私は君の手を握る   作:久遠の語部

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第8話-1 それでも諦めきれなくて

 翌日の朝。緊急で開かれた職員会議では、またしても不毛な言い争いが起きていた。

 

 「学生が未だに戻って来ないのはどういうことですか。彼らの両親からも問い合わせが多数来ています、教諭から回答をお待ちしていたのですが」

 「最近は多くの学生が不安を感じています。おかげで登校している学生も減っていて、魔法省からもクレームが来ているんです。こちらの改善策、どう考えているのですか?」

 

 誰もが校長、教頭、そして間縞教諭へ説明を求めていたが、私もその一人だ。

 しかし、その追及も柳に風、暖簾に腕押し。返ってくるのは決断を先延ばしにする言葉だけ。警察へ依頼すべきという真っ当な案すら、見えない力によって握り潰されている。

 

 「今回は魔法軍部からの要請。よって、回答は私ではなく、魔法軍部を通じて回答されると先日から伝えていたでしょう」

 「それは短期間で戻るという前提で……しかし、1ヶ月を過ぎて誰一人戻らないとはどういうことでしょうか」

 「今回の件、間縞教諭や校長主導で決定したはずです。説明してください」

 「土屋先生、今回の件は一時的な協力です。彼らの成績に補填します。問題がありますか?」

 「そういうことではありません!」

 

 机を叩きつけたくなる衝動を必死に抑える。こんな、引き延ばしを図るだけのだらだらとした茶番が毎日のように続いているとは露知らず、学生達は今日も学園へ登校してくるのだ。

 

 

 

 櫛灘さん達の担任である私は、限界を迎えていた。

 今でこそ教師としてこの学園で働いているが、数年前までは魔法軍部の関係者として仕事をしていた身だ。その経験則から見ても、今の状況は強引かつ身勝手で、異常だと断言できる。

 朝夕の会議で繰り返される不毛な論争。学生達に指摘され、化粧室で鏡を見たらあからさまに顔色が悪い。

 

 (あの時の私みたいに望んで入ったなら兎も角、何でここまで……) 

 

 やり場のない憤りを抱えながら、私は今、ある学生を探して校内を歩いていた。

 間縞教諭が目を付けている櫛灘さんではなく、軍部入りを期待される東雲さんでもない。昨日、誰もが逆らえない上層部に対して、堂々と喧嘩を売ったあの学生だ。

 

 彼と関わりのある同僚から聞いた情報によれば、普段は特定の授業中に屋上へ行っているらしい。基本的に立ち入り禁止区域だが、あろうことか設計ミスで非常階段から離れている非常用の梯子を使って侵入しているという。

 

 「魔法も使わず、よく登れるわね……」

 

 呆れつつも、私はマスターキーを差し込み、屋上へ繋がる扉を開いた。

 在籍中、一度も立ち入らなかった屋上。思っていた以上に風が心地いい。確かに、ここへ逃げ出したくなる気持ちは分からなくもない。

 けれど、今の目的は感傷に浸ることじゃない。ここにいるであろう学生を見つけようとして──

 

 「聞いていた通り──!?」

 

 途端に、全身が凍えるような寒気が走った。

 魔法による気温の低下じゃない。かつての訓練中に、魔法銃の銃口を後頭部に押し当てられた時のような、生物としての死を予感させる戦慄。

 1秒が10秒に、あるいは1分にも感じられたその寒気は、突如として霧散した。

 

 「バーコードでもない、魔法科の先生が何の用ですか?」

 

 気付けば、扉の脇に陣取っていた学生が、荷物を片手に私の目の前に立っていた。

 飄々と話しかけてくるその姿からは、先程の殺気が嘘のように消えている。その切り替えの早さに逃げ出したくなる気持ちを何とか抑え、正面を向いて話しかける。

 

 「こうして話すのは初めてね。おはよう。私は土屋、櫛灘さんや雨森さんのクラスの担任をしているわ」

 「で、その担任が何の用っすか」

 

 ぶっきらぼうで淡々とした口調。警戒しているのか、それとも単に興味がないのか、考えが全く読めない。

 

 「先日のお礼よ。この前、櫛灘さんが入院したけど、病院まで送り届けてくれたのは君だと聞いたから」

 「……それ、誰から?」

 

 学園の記録では、通りがかりの一般人が助けたことになっている。当然の疑問だった。

 

 「保健室の後見先生よ」

 

 実の所、彼に興味を持ったきっかけは昨日の午後だった。あの真面目な後見先生が急に午前休を取り、櫛灘さんの部屋を訪ねていたと聞いたからだ。彼女を通じて、この学生が一貫君だと知った。

 

 「あぁ、そんな話はしたかもしれないっすね」

 「まずはありがとう。君がいてくれて本当に良かったわ」

 「それ、言っている相手が『魔法学園の恥』とか言われている奴だと分かって言っています?」

 

 私の感謝を彼は詰まらなそうに受け流す。別にそれはいい。

 

 (……こんな眼をする子だったの?)

 

 その眼は、酷く冷えていた。日々、多くの学生と接しているけれど、こんな眼をした子供は見たことがない。魔法の優劣で他人を品定めする傲慢な視線とも、魔法が苦手なだけで仲間外れにされて一人に慣れてしまった子の視線でもない。

 

 「そうだとしても、櫛灘さんを助けたのは事実なんでしょう」 

 「ま、たまたまですよ。あのまま放っておいて、魔法軍部に回収されるのも後味悪かったし」

 

 昨日に続き、今日もまた、心臓を刺すような言葉を平然と放つ。一体、どこまで知っているのか。言葉という見えない刃物を突きつけられているような錯覚に陥る。

 

 「巷で聞こえる……レジスタンスだとは思わないの?」

 「単純に、彼らにそれをする理由がないでしょう。大方、レジスタンスと勘違いした魔法軍部による誤射だと思っています。あの日、バイト帰りに魔法区周辺で銃声を聞いたので」

 「……その言い方だと、魔法区内でバイトを?」

 「後見先生から聞いているんでしょう。集荷場ですよ。ただでさえ静かな場所だ、銃声くらい聞こえます」

 「なるほどね」

 

 この学生を後見先生はぶっきらぼうだけど、義理堅いと言っていた。間違いではないのだろう。だけど、今私が見ている相手は別人のよう。

 

 「ところで、ここで何を?」

 「所詮は不良学生っすよ。優等生クラスの担任に、わざわざ言う必要ありますか?」

 「ほら、昨日君が職員室で間縞教諭と口論していた時、気になることが耳に入ったから」

 「さぁ、俺はただ耳にしただけですよ。ここって、そういう噂の伝達速度だけは速いでしょう?」

 

 ……今まで全く知らなかったが、全く種類の違う子だ。確かにこの子から情報を聞き出すことなど、彼の担任にはとうてい無理。

 そもそも、あの男は間縞教諭のご機嫌伺いばかりで役に立たないけど。

 

 「……それで、本題は?」

 「──!」

 

 ──自分よりも若いはずなのに、老練な雰囲気がある。学生達にありがちな隙が、彼には微塵も見られない。

 

 (彼に似た眼を、見たことがある)

 

 崩れた建物のような、忘れることの出来ない瓦礫のような記憶が駆け巡る。魔法犯罪は年々悪化し、大きなところではテロと呼べる行為にまで拡大した。そんな魔法を大々的に使った犯罪行為によって親を、子供を失い、瓦礫の前で呆然とするしかなかった被災者たち。生きる意味を喪失した虚ろな瞳、止むことのない悲嘆の声、守られない人々。復興支援の中で見た、無力感と怒りに震えた記憶がフラッシュバックする。それでも、彼の眼は……それよりも深く、昏く、底がない。

 

 「君のやっていることは魔法軍部を敵に回すことよ。櫛灘さん達を助けて貰ったことには感謝しているけど、幾ら何でも危険すぎるわ」

 

 自分でも何を言っているかが分からない。本来なら、彼から情報を聞き出すことが目的だったのに。何故、彼がそこまでするのか。それを問わずにいられなかった。

 

 「よく分からないが、先生達にも事情はあるんでしょう。が、放置も出来ないし他にやる奴もいない。なら、やらないと」

 「そこで君が得るものは殆ど無いのに、どうして危険な真似を?」

 「出来ることがあるのにやらないまま見過ごせば、その後に死にたくなる。そういうのは、もう懲り懲りなだけですよ」

 

 ──その表情を私は知っている。諦観と自嘲が入り混じったその笑みは、魔法軍部でやるせない気持ちを抱えた過去の私のよう。

 

 「……あ!」

 

 ハッとした時には、既に彼の姿はなかった。扉から校内へ戻っていったらしい。

 

 「どうしてあんな表情を……」

 

 幼少期から親元を離れ、特殊な環境で育つ魔法使いの子供たちは情緒が不安定になりやすい。だからこそ私たちがケアをし、後見先生のような存在が必要とされる。けれど、あの学生にそんな守られるべき子供の気配はない。むしろ、誰よりも冷徹に自立している。

 それは立派なことだろう。同時に、悲しいことでもある。同年代の学生以上に、幼い頃から大人として生きざるを得なかった証拠なのだから。

 

 「でも、それは……」

 

 教員間で共有される学生データベースを思い出す。彼の情報は驚くほど少ない。担任ですら彼の人となりを知らない。

 明確なのは彼が14歳の頃、最低限の荷物を持って開來市へやってきたことだけ。どうして彼は、壊れないままいられたのだろうか。

 緊張から携帯端末を取り出そうとする手がかすかに震えている。そうして、改めてデータを確認しようとして……

 

 「……って、いけない。もうじき授業の時間じゃない!」

 

 画面に表示された時刻を見て、慌てて屋上を後にした。

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