私は君の手を握る   作:久遠の語部

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第9話-3 君をただ、見送った

 水曜日の夜、学園の応接室で話し合いをしていたのは中年の男と熟年の男2人。中年の男が自分の意見を力説し、何とか協力を持ちかけているようだがその反応は鈍い。それどころか……

 

 「悪いがね、私達はこの件に関与するつもりがない。君には伝えていなかったが、他からも是非推薦して欲しいのにしてもらっていないとクレームを受けていてね」

 「は……?」

 

 男からすれば、今まで黙認していたと思っていたにも関わらず、唐突に足抜けを宣言するようなものだった。このままではマズいと角度を変えてアプローチをしたが、2人の心を掴むことは出来なかった。

 

 「そもそもだよ。彼女の意志を無視した結果、抵抗されたらどうなるか分かっているのかね。無理矢理決めることで今後の学園の運営にも影響が出る。彼女の意志を尊重しなければ、我々も危ういのだよ」

 

 これ以上話すことはない、と部屋を出るように促された中年の男は、帰り支度を済ませて職員室を後にする。そのまま人気の無い場所まで歩いて進み……苛立ちを露にして声を荒げた。

 

 「何故だ。どうして分からない。あの魔法の才能を活かすなら、そこしかないだろう。そもそも、数日前まで口出しなんてしていなかっただろうが!」

 

 当初、彼らは何も言わなかった。つまり、肯定していたのだ。では、何故今になって言う事が変わったのか。怒声交じりの独り言を吐き捨て、状況を整理する。2月半前にやってきた魔法軍部は新兵器開発の為のリソースが不足している為、学生達の高純度の魔素が欲しいという要請を受けた。それ自体はこの学園が開校してから魔法軍部だけではなく、他の研究機関からも要請されたことは幾度もある。その度に、魔法学園は学生の採血や魔法を使った後に発生する残留魔素を回収し、渡していた。

 

 今までの対応との違いがあるとするのなら、自身が開発した兵器も併せて売り込んだ程度だ。その結果として、高純度な魔素を必要量集めきれず今も魔法軍部の敷地にいる……ただ、それだけのことだ。

 

 「向こうの話では当日分のリソース含めて足りたという。だが、このままでは戻った所で……」

 

 魔法軍部は国内で起きている、魔法使いによるテロ行為を抑制しきれていない。起きたとしても、先んじて到着したレジスタンスが片付けてた後に到着することが多く、民衆からも魔法軍部の存在意義を問われる事態になっている。国外に対しても警鐘止まりなせいで、実質的に排除した実績はレジスタンスよりも下回っているのが現状だ。そんな事情から魔法部隊の強化が急務とされており、強い魔法使いを求めている。

 だからこそ、望むポジションに就けると男は踏んでいた。しかし、次期中将は足元を見るかのように条件を求めてきた。その条件が今になって、男を苦しめている。

 

 「が、あんなものなどそもそも……

 

 そんな約定が必要になったのは、魔法学園を卒業した魔法使いを入れても中々規律に従わないと不評が多くクレームが出ているため。男としては学生を卒業させるまでが役割であり、卒業した後は向こうの責任と考えていた。

 

 「だが、それが出来なければ俺は……」

 

 噂によれば、最近はレジスタンス側も対処に時間がかかっていて魔法軍部も関わるようになっている。しかし、今までの経験の差や実績に加えて発生件数自体が減少している為、結局は比較される立場にある。

 加えて、魔法使いなのに優遇されないことを知った学生の志望が減り、魔法軍部は魔素不足に陥った。そのせいで最新の魔法兵器も使えるのはごく一部で、大半は火薬式の銃火器を用いている。だからこそ、低純度の魔素でも扱える兵器の開発が必要と考え、以前は出来なかったことをやる為にもそのポジションへ就ける交渉した男だったが、現実は違った。自分の望むポジションにいる者は高純度の魔素を回収する機材を開発しており、成果が出つつあるという。

 

 「くそ、何時からだ。何時から狂い始めた!」

 

 急いで誘致しないと間に合わないと考えていた中で起きた、レジスタンスと魔法軍部の突発的な邂逅によって櫛灘が誤射されたことか。あるいは、魔法軍部がレジスタンスを追い払う為に魔法兵器を使ったことか。何れにせよ、男は自らの立場を失い始めている。

 

 「……このままでは向こう立場どころか、こっちでも立場を失いかねないか。こうなれば」

 

 それを実行しようと思い浮かべる。彼らの元へ移籍する為の条件としたそれは、自身が考案し、構築したもの。今度こそ、彼らに認めさせる必要がある。

 勇み足で己の家へと急ぐ、それの調整を行う為に。けれども、男はそれが日の目を見なかった理由を理解する気がなかった。単純に、費用に対して効果を見いだせなかったこと。そして、開発当初から問題視されていたある大きな欠点を、男自身が認めなかった為に。

 

 

 

 

 学園は土曜日のパレードに向けた最終準備を行っていた。それは金曜日の夜でも変わらない。教師の一人である土屋はようやく自分の仕事が片付き、一息ついていた。魔法科の教員はここ最近忙しいだけではなく精神的に参っていた。その様子は教養科の先生達ですら感じとっており、滅多に情報共有や会議以外で話すことのない先生達から心配をされていた。土屋に至っては、自身が受け持つクラスの学生によって職員室で一騒動あり、学生の指導不足と言う体で学園長、教頭、間縞教諭から叱咤を受けた後だった。そんな土屋の元に近づく白衣を羽織った女性が一人。

 

 「土屋先生、お疲れ様です」

 「……後見先生もお疲れ様です」

 

 櫛灘のことを聞く中で自身も相談に乗って貰っていた後見から声をかけられていたが、よほど疲れているらしい。反応も遅れている。

 

 「……大丈夫、ですか?」

 「今週の、土曜日までの、辛抱ですから……」

 「そう言えば、一貫君が魔法試験を通ったとお聞きしましたよ」

 「私は直接、見てないんですが、全員から合格判定を、貰ったとか」

 「……やっぱり隠していたか」

 

 後見が不満げにそう呟いた。

 

 「知っていたんですか?」

 「そうじゃない。前から何か隠しているとは思ってた。だって、ここでは最重要視されている魔法実技の授業をサボりにサボっているのに、焦りがない。他の学生だったら必死に覚えてその成果を自慢しようとするのに、ね」

 「言われてみれば、そうですね……」

 「ところで、この後時間はありますか?」

 

 時計を見る。20時を過ぎている。保険医である後見が何故学園に残っているかが分からない土屋ではなかった。

 

 

 職員室を後にして、保健室まで移動する。保健室へ入ると後見は引き出しの奥から紅茶を取り出し、お湯を作って土屋へ渡す。

 

 「……これ、美味しいですね。最近は色々準備があったから疲れていて……」

 「魔法科の先生は魔法軍部のパレードの準備に駆り出されているとお聞きしていましたが、大変なんですか?」

 「パレードの準備というか、なんというか……」

 

 土屋の言葉に淀みがある。その理由を、後見は言い当てる。

 

 「パレードにかこつけて……魔法軍部への応募を確認する為、ですか」

 「流石ですね。そうです、私が櫛灘さんのクラスを担任しているのは……」

 「以前は魔法軍部にいたからですよね。そして、間縞教諭の指示で彼女たちのいるクラスを担任することになった、と」

 「はい。魔法軍部に在籍していた伝手で雇ってもらいましたけど、最近は間縞教諭たちのせいで疲れました。最初は体験入学という名目でした。だから、その内に戻ってくると思ったんです。私が通っていた時にもありましたから。それでも……流石に長すぎる。私のように生活の為に魔法軍部へ入ったのなら何も言えません。ですが……」

 

 土屋の口調と表情から、彼らへの怒りが溢れている。授業外でも疲れた顔を隠せなくなっていた土屋の心と体は、限界に達していた。

 

 「以前、雫ちゃんを風音ちゃんと火ノ華ちゃんが連れ出したことを覚えていますか?」

 「覚えていますよ。あの子達がああしてくれたことで、問題が表面化したと思っています。まぁ、その後に私は叱られたんですが」

 

 土屋は疲労を隠せず、乾いた笑いしかだせない。

 

 「その連れ出すきっかけ、誰が作ったか知っていますか?」

 「それ、どういうことですか」

 「そこも含めて、ほとんどの先生がいない今、話しておきたいんですって。そうよね?」

 

 何の話かわからないまま、土屋は後見に促されるように保健室のベッドを見る。そして……

 

 「はい、聞いて欲しい話があるんです」

 

 

 

 

 

 開來市のとある場所、そこで一貫は10名前後の人と話し合いに参加していた。その打ち合わせも終わりに差し掛かった頃、石垣から質問される。どうして自分が魔法スタジアムで他の学生と同様に参加する立場なのか……そんな指摘だった。

 

 「狙われるのに、身の危険を分かっていないんだ。だから、基本的に護衛を頼む。きっと、必要になる」

 「……了解です。ただ、兄貴は無茶をしないで下さいよ」

 「作戦の前日に巻き込んだ私が言うのも変な話だけど……いいのかい?」

 

 そう声をかけたのは、開來市に集まっているレジスタンスを束ねている風潮と霧影。彼らは開來市に散らばっていた仲間の安否を確認すると共に、開來市外にも応援を要請していた。

 当初の人数よりも多く集まったはいいが、魔法軍部と比較すれば人数、武器共に限られている。そのため、学園に通う一貫と石垣にも作戦に参加してもらうよう依頼していた。

 

 「知ってしまったし、見過ごせない。だからこうして、今も関わっている」

 「君が助けようとしている相手は、君のことを見下しているのにかい?」

 「だとしても、後味が悪い。それに、そいつらとは別に俺が関わった学生にはやりたいことがあるのを知った。そしてそのやりたいことを、無理矢理掠め取ろうとしている。それを見て見ぬ振りするのが嫌なだけですよ」

 「何故、そこまで君がするんだい?」

 

 何故そこまで力を貸してくれるのか。風潮は問いかけるような視線を送った。

 

 「そりゃあ……そいつのやりたいことがあまりにも真っ当で、俺にはもう出来ないことだから。そして、俺は戦える。なら、出来ることをしないと」

 「その結果、君が傷を負っても?」

 「昔から魔法には強い方だし、完全じゃなくても体の傷は治せてしまう。だけど、後悔は治らない。あの日、俺がアイツを守れなかった時のように。何もしなかったらきっと、何時か何処かで後悔する」

 

 思わず、風潮は目を見開いた。掴みどころのないこの青年は、かつての事件の顛末を未だに心の棘として残していた。ただ、納得もしてしまう。その事件以降、敵対した相手には容赦がないと専らの評判だった。

 

 「終わったことは戻らない。あぁ、嫌でも理解しているさ。だからこうして今、戻るつもりの無かった場所で貴方達に手を貸している。何せ相手が相手だ。俺一人で倒せる相手でもないし、貴方達が独自で動いてどうにかするのも厳しい。学園で手を貸してくれる人なんてほぼいないでしょうし」

 「それは大変助かるけど、何故戦うんだい。既に縁が切れたはずの私達に手を貸してまで。君は本来、戦う必要なんてなかったはずなのに」

 「向こうでも同じことを聞かれました。反対意志を持っているのなら、行動に移さないと。戦う意志と行動を見せなければ、それは黙認と同じ。黙れば黙るほど、奴らは繰り返す。貴方達なら一度は聞いたことがあるはずです。──生きることは戦うことなのだ、と」

 

 その瞬間、全員が沈黙する。その言葉には、聞き覚えしかなかったからだ。

 

 「そうだね。だからこそ私達は、ここにいるのだから」

 「だから、示さないと。お前達の横暴は俺達が認めない、と。そうしなければ、破壊行為を繰り返す魔法使いによって消された街は幾つもあったはずだ」

 「繰り返しになってしまうけど、どうして戦うんだい。君以外に戦ってくれる人がいるかもしれないよ?」

 

 その質問は風潮の心からの心配だった。魔法学園でもほぼ単独で動いていたという。そして、かつていた場所でも、それは同様だった。

 

 「俺がそうしたいと思った、俺以外の誰かがそうしたいと願った、そこに違いなんてないんですよ。ただ、そう思っても戦う力がない人もいる、行動に移せない人もいる。ただ、俺は戦う素養があった。そして、戦わなければ状況が悪くなることを知っていた。だから、戦うんですよ」

 「それで自分が傷だらけになってもかい?」

 

 風潮の問いに、一貫は間をおかずに答える。

 

 「生きるって、そんなものですよ。皆誰しも、痛みを抱えている。人に言えない痛みなんざ沢山ある。でも、それを特別扱いしちゃいけないし、魔法使いだからと言って特別扱いする必要もない。ただ俺は、何をしてもいいと暴れ回る連中を放っておくことが出来ないだけ。そう。アイツが死んだのも、そんな身勝手な連中がやったことだから」

 「私も記録上でしか君を知らなかったが、よく分かったよ。君から聞きたいことはあるかい?」

 

 周囲を見渡して、一度首を横に振った。

 

 「いないと思っていたが、あのオヤジは何処にいる」

 「開來市にはいないはずだけど……」

 「そんな訳がない。オヤジがこの問題を放っておくはずがねぇ。どこに隠れてやがる」

 「いないとは考えないんですか?」

 「絶対いる。くそったれ。一度、ぶん殴っておきたいんだが」

 

 そうして、彼らの夜もまた同様に過ぎていく。日が昇れば、魔法軍部のパレードが始まる。

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