放課後、間縞教諭から重要な話があると担任を通じて連絡された俺は、ため息をつきながら職員室までの廊下を歩いていた。横切る学生達が何かを言っているが、それは日常茶飯事なので、気にするつもりもない。
「そもそも意味が分からねえんだが。魔法科の筆記試験の成績は悪くないのに、バーコードの勝手で成績下げられるとかふざけてんのか。ったく、嫌な予感しかしねぇなぁ……」
愚痴を呟きながら向かうのは何故か。それは職員室へ来れないようなら魔法科目の筆記試験の評価も下げなければならない……と、完全な脅しを受けたからだった。どう考えても嫌な予感しかない。
「失礼します」
一目見て、先生の数が多い。理由があるかもしれないし、ないかもしれない。
「ふん、来たか……早速だが、貴様には退学の準備をしてもらうことにした」
驚きはない。ただ、ツッコミどころが多過ぎたためにため息せざるを得ない。
「意味不明な理由で成績下げるとか言って呼び出した上、言う内容がそれですか。おかしくないですか?」
「退学になるような心当たりなど幾らでもあるだろう、今更説明が必要か?」
それはまぁ……少しはある。特に魔法科において重要視される実践授業はサボり続けているのだから。加えて、教養科目の成績が良くないのも自覚している。
「だとしても、何故今のタイミングで、どんな理由があって退学にするかぐらいは把握できないと、こっちも被害届とか出さないと……」
「今の会話の中で何故、被害届という言葉が出る」
「モラハラって知ってます?」
「小癪な言葉だけはよく覚えるな」
退学っていう、小癪な手段使ってる奴が言うことじゃないだろ。
「幾ら魔法区が実質魔法使い達の自治区になっているとしても、説明くらいするものでしょ。横暴とか超えてるのでは?」
「ああ、そうか。お前はそもそも魔法区に住んでいないんだったな。そりゃあ一般区での真似事が身に付くわけだ。お前がいて職員室の空気も悪いようだし、繰り返しを防ぐ為にも説明してやろう」
魔法使えないからって魔法区から追い出したの、あんたらですけどね。で、職員室の空気が悪いのもあんただろ。
「魔法軍軍部の次期司令官殿がこちらへ来るのは知っているだろう。魔法を活用する未来を担う者が集まる中で、魔法すら使えない学生を置いておく必要などないと昨夜の職員会議で決まってな。だが、確かにお前の言う通りいきなり退学させると言うのは横暴だったな。だから、チャンスを与えよう」
あぁ、此処までが能書きか。体よく退学させるための。何故、急に退学させようとしているかは不明だが、聞いておくか。
「1週間の期限をやる。それまでに魔法を使えなければ、お前を即退学とする」
「この魔法学園って、魔法軍部以外の機関も関わっていますよね。ここで習った魔法に関する知識があれば、他の分野で活かせる役割はあると思います。それに、これでも魔法に関する知識は平均以上あるみたいですから、そのやり方は横暴だと思いますが?」
「高等部にもなって、魔法の1つも満足に使えない学生を置いておく理由がない、というのが魔法学園としての決定だ」
あぁ、つまり……そういうこと。
「……誰かにとって不都合だから、その決定をしたようにも見えますが」
あぁ、やっぱり他の先生達の動きが変だ。多分、独断だな。
「何を言う。魔法に関わる人材は今も多くこの学園へ出資している。故に、魔法が使える優秀な学生を優先するのは当然だろう。それに、お前みたいな奴は何処へ行っても変わらない。魔法を鍛える、使える努力もしない学生など」
「では、どうして私を強制的に退学させようとするのですか。魔法軍部の次期司令官が来る程度の理由なら、その日は来るなで済むと思うんですが」
「昨夜の職員会議で決まったからだ。分かったならさっさと魔法の習得に力を注げ。もしかしたら、お前にもチャンスがあるかもしれないぞ」
理由を問われても、間縞はその理由に答えていない。それはつまり、答えても納得できないものだと分かっているからだろう。
「筋が通っていない。高等部にもなって魔素の操作くらいしか出来ないのは事実だし、教養科目の成績も悪い。そんな奴だから、他の先生達が庇わないのも分かる。が、何故退学を強行する?」
「話すことはもう無いと言っている」
……そう、そう出るのか。なら、こうするか。
「魔法に関する適性があるなら、魔法研究所でもいい。若しくは、魔法文化科への所属でもいい。なぜ間縞教諭は魔法軍部を優遇し、そこから外れそうな学生を排除しようとするのですか。確かに近年は新型魔法兵器の開発に力を注いでいると聞いたことはありますが、海外と戦争になっている訳でもない」
「話は終わったと言っている!」
エアコンの風を利用して突風を起こし、俺を吹き飛ばそうとしたらしいが……
「な、に?」
資料が飛び散っているようだが、その程度の魔法はそよ風みたいなもんだ。流石に室内だから加減しているとはいえ。
「……一月以上前からか、学生が誘拐されているものの誰一人として帰って来ないそうですね。警備強化の一環として魔法軍部へ依頼しても、未だに解決していない」
こんな風に話すのは、いつ振りか。生きる場所が変わって、今までの自分は全て死んだものだと思っていた。案外、そうでもないらしい。
「この前の連絡ではレジスタンスが捕まえていたという話でしたが、本当にレジスタンスが学生達を捕まえていたのなら、もう帰ってきてもおかしくないのでは?」
職員室の空気で分かる。ここ最近の動向にイライラしているのは学生だけじゃない。先生も相当以上のストレスを受けている。魔法科の先生だけじゃなくて、教養科の先生すら顔色が悪いのはちょっと異常だ。
「最近、魔法の成績が優秀な学生達から魔法軍部へ進学するよう、間縞教諭から強く勧められて困っているという愚痴をよく聞くようになりました。そう言えば、魔法軍部は魔法兵器の開発を強化していて、その為には多くの魔素を求めているとか」
この話は櫛灘さん達だけじゃない。2年生だけではなく、3年生からもそんな話があると東雲さんから聞いている。
「……ところで、未だに家にも実家にも戻れていない学生達は今、何処で何をさせられているのでしょうか?」
……これの反応次第なんだけど、どうでるか。
「そんな根も葉もない噂を信じる学生は困りものだな。そんな世迷言を言っているなら、さっさと修錬したらどうだ?」
呆れた風に言って流そうとしているか。ま、そこで直ぐにカッとするようじゃあ、教諭の立場にいないか。だったら、次はこれだな。
「あぁ、そう言えば……」
「話は終わりだ、さっさと出ろ!!」
携帯端末を取り出したからか、録音されてると思ったんだろうな。実際は違うんだけど。
ムキになってさっきよりも強い魔法で飛ばそうとしている。流石に魔法の実力は高い、踏ん張らないと吹き飛ばされそうだ。やっぱり、魔法使いとして強いというのは本当みたいだな。
「間縞教諭が度々屋上に出向いて連絡を取っている相手は確か……魔法軍部の方でしたよね。私が魔法実技の授業をサボっている時に、偶に聞こえてくるんですよ。魔法兵器運用の為の魔素抽出量が足りていない、とか」
お、流石にこれは動揺を隠せないか。他の先生達も目の色変わったようだし、止め刺しとくか。
「加えて昨夜、学生の暗殺未遂があったそうです。まさか、魔法軍部が主導とか、先生達が関わっているなんてことは……ないですよ、ねぇ?」
後は、どう動くか確認していかないとな。
職員室の扉を閉めた瞬間から、職員室が俄かに騒がしくなった。普段だったら俺の言葉なんて後見先生くらいしか気にしないはずだが、バーコードの行動に納得できないものが多かったから、あんな騒ぎになっているんだろう。今でこそ職員室周辺に防音の魔法が再度掛けられたから静かになったと錯覚するけど、その魔法の効果が弱っていたことに気付けないくらい、不満を抱えていたんだな。
「かまをかけて正解だった。魔法使いとしては優秀でも、戦うのは不慣れな感じがするな」
それにしても、その場の勢いとは言え色々言い過ぎた。こっちも、いきなり退学させるとか言われたから手段選んでる余裕も無かったが。うーん、退学は困るんだよな。せめて、高校を卒業した証があれば何とかなると信じたいが。
「…………」
それともう1つ。さっきから俺の後をつけている学生がいる。どうでもいいけど何で俺を追っているんだ、あいつ。
「……気付いているんでしょう。それより、もっと大事なことがあるんじゃないの?」
「あぁ、そうだな。やっぱりバーコードは魔法軍部と繋がりがあったみたいだ」
東雲さんや東雲さん、目に見えて不機嫌になって、魔法すら使いそうな雰囲気なんですが。
「……ちょっと、来なさい?」
「お、おう……?」
どうやら、俺はこれからとんでもない目に遭うらしい。
人気の少ない校舎の隅まで連れ出された。東雲さんの表情も相まって、見掛けた人が一様に逃げていく。うん、その気持ちは分かる。だって、俺も逃げたいから。
「あんた、間縞から退学するとか言われたらしいわね」
「聞こえていたか」
「そりゃ、職員室で散々言い争っていたのが聞こえたからねぇ!」
まぁな。俺も途中まで防音がされているものだと思って話していたから、全然気付けなかった。
「職員室って、魔法防音設備ないのか?」
「演説するようにアンタが話していたからでしょうが!土屋先生から2人の様子を聞かれていたから、たまたま職員室の近くにいたの。そしたら、アンタが呼び出し喰らってたのを見てたのよ」
「あぁ、それで……」
誤魔化せそうにないな、どうしようか。
「……あんた、何でそんな反応薄いのよ」
「って言っても、どうしようもないことってあるだろ。一応、悪あがきはしたけどさ」
「その悪あがきって何?」
嘘は許さないと言わんばかりの鋭い目つきだ。こういう目を向けられたの、久しぶりだな。
「バーコードと魔法軍部の……」
「あ ん た ね ぇ!」
「うおっ!」
東雲さん、暴風を纏わせながら肩を揺さぶるのはやめてくれ。首がもげる!
「この期に及んで自分のことじゃなくて、気にすることは他なの?何とかして退学にならないように、とか考えないの?」
ようやく、肩を離してくれたか。首が揺れ過ぎて、ちょっと気持ち悪い。
「つっても、出来ないこと前提で吹っ掛けてきてるんだ。だったらやれることなんて、悪あがきだろ」
「何でそう思うの?」
ちょ、ちょっと休ませてくれ。揺れに揺れてちょっと気持ち悪いんだ。
「聞こえていたんだろ。俺を退学させる理由に筋が通っていない。目障りならお前だけは休みでいい、とかその日は補講で1日予定を入れさせるとか、色んなやりようがあるだろ」
「……まぁ、そうね」
「それが退学だ。確かに、俺は魔法の実技がてんで駄目だ。が、知識面は並み程度あるし、そっちの成績は平均点以上ある。魔法の成績は実技と知識で決まるが、それを平均しても赤点にはならないことが分かってる」
「……それで?」
どうしてそんな結論になったかは分からないが、とにかく言えることは……
「だから、退学は建前だ。要は、あいつにとって俺が邪魔なんだよ。何でそうなったかが全く分からないが」
「……あぁ、だからあんなこと言ったのね。で、間縞がアンタに突きつけた条件は?」
さっきから気になっているんだが、何で一々確認しているんだ。別にいいけどさ。
「魔法を使えることだとさ。全く、露骨過ぎて笑えるよな」
あ、携帯端末を取り出して何を……
「聞いた?火ノ華、雫」
──そういう、ことか。
櫛灘の部屋についたので今後の話し合いをすると思っていたんだが、何故か正座をさせられている。
「いや、何で正座なんだ?」
「……何?」
「あ、いや、何でも」
3人の眼が怖えな、おい。
「……で、あんたはいつも通り、抱え込んで一人で解決しようとしていた訳ね」
「今まで魔法が碌に使えなかった奴が1週間で出来るとは思えない。だからせいぜい嫌味を言って、奴の足元でも掬ってやろうと……」
「ねぇ、一貫?」
あ、これやばい奴では?
逃げたら逃げたで、何言われっか分かんねぇし……
「んが……お゛お゛あ゛っ!?」
加減、なしで、纏わせた魔素で、電気を、流しやがった。マジか。全く、動け、ねぇ……
「ねぇ、私達はそんなに信用できない?」
「……わ、わ、悪い。今、な、なんて、言った?」
「だ、か、ら、私達はそんなに信用できないって聞いているの」
東雲と雨森も同様らしく、目が怖い。
「っと、少し、痺れが、取れてきた。まさか、一発喰らって動けなくなる日が来るとは……じゃなくて、出来る見込みが無いのに頼む訳にもいかないだろ」
「そう思っているのは、一貫だけでしょ」
「以前、先生に相談したが駄目だった。それに、バーコードの狙いは俺を退学にすることだし、試験もあいつが有利なやり方で出してくるだろう。例えば、焚火のような火を起こせとかじゃなくて、山火事を起こすような強い火を起こせ、とか言ってくるだろうよ。例え協力してもらっても、そこを乗越えられないようじゃあ打つ手がない」
「じゃあ何よ、あんたはあいつの要求を呑むつもり?」
首を横に振る。呑みたくはないが、今の状況を分かっているからな。
「俺が出来ることなんて魔素の基礎制御、探知のような基本的なことだけだ。火や水、風、土……その他基本魔法要素を起こせたことがない。出来る見込みがあれば別なんだが……」
「だ・か・ら!」
「うおっ!?」
いきなりで驚いたが顔が近い、近いから。
「これでも私達は魔法の成績いい方だし、ここに来たばかりの子に魔素制御を教えるバイトもしているのよ?」
「……確かにそうだな」
何か、揃いも揃って呆れたようにため息つかれたんだが。
「何だ、どうした」
「……そんな発想すらないのかもしれないけどね、一貫だって誰かに頼ったっていいじゃない。例え個々の学生達を、魔法使い達を、私達を嫌っていたとしても」
……今まで言ったことあったか、それ。
「後見先生辺りに、何か吹き込まれたか」
「何よ、困った時くらい相談したっていいじゃない。私達だって既に助けられているし連絡先だって知っている。そういう、そういう相談相手にすらなっちゃいけないって言うの!?」
何故、櫛灘さんは涙を流している。声を震わせている。演技のようには見えないし、話しておいた方がいいか。
「そう、だな。そういうこと、確かに一度も言ってなかったな。俺は魔法使いという存在が嫌いだ、ここへ来る前に色々あったからさ」
これは聞いていたらしい。3人の表情に変化はない。
「ただ、それも極端な話だったんだ。その魔法使い嫌いも、実はこっちに来て少しマシになっててさ。単に、ここへ来る以前の認識が歪んでたのに気付いただけなんだが」
あの頃は何もかもが敵に見えた。だけど、生活をする内に全てが全てそうじゃないことに気付かされた。
「何せ身内というか、オヤジと関わりのある魔法使い以外は軒並み……」
……いや、今は必要ない。終わった話で、3人には関係ないことだ。
「とにかく、ここへ来る前に会っていた魔法使いが軒並み碌でも無かった。だから、考えることも頭になかった。魔法使いの手助けを受ける、とかさ」
「…………」
過去は誰にも戻せない。喪ったモノは戻らない。でも、喪うまで気付けない。
「かず、ぬきくん?」
「あぁ、悪い。少し昔を思い出してた。ただ、俺は手が掛かるぞ」
「えぇ。時間も無いんだからビシバシいくわよ」
「助かる。それで、今日はどこまでやるつもりだ」
それでも、終わった過去は何処かできちんと置いて進めるように。
「今からと言いたいけど、今日は基礎的なことを確かめて、修練は明日から行いましょ」
「そうね。もう夕方だし、さっさと夕食を作ってしまいましょ」
「うんうん。色々、聞いておきたいこともあるし」
少し昔を思い出していて反応遅れたけど、なんかおかしくないか?
「……え、俺も?」
「それ、今更だよ?」
「それもそうか……そうか?」
夕食の準備を櫛灘と雨森で進めている間、東雲は一貫に魔法の使い方や今までどうやっていたのかをおさらい的に確認していた。時には東雲が魔法を使い、時には一貫が魔法を使おうとして何も起きない時間が続く。
そうして1時間後、夕食を作り終えた櫛灘達は4人で食事をする。その中で話題になったのは当然、一貫のこれまでのことだった。
「一貫君、いつ魔法区に来たの?」
「1年半前だな、今は一般区で暮らしだけど」
「魔法を使い続けることで魔法を扱える上限は増えるけど、魔素発現した時の年齢が若いほど潜在的な扱える魔法の上限が高いと言われているの」
「どっかで聞いたな、それ」
確か、オヤジだったか。
「だから、15歳以上だと魔法学園側が基本的に入学を受け付けなくて、魔素の制御ってネットの動画とかで独自に会得するしかないの。そういう教材とかは……」
「それは、以前いた場所で教えて貰った。ただ、どうも俺は他の人とやり方が違ったみたいで、最終的にオヤジとマンツーマンになった」
櫛灘さんによれば、俺のような話は意外とよくあることらしい。魔法使い側の出来るやり方ではコツが掴めないまま、時間だけが流れていく。周囲の人に期待され、それでも出来なかった人が不貞腐れてしまうことも多いそうだ。
「そっからかぁ……その時のこと、覚えてる?」
「あれはオヤジの手伝いを暫くして……今から3年、いや4年前か。俺が魔素発現したことを人伝に聞いたらしくて、向こうで魔法の会得をすることになったんだったか」
「魔素発現した時のことは覚えてる?」
「それが全く。だから、1人でなんて出来なかったし、他の人でも苦戦した。だから、断片的に話を聞いたオヤジがやることになったんだ」
3人も困った顔をしているな。確か、その時の状況で得意な魔法が分かったりするそうだが……
「それにしても、それが分からないかぁ……」
「悪いな。さっき聞き忘れたんだが、何で魔法学園は入学に年齢制限を設けているんだ」
入学制限さえなければ、あんなことも起きないと思うんだが……
「幾つかあるけど、一番は魔法使いとして開花する見込みが薄いからと聞いているわ。以前は年齢に関わらず入学出来たらしいんだけど、大学のようにはいかなくて色々問題があったそうよ。だから、どんな年齢でも魔素発現した人は自力で何とかできるよう、魔素の制御方法を公開して後は独学でやってもらう方針にしたの」
「だから、一向に減らなかったのか」
「今、何か言った?」
「ああいや、東雲さんも知っていると思うが、魔法使いの事件ってそれなりに起きているだろ。何で無くならないんだろうなって思ってさ」
「あー……うん、そうね。あんまりいい話を聞かないもの。私達が言うと嫌味になっちゃうけど、彼らは国から認められる機会がないから暴れることで力を示すしかないって考えているみたいね。話を戻すけど一貫くん、魔法と魔術の違いは知っている?」
おっと、話を戻してくれて助かった。まぁ、そのくらいなら俺でも知っているぞ。
「魔法は魔素を使って起こす、あらゆる現象を総称したもの。魔術はある魔法を1つの術式として体系化し、自分以外の誰かでも使えるようにしたもの。だから専門的な魔術書はあっても、魔法書がないのはそういうことなんだろ」
「基本は知っているんだね。じゃあ、魔法の歴史は習った?」
引き続き、雨森さんからの質問か。魔法の歴史、歴史かぁ……
「魔法は手段だったから、教えてもらえると助かる」
「まず、魔法は近年注目されているテクノロジーというのは知っているよね」
「ああ、20世紀後半から情報化社会となり、2000年を超えてからあらゆるものがインターネットで繋がるようになった」
「うん、その過程で多くの技術が発展して日常生活に利用されたけど、2020年代から異常気象と呼ばれる気象現象が世界各地で起きたんだ」
「世界中って言われると規模がでかすぎてイメージしづらいな」
「そうだよね。ただそんな異常気象が続いたからかな。2040年に今まで架空のものとされていた魔素が正式に観測されたのが始まりなんだよ」
この辺りは、昔の教科書とそう変わらないらしい。
「何処かで習ったことがあるの?」
「ここへ来る前の空いた時間で、使われなくなった教科書を見たり、学園を卒業した人から教本を貰っていたからな。それと大きな違いはなさそうだ」
「じゃあ、魔法はかつて何の為に生まれたのか知っている?」
考えたことないな。
「そっちは全く分からないな。興味もなかったから」
「そ、そうなんだね。えっとね、魔法はあらゆる学問を総称したもので……自分たちが何故生まれ、自分たちのいる場所はどういうことが起きて出来たものか。そういったことを知る一環として、魔法があったんだよ」
「その言い方だと、全ての学問が魔法と言えると思うぞ」
どっかで違うと聞いた気がするが、今ひとつピンとこない。
「一貫くんの指摘も間違ってなくて、広い考え方では今あるあらゆる学問は全て魔法と言えるんだ」
うん?
「今、呼ばれている魔法って、要はファンタジーとか創作でしか存在しなかった魔法を指しているんだよね」
「……そもそも、どうして数十年前まで魔法が使えなかったんだ?」
雨森さんが困った顔をしているな。もしかして、魔法が使える理由って今でも分かっていないのか。あ、櫛灘さんにバトンパスか。
「雫に代わって答えるわ。主に、2つの要因があると言われているの。1つは魔素の問題、いつからかは不明だけど大気中の魔素がどんどん減少して、今まで使えた魔法が使えなくなっていた。そうして、これ以上続けられないと判断して廃業したパターンね」
「世知辛いな」
「まぁ、売れそうなモノは売却したから今でも図書は一部で残っているらしいの。世界的にも大きな図書館には、そうした魔術書の原本が今でも眠っていると言われているわね」
「時代の流れってやつか」
「そうね。時代を追うごとに、魔法よりも魔法によって生まれた学問から生まれたモノの方が価値を持つようになっちゃったからね。産業革命とか」
そういや、魔法の価値が下がったのもその辺りとか授業でうっすら聞いたような。いや、それよりも引っかかっていることが。
「何で昔は魔素があったって、分かっているんだ?」
3人が驚いたように眼を見開いた。
「いいこと聞くわね。それは古代都市のある街で魔素による変化が起きたこと、古い書物、石碑から魔素の反応を受けて別の文字が現れたとか……そういった事象が世界各地で見られたの」
「なるほど。そりゃ魔素があったと言える訳だ」
櫛灘さんが何処かを……ってもう9時か。早いな。
「明日は一旦、魔素を扱える範囲や魔法の使い方を調べてみましょう」
「悪いな、手間かけさせて」
「そんなこと言わないで。私達はそれ以上に、今まで一貫くんに助けられてきたんだから」
石垣も似たようなことを言っていた気がする。
「……って、どうしたの?」
「ちょっと前に、知り合いに言われたことを思い出してさ。明日から魔法に取り組むならさっさと寝たほうがいいな。今日は助かった。明日も頼む」
櫛灘の部屋を出る。予定外のことがかなり入ってしまった。
間に合うの、だろうか。
日付も変わる頃、一貫の部屋では未だ電気がついていた。
「そこまで腹を決めているなら、俺は何も言いませんし、言えません」
「悪いな、巻き込んで」
「いいですよ。俺だって元々は同じなんですから。それで何時頃来るんですか?」
「そろそろの筈なんだが……」
その時、ワンルームの部屋からインターホンが鳴る。
「案内するから、少しだけ待っていてくれ」
こんな深夜に来てもらうつもりはなかった。待たせてしまったのはよくないな。
一貫が携帯端末を置いて席を立ち、ドアへ向かう。
その来客を迎える僅かな時間、通話中の携帯端末からため息が漏れた。
「……結局、兄貴はこういうことに関わるんだ。昔から分かっていたけど、放っておけない人も出てくる訳だ」
扉を開ける音が部屋に響く。
「ただ、結局俺達は兄貴に全部押し付けた。俺達にできなかったことを結果的にやらせてしまったから。そのことを一体、どれほどの人が気付いているんだろうか」