り見たかと思えば、他のコーナーも見ている。主婦か。
あいつがこうしてスーパーへ寄った理由は二人が食事を用意できると思えないから、部屋に向かう前に買ってしまえばいいとのこと。確かにそうだ。そんな状態で食べたいなんて思えない。だけど、それは火ノ華の部屋に男を上げ……あれ、今更ね。って!
「ちょっと、何でそんなに買うのよ!」
「あ、何でだ?」
「惣菜を買いに来たんでしょう。だったら、肉とか野菜をバンバン入れる必要ないでしょ!」
魔法で急いでスーパーまで行ったのはいい。悲しいけど私は料理が得意じゃないし、時間も遅めだから総菜を買うことも理解する。なんだったら、財布役になるのもいい。だけど……幾ら何でも、今、籠に入れようとした肉の数が多過ぎる。1週間どころか、2週間分の食事でも作るつもりだったのか。大容量パックを3つくらいを平気で入れようとした上、他にも手を出すつもりだったよね!?
「ああ、そっか。あの時とは違うか」
「あの時って、何時よ?」
思えばこいつは、毛色が違いすぎる。魔法の実力とかじゃない、その常識や生き方まで。魔法学園に通う殆どの学生は自身の魔法を磨き、その実力を自身の存在価値としている向きがあるのに、こいつはそこに全く重きを置かないどころか、魔法にすら価値を置いていない。精々が手段ぐらいにしか考えていない。だから、私達の常識で話すのも変な気はするけれど……
「あぁ、それは……」
珍しい。付き合いは短いけど、言い淀むことなんて今まで無かった……と思う。
「……ここに来る前、だな」
明らかに濁された。まぁ、こいつにも言いたくないことくらい、あるのは当然か。
「まぁいいわ。4人しかいないのに、いきなり大量の肉類を買おうとしたことに驚いただけだから。それで、何を作る気だったのよ」
「スープとか汁物だな。温かくて食べやすいし、調理に掛り切りじゃないのもいい」
「だったら、それも一緒に買えばいいじゃない。何で汁物だけ材料から作ろうとするのよ、手間じゃない?」
言っていることがよく分からない。だって、惣菜を買いに来たんだからインスタントでも買えばいいじゃない。
「まぁ手間だな。だからこそ、敢えて時間を掛けて調理する」
「え、どういうこと?」
買い物を終えた帰り道。買った食材とかを私が持って魔法で移動して、一貫が走る。役割が逆な気はするけど、魔法学園まで坂道があるのにその中で一貫に持って走らせたらぐちゃぐちゃになると言われた。その通りだった。
「……」
行きでも思っていたけど、魔法を使って移動している私に平気でついてこれるこいつは何なのよ。
「今更だけど、どうして狙撃を防げたの?」
さっきは考えないようにしていたけど、スーパーへ行ったことで私も少しは余裕がでている。今の私にでも分かることは、こいつは聞かないと答えない。
「今日は妙な気配があった。じっとして動かない、そんな魔素の容があったから」
「魔素の……かたち?」
魔素の濃度を気にする人は多いけど、かたちってどういうことよ。
「他の奴がどう感じているかは知らないが、俺は周囲の気配や魔素を感じ取りやすい性質らしくてな。そのお陰か、妙な行動をしている奴に気付き易いんだ」
「建物以外の、人のようなかたちをした魔素がじっとしていたから気付けた、と?」
……こいつ、どうなっているのよ。魔素で誰がどこにいるのか把握できるの?
「気になるのは、俺が気付いていると分かっている上で撃ってきたことなんだが……」
「…………」
やっぱり、異様だ。普通に生活していたら、狙撃されることなんて考えもしない。なのにこいつは、火ノ華達が狙われていることを理解した上で、動揺していない。もう何度思ったか分からないけど、魔法学園へ入る前は一体何をしてきたの。
「とりあえず、火ノ華の家に行くのよね?」
「あぁ、悪いが連絡を頼めるか。多分、この調子だと10分以内に着くと思う」
「そうね。私の方で連絡しておくわ」
不甲斐ない自分が情けないと同時に、こいつがいなかったらどうなっていたか……背筋が寒くなる思いだった。
マンションに到着し、火ノ華にロックを解除してもらって部屋へ入る。何から何まで、一貫の言う通りだった。2人はショックから体に力が抜けていて、夕食の準備どころじゃない。こんなに弱った2人を見るのは初めてで、何て声をかけたらいいか分からなかった。そんな中、あいつは買ってきた食材とかを冷蔵庫に入れたりしながら……って、何をしているのよ。2人をどうにかしようと思わないの!?
「そっちは暫く任せたぞ」
「え、ちょっ!?」
「やりたいと思う事をやればいい。俺より付き合い長いんだろう」
私の返事を聞かないまま、料理を始めやがった。無茶振りするなと言いたいけど、私が手持無沙汰なのは確かなので……2人を連れて、寝室へ向かう。
寝室でマットレスを広げて、3人で横になる。2人はやっぱり弱っていて、雫は体の震えがまだ治まっていない。だから、ここに来るまでの経緯を話した。出来るだけ、2人が興味持ちそうなところを面白おかしくして。
「ありがとう、来てくれて……」
「うん、私も怖かった……」
「当然じゃない。友達でしょ、私達」
2人が眠るまで手を握る。あぁ、あいつが私を呼んだのはそういうことだったのか。ふと、数日前に聞こえた噂話を思い出す。次の授業を行う教室まで移動している短い間に、アイツと火ノ華のしょうもない話があった。自分の魔法のサンドバッグとして、櫛灘火ノ華は一貫を使っている。そんな根も葉のない噂が流れたのはここ最近のことだ。事情を知っている身としては知らない振りをして聞き流していたけど、次言われたら私も雫達のようにむっとした顔をするかもしれない。
その内に寝息を立て始めた。よっぽど精神的に参っていたのだろう。
「あぁ……」
何で時間のかかる料理をわざわざ作ろうとしたのか、ようやく理解した。長居して落ち着かせる為の建付けだったんだ。多分、2人が眠ったことを伝えに行った方がいい。
「お、そっちは落ち着いたか」
「一応ね。やってもらってばかりじゃ悪いから、私もちょっと手伝……」
思わず、その先の言葉が止まる。確かに2人が寝付くのに時間が掛かってはいたけど……え?
「なんか……多くない?」
「あぁ、ちょっと時間あったからさ。どうせ明日も何か食べるのに、作る気力が湧かなかったら結局無駄にするだろ。調味料もあったし時間あったからついでに作っとくかーって思っていたら、作ってた」
「昨日は料理あんまりしないって言ってたじゃない」
気付いたら2品ほど増えている。普通に料理出来るじゃない、こいつ。
「家には1つしかコンロないんだ。だから、あんまり手の込んだものは作れないし、作る理由もない。ただ、ここはコンロが3つもあるからな。そりゃ空いたコンロがあれば何かしたくなるだろ?」
「そういう、もの?」
「元々スープだけ作るつもりが、コンロが2つも余っていたんだ。どうせ暇だったし、手を動かしたかったんだよ」
要するに、暇だったからやった、と。まぁ、暫く料理なんてやっていられないだろうし、丁度良かったのか……な?
「さっきは助かった。以前いた場所では大量に作ることが多くてさ。その感覚で買っていたら、まだ調理していた気がする」
「いいわよそれは。ところで、スープは何を作ったの。惣菜は和食が多めだったけど……」
「ああ、どっかの郷土料理。昔、手伝いの為に大量に作れる料理を調べていた時期があってさ。一品で腹も膨れる料理を中心に覚えたんだ。料理の作り方は色々あるけど、煮込み料理は下処理をして煮込んで味付けすれば、ある程度食べられるモノが出来るから楽でいい」
そういうもの、なんだろうか。普段、全然料理しないからなぁ。ところで、さっきから振動音がするのは何だろう。
「ねぇ、あんたの端末に連絡が来ているわよ」
「……マジか。取ったのか?」
「そんなこと、しないわよ」
「バイト先か、それか……あ」
どうしたのよ。
「……汁物が出来るまでやることないよな。ちょっと連絡するところがあるから、部屋から出させてもらう。ところで、外に出たらマズいんだったか」
「そうね。オートロックだから、鍵が掛かるはずよ」
「そうか、悪いが後で鍵を開けてくれないか?」
そう言って、あいつはリビングを出た。
「……」
あまり考えないようにしていたけど、バラバラだったピースが埋まっていく。炊き出しの経験が豊富で、魔法の実践授業から逃げ回っているはずのあいつが魔法を素手で叩き落としたこと、モールのような大きな建物は狙われやすい場所と言ったり、狙撃に気付けるだけの警戒心の強さ。
「……」
どこで電話をする気なんだろう。思えば、私達はあまりにも知らなすぎる。苗字も聞いたことないし、出身地すら分からない。そんなあいつが誰かに連絡を取ろうとしている。バイト先と言っていたけど、バイト先なら私が知っている。なら、これは違うところだ。そんな確信がある。これは逆に、チャンスではないか。基本的に私達を助けてくれてはいるけど、本当に味方かなんてまだ分かっていないんだから。
扉を閉める音がする。やっぱり、電話をする為だけに火ノ華の家から出たの?
火ノ華や雫がアイツを信頼しているのはもう分かってる。寧ろ、信頼できない要素が無いとすら言ってもいい。だけど、本当に無条件で信頼、信用していい相手なの?
「……確かめないと、ね」
数分後、リビングに戻った私は、ソファへ深く腰掛けてため息をついた。その数分間の出来事を振り返ろうとした時、寝室から音がした。
(あれは後回しね。まぁ、考えるだけで疲れるんだけど)
「風音……?」
「少しは眠れた、雫?」
「うん……ところで、何か嫌なことあった?」
「いえ、そんなことないわよ。ちょっとした……考え事」
「そっか。それより……」
雫が視線をキッチンへと向けた。先ほどから優しい匂いを漂わせる匂いに釣られて、起きたのかもしれない。だったら、火ノ華も起きてくるかな。
「お、そろそろいい頃だと思ったんだ」
そうね扉は開けていたんだから、戻ってきてもおかしくないか。で、何でスープの方に近づかずに私の方へ……
「さっきの事は誰にも言うなよ。面倒は避けたいからな」
「……わかってるわよ」
私の返事も聞かず、あいつは最後の仕上げを始めていた。
「東雲さん。取り皿の準備、頼めるか」
「……分かったわ」
もう、あいつはいつもの調子だ。火ノ華も起きてくるし、私も早くいつもの調子に戻さないと。
「風音……?」
「雫は火ノ華を起こしてきて。2人が作った料理と味比べといきましょう」
雫が頷いて、寝室に向かった。
「ふぅ……」
分かったことは、学園内にあるあいつの噂は全く当てにならない。これからは直接、見極めていかないと。
「東雲さん、余りそうなスープはどうすればいいと思う?」
「あんた、どんだけ作ってんのよ!?」
……とりあえず、悪いやつではなさそうだ。
昨日と打って変わって、食事は和風だった。白米、汁物、買ってきた総菜。シンプルだけど、これが今の雫と火ノ華には丁度良かったみたい。普段は作らない一貫君の料理は素朴ながら、素材の味がよく出ている。そんな料理は普段から料理する火ノ華や雫も美味しそうに食べていた。それにしても、普段は料理をしないと言った癖に、やろうとすれば美味しい料理がでてきたことに言い様の無い敗北感がある。今度、火ノ華と雫から料理を学ぼうかな。このまま負けっぱなしではいられない。それにしても、この優しい味はまるで……
「一貫君ってお母……」
「止めてくれ」
……皆、同じこと思ったのね。雫が言おうとしたその先を止めたのは、他の人にも言われたことがあるんだろう。何と言えばいいか。今日は色んなことがあり過ぎた。魔法学園の先生達は相変わらず助けてくれないし、事件が解決する見込み所か新しい異変が起きている。
それでも、私達以外に信用できる人ができたというのは、良い変化なのかもしれない。スープのお代わりをしながら、そんなことを思っていた。
◆◆◆◆◆◆
夜も深い頃、開來市のどこかで通話をする男がいた。
「……もう一度、結果を教えろ」
本来なら確認する必要すらない行為だ。だが、違和感を持ったのでこうして連絡をとったのだ。
その報告を聞き、男は顔を真っ赤にするほど激昂し、声を荒げる。
「お前達は動かない的にすら中てられない狙撃手なのか」
「……私は確かに撃った。しかし、防がれた」
「何故、防がれた。あいつらが絶対に立ち止まる場所は教えただろう」
男は苛立ちを隠せない。声にも全身で踏みつけるような足踏みにも、そのいらだちが現れていた。
「ええ。そのポイントで待機してました。予定外のボディーガードさえ、いなければ」
「ボディーガードだと。あいつら、そんなものいつの間に……」
「ええ、何故かいた。しかも、私に初めから気付いていた」
「……は、何者だそいつは」
予定外なことが続いている。期限も近く、強引な手法を取ったにも関わらず、どうしてその苦肉の策すら防がれるのか。
「服装は学生ということしか。ようやく視線を外したかと思えば、私に撃たせるところまで奴の計算だった可能性すらある」
「ただの学生が狙撃に気付く……だと?」
「えぇ。前金分は貰いますが、残りは返金します」
「なんだと!?」
つまり、分が悪いと彼らは踏んだ。その理由を男が尋ねると、こう答える。
「レジスタンスの動きが早い。このまま依頼を続けては我々も足がつきかねない。それではまたのご利用を」
ブツリ、と通話を切られてしまった。
「くそ、どうなっている。何故あいつが途中で依頼を下りる。ただの学生だぞ、そんな奴に狙撃の警戒が出来るとでも思っているのか。大体、我々は魔法を使って生活をしている。それをせずに……」
「そうだ。奴は俺が指定したポイントで狙撃したと言った。ならば、守衛室の監視カメラに防いだ奴が映っているはずだ」
男は部屋を出て、守衛室に向かう。深夜、かつ夕方頃に起きた騒ぎで守衛室には誰もいなかった。
「おそらく、監視カメラに防いだ奴が……」