私は君の手を握る   作:久遠の語部

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第1話-2 名も知らぬ誰かに助けられて

 であれば、後は簡単だ。

 きっと意識を失った後に自分を見つけた誰かがいて、ここまで運んでくれたんだ。魔法区から一般区にある市民病院まで。

 

 でも、誰が?

 分かりもしないことを思い返している中で、一緒に運んでくれたと思われる鞄を見る。その人は鞄の中に手をつけた様子もなく、携帯端末、財布、図書室で借りた本も入っていた。

 

 「よかった……」

 

 状況を把握して安心していると、誰かが廊下を歩いている。静かだからか、歩く音がそれなりに響くようだ。

 

 「あぁ、気がついたんだね、良かった」

 

 どうやら、この病院に勤める看護師が様子を見に来てくれたみたい。

 

 「今、何時ですか?」

 「え、夜の10時だよ」

 「日付とかって……」

 「変わってないよ。魔法使いだからか分からないけど、回復が早いのはいいよねぇ~」

 

 (やっぱり私は助かったんだね。でも……)

 

 1つ、深呼吸。この先を聞くにはちょっとした心構えが必要だった。

 

 「えっと、私はどうしてここにいるんですか?」

 「そうね、簡単な説明くらいは必要よね。その……レジスタンスは知ってる?」

 「えーと、確か反魔法使い……というか今の、今の政府の意向に真向から反対している集団で最大規模の所でしたっけ」

 

 現在の政府が魔法を活用した軍部、通称魔法軍部を優遇しているのはここ数年の傾向だけど、その方針に真向から反対しているのがレジスタンスだ。彼らは暴動を起こす魔法使いを見つけては独自で鎮圧している集団で、彼らを率いている人物は反逆正理(そりさかしょうり)と呼ばれている。

 

 「そうそう。でも、何でここに来たのか分かってないの。彼らって方針には反対しているけど、魔法軍部自体とは敵対していないでしょう?」

 

 魔法学園では反社集団として教えられているけれど、風音によれば一般の魔法使いには手を出さないし、被害に遭った地域の復興も手伝っているという。多分、下手に関わると自分たちの身が危ないという意味で、彼らのことを悪く言っているんだろう。

 

 「その人達が、魔法軍部の敷地に入ろうとしたんだって」

 「私、銃で撃たれたんですよ。魔法軍部はその人達を捕まえる為に軍隊を使った上、私を撃ったんですか?」

 「……そう、だったんだ。ごめんね、私達もこれ以上は何も知らなくて」

 「ごめんなさい、言っても仕方ないですよね」

 

 ──それもそうだろう。魔法区で起きたことはただでさえ知られ辛い上、もみ消されてしまうことも多い。

 

 「災難だったよね。でも、ここは一般区の病院だから余程のことが無い限り、彼らが来ることなんて無いから安心して休んでいいからね」

 「その……それで、誰が私をここまで運んでくれたんですか?」

 

 話している内に少しずつ落ち着いてきたけど、そう。忘れかけていたが自分は運ばれてきた身だ。意識を失った自分では一般区の病院へ辿り着くことなど出来ないし、一般区に住んでいる人がわざわざやってきてくれるは思えない。

 

 「そっか。病院に運ばれた時は既に意識が無かったんだっけ」

 「はい。急いで逃げようと空を飛んだのはいいんですけどそこで脚を撃たれて、魔法を使う集中力が切れちゃってそのまま草むらに落ちてしまったんです。でも、その後何も覚えていなくて……」

 「聞いた話だと、バイト帰りの学生が運んでくれたみたいよ」

 

 魔法区に魔法が関わらないバイト先なんてあったのか。そんなことを呆然と思いながら目を丸くする。大方、名前も知らない学園の誰かから言い寄られると思っていた。

 

 「せめてお礼がしたいんですけど、誰か知っている方はいますか?」

 「昼間に担当していた人はもう帰っちゃったし、その子、名前を名乗らないまま病院を後にしちゃったのよ」

 「そう、ですか……」

 「目の色とか髪の色、それから服装とか、何か思い出せることってありますか?」

 「たしか、黒い髪だったって聞いているよ。それから……」

 

 ではきっと、一般区に住んでいる人なのだろう。迷惑を掛けてしまったと心の中で謝りながら、看護師の言葉の続きを待つ。

 

 「そうそう。魔法学園の男子学生の服って、この時期はまだ黒一色の学ランだったよね」

 「はい……って、え?」

 

 嫌な話に、思わず聞き返す。魔法学園に通っている学生……ですって。

 

 「確か、珍しいんだっけ。魔法使いで元の色を保っているのって」

 「そ、そうです。その黒髪って……色が混じっていたり、しましたか?」

 「私も直接見た訳じゃないけど、混じった様子はないって聞いているよ。担当した人も珍しかったから覚えていたんじゃないかな」

 「そ、そう、ですか」

 

 その目に、声に嘘を吐く理由はない。これが一般人だったらどれほど良かったか。

 その理由は、魔法学園にいる学生の人柄が総じて良くない。勿論良い人もいるんだけど、現在でも魔法を使える人は足りてないから魔法を扱えるだけでも優遇されている。加えて、学生達はなんでも魔法の実力で決めようとするし傾向がある。だから、私が変な持ち上げされたりする上、魔法の実力が高いせいで同級生や上級生からやっかみされている。

 だから、見知った人以外で借りを作る真似は極力避けていた。おまけにその黒髪の学生だと言うのなら、とびっきりの外れ枠だった。

 

 「あ、もしかして何か分かった?」

 「あー、ちょっと心当たりがあったり、無かったり……」

 「……あ、そうだ。意識が戻ったことを他の人にも伝えなきゃ」

 

 私の異変を感じ取ったからか、それとも単に忘れていたのか。看護師は急ぎ足で病室を後にする。

 

 「それなりのお礼はするつもりだけど……よりによってあいつ、か」

 

 魔法学園内で黒に近い髪の学生はそれなりにいる。けれどそれは……黒に近い青や赤、緑といった色が混じった髪色だ。そのような色が混じった黒ではなく、生まれ持った黒い髪をしていると言われたなら、該当する学生はただ一人。何であんな奴に助けられたのよ、私。

 

 「助かったのは事実だけど、何を要求されるのやら……というか、バイト帰り?」

 

 ──どうあっても、助けられたのは事実。何かしらの礼はしなければいけないけど、何を要求されるものか。

 今後を思い、少しだけ気が重くなっていた私の元に誰かが早歩きでやってきている。先程の看護師だろう。夜中なのに走るような足音立てていいのかな。

 

 「櫛灘さん、主治医はもう帰っちゃったから、今日はこのまま泊まる方針で大丈夫?」

 「はい。それより、夜間なのに騒がしくして良いんですか?」

 「あぐ……」

 

 主治医がいないとはいえ、何処か抜けた所のある看護師だ。

 

 「……そうじゃなくてっと。これ、見覚えある?」

 

 看護師が持っているのは、黒く、細長い巾着袋に入れられた何か。

 

 「何ですか、それ」

 「その前に質問、櫛灘さんは演奏が趣味だったりする?」

 「音楽は聴きますけど……」

 

 どういうことだろう。このマイペースな看護師の意図が掴めない。演奏ってことは……楽器なんだろうか?

 

 「じゃあ、やっぱりその子の物か。でも、うーん……」

 「看護師さん、それは私を運んだ人の落とし物ですか?」

 「そうみたい。櫛灘さんとその荷物を渡した後に出て行ってしまったんだけど、その時に忘れてしまったみたいなの。渡してくれたら助かるなって」

 

 少しだけ迷いがあった。だって、アイツと関わりがあるとか周囲の人に言い触らされた時、困るのは私だから。断ってしまえ、そう考えはしたけど……暫く会えていないお母さんの言葉を思い出した。

 

 ──感謝はね、言葉にしないと伝わらないものよ。

 

 「はい、分かりました。私も折角助けてもらったのに、このままだとお礼を言う機会すら作れなくなりそうなので」

 「助かるわ。家が離れているからって、直ぐに出ちゃったらしいの。あの子、何かあった時の連絡先について聞いたら、自分の連絡先じゃなくて魔法学園の連絡先を教えたの。だから、魔法学園には通っていると思うんだ。櫛灘さんが渡してくれるなら、お願いしようかな」

 

 何だか、随分と手間をかけてしまったらしい。看護師から巾着袋を受け取った際、魔法学園について教えて欲しいとか言われてしまった。魔法使いと面と向かって話す人が少ないのは事実だけど、変わった人だなぁ。

 

 「それにしても……こんな巾着袋に一体何を入れているのよ」

 

 演奏という言葉から楽器の類だと思うけど、袋の上から触って分かることは細い棒にボタンのようなものが幾つも付いていることくらい。

 

 「うーん、買える物なら立替してもいいけど……」

 

 でも、触っている感触がおかしい。大事なモノとして扱っているから巾着袋に入れているんだろう。そんなものを、安易な気持ちで見てしまっていいのだろうか。

 

 「あ……」

 

 しまった。巾着袋の口が締まっていないのに気付かなくて、中身が……

 

 「…………」

 

 詳細な事情は分からない。ただ、これを大事なモノとして持ち歩いていたのなら、相当な思い入れがあると理解させられた。

 だから、出てきてしまったそれを丁寧に巾着袋の中へ戻し、口を閉じる。

 

 「今まで知ろうと思わなかったけど……」

 

 私は聞こえてくるだけの情報でしかアイツのこと知らない。あれをどういう気持ちで持ち歩いているかは分からないけど、悪い人ではない……そう思いたいし、信じたい。

 

 

 翌日、主治医の面談を通して弾丸が体の中に残っていないこと、傷も早期に修復しつつあるので今週中には退院できると診断を受けた。体の中に弾丸が残っていないとはいえ、大事をとってあと二日入院することに。面倒なことに怪我で入院していることは学園側へ伝わっていて、今日の放課後には友人含めてクラスの人達が見舞いに来るという。前半は兎も角、後半は余計だったなぁ……

 

 

 学園の授業が終わり暫くした午後の5時頃。病院にはお見舞いに来る人が大勢やってきた。正直、必要ない。何せ、気心知れた友人じゃなくて、やってきたのは他クラスの学生、上級生、下級生が勢ぞろいだ。一応、病室の外で担任の土屋先生が待機しているけど、彼らの目的が嫌でも分かるから1秒でも早く出て欲しい。どうしてこういう時に限って、友人の二人は到着が遅れているんだろう。

 

 「…………」

 「────」

 

 とは言え、わざわざやってきたのを追い払うのも良くない。渋々話をしていたけど……名前も碌に知らない上級生と話をしていた時にトラブルがあった。

 

 「もう処置は終わったとはいえ、痛みがあるのは……」

 

 その上級生の男子は銃撃された脚の位置をじっと見ていた。心配なのか下心7日判断がつかないからしばらく気にしないよう努めていたが、その手がゆっくりと伸びてきた。

 気がつけば……

 

 「あ……」

 「が……!!」

 

 彼の頭上に落としていた雷撃が命中し、意識を失った。

 しまった、と感じたのは一瞬だけ。担任の土屋先生が扉を開ける前には言うことを決めていた。

 

 「櫛灘さん。今、一般区で魔法を……!」

 「こいつ、不用意に触ろうとしてきたので抵抗しました」

 「だけど、危険な時でもないのに一般区で魔法を使うのは……」

 「親しくもない相手が不用意に体へ触ろうとするのは、女の子にとって危険な時だと思うんですけど」

 「……うん、そうね」

 

 そこに嘘偽りはないと感じたのか、土屋先生は気絶した上級生を部屋の外へ追い出してくれた。

 

 以降は比較的穏やかに、形式上のお見舞いが進む。外が薄っすらと橙色に色付き始めた頃、ようやく友人の風音と雫が病室へやってきた。

 

 「ごめん、遅くなっちゃって」

 「その……大丈夫だった?」

 「ま、色々あったけどね。それで、2人はどうして遅くなったの?」

 

 お見舞いの時を思い出してしまい、そうするつもりがなかったのに口調が思わず苛立ってしまう。

 

 「……何かあったの?」

 「変態がいたって話」

 

 病室の中で、風音を中心に風が吹く。魔法ではなく、感情の揺らぎから制御していた魔素が溢れたんだ。

 

 「誰、教えてくれればボコボコにしておくけど」

 「それは後でいいわ。名前も知らないし上級生で、不意の魔法一発で気絶した程度だから。私もちょっと過剰防衛なところがあったから、気にしないで。ところで、2人が遅れた理由はなんだったの?」

 「急に中等部の子の魔法を見てくれないかって頼まれたのよ、全く……」

 「火ノ華ちゃんの代わりで教えていたけど、後から人が増えちゃって……」

 

 2人の言い分に嘘はなさそうだ。けれど、納得できないこともある。

 

 「人が増えたってどういうこと。風音と雫なら直ぐに終わるでしょう」

 「……あいつの仕業よ、なんか最近こそこそ動いているけど、何考えているのんだか」

 「誰って……間縞教諭ね。最近多いわね、あいつの嫌がらせ」

 

 成程、見舞いに遅れたのは必然だった。だからと言って、入院している時まで嫌がらせをするのはどうかと思う。

 それと同時に、嫌に見舞いの人が多かったのも理解した。恐らく、間縞教諭が入院している話を広めたのだろう。また、土屋先生が病室の外で、仕事の資料を広げていた理由も合点がいった。押し切られたものの、何か問題が起きた時の保険として近くにいてくれたんだ。

 

 「で、さっきの話に戻るけど、火ノ華に触ろうとした奴は誰?」

 「さっきも言ったけど、名前も知らない上級生。状況的に下心があったのかそうじゃないのか分からないから、流した方がマシでしょうね」

 「私なら調べられるし、先生に聞いたら一発だと思うけど」

 「そんな奴より、調べて欲しい人がいるの」

 

 (でも、あいつのこと、2人に言っていいんだろうか。)

 

 「ど、どうしたの。病院食で口に合わない物でも食べた?」

 「嫌いなピーマンでも入ってた?」

 「何時の話をしているのよ。もうピーマンは大丈夫よ。それより調べて欲しいのは……」

 

 看護師から聞いた話と私の記憶を基に、病院へ運ばれるまでの経緯を伝える。風音は案の定、怪訝な顔をして……雫は、なんか嬉しそう?

 

 「……あいつがそんなことを?」

 「私はその時、意識が無かったんだけどね。見舞いにも来ていないから、お礼すら言えていないのよ」

 「変な話ね。言い方悪いけど、火ノ華を利用するなら絶好のチャンスじゃない」

 「名前も言わず、私を病院へ預けてそのまま帰ったらしくて。しかも、私の受けた傷が殆どないのって、あいつが応急処置をしたからなんだって」

 「……え?」

 

 昨夜、あのマイペースな看護師が教えてくれたことだ。脚を掠めた弾丸は本来なら傷跡を完全に消す事は出来ないのだという。それでも最初の応急処置が良かったらしく、そのことに看護師と主治医も驚いたらしい。私、そんなに自己治癒能力なんてないし、あいつだって碌に魔法が使えない筈……どういうことだろう。

 

 「うん。主治医の話だと、応急処置をした上で運んできてくれたって」

 「そ、そうなの?」

 

 風音と雫も信じられないという顔をしているけど、それは私も同じ。しかも、その応急処置が適切だったから、失血も最低限で済んだという話だ。

 

 「ところで、学園で変な噂は立ってる?何かしらの噂があるならもう出ている頃だと思うけど」

 「魔法軍部が助けたとかいう噂があったけど、それは間縞が流しているから違うでしょう。他の学生も外出禁止令が出ていたから直ぐに家へ帰ったと聞いているし。だから多分、アイツなんでしょうね。そもそも、なんでその場にいたかも変な話だけど……」

 「そうなのよ。だから、調べて貰えると助かるわ」

 「ま、いいわ。魔法が使えないこと以外、なんにも聞かないからね」

 「う、うん。そうだね」

 

 そう言えば雫、何か知っていそうなのよね。以前から、あいつを馬鹿にしている会話を嫌そうにしていたし。機会があったら聞こうかな、魔法学園高等部の学生で唯一魔法を使えない、黒星の一貫について。

 

 

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