私は君の手を握る   作:久遠の語部

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第2話-1 皆から軽蔑される君だけど

 黒星の一貫──それは開來学園における負の称号といってもいい。

 

 開來市の魔法区に魔法学園が設営されてからかれこれ40年が経った。その中には勿論、優秀な魔法使いもいれば魔法が苦手な魔法使いもいたけど、この学園の生徒は、誰もが瞳や髪に魔法特性の色を宿している。だけど、黒星の一貫はその特徴がまるでない。櫛灘のような鮮やかな色になることも、雨森のような黒混じりの色になることもなく、元々の黒い色のままなのだ。

 

 「あぁ、そういうことか。朝、校門辺りが煩かったのは櫛灘さんが退院したからか。何か変な連中に襲撃されたけど撃退したとかで話題になってたな」

 「──は?」

 

 どうやってかは知らないけど、こいつが病院まで運んだことを私は知っている。大よその流れを知った上でそう言っているのか。私はただ、逃げていただけだというのに。

 

 「──違うわよ。それは勝手に言い触らされているだけよ」

 「ま、あの日は外出禁止令が出ていたんだ。誰かが見ている訳ないよな」

 

 ──じゃあ、何であんたはあんな場所にいたのよ。

 

 喉まで出かかった言葉を飲み込んで睨んでみても、暖簾に腕押しといった様子で全く堪えていない。まるで、霧に包まれているようだ。

 

 「普段は私の機嫌取りばかりするくせに、こういう時だけ連携が早いのよ。どうせ、私と親しくなるチャンスだとか聞かされたんでしょ」

 「よく分からねぇな。そんなんで親しくなるものか?」

 「なるわけ無いでしょ。むしろ一層、うざくなったわ」

 「だろうな」

 

 言うつもりのない愚痴がぽろぽろこぼれる。あの一時限の中でも、他のクラスメイトが授業を聞きつつも私を見る仕草が、今日は妙に癇に障った。

 

 「で、あんたはこんなところで……教科書?」

 「あぁ、試験の成績が良くないからな。出来ないなりに頑張ろうとしないと」

 

 ノートに書いて覚えようとしているのかな。なんか、字が汚いのはその……なんと言えば、いいんだろう。文字を書く習慣なんて減ってるからいいとして……なんて、書いてあるんだろう。

 

 「……魔法の修練はしないの?」

 

 魔法が苦手なら、私だったら死ぬ気で努力する。今以上に必死で、余裕なんてないくらいには。だから、魔法の修練じゃなくて、一般科目の勉強をしているのは、魔法に対して「諦め」を通り越して「放棄」しているように見えた。

 

 「色々試したが出来なかったからな。だったら、できるようになりそうなものからやった方がいい」

 「この魔法学園にいるのに、勉強より出来そうにないのが魔法って」

 

 良くない。思わず彼の軽蔑のあだ名を口にしようとしてた。あれ、そういえば。

 

 「……名前しか聞いたことないんだけど、苗字は?」

 「あー……別に、あんたとかこいつとかでいいぞ」

 「そ」

 

 明らかに濁したわね。人に言えない事情があるの、こいつ。ううん、それよりも会えたからにはお礼を言わないと。

 

 「あの、この前は……」

 「それにしても、成績優秀で有名な櫛灘さんがサボりとは意外だな。これ幸いと他の学生もアクションかけてくるんじゃないか?」

 「……………………」

 

 訂正。お礼は言うし、落し物は返すけど一発魔法をぶち込んでからにしよう。あんな、ありがた迷惑なあいつらのことを話題に出すんじゃないわよ。とりあえず……

 

 「ねぇ、黒こげと冷凍、どっちがいい?」

 

 我ながら、とびきり「いい笑顔」を作れている自覚がある。それで、答えは?

 

 「失言だった、勘弁してくれ。ただでさえ実践授業サボっているのに、違う場所で同じ目に遭うのは御免だっての」

 「なら、余計なこと言わないで」

 

 せっかくだ。私がどんだけ嫌なのか、知ってもらおう。

 

 「はぁー……面倒に巻き込まれた上、登校したら別の面倒に巻き込まれた、って訳か。有名人って面倒臭いな」

 「ええ、いつものことだけどね。お陰様で学園のどこに行っても見られているから落ち着いて過ごせないのよ。嫌味を言うんだったら、出ていってくれない?」

 

 全く、退院して久しぶりに登校した時くらい、落ち着いて過ごしたいのに。

 

 「いや、先にいたのは俺だから」

 「それで、今日は屋上への扉が開いていたみたいだけど、ここを開けたのはあんた?」

 「あぁ、それか。数分前までバーコードがいたんだ。あいつも度々ここに来てはサボって電話をしているようだが……今日は鍵を閉め忘れたようだな。不快だと思うが、今日は感謝した方がいいかもな」

 「バ、バーコード?」

 

 聞いておきながら、誰だか予想がついた。皆思っているけど、さらっと言ってきたから吹き出しかけた。

 

 「そりゃ、頭で分かるだろ。中年デブ、赤色バーコードヘアーの間縞だよ」

 「ブッ!!」

 

 吹き出した拍子に、喉が変な音を立てた。

 

 「ゴホッゴホッ……」

 「なにか変なこと言ったか。ただの事実だろう」

 「いや、うん。そうなんだけど……」

 

 まさか、そこまで容赦なく言うなんて。間縞って、魔法学園の中で魔法の実力が3本の指に入るとかで、魔法至上主義のこの学園では評価が高い先生……なんだけど性格は最悪の一言。魔法が苦手な学生のいじめは見て見ぬ振り、いびりなどもやりたい放題している。もし、今のことを本人の前で聞かせたらどんな顔をするのやら。って、それよりも……

 

 「あいつ、立場を利用してここでサボっていたのね」

 「……だけだったら、いいんだけどな」

 「なによそれ」

 

 授業開始の鐘が鳴る。私はいいとして……

 

 「あんたは行かないの?」

 「勘弁してくれ。出来もしない魔法の授業に出て、他の奴らから魔法の的になるより、こうしてサボっていた方がよっぽどマシだ」

 「魔法と言えば、やっぱり黒髪黒目なんだよね」

 「あぁ、魔法を使うだけの特徴がないだけなのか、単に外見に変化が出るほどの魔法の適性が無かったのかもな」

 

 あっさり答えたわね。聞いてはいたけど、やっぱり不思議だ。魔法の元となる架空元素。魔法使いとして魔素を扱う素養の検査は入学時に行っている。だから、魔素を扱う事自体は可能なのだろう。

 

 「魔素を扱えても水や風、火や土といった現象を魔法として扱うのがてんで駄目でな。入学以来、一度も使えていない」

 「それって、魔素は扱えるってことだよね」

 「まぁ、自分や自分が触れているモノの魔素でやりくりが出来る程度だ」

 「そう、なんだ」

 「この学園にいるんだ、一度くらい聞いたことはあるだろ。で、無駄に魔法の耐性だけあるから的にされるんだよ」

 

 小等部、中等部の子供に魔法の制御を教えるバイトをしているけど、魔法が暴走しがちな子とは違う気がする。魔法が全てのこの学園で魔法が苦手なことを、使えないことをこうもあっさり認めているのはどうしてなんだろう。

 

 「魔法の耐性ってなに。魔素の制御率が関わっているの?」

 「いや、魔素制御率は80%だとか。低くはないけど、それだけだ」

 

 随分、謙遜する。同学年の学生でも50%あればいい方なのに、それが80%?

 ちぐはぐね。魔法が使えないのに、魔素の制御が得意なのはなんで?

 

 「……そ。じゃあ、魔素拡散率は?」

 「そんなもんねぇぞ」

 

 ……はい?

 

 「いや、だから……」

 「じゃあ聞いて笑え、これがまさかの測定不能。まぁ、魔法学園周辺の豊富にあるはずの大気中の魔素を使って何1つ魔法を起こせなかったんだ。当然と言えば当然か」

 「……にわかには、信じられないわね」

 

 魔法の威力をより強く引き出すのが魔法素拡散率なのに、それがないと言われても、とても信じられない。火種があるのに、それを焚き火のように大きくすることが出来ないと言っている。魔素を扱う素養があるなら、火種の近くにある小枝くらい持ってこれそうなものだけど……嘘をついているようには思えない。

 

 「ここで分かっているのは触れているモノに魔素を通せるってだけだ。だから、魔法が使えるとは先生達も思えないんだろ」

 

 実際、分かりやすい自然現象の魔法を使えない為に評価が低い人も多い。それはあくまで、本人の得意不得意や魔素の制御が低かった場合に起きていた。それがまさか、魔法そのものを扱えないなんて……

 

 「じゃあ、今までどうやって生活してきたのよ」

 

 各国が大きく衰退している今、世界は魔法に懸けている。だから、魔法を使える魔法学園の学生はとりわけ優遇されている。だからといって、魔法を使えない一貫にそんばものが充てられているかと言えば……

 

 「ま、バイトの掛持ちだな。かれこれ1年はそんな生活だが、もう慣れた。お陰で体が鈍らずに済んでいるし、仕事している間は余計なことを考えなくていい」

 

 

 この魔法学園は、両親の同意こそあっても魔素を発現させた為に連れてこられ、自身の力を制御できずに苦しんでいる子がそれなりにいる。本来は教師が指導するものなんだけど、手が回らないから私達のような学生にバイトとして魔素制御を教えている。実入りがいいという理由は大きいけど、かつての自分も魔素の制御で苦労した方だと思っている。だから、時間のある時は魔法学園のバイトをやっている。だけど……

 

 「私は避けたいわね。特に肉体労働なんて」

 「当然の反応だよな。夏は暑いし冬は寒い。集荷所や収穫のバイトってのは、魔法がなきゃただの重労働だ」

 

 集荷所……。確か、魔法区の端に一つだけあったはずだ。魔法の成績が悪すぎて、あんな場所で働いているのだろうか。

 

「想像したくないわ。それより、授業をサボっている暇があるならもっとマシな生活の工夫をしたら? ……生活、大変なんでしょ」

「次の授業は教養科目だから出るつもりだよ。それに、授業の合間にできる都合のいいバイトなんてそうそうなくてさ。教室にいたらいたで、魔法修練場へ来いって他の連中に連れ出される。だからここへ避難してるんだよ」

 

 ああ、なるほど。

 「無能」と蔑まれる彼は、他の生徒たちにとって絶好の「練習台」や「ストレス解消の的」にされる訳ね。

 ここで時間を潰しているのは、怠慢ではなく、彼なりの自衛手段なのだ。こういう所もまた、間縞が魔法教諭だから起きていることなんだろうか。

 

 「というわけで、寝る」

 「へ?」

 「今日は夕方からバイトでさ。休める時に体を休めておかないと」

 

 返答すら待たず、寝る構えを取った。まだ寝ていないとは思うけど、魔法で起こすのもなんか違う。

 

 「……」

 

 何故か負けた気分になったのは、多分気の所為。それにしても、耳に届いていた悪評とは違って、少し捻くれてるけど悪い奴には見えないし、何より話していて不快じゃない。

 普通の学生だったら、私と仲良くなろうとあれやこれやとやってくるものだけど、こいつはそんなものがない。なんと言うか、魔法使いだから特別って考え方がないんだろう。そう思うと、少しだけ気持ちが楽になる。それにしても陽射しが暖かい。

 

 「折角だし私もお昼寝しようかな……けど、一応」

 

 この前みたいなヘマはしないよう、何かあれば電撃の反撃が出来る魔法を張っておいて……と。ついでに、制服を汚すのも嫌だから、風で雲をイメージしたクッションを作って寝っ転がる。

 

 「あー……これ、いいかも」

 

 自分を包むようなクッションを作ったからか、暑苦しくなること心地よい日差しがぽかぽかと照らしつける。あぁ、確かに。ここで寝っ転がるのは気持ちいい。

 

 

 

 次に目を覚ましたのは、授業終了を知らせる鐘が鳴った時だ。思ったより音が響くわね、これ!

 既にあいつは起き上がっていて、こっちに一度声をかけて屋上を後にした。屋上に出る為の扉からではなく、外付けの非常用の梯子を使って。

 

 「……また私がサボると思って、ああしたのかな」

 

 普段通りの行動だったのか、屋上の道を教えるためかは分からない。分かったことは何かを返すことになっても、変なことは要求されないだろうことだ。魔法学園に通っているのに変な奴。

 

 「……あ」

 

 そう言えば、あの落とし物……返し忘れちゃった!

 

 「まぁ、いっか。私がしっかり持っていれば、返すタイミングは来るでしょ、きっと」

 

 実践授業のたびにサボっているなら、その内にまた会えるはず……だよね。

 

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