私は君の手を握る   作:久遠の語部

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第10話-1 私が私であるために

#10話の壱

 

 土曜日、魔法学園に通う学生達は朝から魔法スタジアムに集まっていた。建設技術に魔法を交えて造られた興行施設で一般スポーツの大会が開かれることもあれば、その堅牢さ、魔法に対する柔軟性から魔法を使った催し物や他国の魔法学園の交流として使われる重要な施設になっている。そんな施設の前に、今日は大勢の人が集まっている。

 

 「二人共、おはよう」

 「うん、おはよう」

 

 集合時間は午前9時、パレードの開始時間は9時45分。その間は暇だから私は風音、雫と他愛のない話をして時間を潰すものの、流石に長くは続かない。次第に口数も減っていった。

 

 「結局、今週は学園に来なかったわね」

 「そうね」

 「……うん」

 

 開場時間となり、人の列が動き始める。人の動きも、今日のパレードも私にとってはどうでもいい。今s、心にあるのは2つだけ。1つは魔法軍部の次期中将へ自身の進路を明確に告げること。もう1つは……

 

 「全く、折角魔法試験合格を手伝ってあげたのに、どこで何をしているのやら」

 「ま、まぁまぁ。でも、何をしていたんだろう。学園にも来ていなければ、バイト先にもいなかったんだよね?」

 「…………」

 

 でも、バイト先に行ってもいなかったし、一般区の中を探すのは流石に骨が折れる。加えて、連絡してもまるで電源を消して何かをしているかのように確認した跡がない。それが私個人だけなら嫌われてしまったと考えるけど、雫も風音も同じだった。

 

 「まぁ、一貫くんのことだから、私達が知らない所で何かしているんだろうけど」

 

 魔法軍部への勧誘は過剰だったし、不安な日々が続いたことで他の学生から必要以上に注視された。でも、それらは程度の違いでしかない。最も大きな違いは私達が一貫くんと話すようになったこと。魔法も使えるようになったばかりで、クラスも違う人だけど。それでも、私達は信用出来る人だと知っている。魔法試験を終えてから一度も魔法学園に姿を見せていないけど。

 

 「…………」

 

 そう言えば、さっきから風音は魔法スタジアムの奥を見ようとしている。これがよくわからない。

 

 

 指定された席へ移動し、魔法スタジアムを見渡す。多目的に活用されていて、魔法を使った試合や興行だけじゃなく一般競技やコンサートにも使われている。学年対抗戦のような催しでも使われていて、フィールド内限定で地形を変えることさえ出来る。魔法と技術の融合なんだとか。

 

 そんなフィールドで魔法軍部設立30周年の祝祭における、魔法軍部による観閲式が始まった。多くの歓声と共に、兵士たちが行進をしている。そうして、何人かの人たちが挨拶をしている。

 

 (もうじき、か)

 

 その中の一人、先導という人とこれから話すことになっている。内容は勿論、私の進路だ。そkに、土屋先生が私を探しに来た。

 

 「……行ってくるね」

 「気をつけてね」

 「大丈夫よ、火ノ華なら」

 

 

 土屋先生から呼び出しを受け、話の趣旨を聞いている途中、どこかで強力な魔法を使ったような、魔素の余波。

 

 「……先生、今のは?」

 

 それをしたのが誰なのかは分からない。

 

 「──そうね。スタジアムの外で何かが起きたかもしれないわね」

 「どうしてそんなに冷静なんですか。早く皆を避難させないと」

 

 自分たちの知らない所で何かが起こっている。タイミングがタイミングだけに、怖いと感じてしまう。

 

 「落ち着いて周囲を見て」

 「誰もいない、ですよ」

 

 以前の魔法学園周辺やを見回っていた時のような警備がここにはない。なのに、どうしてこんなに胸騒ぎがするんだろう。

 

 「今の騒動を起こした人を魔法軍部の兵士が探している筈よ。だから、暫くはそっちに任せましょう」

 「ところで、魔法軍部への返事はどうするつもりなの。もうじき到着するけど、気持ちは決まったの?」

 「…………」

 

 このタイミングで聞いてくるってことは、やっぱり土屋先生も……

 

 「大丈夫。ここならまだ、彼らに聞かれることはないわ」

 

 決まっている。それでも怖いと思う自分もいる。

 

 「……だったら、答えは決まっています」

 

 確かに以前だったら、自分への後ろめたさや周囲への期待に応えなきゃいけない……そんな重圧を勝手に感じていた。だけど、今はそうじゃない。

 

 「私は……」

 

 この1ヶ月、本当に色々なことがあった。きっと一貫くんと会って話をしなかったら、全く別の未来を選ぼうとしていたかもしれない。そんな自分が……たまらなく、恐ろしい。

 

 「……そう。なら、何も言わないわ。それにしても、病院へ入院した時は学園に来なくなっちゃうかと思ったけど、以前よりも明るくなったわね。やっぱり、後見先生とか東雲さん達に相談したから?」

 「ま、まぁ……そんな所、です。風音や雫に相談したから……」

 

 何だろう、嫌な予感がする。

 

 「それともやっぱり、一貫君の影響なの?」

 「ブフーッ!!!」

 

 予想外の一言に、盛大に噴き出した上に咽てしまった。

 

 「ふーん……で、どこまで行ったの?」

 「ち、ち、ち、違います、違います。そんなんじゃないですってば!!」

 

 いざ言われると、言葉にできないほど恥ずかしい……!!

 

 「でも、櫛灘さんが後見先生、東雲さんや雨森さん以外にそこまで執着した人って……いないんじゃない?」

 「し、し、し、執着なんてしてませんって!!!」

 

 すごく意地悪な顔で私を見ていて……そもそも、何で今そんなことを聞いたんですか!

 

 「でも、いい心境の変化はあったんだ」

 

 生暖かい目で見られているのがたまらなく恥ずかしい。でも、そうなんだろう。

 

 「そうかもしれません。こんなことも言われました。『他人の意見なんて選択肢の1つでしかない。櫛灘さんのやりたいことが魔法軍部じゃ決して出来ないなら言ってやれ、堂々と』って」

 「…………」

 

 裏表のないその言葉にとても安心した。誰に何を言われようとも、ブレない彼が私には眩しく感じた。

 

 「そう、良かったわね。なら、行ってきなさい」

 

 そうして目の前にある扉の先に……確かに、いるわね。

 

 「話が終わるまで私はここにいるからね」

 「はい、ありがとうございます!」

 

 気持ちを引き締めて、扉を開ける。だから、先生の独り言は耳に入らなかった。

 

 「あーあ。私にもそう言ってくれる人がいたら、魔法軍部に入ることなんてなかったんだろうなぁ。ちょっと、妬けるわね」

 

 

 

 扉を2度叩き、部屋へ入る。部屋にいたのは魔法軍部の兵士1人と魔法軍部の先導、間縞がいた。今日のパレードの感想や学園の様子などの取り留めのない会話を挟んだ後……先導さんが本題に斬り込んだ。

 

 「率直に聞こう。君の卒業後の進路を聞きたい。以前より間縞からスカウトが来ていると聞いているけど、君の考えはどうかな」

 

 ついに来た。

 

 「いいえ。私にはやりたいことがあります。そしてそれは、魔法軍部では叶いません」

 

 だけど、意志は決まった。だから、怖気づくことなく辞退する旨をはっきりと言える。その瞬間、間縞はその顔を真っ赤にして、血走った目をしている。なんかいたけど、今更変えるつもりなんてない。

 

 「では、君のやりたいことはなんだね。私達は君の能力を高く買っている。だからこそ、君の望みには可能な限り応えたいと考えているのだが」

 「ご厚意、ありがとうございます。確かに、私は同年代の学生よりも魔法の素養と技術が秀でている言われ続けています。だからこそ、力の使い方はよく考えて決めました」

 「なら、魔法軍部に入ることこそが」

 

 こいつ……!!

 

 「黙れ、間縞。今は彼女の意志を聞いている」

 

 意外だった。まさか間縞の難癖をこの人が止めるなんて。いや、だからこそ、はっきりと言おう。私のやりたいことを、肯定してくれた人がいる。風音や雫、後見先生や土屋先生、それから……

 

 「私のせいであの日、傷つけてしまったお母さんを助けたい。もう何年も会えていないお母さんは、今も火傷の後遺症が残っている。私のせいで苦労させているのに、笑ってここへ送り出してくれた。こんな、こんな私を恨まないでくれたお母さんの体を治したい。そして、親孝行をしたい。それは、魔法軍部では難しいと思ったからです」

 

 誰に言われようとも、この思いだけは譲れない。勿論、他の理由もあるけれど、これが叶いそうにない魔法軍部には入れない。

 

 「なるほど。例えば、魔法軍部では新薬や新しい技術にも積極的に取り組んでいる。そちらではどうだろうか」

 「考えたことはあります。ですが、魔法による後遺症、火傷による後遺症の改善は魔法医療の道に進んだ方がいいと考えました。それから、魔法軍部へ入ってしまうと、お母さんの状況を逐一知ることが出来なくなる。だから、魔法軍部へは進めません」

 「私も出来る限り配慮しようと思っていたが、決意は固いみたいだね」

 

 そう、あの日のことを忘れた日はない。夜、1人で目を覚まして枕を濡らした日もある。あの日が無かったら……そう思ったことは沢山あった。

 

 「はい。折角時間を頂いたのに、すみません」

 「いや、近頃の学生には見られない、素晴らしい決意だった。今後に期待しているよ。こちらこそ、折角のパレードなのに時間を取らせて悪かったね」

 「私の方こそ、せっかくの機会を頂いたにも関わらず、期待に添えず申し訳ありません。また、お忙しいのに時間を頂き、ありがとうございました」

 

 一礼して、部屋を後にする。

 

 「ふぅーー…………」

 

 正直、怖かった。先導さん、間縞に加えて、魔法軍部の兵士が2人。最初はどう脅されるかと冷や冷やしていたけど、言うべきことが決まっていたのが良かった。おかげで、一度口にすれば退くという選択は無なくなっていた。

 

 「無事、言えたみたいね」

 「待っていてくれたんですね」

 「そうよ、私はあなたの担任なんだから。今までで一番緊張していたんじゃない。顔、ガチガチよ」

 「そうですよ。私は一貫くんみたいに、周囲全員を堂々と敵に回して口論するほど、できていませんよ」

 

 安堵する先生に釣られて、私も大きく息を吐く。

 

 「じゃあ、戻るわよ」

 「はい、風音や雫が心配していると思うので、早く戻りたいです」

 「分かったわ」

 

 後は、このまま何事もなく一日が終わって欲しい。でも、血走った眼をした間縞の余裕のない顔が、不気味だった。 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 土屋と櫛灘が観客席に戻っている最中、思惑敗れた間縞が怒りと驚きを露にしていた。

 

 「どうして櫛灘を引き留めなかったのですか!?」

 「あの目を見て、お前はまだ言うか」

 

 確かにその眼は真っ直ぐだった。きっぱりと、自信を持って彼女は断言した。無理矢理魔法軍部へ入れようものなら、決死の覚悟で抵抗してきただろう。

 

 「ですが、貴方は強力な魔法使いが欲しいと常々言っていたではないですか!」

 「それはその通りだ。強い魔法使いがいれば、あのレジスタンスすら圧倒して、魔法軍部による国内外の防衛強化が可能となる」

 「だったら、尚更魔法軍部に……」

 

 納得できないと言わんばかりに先導へ意見するものの、先導からは失望したようにため息をつかれる。

 

 「ああ、惜しいさ。だが、周囲全てを敵に回してまで強引に入れればどうなると思っている。そうして、本格的に彼女が敵になった場合を考えてみろ。我々が彼女を捕縛するだけでも一苦労な上、加減の効かない魔法武器で無用な怪我人を出すつもりか」

 「前回の件は、貴方がたの調整不足と説明しましたが」

 「そうかもしれないな。我々では魔法武器のメンテナンスに苦慮しているからな」

 「なら……」

 「入れてから考えるのも大事だが、できないことが分かった。また、お前の案では高い魔法の素養を持つ魔法使いの入隊が必須だった。そりゃ、こちらとしても頷けないさ」

 「ぐ……」

 

 事実だけに言い返せない間縞は歯ぎしりする。だが、先導の追撃は止まらない。

 

 「第一、魔法使いの大事な素養である魔素の制御を疎かにし、ひたすら威力や範囲の拡大に努めてきた魔法学園の教諭が言う事か?」

 「な……!」

 「お前達の方針のせいで、入隊以前に規律から叩きこむ教育を強いられる我々の身にもなって欲しい。魔法使いだからと威張り散らせる時代は10年前に終わっているだろう。にも関わらず、規律に反して勝手な行動するから、内部でも不満が溜まっているんだ。他の知り合いにも当たったが、全般的に魔法学園の卒業生の素行が悪いという。先日の暴発も勿論こちらの管理ミスだろう。しかし、魔法学園の教育方針自体に問題があるのなら、話は変わる。まぁ、魔法兵器開発局へ移りたい意向は理解したが、そんな失態を長い間放置した君に所長の席を与える訳にはいかない」

 

 間縞は呆然として動けない。事実上の凍結だからだ。それまで行ってきたことが、全て水の泡と化した。

 

 「それでも所長の席が欲しいのなら……彼女の卒業までにスカウトを精力的に行いたまえ」

 「ま、待ってくださ……」

 

 先導は間縞を見ることなく、連れていた兵士と共に部屋を後にした。

 

 「クソ、クソ、クソ、クソォオオオオオッ!!」

 

 間縞は怒鳴り散らす。たった一人の学生が、自分の将来を棒にした。あり得ない、信じてなるものか、ふざけるな。そうした呪詛を一通り吐いた後、狂ったような笑い声をあげる。

 

 「ハハ、ハハ、ハハハハハハ!」

 

 

 今回の為に間縞は多大な努力をした。自身の考案した新型魔法兵器開発試作を、旧型の兵器を再利用する形で2ヶ月という短い間で完成させた。業務の傍らで検討を繰り返し、それなりの失敗を繰り返してようやく完成させた。しかし、現実は間縞へ牙を向いた。自分の立場も危うくなることを理解している間縞に残されているのは、飾りの教諭職と自身が開発した魔法兵器のみ。

 

 「……あぁ、そうか」

 

 その眼には、全てを台無しにしてやろうという狂気が宿っていた。

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