「あれを自分の手でどうにかしたいのは分かったが、それで魔法スタジアムを焼き尽くす気かよ」
──って、そこまで爆弾じゃないわよ。私のことを何だと思っているのよ!
「ムカつくのよ、自分の手でぶっ飛ばしたいとか思わないの?」
「それで勝手に暴走して、周囲に被害出してもしょうがないだろ?」
「それは……そうだけ、ど」
周囲を見て、少しだけ落ち着いた。いや、落ち着くどころか冷や汗が出てきた。さっきまでのやりとりでフィールドが酷いことになっている。間縞が放った魔法がフィールドを焼いて、今は冷えて固まった石になっている。魔法の効力を切ったなら、その内に消えてなくなるんだろうけど……フィールドのこれ、直るの?
加えて、風音と石垣君が吐きそうになっている。ああ、これ。確かに私と間縞が原因だ。うん、確かにやり過ぎたかも。
「……というか、何であんたは平気なのよ」
「前にも言ったろ、魔素の耐性だけは人一倍あるんだ」
「……だとしても、丈夫過ぎない?」
まぁ、そう言っても答えてくれないんだろうけど。何で黒い迷彩服を着ているのかとか、どうしてあの時と同じように棒状の武器をいつの間に持っているのかとか、来るのが遅いとか色々言いたいことはあったけど……あぁ、そうだ。これだけは聞いておかないと。
「間縞が関わっていたこと、最初から知っていたんでしょ」
「魔法実践授業をサボっていたら、こそこそ電話していた奴がいてさ。これがでかい声で色々話している訳だ。当然、耳にも入る」
……素直じゃない奴。自分には関係ないのに何とかしようとする人なんて、この魔法学園の中で何人いると思っているのよ。しかも、バイト入れながらずっと一人でやってきたんでしょう。
「じゃあバーコードを倒すの、手伝ってくれる?」
「こっちこそ頼む。流石に魔法学園でも有数の魔法使いだ。あんな強力な魔法を連発してまだ余裕があるなんてな。流石に一人じゃきつい」
勝てない、とは言わないんだ。
「それはいいけど、一貫はどうするの?」
「バーコードの牽制だ。何、魔法使いとの戦闘も、魔法使いとの共闘も慣れている。俺が勝手に合わせるから、そっちは加減なしでやってくれ」
あれらを見た上で、そう言えるんだ。分かっていたけど、滅茶苦茶よ言っていること。だけど、そう言ったなら信じるだけ。
「分かった。あいつのプライド、ずったずたにしてやるわ」
「いいなそれ。終わったら、残った髪の毛、焼いてやろうぜ」
初めて年相応な顔を見た。いたずらっ子がする悪巧みと言うには、野性的だったけど。
「……えぇ!」
再び、魔法の撃ちあいが始まった。
奴は先ほどと同様に広範囲へ魔法を使ってくる。手始めに動けない風音と石垣君を狙われて焦ったけど、一貫が手っ取り早く2人を抱えて避難させてくれた。というか、それを読んで動いていた。
「全く、いい加減にしなさいよ!」
魔法を使っても使っても周囲から魔素が尽きることはない。多分、事前にフィールドの調整をしていたんだろう。魔法軍部が魔法兵器をパレードの一環で使った上、さっきから強力な魔法を撃ち合っている。周囲は既に安全限界を超えた魔素濃度に達していて、既に少し気持ち悪い。その度に、腕をマスク代わりにすると楽になる。続けざまに放たれた魔法を防ぎ、かわし、あるいは相殺する。そうしている内、あることに気がついた。
(……妙ね。魔法の出力が弱まっている?)
最初は規模の大きい魔法を使い、その魔法を素に別の魔法を使っていた。それ自体はびっくりするほどの技術だけど、今は違う。量や質はまるで違うけど、クラスメイトと腕くらべをしているような感覚だ。奴の性格から考えれば自身を誇示するような強い魔法に拘るはず。なのに、さっきから強力な……強力過ぎる魔法を使う素振りがない。
(もしかして……)
揮発したガソリンが小さな火源で容易に引火して燃焼するように、過剰な魔素濃度下で魔法を使えば暴発が起きやすい。それでも魔素を十分に制御できていれば、暴発のリスクはない。そこから考えられるのは……
(魔法の暴発を、アイツが恐れているってこと?)
周囲の魔素は過密過ぎて、周囲には黒い霧が出ている。初めて見る現象だけど、魔素が集まりすぎるとこうなるのね。正直、今も立っていられるのが信じられない。片腕をマスク代わりにしてなければ、間違いなく吐き出していた。
魔法の連撃が止んだと思ったら、一貫が奴に攻撃を仕掛けている。
「……え?」
遠目で分かりづらいけど、奴が後退しながら一貫の攻撃を何とか凌いでいる。けど、勢い良く飛び立って、再び照準を私に合わせてきた。
(やるわよ、私)
気合を入れて、再び魔法を連発する。
そう言えば、制服の下に一貫がしていたアームガードをしているけど、これをしていると不思議と魔素を集めやすいし、今も苦しくない。どういうことなんだろう。
その後、何発の魔術を撃ちあったか分からない。何度も危ない時はあった。その度に一貫が間縞の魔法を逸らしてくれたから何とかなっている。でも、決め手に欠けていた。
(それにしても、とんでもないわね)
驚くべきは一貫の動きだ。とても魔法実践授業をずっとサボっていたとは思えない動きで間縞の魔法を躱し、時には魔法ごとあの先端の形がよく変わる棒状の武器や両腕で叩き落としている。ちょっと前には、金属部分であいつの装甲を振り抜いた時なんかは、距離の離れた私からでもその衝撃音が耳に届いたほど。それでもあの装甲は壊れなかったけど、あいつは驚いたように一貫を見ていた……と思う。
──私が、決めないと。
一貫があとどれだけ動けるかは分からないけど、かなり無理をしているはず。でも、私も私で魔法を連続で使い過ぎたからか、急激に体が重く感じている。そんな私の様子を奴は見抜いていて、さっきから狙っているようだけど、一貫が何とか逸らしてくれている。
「ま、ず……」
何とか援護しようと魔法を使おうとして、両腕がつった。奴の放った濁流の範囲から何とか逃れた瞬間、今度は両足もつった。
「いっった!」
慣れない痛みに思わず呻き声が出る。急激な魔素使用による痙攣は今まで経験がない。一時的とはいえ、こんなに痛いものなのか。
こんなはずじゃなかった。散々私達を利用した間縞を何としてでもここでとっ捕まえて、二度と魔法を使えないようにするまで叩きのめしたかった。悔しさと痛みから涙が出る。このままじゃ、私だけじゃなくて一貫まで……ま……で?
「……は?」
戦意だけは失わないように、自分を鼓舞していた私は信じられないものを見た。
一貫はその武器を使ってあいつを追い詰めている。その、手法がおかしい。あの棒状の武器は一貫が自在に長さを変えているみたい、あいつが放った魔法を打ち返す、短くした棒で装甲を突く。反撃の魔法をあの武器で突き返す。
でも、楽観視はできない。やっぱり一貫は無理をしていて、口、目、手先や腕からも血を流している。いくら優勢に見えていても、あれでは先に一貫が壊れてしまう。
「自殺行為でしょあれ……」
体の痙攣と気持ち悪さから私はそれを見る事しか出来ない。何とか魔法を準備しても、一貫を巻き込んでしまう。
「邪魔だ!」
一貫の抵抗によほど苛立ったのか、周囲の魔素をかき集めてジェット噴射をするように距離を取った。装甲越しでも分かる、あいつはきっと怒り狂った目をしているのだろう。でも……
「……うそ、でしょ」
──間縞が逃げた空中まで、一貫は魔法の余波で生まれた魔素の集合体を踏み台にして追い付いた。そして、持っていた武器を再び伸ばして、その先端で顎を撃ち抜いた。よほどの衝撃だったのか、頭部の装甲が吹き飛んでついにトレードマークのバーコードが顕になった。それでも、何とか意識を保っていた間縞は空を飛んで、空中へ逃げていく。
それ以上は追い付けないと判断したのか、一貫は着地してさっきまで手にしていた武器を手持ちサイズの直方体に形を変えて、迷彩服の内ポケットにしまった。錬金みたいなことが出来るとは言っていたけど、それがそうだったんだ。でも、ただの錬金なの、これ。なんかおかしくない?
「……参ったな、逃げられたか」
信じられないことがこの短時間で何度も起きた。どう考えても安全限界値を超えた魔素濃度下で一貫は平然と動き回っていた。加えて、銃火器すら通さない装甲を着た魔法使いを圧倒した。これが一貫の本当の実力、なの?
「ふぅ、ふぅー……」
でも、その代償は大きい。荒い息を吐いては苦しそうにしている。
「仕留められなかったのはマズったが、ここにいても意味ないか。とりあえず移動しよう」
ここはあまりに魔素が濃密だ。だから、私も動かなきゃいけないのに足のつりと緊張から、碌に動かない……最悪だ。
「……ごめん、ちょっと体が動かなくて」
「全く、仕方なねぇな……」
え、一貫、なに、を。
「え……ちょ?」
あの、これって所謂……
「スタンドや内部だったら魔素も薄いだろう。あいつらもそっちにいればいいんだが」
え、ちょ、恥ずかしっ、こんなの、誰かに見られたら……!
ようやく一段落着いたか。まだ終わっちゃいないんだが。先に避難していた石垣から一般人の避難は完了していることを教えてもらい、他にも残っている人がいるという場所へ向かう。
「つ、土屋先生!?」
「櫛灘さんも無事だったのね、良かった……」
櫛灘さんが思わぬ人物との再会に驚きの声を挙げる一方、困ったように、呆れたように風潮さんが声をかけてきた。
「一貫君、その紅葉模様は?」
「……謎の反撃を喰らいました。それは置いといて、わざわざ来てもらってすいません」
「いやいや、それは僕の台詞だよ。本来僕がやることを、君に代わってもらってしまったんだから。っちに近付きつつあった魔法軍部が揃いも揃って魔素酔いで倒れていて、別でやってきた魔法軍部の人が回収していた。その後で、その子達の助太刀までしていたんだろう。本当に、昔のように無茶をする」
無茶なことは否定できないか。
「こんな緊急事態ですよ。誰かが無茶通す必要はあるでしょう。風潮さんは未だ、左腕の負傷が治っていない。なら、誰か別の奴がやらないと」
「そんなだから君は今、ここに居るんだろう。程ほどにしないとまた……」
「……そんなことより、現状は?」
過去の話はいいですよ。終わったものは戻らないんですから。
風潮から、魔法軍部主導により既に一般客と魔法学園側の避難が終わっているものの、負傷した兵士の救護および実行犯の捜索を行っていることを聞けた。
「もしかして、一般客の中にメンバーがいたんですか」
「そうだ。出来ることは連絡くらいだけどね」
「それでも、情報があるのは助かります」
犯人確保や安全確保の為に既に周囲は立ち入り禁止となっている。当然、今からの増援は難しい。
「時間が経てば私達も魔法スタジアムを出てもいいんですか。それから、雫はどこにいますか?」
「雨森さんなら、風潮さん達の手伝いをしてもらっているわ。後見先生も一緒にいるんだけど、人手が足りてなくてね」
「良かった……」
東雲さんがホッと様子を見せている中、櫛灘さんがある疑問を口にした。この後どうするかという当たり前の疑問だが、それの答えは1つしかない。
「打って出るしかないだろ」
「……どういうこと?」
「立ち入り禁止になっているのは、残っている戦力で俺達を確保する為でしょう。風潮さん」
「でも、間縞が主犯なのが分かったんだし、魔法軍部が捕まえてくれるんじゃあ……」
「じゃあ何で、魔法軍部は学生達を誘拐していた。どういう形か知らないが、グルだからだろ」
「……!!」
櫛灘さんや東雲さんは苦虫を噛み潰した顔をしている。まぁ、こんな時だからこそやって欲しいという気持ちは分かるけどな。
「逃げ出したバーコードを捕まえようとしたら既に一騒動起きている。それが起きてないってことは捕まってないんだろ」
「じゃあ、どうするのよ……」
「それじゃあ……こういうのはどうだ」
最終的に、二手に分かれて行動する方針となった。消耗していた東雲さんは風潮さんに同行して魔法スタジアム裏へ、魔法スタジアム出口の方には櫛灘さん、土屋先生、石垣と俺が向かう。
「無理はしないことよ、櫛灘さん」
「はい、でも逃がす訳にはいきません」
東雲さん、土屋先生、風潮さんから反対されたものの、櫛灘さんと石垣が俺についたことで、三人が折れた。最初は反対していた土屋先生も、学生達だけには行かせられないと言い張って同行している。
「あぁ、そうだ石垣」
それでも懸念はある。そして、その状況を回避するには託すしかない。
「……分かりましたけど、納得はしないですからね」
入口はもう目と鼻の先。さぁ扉を開けようと気持ちを固めた時、櫛灘さんが俺に今更なことを聞きにきた。
「なんで一貫は他の学生達を助けようとしたの。自分には何のメリットもないのに」
「今回みたいなやり口が嫌いなんだ。そのくせ、一度見逃すと繰り返す。なら、潰さないと」
「逃げようとか、怖いとか思わないの?」
普通はそう思うか。実際、何のメリットもないのに、入院するような怪我を負うことやっているしな。確かに何で俺がやっているんだ、とか考えたこともあった。ただ、もし答えろと言われたら、俺はこう言うんだろう。
「ないと言ったら噓になる。が、あの日のことを覚えてる。理由なんて、それで十分だ」
要は自分のエゴだ。あの日のように、誰かが身勝手な魔法使いの手にかかって死ぬような場面を見たくない。身勝手な魔法使いによって、生活を奪われてしまった人を見たくない。
「……」
「じゃあ、開けるぞ」
扉を開けた先に見えた光景を見て、櫛灘さん達は慌てて魔法スタジアムの中へ引き返した。