私は君の手を握る   作:久遠の語部

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第7話-2 助けになりたいと思えたの

 私は雫と一緒に学園を休んでいた。時間はもうじき1時限目が始まる頃だけど、きっとクラスメイトは私が休んだことに驚いているだろう。でも、今は雫が心配だし……何より、安心できない場所へ行く気になんて到底なれやしない。

 

 「…………」

 

 昨日の夕食の時は大丈夫だったけど、雫は朝ごはんを食べられていない。気持ちは分かる。だって、私も同じだから。

 

 不意に、チャイムが鳴った。エントランスの呼び出しじゃない。私の部屋の、玄関のチャイムだ。

 

 「ッ……!?」  

 「……ほ、の、か……ちゃん?」

 

 心臓が跳ね上がる。雫が怯えたように私の服の袖を掴んだ。

 誰……こんな時間に来客なんて。また昨日のような何かが、ここまで追いかけてきたんじゃないかという想像が頭をよぎる。  

 ……けれど、確認しないわけにはいかない。

 

 「……大丈夫よ」

 

 私は震える足を抑えつけ、そっと覗き穴(ドアスコープ)を確認する。そこに映っていたのは──

 

 「……え?」

 

 私は慌ててロックを外し、ドアを開けた。 そこに立っていたのは、同じマンションに住む後見先生だった。

 

 「火ノ華ちゃん、突然ごめんなさいね。最近は元気かな?」

 「は、はい。それなりにやっています……」

 「それから……雨森さんも一緒なのね? 玄関に靴があったから」

 「あ、はい……それより後見先生、どうしてここに?」

 

 昔は後見先生に面倒を看て貰っていたけれど、最近はすっかり話す機会が減っていた。

 ……こうしてまともに話すのは、高等部1年の後期に入って以来だろうか。

 

 「雨森さんの所へ回れていなかったけど……良かった。やっぱり、火ノ華ちゃんが家に入れてくれていたんだね」

 

 後見先生は雫達の住む建物が壊された際、小、中等部の子の面倒を見ていたという。忙しいのに、来てくれたんだ。

 

 「それは……友達ですから」

 「それから、雨森さんも災難だったわね。家のことで大変だったのに、続けて巻き込まれるなんて」

 

 続けて巻き込まれる……えーと、間縞教諭が先生達の前でわざと叱りつけたことについてかな。

 

 「良かったわ、あの子がいて」

 「あの子?」

 「だって二人とも、昨夜は一貫君に助けてもらったんでしょう」

 

 ちょっと待って。昨夜のことを何で知っているの。

 そりゃ、先生は同じマンションだから異変に気付いても可笑しくないけど、階だって違うし、そもそもあの一瞬の出来事を知っている人なんて私達以外にいないはず。

 

 「一貫君と知り合いなんですか!?」

 「ええ、そうよ。かれこれ1年前くらいの付き合いだったわね」

 

 一貫君と後見先生……一体どんな繋がりが。

 

 「それより二人とも……よく休む選択をしたと思うわ」

 「「……え?」」

 

 今日、学園を休むのを決めたのは風音がいたからだ。風音がノートはしっかり取っておくと言ってくれたし、何より雫のことを頼まれたから。

 

 「それでいいの。土屋先生以外の魔法科の先生たちがどう思うかは知らないけど、一番大事なのは貴女達の体と心よ。二人共、落ち着くまで無理して登校する必要はないと思っているわ」  「……はい」

 

 今の話を間縞教諭が了承するとは思わない。恐らく、後見先生はその話を朝一に聞いて、心配してやってきてくれたんだろう。感謝しかない。

 

 「それから、火ノ華ちゃん」

 「……はい」

 「貴女が昔っから我慢しちゃう子なのは知っているわ。でも、今だけは我慢しなくていいんだからね」

 

 後見先生が、玄関先で私達を抱きしめてくれる。温かい。この人には敵わないなぁ……

 

 「ありがとう、ございます……」

 

 私に釣られたのか、雫の瞳からも涙が溢れる。こんなことを言ってくれる大人の人なんて、この魔法学園で……この魔法区ではこの人以外、いないから。

 

 「いーえ。あの子から聞いた話に加えて、朝一で土屋先生に確認して欠席なのを知らなかったら、私も気づけなかったもの。こちらこそごめんなさい」

 

 ……え?

 

 「そうよ。昨日の夜、一貫君がいきなり連絡してきて驚いたわ。いつもどおり、ぶっきらぼうに『二人が休むかもしれないからよろしく頼む』って」

 「「…………」」

 「ほんと、魔法科の先生達は薄情よね、困っちゃうわ。学園に通っている学生達は両親が近くにいない意味、分かっていないのかしら」

 「それは……思います」

 「……うん」

 

 そりゃあ魔法使いが優遇されていることなんて、嫌でも知っている。その為の施設も、住居も用意してくれているのは知っている。だけど……

 

 「はいはい……今は泣いてすっきりしちゃいましょう」

 

 それから私と雫は、後見先生にしがみ付いて暫く泣いていた。もう、体の水分が抜けきるくらいに、声を上げて私達は泣き続けた。後見先生は何も言わず、ただ背中を撫で続けてくれていた。

 

 どの位泣き続けたかは分からない。ひとしきり泣いてスッキリして……少し、恥ずかしくなった頃。

 

 「先生、忙しいのにありがとうございます」

 「いいのよ。どうせ他の学生は授業に出ているだろうし……あ、一貫君だけはサボっているかもね、いつも通り」

 「プッ」

 

 確かに実戦授業は嫌だと言っていたし、今日も屋上にいるんだろうな。容易に想像できて、つい笑ってしまった。

 

 「うん。少しは元気、出たみたいね」

 「あ」

 「どうしたの?」

 

 少し余裕が出てきたからか、ずっと気になっていた疑問が口をついて出た。

 

 「そう言えば、後見先生はどうやって一貫君のことを知ったんですか?」

 「……まぁ、いっか。まだ時間もあるし」

 以前、風音が調べようとした時には殆ど情報が無かったと言っていた。先生は何か知っているんだろうか。

 

 「きっかけは、魔法実践授業でサボりがいるという話だったの。初めて会った時は色々驚かされたわ」

 「え、どんな感じだったんですか?」

 「まず荒れてないの。魔法学園に住んでいるから分かっていると思うけど、ここって魔法の出来具合での上下格差が凄いでしょ。魔法が得意な学生は威張るように、魔法が苦手な学生は素行が悪くなりがちなんだけど、一貫君にそんな様子は全くなかったわ」

 

 あぁ、後見先生と話した時の一貫君は、私達と接する時と同じ一貫君だったんだろう。

 

 「変わらないのね、そういう所」

 「でも、その理由って分かる?」

 「え……そう言えば、何でだろう。雫はどう思う?」

 「えっと……魔法に執着していない、から?」

 

 確かに、言動からそんな雰囲気は感じ取れる。大体の人は魔法こそが全てって考えの人が多いんだけど……

 

 「それはあると思うわ。何せ一貫君、実技に全く関心が無いからね」

 「はい、自分では出来ないと割り切り過ぎているというか……」

 「ここに来た直後は抜け殻みたいだったって話を聞いたことあったけど、私は見たことないから特には言えないかな」

 

 抜け殻のようだと言われても、全くピンと来ない。飄々としながらも、誰かを見捨てない一貫君がそんな……

 

 「「……」」

 「まぁ、分からないことを知ろうとしても、仕方ないわ。ただ、どうしてなのかな。魔法に関してはあんまり心配してないの」

 「どうしてですか?」

 「私は魔法全然分からないけど、近いことは出来るんじゃないかなって。ほら、魔素を扱う力はあるんでしょう」

 「まぁ、はい……」

 

 それだけで魔法が使える訳ではないけれど、そう言われてみればそんな気もしてしまうのが一貫君の不思議な所だ。

 

 「だって、本当に出来ないだけならもっと焦っているわ。そういう学生は山ほど見てきたからね。それに比べて一貫君はヤケになっている訳でもないのに、生活費を稼ぐと言ってバイトをしているのよ?」

 「確かに変わっていますよね。魔法が使えなくて孤立しようが、関係ないみたいな雰囲気あります」

 

 雫から見ても、そう思うんだね。

 

 「うん。まず言えるのは、魔法使いであることの優越感が全くないこと。そうじゃなきゃ、一般の人に混じってバイトしようなんて思わないわ」

 「風音から聞いたんですけど、バイト先で浮いているようなことは無かったって聞きました」

 

 そう言えば、そんなことも言ってたわね。学園では孤立しているのに、学園以外で居場所あるの不思議だって休み時間で話したこともあったっけ。

 

 「あぁ、あそこね。普通に重労働なんだけど、バイトの翌日に様子を聞いたら『いい運動になった』で済ませたのはかなり驚いたわ」

 「一貫君の情報って、やっぱり学園側でも把握していないんですか?」

 「えぇ、もう知っていると思うけど、ここに来る前の情報が殆ど無いの。両親もいない上、何処に住んでいて、何をしていたのかが不明なの。一切ね」

 

 似たようなことを風音も言っていた。でも、本当に不明なことってあるの?

 

 「来た時期が遅いなら小学校くらいは卒業していても……」

 「その記録が一貫君にはないの。何処にもね」

 「「え……?」」

 

 そう言えば、親代わりの人の仕事を手伝う為、あちこちに行ったと話していた。学校があったとしても行けなかったのだろうか。

 

 「分かっているのは1つだけ。あの子は案内されてやってきたこと、くらいよ」

 「案内した人は一体……」

 「私もその先は知らない。一貫君も言わないからね」

 「「…………」」

 

 改めて、私達とは全然違う世界で生きてきたのだと、実感させられる。そして、恐らく居場所があったそこから離れて尚、魔法学園でも1人で生きている。

 

 「寂しいとか、思わないのかな」

 

 不意に、そんな言葉が漏れた。

 私は魔法を使う目標があったし、魔法の修練を重ねていく中で風音や雫とも仲良くなれた。そして、慣れてきた私は自分たちの魔法に怖がっている学生を見る内に、何時かの自分と重ねて何とかしたいと思って魔法習得の手伝いをしている。

 だけど、一貫君はまるで……

 

 「……ふ-ん」

 「先、生?」

 

 先生が、何か含んだような笑みを浮かべていた。

 

 「いやぁ、そんなことを言うなんて思わなかったからさ。ちょっと、ね?」

 「え、あれ……私、何かマズいことでも言ったの、かな?」

 「だって、今までいた場所から誰も知らない所に放り込まれて、独りきりなんですよ。私だったら……」

 「そうね。その辺は本人に聞いてみないと分からないわ。ただ、完全な一人きりって訳じゃないわ。私も最近知ったんだけど、1学年下の石垣君は彼のことをとても慕っているわ。もしかしたら、今の貴女達なら良くしてくれるかもね」

 

 高等部1学年の石垣信二……確か、風音から聞いた名前だ。土や石を基にした魔法が得意で、魔法を使った模擬戦闘では同級生ではほぼ相手にならないとか。

 

 「あ、あの……」

 「どうしたの、雨森さん」

 「一貫君はどうして、他の学生と関わろうとしないんですか?」

 

 周囲から聞こえる悪評と一貫君の実態は大きな乖離がある。勿論、学園内での教養科目と魔法実技の成績が悪いことは変わりないけど、人として不快に思ったことはない。

 

 「そう、ね。1年ほど前に雫ちゃんが一貫君に助けられた時は、ちょっと期待しながら見守っていたんだけどね」

 「……はい」

 「だから、気付いたの。多分、魔法使いが嫌いなんだと思う」

 

 ……嫌になるくらい、納得してしまった。

 魔法使いが嫌いだから関わらない。単純な理由だったんだ。

 

 「じゃあ、私達のことも……」

 

 他の人達は私を利用しようと色々関わってこようとしていたけど、私が一貫くんに対して同じことをしていた……?

 

 「それはどうかな。今まで関わってきて、不快に思ったことはある?」

 「いえ、イラッとしたことはありましたけど」

 「じゃあ、大丈夫よ」

 「そんな簡単に分かるものなんですか?」

 

 私も雫に同意だ。だって、魔法使いが嫌いなら私達だって当然……

 

 「だって嫌なら、彼は会話すらしないからね」

 

 確かにそう言われれば、納得する。面倒くさそうにはするけど、なんだかんだ話してくれているし嫌ってはいないんだろうか。

 

 

 その後、1時間目の授業が終わる数分前に先生は私の部屋を後にした。

 私と雫は遅くなった朝食を食べて少しだけ元気が出た。それでも、昨夜はあまり眠れなかったツケが来て、雫は寝室で眠っている。

 一方、私も眠いはずなのに、気になることがあって眠れそうにないまま、リビングのソファで横になっていた。

 

 「じゃあ何で、一貫君はあの日、私を助けてくれたの?」

 

 ……ムカつく。

 一貫君は私のことを助けてくれた。嫌いな魔法使いなのに、恩を売る訳でもなく当然のように私を助けた。

 他の学生や先生だったらこうはいかない。間縞だったら助けてやったんだから魔法軍部へ進学しろと言ってきただろうし、男子学生や先生だったら付き合ってくれとか言われても不思議じゃない。

 だから、訳が分からなくて気になって、そうしてまた助けられて……私、何も返せていないよ。

 私達は一貫君のことを知っているようで、全然知らない。本当に友達なのかどうかすら、疑問を持つくらいには。

 

 悔しい。

 こんなに無力を感じたのはあの日以来だ。あの日を思い出す度に助けられなかったことを、傷つけてしまったことを悔やまなかった日はない。その時と同じような気持ちだ。

 どうして私は、こんなにも無力なんだろう。

 

 「なんで、なんで、一貫君、は……」

 

 思考がぐるぐると回って、答えが出ない。

 本当は落とし物を渡すだけの関係だった。だけど、屋上で話す何気ない会話が心地よくて、私を特別視する気がなかったから……また会って話をするのがちょっとだけ楽しみになっていた。

 なのに、なのに……何にも、分からない、知らないよ。

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